表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

死神日記

作者: ロコロコ

仕事三昧な死神様は休暇の過ごし方がわかりません。

 今日は天気が良いのか、暗雲の隙間から亡者を焼け尽くす灼熱の光が差し込んでいた。窓から見える久しぶりの光線に目を細めていると、気合の入った看守の怒鳴り声が聞こえてきた。そのすぐ後には、亡者が元気に悲鳴を上げている。部屋に閉じこもっている今の私とは違い、外にいる彼らは退屈のない充実した一日を送っているのだろう。


 私は大きくため息を付くと、机の上に広げている真っ白なノートを睨みつけた。手にしたガラスペンにインクを浸したものの、書く事が思いつかないでいるのだ。

 日記というものを始めたのだが――思った以上に苦戦している。いっそのこと投げ出したい気分だ。


 事の始まりは、上司であるハデス様から突然休暇を頂いた時の事だ。私の就業状態を調べたら、一年間で休みが瞑想1時間しかなかったらしい。ハデス様や奥方様だけでなく、他冥界の神々にさえ体を心配され、協議の結果1週間の休みを与える話になった、と一方的に伝えられた。そんな突然降ってわいた休暇に戸惑っていた私に、退屈しのぎにと、部下が教えてくれたのが日記であった。

最近冥府で流行りだしている現世の習慣だという。一日の出来事を記録する日記を書くことで、少しは気を紛らわせるかも知れない。


 部下に言われて、現世の習慣を行ってみるのも悪くないかと、軽い気持ちで承諾した。それがどうだ、初日から躓いている。冥府の神の一柱である死神の私が、こんな些細なことで、これほど悩む事になるとは思いもよらなかった。


「……今日起きたことを書けばいいのなら簡単だ。だがそれではダメなのだろう……」


 昨日から書くのを始めた日記は、朝一番に部下に見せたところ、報告書を書いてどうするのですか、と注意されてしまった。一日の起きたことを書くのが日記だと言われたので、言われたとおり昨日の出来事を、詳細に書いたのがまずかったらしい。

 納得がいかない私は、他の神々や部下たちにも日記の内容について聞いてみた。すると今日起きた出来事を書けばいいと、皆同じ事を言う。しかし書いた日記を見せると、これまた皆口々にそれは違うと首を振る。おかげで私は混乱するばかりであった。


 書き直すための内容を、頭を絞り考えているうちに、ペン先からインクが滴り落ちてノートを汚していることに気づいた。嘆息を吐いて、そっと筆をノートの横に置いた。

 ただ日記を書くだけで、どうしてこんなに悩まなければならないのだろうか。ふつふつと怒りがこみ上げてきたが、ここで癇癪を起こしたって何も始まらないのはわかっている。


 強制ではないので、このまま日記を放棄するという選択肢をとっても良い。しかし、部下に勧められたとはいえ、自分で決めたことを途中で放り投げるのは気分が悪い。それに、現世の習慣を一日しか続けれないと知られれば、ほかの神々に笑われるかもしれない。冥界はともかく、天界の神々は絶対馬鹿にしてくるだろう。それは悔しい。

 やむ得ないと、私はまたガラスペンを手に取り、真っ白なノートに筆を走らせた。


【特になし。】


 これでいい。まだ一日は終わっていないが、特に何もないのは確かだから嘘ではない。満足して頷きながら、私はガラスペンを布で吹いて丁寧に筆入れにしまった。それからノートを手荒に閉じた後、ピンク色の表紙を見つめて思わずため息をこぼした。

 花柄模様に囲われて、『死神様専用日記』と書いてあるノート。わざわざ部下が私のために選び、書いてくれたノートなので文句は言えない。花柄模様は元々のデザインなため百歩譲るとして、なぜ丸文字なのか。私が使う日記なのだから、普通の書体で良いだろう。血文字ではないだけ、ありがたいと考えればいいのだろうか。

 最近流行りだしている書き方だと、女性部下は力説していたが、真偽は不明だ。本音は、そんな流行りが冥界にあってたまるか、であるが。


 眺めるのをやめて、机の上にある本棚にノートを差し込んだ。それから、隣にある分厚い図鑑を取り出す。現世の図書館で見つけた本であり、休暇の暇を潰してくれる貴重な存在である。『拷問器具全集』は、ページをめくるだけで心を躍らせてくれるのだ。これらを使って脱走する亡者や、冥界に不法侵入する神々や悪魔などを罰している姿を想像すると、普段のストレスが少しは緩和される。

 親切なことに使用方法だけでなくところどころに作り方が書いてある。休暇が終わったら、すぐにでも開発部に掛け合うつもりだ。しかし休暇が終わるのは、長いことに1週間後である。私はすでにこの本を隅から隅まで読み解いて、すっかり記憶してしまっている。今はまだ飽きは来ないが、これだけで休暇を過ごすのは厳しい。


「いっそ現世のどこかの山に入り込んで、白骨死体のフリでもしていようか。そしたら1週間なんてあっという間だろうに」


 現世に住む生者に見つかっても、騒がれることは少ないだろう。ただし、それを行うには、部下の目を掻い潜る必要がある。許可を出してくれるとは思えない。


 今の私は休暇中の身でありながら、自由に現世に行くことができないのだ。正確に言うと、休暇初日は自由に外出できた。


 暇つぶしにと、現世の図書館を訪れた時、そこでとある浮遊霊に出会って冥界への案内を頼まれたのだ。

 現世には、様々な理由で冥界に行きそびれた亡者が存在している。それを改めて導くのもまた、冥界の神の役目である。休暇中であろうが、彼らの頼みに応えるのが魂の案内人こと、死神の筋。帰りの途中ということもあり、浮遊霊たちを連れて帰ることにしたのだ。すると、なぜかハデス様に渋い顔をされた。


 その後、休暇を与えたのに仕事をしては意味がないだろうと、今後は部下をつけた状態で長期休暇を過ごすことになった。おかげで、一々部下に外出許可を取らなければ、現世に降りれなくなった。四六時中働いている私の姿を見て心配しての休暇らしいが、自由を縛っては休まるどころか逆に疲れるではないか。これなら仕事をしている方がマシである。また抑えていた怒りが湧き上がり、自分の沸点がこれほど低かったかと訝しむ。


 いや、きっと休暇という慣れない状況に置かれているからだろう。何度目かになる溜息を吐き出してから、考えることを放棄した。今はこの本の拷問器具の使いどころを想像することが、精神衛生上一番良いようだ。


 カレンダーに目をやって後五日だと心の中で反復しながら、私は退屈な休暇をひとり過ごすのであった。


※修正と加筆しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ