プロローグ
【二〇XX年 四月六日 月曜 二十三時】
東京都世田谷区、閑静な住宅街は夜の闇に溶け込んでいた。
世田谷といえば富裕層が住んでいる、と考える者も少ないないかもしれない。実際に高級住宅街は存在する。が、世田谷区は都内最大の行政区であり、そのすべてが豪邸と呼べるものではない。金持ちが暮らす豪邸もあればごくごく普通の一般住宅も存在し、マンションもあれば平均的なアパートもある。
世田谷の中でも代田地区は低層住宅地であり、大きな商業施設や公共施設は見当たらない。立地的に新宿に近いが、都内でも静かな街と言える。
しかし、稲本拓弥はそんな代田の住宅地において一際目立つ大豪邸に暮らしている。広々とした庭、綺麗な池、三階建の住居に屋上、それと地下室もある。もっと言えば小さなプールまである。低層住宅の多いこの地域に異質な大豪邸が建てられた理由は、住んでいる本人も実はあまり知らない。
当然、彼はそんな大豪邸に一人で暮らしているわけではない。
彼はもうすぐ高校生となるのだ。十六歳の誕生日を迎えたばかりであり、自身の誕生日パーティーでの出来事をふと思い出しているところである。
「はぁ……」
中途半端に開けた窓から夜の灯りが射し込んでくる中、拓弥は決して軽くないため息を一つ吐き出した。
春だが、夜の空気は肌寒い。
「たくっ、あの姉たちは……」
そんな小言は、穏やかとは言えぬ声色で溢れた。
この大豪邸に、高校生になる直前の少年が一人で過ごしているわけではない。
拓弥には姉がいるのだ。
しかもその数は一人ではない。少子高齢の世においてその数五人、彼を含め家族六人で生活をしている。
専属の家政婦はいないが、昔から契約している家事代行会社が出入りすることは多い。両親は海外で過ごすことが多く、定期的に帰ってくる。
ゆえにこの家で共に生活しているのは姉たちなのだが、その姉たちも普通でない。一般人ではなく、職業柄もあり、六人全員が揃う機会がそれほど多くない。
拓弥が吐き出した思い息だが、そんな姉たちのせいと言えるのだ。
「……寝よう」
拓弥は窓を閉め、床に就いた。