表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/28

2-2

 今日から約三年間の高校生活が始まる。

 その舞台となる学舎へと向かう最中だ。

 所在地は東京都渋谷区____ 慶馬けいま学園がくえん高等部こうとうぶ。※1

 都内でも屈指の進学校として有名なのだが校風はかなりゆるく、良くも悪くも変わっていると言われている……らしい。だが、評判の良い学校であり、俺たち内部生はエスカレーター式で中等部からそのまま進学したが、他の中学から受験してきた外部生も多いようだ。

 部活動も盛んで、数多くの運動部が全国区で名を挙げている。校内には陸上競技場やテニスコート、更に冬季でも使用できる温水プールも設置されている。その他にも広い生徒ホールに設けられた学食も人気を博しているようで、更に加えると制服がオシャレだというのもその要因のようである。

 進学校ということに加えてそれらの魅力的要素が複数存在すると言えよう。

 世田谷代田からのアクセスはシンプル、世田谷代田駅から小田急小田原線で下北沢駅に移動し、さらにそこから京王井の頭線で渋谷駅まで移動する。だいたい十五分で着く。

 渋谷駅を出て徒歩で十数分、すると校舎が見えてくる。

 ちなみに表参道駅から降りて行くこともできるし、なんならスクールバスもあるが、俺たち世田谷区民で代田に住んでいる人間ならアクセスは厳しくないので、無理に乗る必要はない。


「いやぁ〜、それにしても楽しみだな! 高校生活」


 槙坂はすっかりいつもの調子を取り戻していた。


「うん、楽しみだね。でも新しいお友達、ちゃんと作れるかな……」

「鼓ってば、せっかくの高校生活スタートだってのに、そんな弱気でどうすんのよ」


 弓野は優しいが控えめな性格なので、初めての相手だと緊張して人見知りするところがある。

 倉村は、初手からサバサバと接するタイプだ。


「弓野なら大丈夫だと思うぞ。現にこうして俺たちとは仲良くしてるんだし、中等部のときも女子の友達いただろ」

「うん……。でも、中等部のときに違うクラスだった人とか、外部生の人も多いと思うから。ちょっと緊張しちゃうな」

「まあ、うちの学校は人数多いしな。緊張する気持ちもわかるかも」


 ちなみに俺たち四人は高等部でも同じクラスだ。クラス分けは既に発表されていて確認済みだ。

 いざとなれば俺たちがフォローできる。

 余談になるが、弓野は中等部時代からある意味で学校では有名だった。


「おっ、着いたな」


 慶馬学園高等部____通称は慶馬けいまこうだ。


「中等部のときから知ってるっちゃ知ってるけど、相変わらず立派だなぁ〜」


 槙坂の言う通り、たしかキャンパスが立派だと思う学校的なランキングで慶馬は都内でも一位か二位だったらしい。

 そのご立派なキャンパスが三年間俺たちの学舎となるわけだ。


「あ、あそこにある桜の木……綺麗だね」


 弓野が指差す先には、校舎近くの桜並木がひらひらと桃色の花びらを落とす姿があった。

 天気が良い、気温が高い、そのせいで忘れていたがやはり今は春なんだと、舞い散る花びらたちが思い出させてくれた。


「入学式の日に軽いお花見気分って感じで、なんか良いじゃん!」

「うん、桜ってほんと綺麗だよね。なんだか不安な気持ちが少し落ち着いたかも」


 女子二人が和やかな雰囲気で舞い散る花びらに視線を奪われている。


「……綺麗だな」


 柄にもなく、小さな春の風景に和んでしまった。





 桜吹雪と別れて、今は入学式前の教室だ。

 ご丁寧に案内係のプレートを首からぶら下げた先輩生徒が入って来たのは今より数分前のことだ。

 案内係曰く、校内放送によるアナウンスが流れるとのことで、それまでの間あまり騒がしならない程度に談笑するなり、手元にある資料を眺めるなりして時間を潰してくれとのことだ。

 資料と言っても学校の簡単な案内やPRするような内容のもの。面白い教材本でもなければ、有名人のどうでもいいゴシップ記事が載っているわけでもない。

 教室内を見渡すと、中等部時代から知っている顔もちらほらいる。ただ外部生もいるため、初めて見る顔も少なくない。

 既に知っている者同士、だいたい二、三人の小さな集まりが疎らだかできている。ポツンと一人で着席して肩を窄めるのもいれば、机と情熱的に顔を合わせるのもいる。

 実に十人十色だ。


「おーい、拓弥やい!」


 暇潰しに人間観察をしていたところ、槙坂が話しかけてきた。


「なんだよ」


 無愛想に返すと、ニヤけたつらが歩み寄ってきた。


「やっぱりうちの学園、女子可愛い!」

「……おう」

「違うクラス少しだけ偵察したけど、すごい可愛い女子いたよ」

「わざわざ隣のクラス見に行ってたのかよ……大人しくしてろよ」

「隣のクラス? ノンノン! 確かに同じ学年の様子も見たけどさ、俺は二年生の階に行ってたんだよ!」

「……嘘だろお前、よくできるな」


 褒めてはいない。そんな悪目立ちすることを入学初日からよくできるな。感心もしないが。


「んで入学式ってさ、一体何すんのかな」

「んなもん決まってんだろ。校長とかの挨拶だろ。あとは新入生の代表の挨拶とかだろ」


 何故少し考えればわかるようなことを訊ねるのか。

 まあ暇潰しの雑談相手にはなるが。


「そういや代表の挨拶って誰がするんよ? 拓弥じゃないんだな」

「どうして俺が……」

「お前成績も良いじゃん。だからそういう生徒がやるのかなって」

「とにかく俺じゃないことは確実だよ」


 全校生徒の前で代表の挨拶的なことをした経験が中等部時代までにないので、こういう場合、たとえば事前に選ばれて準備をするとかそういう流れがあるかもわからない。

 入学式当日にぶっつけ本番でお願いされるわけもないし、おそらく俺ではない優秀な生徒がいれば見えないところで準備でもいていたはすだろう。

 顔も名前も知らない新入生代表について考えていると、突如となく校内に鳴り響くチャイムに教室内の喧騒が止まった。


『新入生の皆さん、会場の準備が整いました。これより大ホールにて入学式を執り行います。新入生の皆さんは案内係に従って体育館へと移動してください。繰り返します____』


 女子生徒が落ち着きを意識して発したアナウンスが校内に流れる。それを合図に案内係の先輩生徒が二人はいって入ってきて、


「新入生の皆さん、それではこれより大ホールの方に移動します」

「案内係の指示に従って、まずは廊下の方へ整列してください」


 アナウンスは繰り返されているが、案内係がそれを遮るように俺達に指令をかけた。

 いよいよ、入学式が始まるようだ。

 案内係に誘導されるがままに新入生一同はそれぞれの教室から出て列をなし、入学式会場となる体育館へと向かう。





 新入生一同はクラスごとに整列し、入場する。

 先輩の在校生、教職員、保護者関係者に来賓達、会場は体育館ではなく既に座席が用意されているホールなので、あらかじめ決められた位置に座る。

 中等部のキャンパスにもホールはあるのだが、高等部キャンパスの大ホールはそれよりも大きい。俺たち新入生は一階席、保護者たちは二階席に着席している。

 顎を軽く浮かせると、高い天井と無数の照明。拍手をする保護者や来賓たち。これより青春と呼ばれる若き日々を過ごす俺達を、大勢の者が迎いれる。


「それではこれより、本年度における入学式を執り行います。新入生、在校生、教職員、起立。来賓の皆様と保護者の方々も御起立願います」


 スーツ姿に縁の細い眼鏡をかけた初老の男性教員のその一言で、その場に居合わすものが一斉に腰を上げた。

 物々しい緊張感を醸し出す声の中、壇上に現れた男性教員の一礼を目にし、俺たちもそれにやや揃わない礼で返す。新入生特有の統一感の無いそれの後、張り詰めた空気を震わす声で教員が開式の宣言を口に、壇上より去った。


「続きまして、野乃村ののむら校長による校長挨拶」※2


 校長による挨拶が始まる。野々ののむらという名前なのか。

 そして、それと思しき人物が姿を現した。

 校長という割には壇上横で進行役を務める初老の男性教員より若く見える。整ったスーツに身を包むその外見だが、体型は普通で髪の量はややボリューミー、顔付きは頬が少し痩せこけているように見えるが、目付きなどに変わった印象は受けない。

 ハリウッド俳優のような整った顔立ちではなく、かと言って醜いわけでもない。普通という言葉が良くも悪くも似合うどこにでもいそうな中年男性のそれだ。

 年齢はおそらく四十代……いや、三十代後半か。校長という肩書きから勝手にイメージしてしまっていた人物像とは大きくかけ離れているのは確かだ。

 校長は壇上に立ち一礼し、俺たちも一礼で返す。

 誰もが注目する中、一同の視線の先に立つその人物は口を開いた。


「えぇ……只今、ご紹介に預かりました、私が校長の野乃村虎太朗ののむらこたろうと申します」


 まずはこの手の儀式でよく耳にする軽い自己紹介から始まり、校長の名を知らされた。

 特に変わった様子はない。


「新入生の皆さん。この度の入学、誠におめでとうございます」


 と、これまたよくある切り出し方で校長の挨拶は始まった。


「やっぱり、校長の話って長くなんのかな……」


 真横に座る槙坂のように、願わくば無駄に長々しい挨拶は勘弁してもらいたいものなのだが、今は野乃村校長の話に耳を傾けるしかない。


「諸君らはこの、高慶馬を……選んで……くれて…………!!」


 ____あれ?


 どういうわけか、話し始めたばかりだというのに野々村校長は急に俯き始めたのだ。

 話を聞く最中で所々おかしな間を空けて話をする人だなと思っていたのだが、その矢先のことだ。

 野乃村校長の話し声は段々と小さくなる。より正確に言えば聞き取りにくくなってゆく。

 遂には、壇上で蹲るように首を下へと曲げ、顔を見れない体勢になっていた。

 突然の校長の挨拶の中段により、ホール内は妙なざわつきが起こり始めていた。


「あの校長、当然下向いたまま黙り込んだぞ!」

「具合でも悪いのかな」

「なんか、サプライズ的な!?」

「入学式で校長が突然黙り込むサプライズってどんなだし」


 一様に驚きの様を浮かべる新入生一同。そのざわつきは次第に大きくなる。

 職員や父兄たちもが慌て出すその時だった。野乃村校長がブルブルと小刻みに震え始めたのだ。


「あの校長なんだか震えてるみたいだけど、大丈夫?」


 槙坂が小声で心配した。

 前後に居座る他の生徒も、同じようなリアクションだ。尤もな反応は誰もが同意見のようで、新入生達の不安を余計に煽る形となる。


「…………ウッ、ウウウウンンンンーーーーーー、ウウウンンン…………ッ!!」


 不気味な唸り声が鼓膜を揺らす。

 何かの症状が出たかのように不気味な小刻みを見せたかと思えば、野乃村校長の身体からは今度は唸り声のようなこれまた不気味過ぎる声がした。


「な、なんだよ一体!? 拓弥、校長の身に一体何が起こったんだよ!?」

「俺が知りてぇよ!」


 わかることは、野々村校長が普通ではないということだけだ。

 呆気に取られると、野乃村校長は前方へ小さく折り畳んでいた身体を勢い良く剃り上げ、蹲ることで新入生達の視線の槍から逃れていた自身の顔を露わにした。

 それはそれは驚かされるものであった。俺だけではない。横に座る槙坂も、女子側の席に座る弓野や倉村も、そして他の新入生全員がそうに違いない。

 壇上を照らすスポットライトに反射し、濁り良くギラっと輝く校長の頬の光は、陽の光を受け小さな滝の様になっている。つたい落ちる水の粒はポタポタと彼の手元へと向かう。


「えっ……あの校長泣いてんのか!?」


 驚きの声を上げた次の瞬間だ。


「クッ……ウウウウウーーーーハッフッハアァァァーーーーン!! ッウーン!!」


 そこにあるのは、我を忘れて大号泣する野乃村校長の姿。


「あの校長、泣いてんぞ!?」

「えぇぇーーーー!? なんなのあの校長!」

「突然顔上げたと思ったら泣き出してるとか、大丈夫かよ!?」


 驚きは次々と声となり、ホール内を揺らした。

 俺も突然のことに、何がなんだか理解出来ずにいた。校長が話の途中で蹲り、顔を上げたかと思えば大粒の涙を流す。


「新入生諸君、そして後方の父兄の方々、ご静粛に願います。野乃村校長は喜怒哀楽が激しく、特に"喜"に関して人一倍敏感な方でして、諸君らがこうして入学してくれたことに心から感謝していらっしゃるです。ですので、安心して式に臨んでください」


 フォローなのか、壇上横の進行役の教員の言葉だ。

 つまり、嬉しさのあまり泣いているということなのか。


「こんな情緒不安定な校長安心出来るかよ! 嬉し涙だとしても程があるだろ、普通」


 男子生徒のそんな尤もな声が聞こえてくる。その通りである。


「なんだか凄い校長だな、拓弥」

「ああ……。色んな意味でな」


 槙坂までもが引いている。

 聞いた事がない。

 嬉しさのあまり泣き出すのは結構だが、入学式の最中、しかも自身の挨拶でこんな役者顔負けの泣き芸を披露する校長なんて。

 役者やコメディアンが別の意味で涙を流したくなるぞ。


「えぇーー新入生諸君、静粛に、静粛に! ____それでは野乃村校長、挨拶の続きをお願いいたします」


 進行役に静まる様促され、ようやく儀式らしい落ち着きを取り戻した。が、こんな事になって落ち着きもクソもなく、異様な空気が充満している。

 そんな中で、校長の挨拶は再開させるのだ。


「……ミミ、皆さんのォーー、御礼を受け止め…………教育者という大きなてん……クッ、カカ、カテゴリーに比べたらァーー! 高校受験生の調査報告ノノォォォォ〜〜〜〜!! デッデッデ、データを、十分に参考にさせでイッ……頂いて……って事で、もう一生懸命ホントに、子供達の学力低下問題、体力低下問題、少年犯罪や……非行へェェエエ者ッハアアアァアーーーーーーーーッ!!!! 非行へ走る若者の問題ワァァァ! 我が校のみ……ウワッ、ハッハァァァァァーーーーーーーンッ!!!! 我が校の、ッハアーーーー!! 我が校ノミナラズ、東京みんなの……日本中の問題じゃないですかァッ!?  このにほんンフンフンフ、ハァァァァァーーーーーーーーン!!!! アゥッ……、アウォウウアアアァァァァァァァァーーーーーーーーゥアン!!!!! このヒホンアゥァウ……ァァァァァーーーー!! 世の中を… …ウッ、ショウライ、ガエデモラエタイ!!!」



「「「「「安心できるかぁぁーーーー!!!!」」」」」



 ギャグ漫画のようなことが起きた。

 校長そのものがもはやギャグの領域を越しているが、生徒たちが一斉に口を揃えて漫才師の如くツッコミを入れた。

 後方二階席からも地鳴りのような声の重なりを感じたので、たぶん保護者たちも同じだろう。

 おそらく、女子生徒側はよく見えないが倉村あたりは声を大にして叫んだだろう。弓野は突っ込んでいないが困り顔を浮かべているに違いない。

 揺れ動くホール内、壇上後部に飾り付けられた日の丸の旗もまた泣いている……ように見える。

※1

前は駒場東大前という駅の近くにあるという設定でしたが、渋谷の方にあるキャンパスという設定に変えました。


※2学園、学院の学校で校長という呼称が正しいかいまいちわからないですがとりあえず校長とします。

あとモデルはこちら

https://dic.pixiv.net/a/%E9%87%8E%E3%80%85%E6%9D%91%E7%AB%9C%E5%A4%AA%E9%83%8E

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ