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2-6

「広●涼子逮捕されたのって誰のせい……」※1


 喉の渇きを癒すために冷蔵庫の前まで移動して、リビングから出ようとしたときに耳に届いたのがこの一声だ。


「それは●末のせいだから気にすんな」


 一応励ましてみたが、もしも美沙貴が今後もこんな調子のままだとして、芸能スキャンダルや政治家の不祥事が起こり続ける日本社会で生きるとしたら、数週間で干物になる気がする。この場合長いのか、短いのか。

 元々風前の灯みたいな女だ、いっそのこと世の中から放たれるネガティブな情報から隔離させるためにどこか暗い、オンライン環境もない閉鎖的な場所に閉じ込めてやった方が身のためではなかろうか。

 やはり俺は優しい弟だ。


「……ねぇ、petitプティ frèreフレール

「何故フランス語だ」

「……お腹空かへん?」

「思いの外元気あるじゃんか」と呆れたがすぐさま「そんなことないもん」とムスッとした顔が返ってきた。


「お昼食べないし、さすがに何か食べないと死んじゃうよ」

「一食抜いたくらいで人は死なねぇよ。でも腹減ったなら食えばいいだろ」

「……拓弥はもう食べたの?」

「ああ、帰る前にハンバーガー食べたけど」

「ハンバーガー……」


 美沙貴はそこまで言い終えると重く息を吐いて、


「誰と食べたのよ?」


 と、不機嫌に訊ねてきた。


「誰とって、弓野だけど」


 一緒に過ごした幼馴染の名を聞いた途端、血色を失いつつあった美沙貴の表情が急激を赤みを増した。


「弓野ッ!? あの弓野ゆみのつづみちゃんッ!! おい待てぃ、なんで平日の明るい時間帯に高校生になったばかりの弟が可愛い女子連れ回して牛肉頬張っとるんじゃいッ!!」


 言い回しがおかしい。とりあえず不調から脱したことはわかる。


「平日って、今日は入学式で終わりだし。弓野は幼馴染で家も近所なんだし、学校も同じなんだから一緒に帰ったりするわ。帰る前に昼飯食おうぜって話になったんだよ」

「リア充! それリア充よ、リア充! 制服姿で仲良い人とファーストフード食べれるって、前世でどんだけ徳の高い人間だったんだよって話だかんね!!」

「ファーストフード店なんてその辺に腐るほどあるだろ! お前の前世、どんだけ徳がねぇんだよ」


 ここ世田谷代田にも飲食店は普通にあるが、世田谷代田駅周辺には街中で見かけるファーストフード店はない。一駅隣の下北沢周辺にはまあまああるが、この辺りは本当に閑静な住宅地なのだ。


「私が言ってるのはそういうことじゃない、ファーストフード店で青春してるってことだよ」

「ハンバーガー食うとこであって青春するとこじゃないけど」

「ちっがぁぁーーーーうっ!! 絶対わざと屁理屈言ってるよね!?」


 確かに面白いと思って意地の悪いことをしてみた。

 もちろんこの女が言いたいことはわからんでもない。


「一緒にファーストフード行ける仲の良い相手がいて羨ましいって話だろ?」


 美沙貴は首を大きく縦に振って「そう!」と張りの良い声を轟かせた。


「だから作ればいいだろって、友達を」

「それができなくて困ってるんじゃいッ!! 今までのやり取り水に流さないでよッ!?」

「……マッチングアプリは?」

「私まだ十七だし……。そもそもあれって友達作る目的でやったりするの?」

「さあな」


 余談になるが美沙貴は高三だが誕生日が一月なので、十八歳になるタイミングが遅い。なんなら十七歳になったのが今から約三ヶ月前だ。

 そもそもあの手のアプリは十八に達していても高校生の登録は無理だったと思う。


「はぁ……もうSNSで一緒にご飯食べる相手募集しようかな」

「ネットリテラシー皆無だな」

「……子宮が恋しちゃうとか世も末だよね」※2

「お前支離滅裂なんだよ。言いたいことまとめてから言えや」





 我が家の女たちは、料理をしない。

 より正確に言い換えると、できないとした方が正しい。

 我が家は人数も多くまだ高校生の俺を除けば、声優業をしている姉たちは全員社会人だ。一応美沙貴も高校生だが同時に声優でもあるので、純粋に学生であるのは俺だけ。

 父親と共に海外で過ごすことが多い母親は、まあまあ自分でも作る方だ。その母親の血を引く姉たちは全員、料理が得意ではない。

 週に何度が訪れる家事代行業者が食事の用意をするのでこの家にいる限りは料理スキルは特別求められないが、それを言い訳にしてもひどいもんだ。

 そんな姉たちと比べたら、父親を除けばこの家で唯一の男であるあれが最も包丁やフライパンを使う機会が多い。

 ある程度の物ならまあまあ作れるが、姉たちはそのある程度すらできない。


「はよ届かんかなぁ……」


 姉たちの中で料理の腕を競う機会はないので誰がワーストかは知らないが、おそらく呑気にスマホ画面に指を叩きつけている美沙貴は最下位争いに名を連ねるだろう。

 この待ち時間の中で、少しだけ課金したらしい。スマホと睨めっこする表情には明るさが戻っているが、ホストにハマって破綻する人間の心理はこんな感じなのだろうか。


「この辺り飲食店ないんだし時間かかるだろ。で、お前何頼んだんだ?」


 冷蔵庫から冷えた物を適当に出して思い切りぶっかけてスマホを壊してやるのも優しさではないか、と疑念を抱きつつ訊ねた。


「コーラ頼んだ」

「……は?」


 ご注文の品に唖然とした。


「……だけ?」

「うん、そうだよ」

「……コンビニで買えるだろ。すぐ近くにあるだろ」

「今お家から出たくない。栄養が足りなくて力尽きそう」

「栄養欲しいなら固形物食えよ」

「お姉ちゃんね、その固形物を口にする体力があらへんのや……。服を買いに行くための服がないオタクと同じだよ」

「服ですらオンラインで買えるんだぞ」


 この女め、百歩譲って自宅から出たくないというのはわかる。だがわざわざデリバリーでコーラだけ注文するとは、俺には理解できない。

 普通に考えて外に出てコンビニで買った方が安いし、多分時間もかからない。


「便利な時代だよね。たとえば近くにコンビニとかスーパーあっても、今の私みたいに体力とか気力がない人、あとなんとなく外に出るのが嫌だなって人っているじゃん? お金と時間はかかるけど、コーラ一つでも届けてくれるんだよ。その分の料金を支払ったって考えたら安いもんだよ。大金を失うわけじゃないもんね」

「そう言われるともったいないわけじゃない……のかもな」


 俺ならコンビニまで歩くが、美沙貴みたいな人間社会に馴染めない者の考えでは宅配サービスにはそういう利便性があるのか。

 しかしこの女の不健康な面ばかり見て育った俺には、少しは外の空気を吸ってみろとしか思わないが。


「あ、余ったら拓弥にもあげるよ」

「余ったら? コーラって一本だけじゃないのか?」

「いや、一本だけだよ」

「……それさ、何mミリlリットル?」

「4444 mミリlリットルだけど」

「不吉で中途半端だなっ!? 元気ないのにんなもん頼むなよ!」


 その量で売られてるの、初めて知ったな。

 メーカーもその量にして、メリットあるのだろうか。

※1

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000417516.html


※2

https://www.ytv.co.jp/shikyurenai/

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