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「ええ……、保護者の皆様にお願いがございます。校長挨拶の様子をSNS等メディアにアップすることはお控えください」
この進行役の懇願に吹き出しそうになった。
神聖な儀式なのでなんとかグッと力を込めて堪えたが、高校の入学式でマイク使って告げることじゃないだろ。
ちなみに語ると、校長挨拶は途中他の教員たちが彼を抱える形で一緒にはけて行ったので、本当にわけのわからない形で終わった。
「続きまして、来賓代表の____」
____その後も、壇上にて数名の者による祝辞や挨拶が続いたが、その前に珍妙過ぎる光景を目にしたのでインパクトに欠け、おそらくまともな内容を当たり前に述べるという本来あるべき光景が続いていたにもかかわらず、それは目と耳を素通りするに終わる。
そもそも入学式の挨拶にインパクトなんて本来必要ないけどな。
「続きまして、生徒会代表挨拶。生徒会代表____八辻蕾」
「はい」
一人の生徒が名を呼ばれ、壇上へと現れる。
蕾という名と凛とした通りの良いなかなかの美声からも明らかに、女子生徒だ。
壇上にて余裕すら感じさせられる微笑を浮かべる生徒会長と思しきその女子生徒は、佇まいからも気分溢れる雰囲気と規則正しさを具現化させたような落ち着きを感じさせ、それを見るこちら側にも即座に模倣とすべき生徒のテンプレート過ぎる良例だというイメージを与える。
小さく鳴り響く足音と共に爽やかに揺れるストレートの長い黒髪に、スラリと伸びた細身の身体、引き締まった顎のラインに整った細い眉、小さく上を向いた鼻、白い肌のそっと咲く紅色の花のような色鮮やかな唇……見るからに優等生という言葉が似合う風貌である。
「あれがこの学校の生徒会長なのか……超美人じゃんか!?」
いつも通りのテンションに戻っていた槙坂。確かに綺麗な人だなとは思う。
「新入生の皆さん、この度はご入学誠におめでとうござます。私は、生徒会長を務めます八辻蕾と申します」
その声は確かに凛とした落ち着きと共に透き通るような透明感を感じさ、とにかく安心できる心地良さがある。
「めちゃくちゃ美声じゃん! なんか気品ありそうで」
「……私語は慎めよ」
槙坂の奴はすっかり美人な生徒会長さんに見惚れてしまっていた。
せせらぎを耳にするかの如く自然に耳へと馴染む声は、あの悲惨な大号泣劇を無かったことにしたかのように俺達に落ち着きと関心を与えた。
美人生徒会長の挨拶は偉く丁寧で、尚且つわかりやすいものであり、聞いていても退屈には思わなかった。
儀式らしい席において、初めてまともな時間を過ごせた気がする。
「続きまして、新入生代表挨拶。新入生代表____ 紫鶴宮明蓮」
「……はい」
生徒会長の挨拶が終わり、また一人違う女子生徒の名前が呼ばれた。
堂々と、そしてどこか落ち着きと、なんなら余裕すら感じさせる強い声だ。
壇上に上がった明るい金色の長髪の女子生徒、薄らと浮かべた笑みは自信に満ちているように見える。整った顔立ちに凛とした佇まい、そんな彼女が俺たち新入生の代表らしい。
「……あの子」
隣でボソッとこぼす槙坂を見ると、すっかり彼女の虜になっている。
確かに顔立ちは整っているし平易な言葉で表現するなら、如何にもお嬢様って感じの女子だ。
偏見で語るとお高そうな雰囲気はあるが、男子生徒の視線を奪うには十分だろう。
とりあえず俺は、普通に彼女の言葉を耳にする。
◇
「なんかすごい校長だったわね〜。あんなのが校長とか、ここ大丈夫かってなったわよ!」
これは倉村。
いや、まったくその通りだ。同じことをあの場にいた新入生のほぼ全員が思ったことだろう。だが、たとえ校長がどうであれ入学してしまったからには仕方がない。外部からの評価は良い進学校であることには変わりない。
「……賑やかな学校、なんだろうな」
同じキャンパス内だからといって中等部の生徒が高等部の方に足を運ぶことは頻繁にあるわけではない。中等部と高等部で合同で行われる行事や部活の練習とかならあるが、あんな校長がいたとは目から鱗だ。
てか慶馬学園は広いキャンパス構内に幼稚園から大学までまとまっているんだから、あんなのいたらいたらで高等部以外にも噂が広まると思う。
今日になって初めて知ったが、赴任して日が浅いのだろうか。
「……ええっと、とにかく楽しい高校生活になるといいね」
弓野は、苦笑いだった。
もちろん充実した三年間になればそれに越したことはないが、幕開けが波乱の序曲だった。
入学式が終わり教室に戻り、担任がやって来て特別何かするわけでもなく、流れるように解散となった。初日はこんなもんだろう。
「そういえば俺らのクラスの担任、美人だったな……もうその時点で高校生活ピンク色やでぇ〜」
「せめて薔薇色って言いなさいよ……でも確かに綺麗な人だったわね」
槙坂はその美人教師に鼻の下を伸ばして言葉を失っていた。静かになるから鎮静剤としても魅力的な教師だ。
確かに倉村の言う通り、綺麗な大人の女性という感じだった。おそらく二十代半ばの落ち着きのある女性だった。
どうせ明日自己紹介的なものをやるだろうから、人となりは今後わかるだろう。
「あっ……、やっぱり綺麗だね、この桜の木。小さいけれど、ポカポカな感じがするね」
今朝と同じ小さな一本の桜の木、弓野はそれにすっかり見惚れてる。
あちこちに生徒たちが散乱する中、自然と足を運ばせたのは桜の木が並ぶ壇。コンクリートの道に花木を祀る小さな石垣の澄んだ色の風景の中で、この日のためにあるのではないかと思わせる花びら達の小さな舞。
弓野の目はすっかりそれに奪われていた。
「……こんなふうに桜を近くで見るのも悪くないな」
中等部キャンパスにも桜の木はあるのだが、おそらく目の前にある高等部のそれを比較すると侘しい。
一生懸命花びらを散らす桜の木に物静かもなにもないかもしれないが、去年の今の時期に見かけた桃色の吹雪を海馬から叩き起こすと、たぶん差はある。
「お花見とかしたら楽しそうだね」
弓野の横顔、頬は舞い散る花びらの一つひとつの中に散りばめられたかように薄く染まっている。一人の少女の感情をここまで露わにさせるこの季節の開放感は俺にまで及んだ。
「そういや弓野って春が好きって言ってたよな? まあまあ昔の話だけど」
「うん。秋や冬も嫌いじゃないけど、春の方が天気が良くて気持ち良いし、ポカポカしてるから好きかな。あと夏も好きだよ」
「俺も秋冬より春夏の方が好きだな。ま、夏の日差しは気持ち良いかは別だけど」
北海道や東北と比較すれば首都圏の雪なんて、と卑下するのは誤りだ。そりゃ雪国と比較すれば優しいかもしれないが、都内でも雪が積もるときは積もる。同じ日本列島で北海道東北だけ大雪で東京は常夏です、だなんて有り得ない。
初等部時代都内では珍しく記録的な積雪となって雪遊びしてた狩屋ってヤツがいたのをふと思い出す。今どこにいるか知らないけど元気にしているだろうか……。
「せっかくだしさ、この桜の木をバッグにして記念写真撮ろうよ!」
同じ空を見ているかも知らないかつての友達に思いを馳せていたら、突如、倉村から提案された記念写真の撮影。
これまた青春を謳歌させる若者らしいドストライクなセレクトだ。
「おっ、せっかくだしみんなで撮るか」
「うん、そうだね」
この案を拒む者はいない。満場一致で可決された。
すると弓野が手にしていた学校指定の鞄の中に手を入れ何かを探り始めた。
数秒後取り出されてたのは、俺たちの後ろで優しく乱れる花びらと同じような色をした小型カメラだった。
「デジカメか?」
「うん。実はね、入学祝いにお父さんとお母さんがプレゼントしてくれたの。せっかくだし使ってもいいかな?」
「ああ、じゃあそのカメラで撮ろうぜ」
特に拒む理由もない。スマホでも綺麗に撮れるが、見た感じまあまあいい値段がしそうなカメラなのでより綺麗に青春の一ページを残してくれそうだ。
改めて周囲を見ると、俺たちと同じように思い出を記録する姿があふれていた。
胸が高まる季節、風に揺らされて命のかけらを一枚一枚地面に落とす桃色の春の陽気の中、俺たち四人のはしゃぐ姿も、まったく特別ではないのだ。