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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第一章 雪山で、引きこもる。
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7-魔獣⑤

 仔魔獣は親魔獣の姿を追うように、右に左にと顔をしきりに動かしながら必死に見つめていた。

 飛び出すようなこともなく食い入るように。

 

 蔵人くらんどもまた同じように凝視していた。

 しかし内心では答えの出せない問いを突きつけられていた。

 事情もわからないのに、戦闘に割って入ることなどまるで考えていない自分がいた。

 事情もわからないのに、無力なことを嘆く自分もいた。

 魔獣に情が湧いているのに、人と魔獣の戦い方を何か盗めないかと熱っぽく見つめる自分がいた。

 魔獣に情が湧いているからこそ、なぜ戦わねばならないと叫ぶ自分もいた。

 昨夜から今日にかけて事情が一切わからないことの連続が蔵人自身が気づかない内に負担となり、混乱に拍車をかけていた。

 答えを探すように、蔵人は視線をさまよわせる。


 イルニークと呼ばれた親魔獣は跳躍し、突進し、薙ぎ払う。全てを凍てつかせながら。

 大男を中心にした白鎧の集団は、弓を射かけ、斧で断ちきり、炎で焼き尽くす。

 神話の描かれた絵画のような戦いが続いていた。

 絵空事ではないかと蔵人は疑う。

 まるで夢のようであると。


―ミーッ!

 仔魔獣が怒ったように鳴いて親魔獣ゆずりの尻尾で蔵人の腕を叩いた。蔵人を見はしなかった。

 そう夢ではない。

 夢であって欲しいと願ったところで、これは、

 クソったれな続きだ。

 日本から、いやゴミ捨て場から続いてきた何も変わらない『現実』の続きだ。

 現実を見つめればいいのだ。そうすれば何かわかる、はず。

 蔵人は仔魔獣の背中を見ながら、また現実の闘いを見つめた。

 


 太陽がその身を露わにして、雲ひとつない青空が広がった。

 その下で、親魔獣イルニークは縦横無尽に迸る六本の火線を槍や矢が刺さったままかいくぐり、周囲の盾を尾で吹き飛ばす。

 巨体をくまなく覆っていた雪の衣は融け、その再生速度も鈍っていた。

 雪の衣の再構築を待つこともなく、赤い杖を構えた獲物に狙いを定めて、親魔獣イルニークは後脚に力を込める。

 メキメキと盛り上がる筋肉を裏切って、膝がガクンっと落ちる。

「今だっ!」

 大男の大音声にかろうじて周囲に残っていた者たちが腰につるしていた鎖分銅を叩きつけるように親魔獣イルニークの足元に投げ付け、結果も見ずに転がるように離脱していく。

 同時に、いつのまにか取り囲んでいた術師たちはそれと入れ替わるように前へ出ながら赤い杖を即座に捨て、背負っていた杖を手に取り、大男が親魔獣イルニークの真上に槍を投げたのを合図に一斉に杖を地面に突き刺した。


 白紫色の光が、爆発した。

 耳をつんざく破裂音は雷精の絶叫のようであった。

 向かいの山にいる蔵人にすらドンッと衝撃が伝わった。


 この戦いで周辺の雷精は使われてはいない。この『場』の雷精は。

 雷精は杖の中に、いた。

 周辺の雷精の動きを察知できなかったことが、親魔獣イルニークの判断をわずかに遅らせたが、次への決断は早かった。

 白紫色の雷撃が今にも開放されようとする中、囲いの一点を突き破ろうと、今度こそ後脚で地面を蹴る。

 もつれる。四肢に鎖が絡まっていた。

 ならば上へ、その反射行動はしかし、突き立つ雷光もろともに消えた。


 光が収まっても、誰も動かなかった。

 すでに術師の前には盾をもった前衛が張りつき、親魔獣イルニークを警戒していた。

 親魔獣イルニークは水蒸気とくすぶる煙の中で、上を向いた姿勢のまま立ちつくしていた。

 そしてゆっくりと山の対面に首を向けて、遠い目をした。


【グオオォンっ】


 咆哮は一つきり、蒼空に抜けていった。

 懇願するような、哀れむような声は決して雄々しいものでこそなかったが、苦痛や悲痛さはない。

 力を尽くした魔獣はドサリと崩れ落ちた。

 

 わずかであったと、運が良かったと大男は認める。

 運よく見つけたわずかな隙に対して、わずかな足止めの連続がついに親魔獣イルニークの足をとめ、その身を貫くに至った。

 周囲に雷精の痕跡を残さないように、魔杖によって持ち込まれた雷精の雷の束を受けたのだから、ひとたまりもなかっただろう。その前に、雪の衣という物理・魔法障壁を薄氷を踏むような思いで剥ぎ取ったのだからそうでなくては困るともいえたが。

 四人を完全に戦線離脱させられた。立っているのは取り囲んだ四人と大男も含めた前衛の四人。大男以外の七人も疲労困憊で立っているのがやっとであった。

 あの隙がなければあと一人二人はもっていかれてただろうと確信していた。

 それでも負けんがな、と大男はにやりと笑った。


 太陽が中天に差しかかる前になんとか動ける八人でもって獲物をもちかえる準備に取り掛かった。

 『飛雪豹』『アレルドゥリア山脈の白幻』と称されたイルニークであるが、過去に例を見ないほどの獲物となった。今までに狩られた個体の三倍はあるのではないかと推測され、年齢は測定不能であった。

 大男はふと、もしかすると老いが隙を生んだのかもしれないと、術師の分析を上の空で聞きながら考えていた。しかし、もう少し若ければ現れることすらなかったかもしれないが。

 大男がとりとめもないことを考えていると、イルニークの死体は氷の塊になっていた。

「よしっ、飛ばすぞ」

 いつの間にか上半身裸になった大男は一軒家ほどもあるそれをぐいと担ぐ。

 急速に膨れ上がる筋肉でもってはるか先の山の麓を超えた草原に向けて一直線に投げつけた。

 術師の四人が山なりに打ち上げられたそれを遠隔調整し、加速させた。

 着弾先には仲間が待っている計画だ。おそらくはうまくいくだろう。

 吹雪が明けて丸三日が立つと『悪夢』が起きる。こんな状態でそれは真っ平御免だと考えた方法がこれである。獲物の大きさに合わせて色々計画をしていたが、冗談半分で作ったこれをやることになるとはだれも考えていなかったに違いまい。

 吹雪明けのまだ多い氷精の存在、腕のいい術師四人、強化にすぐれた巨人種である大男がいて初めて可能な荒技なのだから当然だ。 

 大男は上半身裸のまま悪戯小僧のように笑っていた。



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