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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第一章 雪山で、引きこもる。
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9-魔獣⑦

 岩場の陰で乾いたブッシュの焚き火が火精とともに小さくはじける。

 冷たい夜であった。小さなほうは毛布にくるまっていたが、ことさら大きなほうは胸甲板だけつけた軽装姿で口に加えた一〇センチほどの枝からうまそうに煙をくゆらせていた。

 親魔獣(イルニーク)を狩りにきた狩猟者たちの野営であった。

「マクシームさんは寒くなさそうですねぇ」

「昼間の熱が残ってるからな」

「今に限って言えば羨ましいですね」

 マクシームと呼ばれた大男はむんっと腕の筋肉を盛り上げる。

「ああ、それは結構です。うら若き乙女になってんものを見せるんですか」

 小さなほうのショートカットの黒髪の女はげんなりとする。

「勇者サマの『精霊の贈り物』(ドゥフバダラ)ほどじゃねぇけどな」

「どぅふ、ばだら?」

「そういやあっちじゃ『神の加護』(プロヴィデンス)だかっていうんだったか」

「加護のことですか。ていうか勇者サマとかホント、カンベンしてください」

 召喚されて半年あまり、魔王もいないのに勇者勇者とおだてられてうんざりしていた。いや、自身は早々に見限られ、おだてられていい気になっている他の召喚者の姿にうんざりしていたというほうが正しいかもしれない。

 黒髪の少女はゲラゲラと笑う筋肉髭ダルマを恨めしそうに睨らむ。

「そういうな。勇者云々はともかく、獲物がどこにいるかわかるなんてハンターならだれでも欲しがるぜ」

 黒髪の少女の力は地図とマーキング。

 脳内に自身を中心にした一定の範囲内の地図が表示され、そこに少女に対して一定以上の敵意や害意を持った、一定以上の力のある存在をリアルタイムで赤くマーキングする。

 この一定の範囲、一定の力というのが曲者で、範囲と力の基本値というのが定かではなく時には草原の兎がマーキングされることもある。さらにその敵意や害意にしても反応には幅があり、僅かな悪感情から殺意まで、どのくらいの敵意で反応しているのかも一定ではなかった。

 うつむく少女。ぽつりとこぼす。

「……申し訳ないじゃないですか、足手まといでしかないですし」

 体力も魔力も戦闘能力と呼べるものは皆無であり、ここまで来るのもマクシームの背中に乗せてもらってきたのだ。

「わかってねぇなぁ。ハンターは役割分担、助け合いが基本だ。無傷でここまで来れたからこそイルニークを狩れた。今も安心して眠れるし、帰りの不安もない」

 マクシームは真顔でいう。

「アカリを必要としてるから引っ張ってきたんだ。心配すんな、お前の一人や二人、小人みてぇなもんだ」

 召喚された国で役立たずと冷遇されたことが思った以上に少女のコンプレックスになっていた。

 マクシームはそれを察していた。

 アカリと呼ばれた黒髪の少女は照れ臭そうに笑い、誤魔化すように火精へブッシュをくべた。


「……でもあの魔獣、なんで襲ってきたんですかね」

 アカリは小さく欠伸をしたあと、眠気退治に口を動かす。

「アレルドゥリア山脈の白幻と呼ばれて、人を襲ったなんて噂にもならないくらい姿を見せないから過去数百年で十数頭しか狩られていないですし。年に一度きり、一組しか挑戦を許されないことを考えるとそんなもんかなとも思うんですが、今日のように好戦的ならもっと狩られていてもおかしくない、とも思うんですよねぇ」

 マクシームは短くなった煙木を火精に投げ込んだ。

「わからねぇ」

 そしてまた腰から煙木を取り出す。

 火精がふわっと飛んで煙木に火をつける。

「すまねぇな」

 練習ですよとアカリはいう。

 これはオレの勝手な想像なんだが、と前置きしてマクシームは話だした。

「座して死を待つのを嫌ったのかもしれねぇな。種として好戦的じゃないとはいえ、個体差はある」

「病気、ですか?」

「いや、老いじゃねぇか?見たことも聴いたこともねぇ大きさから言って。それに戦闘の最中に脚の力が抜けやがった、あれがこっちにとっては隙になったがな」

 老いですかとアカリは無常を感じる。

「こっち見んじゃねぇよ、オレはまだまだ若い、街の姐ちゃんたちには今でも-」

「ああ、そういうのは結構です」

「……いつでも王国筆頭クラスのハンターが挑戦するわけじゃねぇしな」

 くじ引きである。

 今回だけは勇者の試金石として王国政府が協会にごり押ししたに過ぎない。

「ほれ、もう寝ろ。明日は早いぞ」

 朝一番の予定である。

「でも、見張りが……」

「オレは当分寝つけねぇ、ていうか人肌がねぇとなぁ」

「セクハラオヤジめっ」

 アカリはプンスカと毛布に包まって横になった。

 ゲラゲラとマクシームの下品な笑い声が冷たい夜にこだました。


 横になったままアカリがそっとつぶやくと、マクシームは短く答えた。

 風精が動いていたのを終始感じていた。


 聴かれてますね。

 赤くねぇんだろ?

 はい。

 ならほっとけよ。

 

 そんな声に安心してアカリは目をつむった。

 ごりごりした地面もそれほど悪くないなと思い始めていた。

 

 



 ハンターはその翌朝早くに、何事もなく去っていった。

 夜遅くまで起きていた蔵人がそれを見送ることはなかった。


 

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