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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第三章 船を待つ日々/後月
81/144

79-霧深きチッタ村

 

「『飛竜の盾』?」

 なんだかゲームみたいだなと蔵人は思ったが、当然口にはしない。

「前に言った魔獣素材のアタリの組み合わせだ。ハンターが冒険者と呼ばれていた時代よりもっと前から伝わる職人にとっては有名な盾だ。

 だが『体感重量軽減』なんて程度の効果しかなく、精霊魔法の普及によってドワーフ以外の作った安価で優れた金属盾が出回って、ただでさえ何かと手間のかかる飛竜の盾はますます廃れちまった。

 だが本来はその辺りに売ってる盾とは比べ物にならねえ。物理強度は腕の良いドワーフが汎用金属で作ったオーダーメイドを超え、魔法強度は当然それより上……のはずだ」

 特殊金属を除く汎用金属の盾は対物理攻撃に優れ、魔獣素材は対魔法攻撃に優れると言われる。


「……はず?」

「ただの飛竜の盾なら怪物の盾に一歩、いや一歩半は劣るってところだが、今回は割れたとはいえ怪物の盾が組み込めるかもしれねえから、おれにもどうなるかわからねえんだ。最低限、飛竜の盾としての機能は保証するがな。

 だからわざわざ飛竜の盾なんざ作るより、飛竜の素材は売っちまってどこぞのドワーフに盾を作らせたほうがいいともいえるが、どうする?」

「いや、いい。どの道、マルノヴァのドワーフとは相性が悪い」

「あん?……ああ、あの偏屈ドワーフか。気にいった奴にしか作らねえっていう。だがマルノヴァに他にもドワーフはいるはずだぜ」

「話も碌にせず断られたからな。いまさらあの街で探す気にもならない。その飛竜の盾とやらを作ってくれ」


 エカイツは嬉しそうな顔をした。

「やれやれ、朧黒馬だの巻角大蜥蜴だの、しまいにゃ飛竜の盾ときたもんだ。引退してからのほうがやりたいことが出来てるってのは皮肉だな。

 一つ、調達して欲しいものがある。飛竜の盾には緑鬣飛竜、朧黒馬の素材を使うが、もう一つ這い寄る木(アルジェ)が必要だ。アルバウムのほうじゃトレントとか呼ばれてる奴だな」

「この辺にいるのか?ラッタナから北上してきたが、見た覚えがない」

「這い寄る木はバルークにゃいねえ、マルノヴァより北、ユーリフランツだとマルノヴァの北西、北の森と竜山に挟まれた奥地にいる。そこに『霧の民』と言われる少数民族がいるらしいから、そいつらに這い寄る木の品定めを頼むといい」

「……らしい?」

「いやおれも会ったことがねえんだ。もう死んじまった師匠が昔に、もし這い寄る木を使うなら『霧の民』に頼めって言ってな。

 まあおれも何度か這い寄る木を扱ったが、一つとして同じ木質のものはなかった。熟練の木工師でも生きてる這い寄る木を見分けるのは不可能らしく、這い寄る木は手に入れた木質を見てから何を作るか決めるんだ。俺も這い寄る木を扱った時は盾に向く木を仕入れたが、それだけで随分時間がかかっちまった」

「見知らぬ人種が行って、ぽんと交換してくれるのか?」

「いや、最近じゃ実在することすら知られていない奴等だからな。条件がある」


 蔵人はエカイツを胡乱な目で見た。

 さっきから、はず、だの、らしい、だの、しまいには実在すら怪しいとくれば、疑いたくもなる。

「ボケてねえよ。この時期だとマルノヴァ北西の奥地、這い寄る木のいる森で飛竜の肉を炙ると現れ、飛竜の肉と交換でこちらの求める這い寄る木をくれるらしい。

 いいか、誰にも言うなよ?一応、師匠から秘密だと言われてるんだ」


 蔵人はますます胡乱な目でエカイツを見た。

 森で飛竜の肉を焼いたら来るのは猛獣だけだ。どこに肉を焼いて現れる者がいるというのか。

「くっ、バカにしやがって。実際師匠は自分の欲しい木質の這い寄る木を持ち帰ってきたんだ」


 蔵人はしばらく考え、そして信じてみることにした。

 どうせ暇なのだ。

「……わかった。だが、そんな秘密を俺に教えていいのか?言い触らすかもしれんぞ」

「そんな社交的なタマかよ。

 ……ただの娼婦でしかない女の仇を討って、百万ルッツをぽんと置いて行く奴がそうそう秘密を漏らすわけねえだろうが。くだらねえこと言ってねえで、とっとと飛竜を出しやがれっ」

 エカイツは照れ隠しなのか怒鳴りつけるように言った。

「わかった。秘密は守る。で、どこに出せばいい。切断してあるとはいえ量が多い」

 ついてこいっと言ってエカイツは工房の奥に入っていった。


 エカイツの呆れるような視線に晒されながら、蔵人は切断された飛竜、残しておいた朧黒馬を工房の奥にあった解体所で次々と取りだしていく。

「……便利な魔法具だな。見たことも聞いたこともねえが」

「食料の範疇に入るものしか入らないがな。誰にも言わないでくれ」

「おめえが霧の民のことをバラしても言わねえよ」

「律儀だな。……で、加工費はいくらだ?」

「――いらねえ。ちょっと待ってな、解体(ばら)しちまうからよ」

 飛竜を食料リュックから出し切った蔵人は横で飛竜の皮や骨を剥ぎ始めたエカイツを見る。

 だが蔵人が何かを言い募る前に、エカイツが先手をうった。

「――もう百万ルッツを受け取ってる。だからいらねえ」

「あれは――」

「――事情はともかく、エスティアの仇を討ってくれた。エスティアがどう思うかなんてわからねえが、おれはあれでよかったと思ってる。レイレもソリオンも同じだ。……だから、礼くらいさせてくれ」

 エカイツはそれ以上何も言わず、黙々と飛竜と朧黒馬を解体していく。

 蔵人もそこまで言われては何も言うことが出来ず、ペコりと頭を下げた。


 エカイツは慣れた手つきでいくつものブロックに分けられていた飛竜を鱗のついた皮、翼膜、翼爪、脚爪、肋骨、牙、顎骨、肉に、朧黒馬の背骨付き肋骨、脚骨、蹄、歯、肉と切り分け、蔵人に肉だけを返却した。

「飛竜と朧黒馬の加工だけでもそれなりに時間がかかる。這い寄る木と怪物の盾は次来るときにまとめて持ってきてくれ。完成はおまえさん次第だが、十日もかからねえだろうよ」

「早いな」

「こっちゃ引退してるんだ、他の仕事なんかほとんどねえからな。まあ、協会が置かれりゃそんなことも言ってられなくなるだろうが、すぐにハンターが来るわけじゃねえ。

 盾一つに十日もかけられるなら、十分すぎる時間だ」

「わかった。霧の民とやらが本当にいれば五日もかからないはずだ」

 だからいるって言ってんだろうがっというエカイツの怒鳴り声を背に、蔵人は工房を後にした。



 蔵人は魔獣厩舎で雪白とアズロナを引き取ると一路、マルノヴァに向かう。

 霧の民が実在するかどうかは蔵人としても未だ半信半疑であったが、暇つぶしにはちょうどいいかと考えていた。

 念のため、飛竜の肉を交換に使ってもいいかと雪白に聞くと一瞬の躊躇いもなく了承した。

 蔵人の安全性を高めるために同意したのか、飛竜の肉があまりにもまずくてどうでもよかったのかは定かではなかったが、これで問題はない。


 ラッタナ王国から北上する際に遭遇した山岳民族との物々交換を踏まえて、蔵人は念のために飛竜の肉だけでなくほかの食料もマルノヴァで買って持っていくことにした。

 蔵人はマルノヴァにつくと食料品を店先で買って、人目のつかないところでそれを食料リュックに入れる、という怪しげな行動を繰り返し、十分な量を買い集めるとすぐにマルノヴァを出た。


 エカイツは、マルノヴァの北西にあるチッタという名の小さな村があり、その村のさらに先にある森が霧の民が出没する地域だと言っていた。

 蔵人たちはその言葉通り、まずはそのチッタという村へ向かっていた。


 蔵人と雪白はまるで競争するかのように、白い息を吐きながら針葉樹の森の中を疾駆していた。

 北の森は黄色に色づき、すでに葉も落ちてきていたが、こちらは奥に進むほど針葉樹が増えていき、進めば進むほど暗緑色の世界が広がっていった。 

 森の中の勾配も激しく、魔獣車が通る道は森を大きく迂回するように作られているのも納得であった。


 そんな森でも雪白は速い。

 雪白の故郷であるアレルドゥリア山脈ほど険しくないのだから当然である。

 それを追う蔵人の動きが鈍く見えるがそれは雪白と比較するからであり、普通のハンターから見れば、時折四足歩行を交える蔵人は、十分獣じみた動きに違いなかった。


 雪白はそれでも随分と手加減していた。そうでなければ速度に秀でてもいない蔵人と競争にはならない。

 だが雪白は楽しげに、時折追いすがってくる蔵人をアズロナ付きの尻尾でぺしぺしとおちょくった。

 蔵人は毎度のことながらも雪白の妨害に、いつかそのクソ長い尻尾を蝶々結びにしてやると叶わぬ怨念を滾らせながら、何度も足を取られ、腰を取られ、首を取られていた。

 アズロナも雪白の高速移動に怯むことなく、むしろ楽しんでいるようで、尻尾が蔵人をおちょくるたびに、尻尾の先でぎーぎーと楽しげな声をあげた。


 雪白がいる限り、飛竜や他の魔獣が襲ってくることはほとんどない。

 蔵人たちは森の中をさながら遊園地で遊ぶかのように、駆けていった


 休憩と野営を挟んで一日ほど走り続けると、うっすらと、霧が漂い始めた。

 元々の寒さと霧の冷たさに蔵人はしっかりとローブの前を合わせた。

 霧は先に進むほどどんどんと濃くなっていくようだが、それはチッタ村、そして霧の民に近づいた証拠でもあった。


――・・・・・っ


 小さな耳がぴくりと動き、雪白は駆けるのをやめた。

 後ろからぜぇぜぇと激しい息遣いをさせて蔵人が追いついて口を開こうとする。

「どうかし――ブフッ」

 だが、煩いとばかりに雪白は尻尾で蔵人の口を塞いだ。


――た……すけて、…ださいっ


 雪白の耳が再び、ぴくりと動く。

 雪白が視線だけで蔵人を見上げ、蔵人も何が起こっているのかはわからなかったが、頷いた。


 雪白が道を逸れる。

 といっても元々道などなかった。エカイツからもらった位置関係だけが分かる大雑把な地図と雪白の嗅覚、そしてたまに雪白が飛び上がって上空からチッタ村のおおよその方向を見極め、道なき森を進んでいた。

 

――助けてくださいぃ~


 雪白の後を追う蔵人にも雪白が何に気づいたのかようやくわかった。

 べそをかいたような、なんともいえない情けない声が蔵人の耳にもはっきりと聞こえていた。


 雪白の姿が消える。

 いや、岩が重なって出来たような、ちょっとした崖を飛び降りたのだ。

 蔵人は雪白のようにヒョイと気軽に飛び降りる気にはなれず、適当な足場を見つけながら降りていった。

 

 

 男が穴に落ちていた。

 それだけならまだしも、這い寄る木らしき魔木がその穴を半分ほど塞ぐように覆い被さっている。


 蔵人たちはまだ這い寄る木と遭遇していなかった。

 雪白を恐れて擬態を解かないのか、それともこの辺りには這い寄る木が少なかったのかはわからないが、蔵人たちは初めて見つけた這い寄る木を興味深げに観察していた。


「だっ、誰かいるなら助けてくださいぃい~」

 声からして穴に落ちているのは男らしいが、必死である。

 だが外から見れば、今すぐ危険というわけではないのが良く分かった。

 這い寄る木は動きが遅い。

 穴をふさぐだけでもあと十分はかかる。

 それに穴を塞いだとしてもそこから獲物を雁字搦めにして捕えることしかできない。獲物が息絶えるまで捕え続けるだけである。

 なんとも気の長い話だが、地面からも栄養を吸うことが出来るというからそれほど外部から栄養を得る必要はないのかもしれない。


 姿形は一抱えほどの太さの針葉樹系の木で、目も耳も見当たらない。

 ただの木がゆっくりと歩行しているだけであった。

 蔵人がちょっと小突いてみると一拍遅れで枝がゆらりと蔵人に振るわれる。

 が、やはり遅い。

 根の歩行速度よりも早いが、それでも目で見て避けられる速度でしかない。

 協会の指定する難易度としては単体ならば九つ星(シブロシカ)から八つ星(コンバジラ)、数が増えれば増えるほど難易度が上がるが、今回のように単体で現れることのほうが稀であった。

 

 蔵人は大爪のハンマーを背から抜いて、魔力を流して爪を開き、ハンマーを斧にする。

 ちらりと雪白を見てみるが、美味そうでも強そうでもない這い寄る木に興味はないらしく、くわぁと欠伸をしていた。

 蔵人は肩に大爪の斧を担ぎ、全力で踏み込んで、斜めに振り下ろす。


――ガッ


 堅い。

 全力の一撃の一歩手前ほどの強化をしても、三分の一ほどしか食い込まなかった。


 這い寄る木は物理防御力が高く、火や雷以外の精霊魔法も効き辛い。

 そうなると精霊魔法のなかった時代は人にとって天敵になりそうなものだが、火と油を使えば容易に倒すことが出来たため魔獣の暴走(スタンピード)が起こってもそれほど重大な被害はなかった。但し、その場合は素材が使えなくなってしまうのだが。

 きちんと討伐しなければ木材として使えず、品質が多種多様で、生きている間はその木質が何故か判別できないため、這い寄る木は一般的に普及することはなく、多くは特注で作られたり、有名なところでは大金をかけて大型船が作られたりするのみであった。


 斧を振るった蔵人めがけて、ゆったりと、しかし威力のありそうな枝がぶんっと振るわれる。

 蔵人は余裕をもってそれをかわし、また斧を振るった。


 それを何度が繰り返し、ドサッと這い寄る木は倒れた。根と幹を切り離すことで幹が素材として使えるようになる。

 そして未だにうごうごとしている切り株に、蔵人は大爪の斧を振り下ろす。

 切り株を半分にし、根のいくつかを切り飛ばしたところで這い寄る木は絶命した。


 

「た、助かりました~」

 丸メガネをかけたひょろっとした若い白系人種の男だった。

 雪白が尻尾で救出、なんてするわけもなく蔵人が土精魔法で穴の底を隆起させて救出した。

「ぼ、僕は国立ボロゥズアカデミアのミルコ・グロッタといいます。助けていただき、ありがとうございます」

 ミルコと名乗った男は蔵人に対し、丁寧に礼を言った。それだけでミルコの育ちの良さが分かるそんな所作であった。

「八つ星ハンターのクランドだ」

 ……八つ星、と呟きながらミルコは蔵人の後ろで倒れた這い寄る木でガリガリと爪とぎしている雪白をこわごわとした様子で横目で見ていた。

「猟獣、みたいなもんだ。で、俺はこれからチッタ村に行くがあんたはどうする?」

「あ、すいませんがチッタ村までついていってもいいですか?護衛のハンターとはぐれてしまいまして」

「放り出しはしないが、あんたまで手が回らないときは見捨てるぞ。それでもいいなら勝手についてくるといい」

「それでかまいません」

 蔵人が歩き出そうとするが、ミルコは雪白の爪とぎになっていた這い寄る木を名残惜しげに見つめた。

「……必要なのか?」

「あ、いや、……はい。実はアカデミアでは魔化植物、つまりは魔木や魔草を専門にしているんですが、特に這い寄る木を研究してまして。それほど量は必要ないんですがサンプルは多ければ多いほど……」

「強化くらいできるだろ」

「あははは、見ての通りの身体で、強化も精霊魔法もからっきしでして。助けていただかなければあのまま這い寄る木の養分になっていたかもしれませんねっ」

 蔵人はため息をつきながら、大爪の斧を抜いた。


 蔵人の後ろから、なんとか抱えて持てるようなサイズに切られた這い寄る木を抱えて今にも頬ずりしそうなほど嬉しそうにしているミルコがついてきていた。

「ぶつぶつ、ふむこれは意外と軽いな。その割に材質は堅い……ぶつぶつ」

 這い寄る木以外は何も見えない、そんな様子であった。

「霧が濃くなってきた。はぐれるぞ……まあ、遭難したいなら好きにすればいいが」

「……あっ、まっ、待って下さい~」

 ずんずんと進む蔵人たちをミルコは必死に追いかけた。

 

 

 二時間ほど歩いたところでチッタ村らしき村に到着した。

 ミルコを助けていなければもう少し早かっただろうが、マルノヴァからちょうど一日ほどで到着したことになる。

 マルノヴァから魔獣車で森を迂回して、三日ほどかかる。一般的な人種のハンターがチッタ村に到着することだけを目的にして道なき道を全力で進んだとしても二日ほどかかるのだから、蔵人と雪白の森林での移動速度はかなり速いといってよかった。

 

 チッタ村は森と森の間にあるような小さな村であったが、その姿は小さな野戦砦のようであった。

 頑丈そうな先端の尖った丸太の囲いが隙間なく村の周囲に張り巡らされている。

 さらに蔵人たちが到着したのは昼も過ぎた頃であったが、村には霧がかかっていた。村の奥へいくほどに霧はさらに濃くなるようで、背後にあるであろう森はほとんど何も見えなかった。

 針葉樹の色だけ霧を通して見えるだけである。



 丸太を束ねて作った門の前にいたハンターらしき男は、蔵人の後ろでぜーはー言いながらも丸太をしっかりと抱えたミルコを見つけ、蔵人と雪白の姿に警戒を見せながらも駆け寄った。

「プロフェッサーっ、何も言わずにどこへっ」

「いやあ、ちょっと近くで息抜きに植物観察してたんですが、夢中になるあまり岩場から転がり落ちてしまって。そこに珍しいことに這い寄る木がいまして、あわや養分になるというところで通りすがりのハンターさんに助けていただきました。

 まあ、今考えると僕が養分になるまでは十日以上かかったのでしょうが、その時は完全にパニックになってしまって、いやあ、お恥ずかしい」

 ミルコの言葉に護衛らしきハンターがようやく納得がいったという顔をするが、得体の知れない大きな魔獣を連れている蔵人への警戒は解けないようであった。

 村への正規の道、迂回路を取らず、この時期には大した獲物もいない、地元のハンターも寄りつかない北西の森を突っ切る自称ハンターを警戒するのは仕方がないともいえた。


「どおりで奥の森を探してもいないはずだ。まったく」

 護衛のハンターはやれやれという顔をしてから蔵人を見た。

「助かった、礼を言う。俺は『翡翠の砦』に所属している『エルドロの盾』のリーダー、ガスパロだ」

「クランドだ」

「悪いがタグを見せてくれないか?」

 ガスパロが自分のタグを見せながらそう言うと蔵人もそれに応じた。

「すまんな」

 タグを見たガスパロに対し、気にするなとだけいって蔵人は門のほうに歩いていこうとするとミルコが頭を下げた。

「ありがとうございました。僕たちはここにもう半月もいるのでだいたいのことはわかってます。知りたいことがあればなんでも聞いてください。といってもただの木と這い寄る木以外は何もないところですがね」

「ああ。だが、一日二日で帰るから気にしなくていい。じゃあな」

 蔵人はそれだけ言って今度こそ、チッタ村の門に歩いていった。


 

「そこで止まれっ。身分証を掲げろっ!」

 頑丈そうな大きな門の上から蔵人たちに声が浴びせられた。

 蔵人は門から離れたところでタグを掲げ、雪白の足に装着されている紅い環を見えるようにする。アズロナはまだ登録していないため証明するものはないが、今のアズロナならば村人でも対処は容易であるため必要なかった。


 蔵人がタグを見せると門の脇にある小さな扉をくぐって門番らしき別の男が一人、こちらに向かってきた。

 外見的にはライトブラウンの髪に碧眼、白い肌という白系人種らしい容姿の門番は、しかし酷く緊張した面持ちで、できるだけ雪白のほうを見ないようにして蔵人の見せるタグを確認した。

「……ハンターか」

 上から下まで蔵人の全身をジッと見つめながら、手に持った紙束と見比べる門番。

 さらに匂いや雰囲気などからも蔵人が賞金首や盗賊ではないかと見定めていた。


 門番が顔をあげ、蔵人と視線を合わせる。

「魔獣登録はしてあるようだが……大丈夫なのか?」

「危害を加えなければ無害だ。最近は子守りも覚えたしな」

 ドノルボの子供たちとアズロナの面倒を見ていたことを蔵人が口にすると、雪白が面白くなさそうな顔でぐるぅと喉を鳴らす。

 それだけで門番はびくっと身構えてしまった。

 蔵人が無害だということを証明するかのように、ポンポンと雪白の頭を撫でるが門番は気が気ではない。

「何しにこの村へ?」

「個人的な狩りだ。一日、二日泊めてもらいたい」

「……仕事じゃないのか?」

「流れのハンターだからな。八つ星程度じゃマルノヴァでは仕事がないんだ」

「そうか。あいにく魔獣厩舎がなくてな。その猟獣も中に入って構わんが、必ずあんたが近くにいてくれ。あんたが近くにいない時に何かあっても事だし、何かあれば全責任はあんたに降りかかる。理不尽かもしれんが、それがルールだ」

「わかった。だが珍しいな。猟獣が入ってもいいのか?」

「あんたの猟獣ほど大物じゃないが、うちの村にも猟獣持ちのハンターはいるからな。まあ、実際のところ、村の外とはいえあんたの猟獣が一匹でうろうろしてるほうがおっかない」

「……なるほどな。まあ確かに凶暴といえば凶暴か」

 凶暴じゃない、凛々しいんだと抗議するかのように蔵人の脇腹にゴスゴスと頭を擦りつける雪白。

 内臓が押し出されそうな威力の頭突きだが、ここで呻くわけにもいかない。

 蔵人はなんとか平気そうな顔をした。

「あと学者さんとその護衛でハンターが三名ほどマルノヴァから来ているが問題を起こさないでくれよ」

「どっか泊まれる場所とかあるか?」

「ないな。人の出入りがそれほど多い村じゃない、宿なんてない。ああ、小さいが空き家が何軒かある。村長に聞いてみるといい」

「わかった」

「何もない村だが、ようこそチッタ村へ」

 門番にいざなわれ、蔵人たちは大門ではなく、脇の小さな扉をくぐって村の中に入った。

 

 霧が漂い、家が木で建てられているということを除けばなんの変哲もない村である。

 裕福そうな気配はない。

 小さな畑がいくつかあり、井戸もあった。

 ふと雪白を見ると、鼻をすぴすぴとさせてご機嫌である。どうも村に漂う木の香りが気に入ったらしかった。

 

 雪白を外で待たせ、村長宅に入る。

 どこか泊まる場所はないかという蔵人に、

「一泊二百ルッツだ。食事やなんやは自分でしてくれ」

 目の細い、腰の曲がった、どこか猜疑心の強そうな顔の村長はそう言った。

 素泊まりで一泊二百ルッツ。日本円にしておよそ二万円。

 高い。

 外で野営してもいいのだが、木の香りに雪白はご機嫌であるし、エカイツから村できちんと一泊以上滞在しろとも言われている。それも条件の一つらしかった。

「わかった。あと夕方から奥の森に入る」

 蔵人が即決で一泊分の金を払うと、村長は細い目を僅かに見開いた。

「……日が落ちたあとは何があっても門は開けんぞ」

「問題ない」

「小屋はうちの二軒隣だ。面倒事は起こさんでくれ」

 相手が何もしてこなければな、とだけ言って蔵人は村長宅を後にした。


 小さな小屋だった。

 近くにミルコも宿泊しているらしく、宿泊していると思わしき小屋の周りにはワンホールのケーキのように切られた丸太が小屋からはみ出して積まれていた。

 

 蔵人はドアを開き、自分たちの小屋に入るが、外見と同じくやはり粗末な小屋でしかない。

 きちんと板の間があるだけマシとも考えられるが、これで一泊二百ルッツというのはやはり高い。

 だが、雪白は気に入ったらしく、板の間にあがってすぐにごろりと横になった。

 尻尾で運ばれていたアズロナはひょこひょこと翼腕を使い、キョロキョロともの珍しそうに小屋の中を這いまわり始めた。

「村の中を見てくる」

 雪白はだらんとさせた尻尾の先だけを振って蔵人を見送った。


 だが、蔵人はすぐに小屋へ帰ってきた。

 何かあったわけではない。見るべきものなど何もなかったのだ。

 村自体は自給自足と細々とした林業で成り立っているらしい。

 通常の木が八割で、残り二割が這い寄る木らしい。この村でも生きている這い寄る木の木質を判別できる者はおらず、討伐後に木質によって売買先をかえているという。そのためか供給が安定せず、それほど大きな儲けにもならないのだとか。飛竜の勢力圏内ということも護衛の分のコストを上げる要因らしかった。


 装備を置いた蔵人はアズロナを尻尾であやす雪白の腹を枕にする。

「夕方頃に起こしてくれ」

 蔵人はそれだけいうとすぐに寝入ってしまった。

 走りっぱなしはさすがにこたえたらしい。

 雪白はやれやれといった風な顔をするがくるりとアズロナを尻尾で確保して眠った蔵人の横に置く。

 するとアズロナは一緒に寝るー、とでも言うように嬉しそうに蔵人の顔の横まで這っていくと、同じように雪白を枕にして眠った。

 それを見た雪白もどこか優しげな表情をして、ゆっくりと目を瞑った。



――ぺちっ


 何か薄いゴムのようなひんやりした感触を顔に受けて、蔵人は目を覚ました。

 もはや翼腕がどこをどうしたらそうなるかわからない感じに捩じりに捩じった体勢で蔵人を一撃したアズロナの尻尾を蔵人はつまんで持ち上げる。


――んぎゃ?


 ちゅうぶらりんになったアズロナは寝ぼけ眼を徐々に開いていき、寝起きであるにも関わらず嬉しげな表情(かお)をした。蔵人にかまってもらえるのが嬉しくて仕方ないといった様子である。

 行くか、と言いながら蔵人が身を起こすと、雪白も目を覚まして、前脚を出して背筋を大きく反らし、猫のような伸びをした。


 外は夕日の光が淡く遠くに見えるだけで、薄暗い。

 いっそう冷え込んできた外気に蔵人は一つ身震いするとフェイスガードを締めないで革兜を被り、ローブの前をしっかりと合わせた。

 フードの中にはアズロナがいる。こちらは雪白と同じで比較的寒さに強いのか防寒対策はフードで十分らしかった。

 

 蔵人たちが外に出たいというと門番は訝しげな顔をした。

「出すことはできるが、朝まで門は開けられないぞ?」

「構わない」

 まあ好きにしな、と言って門番は脇の小さな扉から蔵人たちを外に出した。


 村を囲む木杭塀を沿うようにして歩き、蔵人たちは奥の森に向かう。

 雪白にも確認したが、尾行者はいない。

 蔵人たちはどんどんと霧と闇の深い森の奥へ足を踏み入れていった。

 

 森に足を踏み入れても、多くの這い寄る木は雪白を恐れてか擬態を解かなかった。

 なんともいえない木々の枝が触れ合うような奇妙なざわつきが感じられるが、それだけだった。

 

 二時間ほど森を進むと蔵人は足を止め、小さく切った飛竜の肉を取り出し、火精で炙った。

 特にどこで炙れとも言われてはいなかったが、誰にも見られないようにと言われていたため、蔵人は森のかなり深いところで肉を炙り始めたのだった。

 雪白とアズロナは漂う美味そうな匂いに、しかし微妙な表情を浮かべる。

 美味そうな匂いなのに食べればまずいのだから素直に喜べないらしい。


 しばらくすると、雪白の小さな耳がピクリと動く。

 雪白は霧深き闇の一点を灰金色の瞳で射抜くように睨んだ。


「――約定を知る者よ、敵対する気はない」


 霧を掻き分け、大柄な二人が姿を現した。

 言葉は通じるようだなと蔵人は自らの翻訳能力に安堵しながら、現れた者たちを見る。


 男女の二人組は顔半分を覆うように木製の仮面をつけ、茶色っぽい毛皮を身体に巻きつけていた。

 腕回りには獣のような剛毛が生えており、臀部から尻尾もゆらめいている。

 特徴的なのは上半身、それも胸から腕にかけてが、毛皮を巻きつけていてもわかるほど隆起しており、露出している前腕部から見える筋肉は巨人種にも勝るとも劣らなかった。男はもとより女も、胸というよりは筋肉といったほうがいいような姿であった。


 目の前まで来るとその大きさがよく分かる。

 マクシームやイライダほどではないが、男女ともに二メートルはあった。

 蔵人の闇に慣れた目はその独特の風貌も捉えていたが、すでにラッタナ王国から北上する際に遭遇していた刺青を全身に刻んだ山岳民族を目にしていたせいかそれほど面食らうことはない。

 外見という意味では慣れればどうってことはないのだから。


 だが、強い。

 どれだけ強いかわからないが、それだけは一目でわかった。

 雪白も警戒を解いた様子はなく、蔵人にしっかりと寄り添っていた。


「ふむ、交換するのはそいつか?」

 男が代表して口を開き、ゴツゴツした指を蔵人に向けた。

 いや、男が指差したのは蔵人のフードにおさまり、興味津々な様子で彼らを見つめていたアズロナである。

 突然指差されたアズロナはきょとんとした顔をする。

「いや違う。これだ」

 蔵人は飛竜の肉をひと塊取りだして男に見せた。

 

「……変異種はなかなか珍味なんだがな」

 男はひどく残念そうな口調で言った。

 それを聞いたアズロナはぷるぷると震え、フードに頭を隠してしまう。

 だが、蔵人が片手で引っ張り出した。

 そしてアズロナをじっと見つめ、ぽつりと言った。

「……珍味なのか」

 蔵人の無慈悲な言葉に、アズロナの大きな目に涙がじわっと溢れそうになる。


「……冗談だ」

 蔵人がそう言うと今まで黙っていた大柄な女がするりと近づき、アズロナに手を伸ばした。

 害意らしい害意もなく、蔵人の反応が遅れた。


 だが、女はその節くれだった指でアズロナをくすぐるだけだった。

 翼腕の根元や喉元をこしょこしょとくすぐられ、アズロナはぎゃぅぎゃぅとくすぐったそうに身をよじらせる。

「ちっこいのは食べない」

 思っていたよりも女性らしい声であった。

 女の言葉にアズロナは身をよじりながらも安堵したような顔をする。

「……大きくしてから食べる」

 裏切られたっ、とでもいうようにアズロナがその言葉にジタバタと身をよじり、蔵人のローブを掴んで逃げるように這いあがるが、いかんせん遅い。

 あっという間に女に捕まってしまった。

 じっとアズロナを見つめる女。

 涙目で女から逃げようと必死なアズロナ。


「冗談。……飛竜にしては賢くて、可愛い。普通の飛竜はずる賢くて、可愛くない」


 アズロナを蔵人の腕にぽんと置くと、女はすっと男のそばに戻っていった。

 どうやらアズロナを構いたかっただけらしい。

 蔵人の腕に置かれたアズロナは、食べない?食べない?と上目遣いで蔵人を見つめ、ひしっと抱きつく。

「食わんよ。お前はいつか俺を乗せて飛ぶんだからな」

 蔵人の言葉にアズロナはやっと安堵したようだが、抱きついたローブは放さなかった。


「――約定を知る者よ、お前は何を望む」

 一連の原因でもある男はシレっとした様子で仕切り直した。

 蔵人はありったけの飛竜の肉を取り出し、地面に置く。

 外から見ては絶対に分からなかった肉の量に二人はどこか驚いた様子であったが、魔法具の存在を知っているのか、取り乱すようなことはなかった。


「飛竜の盾を作るつもりでいる。盾に向いた木質の這い寄る木が欲しい。……できれば氷精に好かれそうな木質であればなおいい。そんな這い寄る木があればの話だが、もしあるなら肉以外の食料や調味料、薬も提供できる」

 その言葉に男、ではなく女が反応した。

 何か男に小声で、しかし激しく言い募っているようで、男は渋っているが気圧され気味であった。

 

 しばらくして男がどこか苦々しい様子で口を開いた。

「……我らが知る限りで条件にあう最上のものを持ってこよう。かわりに、古の約定とは違うがそちらが提供してもいいと思うものを見せて欲しい」

 蔵人はその言葉に頷き、野菜や果物、穀物、塩、胡椒、黒砂糖の塊、油、魚介類やその他食料、そして蒸留酒を取りだした。

 全部で一万ルッツもかかっていなかったが、外界と接触の少ない彼らには貴重なものなのだろう。男は酒に、女は塩や胡椒、そして何より黒砂糖の塊と酒を目でちらちらと見ていた。


 女が突然、身を翻すと闇と霧の中に消え去った。

「……すまんな。だが、ムムルがやる気になったようだ。じきに最上の這い寄る木を持ってくるだろう。それまでしばし待ってくれ」

 蔵人は頷いた。

「一つ、二つ、聞いていいか?」

「む。約定とは違うが、まあこちらが先に破ってるしな。はぁ、最近の若い者ときたら……。

 ああ、すまん。答えられるものなら答えよう」

「まず、あんたたちは何人だ?人種というわけではなさそうだが」

 蔵人が男の尻尾を見る。

「さてお前らがなんと言っているかはわからぬが、遥か昔に剛猿人と呼ばれていたらしいことは最長老からきいたことがある。まあ、その最長老も子供の頃に最長老に聞いたという話だがな」

 剛猿というとゴリラ系獣人種といえるのかと思いながら、蔵人は別の疑問を口にする。

「そうか。ああ、あと、飛竜の肉をどうするつもりだ?煮ても焼いても食えなかったが……」


 男は蔵人をまじまじと見た。

「ふははははは、食べたのか、これを。くくく、これをそのまま食べるものがいまだにいるとはな。

 ああ、飛竜の肉は燻製にして食べるのだ。ある性質をもった這い寄る木で燻製にすると木の香りが脂の臭みを消す。ある程度、その段階で脂を落とすという意味合いもある。あとは秘密だ」

 

 男の言葉を聞いた雪白が蔵人を見上げる。

 食べたいっ、雪白の目にはそれしかなかった。アズロナもひしっと蔵人に抱きついたまま同じように目で訴えてきた。


「……すまないが、その燻製肉を分けてもらえないか?」

 男は苦笑した。

「そっちも大変だな。いいだろう、少しもらい過ぎたと思っていたところだ。これを運ばせる時に持って来させよう」


 すると一時間ほどで男がムムルと呼んだ女が木を二本、担いで帰ってきた。

 二メートルほどの這い寄る木を丸々二本、ズシンと傍の木に立て掛けた。

「みんなを叩き起こして、探させた」

「……最長老もか?」

「当然。あの注文は最長老じゃないと判別できない」

 ムムルが胸を張ってそう言うと、目元こそ仮面で分からないが男は頬を引きつらせた。


「ま、まあいい。これで交換でどうだろうか。品質は保証する」

 蔵人は頷いた。

 男はどこか疲れた様子で指笛を吹いた。

 するとどこからともなく大柄な男女がやってきて蔵人が地面においておいた食料を革袋に詰め込んでは運んでいった。

 

 剛猿人たちは食料を運び終えると蔵人の前に大きな皮袋を四つ置いて、去っていった。

「それが飛竜の肉の燻製だ」

 蔵人は皮袋を開き、中から片手で食べやすいサイズに切られた燻製肉を一切れ、取りだした。

 

――がうっ


 横から蔵人の手ごと雪白がかぶりつく。

 そしてマズイとでもいうように蔵人の手だけぺいっと吐き出すと、モグモグと燻製肉を味わう。

 まるで料理評論家のような真剣な顔で燻製肉を味わった雪白はごくんと飲み込むと、蔵人を押しのけ無言で皮袋に顔を突っ込んだ。

 おいっと手を伸ばしかけるも、手は空を泳ぐ。そもそも飛竜の肉は雪白にやったものである。

 まあいいか、と蔵人はもう一つの皮袋を開け、はやくちょうだいと言わんばかりの目を向けるアズロナに燻製肉をやった。

 もぐもぐと幸せそうな顔で燻製肉を頬張るアズロナ。

 蔵人はそれを見ながら、自分も一つ口にした。


 美味い。

 味は僅かに塩分が感じられるくらいだが、癖になるような絶妙な風味があった。

 あの羊と豚を十倍にしてまぜ、ドブに漬けたような香りだったが、見事にドブの部分が抜き取られ、羊と豚の風味が落ちつき、マイルドになっている。

 かすかに甘く香ばしい匂いと飛竜肉を焼いたときの食欲をそそる風味が混ざり合って口から鼻に抜けていった。

 蔵人は無意識のうちに食料リュックから樽仕込みの蒸留酒を取りだし、コップに注いで口にする。

 飲兵衛でなくても、無性に呑みたくなる、そんな味であった。


 ゴクリ。

 誰かが唾を呑んだような音がした。

 ふと見ると、ムムルが熱烈な視線を酒に注いでいた。仮面で見えないのに視線だけを感じさせるとはどれだけ酒が好きなのか。

「……呑むか?」

 蔵人がそう言うと、遠慮など見せることなく蔵人にするりと近づき、腰につるしてあった木のコップを差し出した。

「お、おい」

 だが男の制止の言葉など聞かず、琥珀色の液体が木のコップに注がれるとムムルはそれを一息にあおった。

「……ぷはっ、美味しい」

 ムムルは自分が持っていた燻製肉を齧りながら、ずいっと蔵人にコップを差し出した。

 イライダと気が合いそうだな、と思いながらムムルに酒を注いでいると雪白がじっとこちらを見つめてくる。

 蔵人は土のどんぶりを作ってやってそこに蒸留酒を注いでやった。

 我慢できなくなったのか、男がそっとコップを差し出した。蔵人は無言で注いでやった。

 

 

 明け方まで剛猿人との酒盛りは続いた。

 蔵人たちが剛猿人と別れ、丸太を蔵人と雪白が担いで村に戻ったのは太陽がちょうど昇りきった頃のことである。

 何事もなく村に入り、家の前に丸太を立て掛け、蔵人は倒れるようにして小屋に寝転がった。

 アズロナもこっくりこっくりしながら徹夜に付き合ったせいか眠たげというか半分寝ており、小屋に寝転がった蔵人のフードからなんとか這いだす。

 それを蔵人の頭側で身体を横たえた雪白が尻尾で確保し、そのまま自らの懐に置く。

 アズロナはすでに眠っており、雪白もまた目を瞑った。


 蔵人が目を覚ましたのは昼過ぎだった。


――コンコン


 という小屋をノックする音で目を覚ました。

 身体のだるさに酒が抜け切っていないことを感じながら、蔵人は小屋のドアから顔を出す。

 ミルコ、そして護衛のハンターがそこにいた。


「持ち帰った這い寄る木について少しご相談があります。よろしいでしょうか?」


 ミルコは丁寧にそう言った。


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