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「どうして俺がいないのに俺のお祝いしてんだよ……」
家に着いて最初に発した言葉がこれだ。
俺の誕生日は昨日、四月六日だ。二日連続で俺を祝う催しが開催されるのもおかしいが、今問題になっているのはそこじゃない。
広いLD部分、テーブルの上に広がるはチキンやらケーキやらのご馳走。より正確に実況すると、テーブルの上にはケーキもあるが大部分は肉類で占められている。これがオセロなら間違いなく肉が勝つ状況だ。
「おかえり、今日の主役! 毒味して待ってたよ〜」
茉奈姉さんの片手には、一部分が欠けた骨付きチキンが握られていた。
「なんだよ、これ」
「チキン! あっ、ちゃんと拓弥の分もあるよ。主役なんだし」
「そうじゃなくて、このテーブルいっぱいのご馳走は?」
「決まってんじゃん、拓弥をお祝いために用意したんだよ!」
もぐもぐとチキンを頬張りながら歩み寄る茉奈姉さん。そして他の二人の姉、杏果姉さんと明日夏姉さんもいる。
「俺の誕生日なら昨日で終わったろ」
すると杏果姉さんが「明日から高校生じゃん!」と言い出し、続けて明日夏姉さんも、
「これは高校進学のお祝い! 昨日のパーティーとは別だよ」
と、野菜スティックを加えてポキッと音を立てた。
野菜もあったんだ……。しかも緑色だからそれはきゅうりだ。
「弟のこと祝い過ぎだろ!? 俺、何も聞いてないけど」
「だって教えたらサプライズになんないもん。ささっ、拓弥もたくさん肉とか肉とか食べなよ!」
現在進行形でシャキシャキと野菜を頬張る明日夏姉さんから肉を勧められた。
「……もしかして主催者は明日夏姉さん?」
「あー、この場合どうなんだろうね? パーティーやろうぜって言ったのアタシなんだけど、食べ物の調達は茉奈ちゃんがやったからね」
「だから肉ばっかなんだな」
呆れると茉奈姉さんはチキンを握っていない方の手で頭を掻いて、謎の照れ顔を見せる。
言うまでもないが、誰も褒めていない。
茉奈姉さんは肉が好物なので、この人にご馳走を用意させるとバランスが著しく悪くなる。
「ほらほら、拓弥も肉食って明日に備えようよ」
「そそ、ケーキも甘くて美味しいよ」
俺と同時に家に入ったはずなのに、美沙貴と玲亜姉さんは既にパーティーの空気に溶け込んでいる。
ケーキは一般的なショートケーキだ。白いクリームの上にいちごがちょこんと鎮座している。
「……どうせ夕方だし、食べるけど」
夕食にしては少し早いかもしれないが、せっかくのチキンが冷めると勿体無い。
最も近い位置に置いてあった丸皿の上のチキンを一つ取り、歯を立てて齧る。
「んッ!?」
口に含んだ瞬間、その外観からは想像し難い酸味が広がった。
「なんだよこれ! 酸っぱいぞ……酢か?」
調味料のさしすせそ、その三番目の味だ。
わずかに含んだ分を素早く飲み込み、口から離して今度は鼻に近付けつてみる。
ツンと鼻を刺す独特の香り、間違いなく酢だ。
「あっ、それ当たりだよ! おめでとう〜〜、パチパチパチ〜〜!」
「嬉しくねぇな、なんでチキンに酢かけたし?」
「知らないの? お酢って健康に良いんだよ」
「なら茉奈姉さんのチキンにはかかってないのか?」
「当たりって言ったでしょ! たくさんあるチキンのどれか一本にだけお酢を使ったんだよ」
「だから嬉しくねぇんだよ、そのサプライズ」
健康で言うなら全部にぶっかけろと言いたくなるが、チキン相手に下手な酸味を加えてもハーモニーとか綺麗な言葉で表現できる味わいにならない。
よりにもよってハズレを引いたわけか。茉奈姉さん的には当たりのようだが。
「ちなみに当たりを引いた人には景品としてお米たくさんあげるよ。やったね!」
「お前だったのか犯人、日本中から恨まれるぞ」
「じゃあ赤いき●ね大量にあげるのは?」
「何故大量に持ってる?」
「美味しいじゃん、赤いきつ●! あとフェミニストが不買運動するとか言ってたから、東●水産を助けようと思って」※
「不買とか言ってんの一部のアホどもだけなんだよ。普通の人は普通に買うんだよ」
そもそもどこから買ったんだよこの人は。
ネットで注文できると思うけど、まさかその辺のコンビニやスーパーの棚からまとめて買ったわけじゃないだろうな。
「緑のた●きはある?」
明日夏姉さんが茉奈姉さんに訊ねた。
この人、緑のたぬ●派だったのか。
「ごめ〜ん、買い占めたの●いきつねだけなんだよ」
どうやら茉奈姉さん、どこからか買い占めたらしい。俺のために他に食いたい人の迷惑を考えないのはいただけないな。
「なーんだ、たぬきパーティーしてみたかったのにな」
「明日夏姉さん、何故か残念なってるけどそれきつねパーティーじゃなくてそばパーティーだろ」
「そうとも言うね。ま、うどんも好きだけど」
うどん派かそば派で戦争でも勃発するするかと思ったのだが、どうやら和気藹々《わきあいあい》としたこの雰囲気ではその心配はないらしい。
「んで拓弥、赤●きつねいる?」
「……じゃあ一つだけ、後で食うわ。残りは茉奈姉さん食えよ」
とりあえず一つだけ貰うことにしたが、
「ちょっ、わたしが食いしん坊みたいじゃんっ!!」
と、茉奈姉さんはおかんむりになった。
だから「実際そうだろ」と言い返すと、
「……ほ、ほら……そのね、少しよ、少しだけ食べる量が他人より多いだけですわよ」
と、バツが悪そうに視線を逸らしたではないか。
「茉奈姉さん、最近新しくできたカレー屋で何食ったよ?」
「そんなもん、カレーに決まってんじゃん」
「そのカレー、量は?」
「ふぇっ?」
「……量は」
「……一人前を二倍から三倍にした量と考えて頂くとわかると思います」
「少なくとも二人前より多いってことだよなっ!?」
三人前まで食えるならとんでもない食欲だ。
ちなみにその写真をSNSに投稿して最近バズったらしい。
「……茉奈ちゃん、よくそんなに食べれるよね。私なんてコンディション良くないと牛丼の並盛りもヤバいのに」
茉奈姉さんの大食い伝説に度肝を抜かれていたが、別の意味で俺たちをひどく驚かせたのは美沙貴だった。
「お前どんだけ少食なんだよ。大丈夫か?」
「うっ、こんなときに弟が優しく心配してくれる……。ちゃんと毎日食べてるよ。他人より食が細いだけだし」
確かに美沙貴は女性の中でもかなり線が細い。スラットしているという表現にしたいところだが、それはモデル体型の明日夏姉さんに用いた方が正しいだろう。
ものすごくガリガリしているとまでは言わないが、牛丼並盛りも満足に食べられないと聞くとやはり心配にはなる。
「牛丼屋って小さいサイズもあるよな? それなら食えるのか?」
興味本位で訊ねると、本人はムッと顔を顰めた。
「さすがにそれなら食べれるし! 食が細いって言っても小さな子どもじゃないんだから」
「じゃあ小盛りの牛丼、何分で食える?」
「え? えっと……三十分から四十分くらい、かな」
「ファーストフードにおいてこの上なく迷惑な逆だな」
この場合店員は水ぶっかけて店内から叩き出すくらいのことを認められるだろうか。
もうやめようぜ、お客様は神様ですって時代錯誤の精神は。
客と店員、この両者は金を通して対等な立場だろ。
「さすがにお店に迷惑かけないから! テイクアウトがあるし」
「で、一人で食うのか……」
「うぐっ!? うぅぅ……私には、一緒に牛丼を食べる友達なんていないもん……」
美沙貴は面白い女かもしれない。
言葉一つでコロコロと表情を変える。
怒ったり悲しんだり、風見鶏みたいだ。
「こらこら拓哉、お姉ちゃんには優しくしなさい。牛丼なんて誰かとワイワイしながら食べるものでもないよ」
そう言って玲亜姉さんが美沙貴を慰めるが、属性的にはこの二人には近いものがある。
美沙貴ほどではないが、玲亜姉さんもどこかネガティブで友達が少なかったりする。
「じゃあ玲亜姉さんは一人で食えるのか」
日ごろのこともあって、我ながら意地の悪い質問をしてやった。
しかし玲亜姉さんが美沙貴とは違うのは、浮かべた笑みに自信が見られるところだ。
「そりゃ〜、もちろん! 私は平気だよ」
この人もネガティブ思考に入ると面倒なところがあるので、胸を張る姿は少し意外だった。
「へぇ、そうなんだ」
「そうそう、だって写真アップしたらファンの人たちがコメントくれるもんね」
「ん? どういうことだよ……」
「たとえば牛丼の写真を撮ってSNSとかブログにアップするじゃない? しばらくすると必ずファンの人がコメント書いて勝手に盛り上がってくれるから、たとえぼっちでも私は一人じゃないもん!」
「え? 玲亜姉さん、ファンのことを友達と思ってんの……」
おそらくそれは友達とは言わない。
が、表情筋フル稼働で満遍の笑みを咲かせる本人に指摘するのは野暮だ。
あまりにもキラキラしているので、俺は口を閉じた。
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