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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第二章 灼熱の国で、奴隷を買う。
58/144

58-鳥人種④

遅くなって申し訳ない。


……突っ込みを受けそうですががが<(_ _)>

 

 砂を固めた砲弾、海水を集めた大玉、風を圧縮した大塊が土壁に炸裂し、土壁は一瞬にして瓦礫になった。

 『一斉行使』ではない、各種精霊魔法の火線をただ集中しただけの攻撃。

 だがいかに蔵人と雪白が砂と土を圧縮して凍らせた土壁とはいえ、十分にイメージと魔力を溜めこんだ中級精霊魔法の集中攻撃には耐えられなかった。


 

 精霊魔法の分類はそれほど厳密ではない。

 第一級魔法、第二級魔法、第三級魔法というくくりは法律上の分類であり、精霊魔法学の分類とは違った。

 精霊魔法の教本には教育の便宜上、『風塊』や『土の杭』のように基本の『型』はあるものの本来の精霊魔法に『型』はない。精霊に明確なイメージを伝え、魔力を与えさえすれば魔法が行使できるからだ。だがそれゆえに分類が難しかった。

 灯や飲み水程度の生活魔法は初歩の初歩であり分類されておらず、

 対象を一人とした小規模の魔法を初級精霊魔法。

 対象を複数人とした中規模の魔法を中級精霊魔法。

 対象を十数人以上とした大規模の魔法を上級精霊魔法。

 そして特殊な条件を満たした場合に行使できる、対象を数百人以上とした無差別大規模殲滅を目的とした最上級魔法に分けられていた。

 かなり大雑把なのだが、魔力や威力の数値化ができず、イメージと伝達効率を精霊がどのように計算して魔力を要求しているのかわからない以上、この程度の分類が限界だった。

 第一級魔法、第二級魔法、第三級魔法というくくりは法律上の分類であり、殺傷非殺傷で区別されているに過ぎず、このくくりでは街中で初級魔法の行使すら認められない場合があった。

 


 蔵人たちの目の前で土精魔法の残滓である細かな砂が煙のように浮遊していたが、すぐに降り注ぐ雨にまぎれていく。

 土壁が粉砕した直後に、雪白はこの場から飛び出していた。この場における責任者らしき人物を捕えてくれと蔵人があらかじめ頼んでいた。

 ヨビもまた雪白と同じタイミングで、蔵人の頭上に飛び上がり、枝の上で闇を纏って息を殺していた。

 全ては示し合わせた通りのことだ。

 集中砲火に耐えた蔵人をようやく視認したのか、雨を利用した飛針、小さな空気の塊、砂の杭といった初級魔法が蔵人に殺到する。

 周囲は雨が降り注ぎ、月もなく、闇一色といってよかった。

 その闇は襲撃者の所在を隠し、大小様々な砂や雨が出どころの見えない魔法となって降り注ぐが、しかし先程から蔵人には届いていない。

 蔵人は右手には魔銃、左手には魔導書をもって、悠々と砂浜に出ていった。

 目を凝らせば、蔵人を覆うようにして透明な氷の球壁が精霊魔法を阻んでいた。仮に氷の球壁を突破できたとしても、氷の内側には自律魔法の障壁がある。

 突発的な事態であったが、防御は十二分に展開できていた。


 咄嗟だったが上手くできたものだ、蔵人は飛来する魔法の中でそんな感慨を抱きながら、闇精からの感知情報を感覚的に受け取っていた。

 具体的な縮尺のわからない黒一色の地図に十の光点が脳裏に浮かんだ。

 闇精に関わらず、精霊の感知は全てこんなものだった。

 精霊がメートル法やヤード法を知るわけもなく、精霊が知らせることに対して人は感じることしかできない。さらに精霊は人や種を細かく認識してはおらず、人が同種のハエの見分けがつかないのと同じで、全て人型の生命体としてしか認識することができなかった。

 そんな状態で精霊魔法を攻撃に用いれば命中するほうが珍しい。

 感知した精霊と攻撃する精霊が別種の場合、精霊がターゲットを迷ってしまい命中力が低下し、さらにフレンドリーファイアを誘発しかねず、その上魔力を通常より多く消費し、魔法威力も低下してしまう。

 例外としてある精霊で感知した情報に対してはその精霊と同種の精霊で攻撃するならば命中力は低下しないが、その場合も対象との距離が離れているほど魔力を消費し、魔法威力が低下する。

 そもそも蔵人が使用する闇精には攻撃能力はなかった。

 ならば風精や土精で感知すればいいのだが、風精との相性が良いわけではない蔵人では感知範囲も狭く、さらにイメージ伝達力や魔力効率が低下してしまう。土精は相性的に問題はなかったが、蔵人の決め手である闇精魔法につながらない。これは風精にもいえることだ。

 つまり、自身の五感のどれかでしっかりと攻撃対象を確認しなければならず、蔵人にとって現状は防御する以外、手も足も出ないということだ。

 だが蔵人にとってそれでなんの問題もなかった。

 蔵人は持っていた魔導書を開き、氷球壁を維持しながら、闇精魔法、自律魔法を漆黒の闇の中で密かに、次々と展開していった。



 襲撃者は焦っていた。

 『蝙蝠系獣人種(タンマイ)』と『八つ星(コンバジラ)』のハンターの始末など簡単な仕事のはずだった。これで借金が消えるなら安いものだとすら思っていた。

 だが奴らは溜めに溜めた渾身の中級魔法の集中砲火を耐えきった。

 その上、何故か一人で砂浜に歩いて出てきた北部人はここには存在しないはずの氷精を用いて壁とし、いくら砂の矢や雨短矢、風塊を撃ち込んでもビクともしないのだ。

 火精が使えないのが悔やまれた。氷に通りやすい火精であっても豪雨ともいえる雨の中ではあの氷壁を破るような火力を得るのは難しかった。

 精霊魔法の中で土精と並んで防御能力に秀でている氷精とはいっても少々異常な防御能力だった。

 北部人が足を止める。

 獣人種である襲撃者には雨のふる闇夜でもその姿がはっきりと見えていた。

 精霊魔法が効かないならば、こじ開けるまでだ。

 小さく、囁くように合図する。

 獣人種同士はこれで十分だった。

 身体強化を漲らせ、砂地を蹴る。

 だが球形の氷まであと数歩というところで砂地に足を取られてしまう。

 砂が泥になって、ゆっくりと流動していた。

 他の仲間を見ると全員が足を取られている。

 だがこの程度は力で押し通ればいいだけのこと。足場がこういうものだとわかっていれば二度と足を取られることもない。

 泥を蹴り飛ばしながら、氷に斧を叩きつける。

 斧が氷を貫通した。

 だが、そうできたのは自分を含めて五人だけだった。

 周囲を見るとなぜか昏倒しているのが四人、頭を粉砕されて事切れているのが一人いた。

 何が起こったのか。

 それでも五人の一撃は通ったはず。

 ふと見ると、斧が修復する氷にのみ込まれていく。

 それを力任せに引き抜き、もう一度叩きつける。

 不意に視覚が漆黒に染まる。だが、氷は目の前にあるのだ。光精魔法で散らす必要はない。

 力任せに叩きつければいいだけだ。

 だが、何度壊しても氷は修復しているようだった。貫通した斧も氷の裏に展開された不可視の障壁によって北部人まで届かない。

 ふと耳をすませば、雨音以外なにも聞こえない。氷を攻撃しているのは自分だけになっていた。

 何が起こっているのか、さっぱりわからなかった。

 不意に三度、空気が破裂したような音を聞き、命精障壁が突破される感覚が伝わる。

 ――ほぼ同時に、腹に鈍い一撃。

 その一撃は粗末ではあるが革鎧も、そして強化に強化を重ねた筋肉も貫通し、腹ごと身体を吹き飛ばさんとする力があった。

 だがと、襲撃者はもっていかれそうになる身体を踏ん張る。

 そこにたった一つしかない傷口に、寸分の狂いもなく何かが突き立った。

 一撃と何かの間隔はほとんどなく、避ける暇もなかった。 

 刺さった瞬間全身に痺れが走り、感覚的に魔法毒だと気づいたが抵抗しようにも魔力は最初の中級精霊魔法とその後の精霊魔法、それに強化で底を尽きかけていた。

 話が違う。

 どこの『八つ星(コンバジラ)』の人種が視界の効かない雨の降りしきる夜の闇の中で、氷精のいない場所で氷精を使いこなして異常な防御能力を駆使し、得体のしれない攻撃を用いながら、魔法毒を使うと言うのか。

 だが、世界を呪う暇すらもなく、意識は闇の中に没した。

 


 蔵人は襲撃者を全て退けたが、万が一に備えていた。

 雪白も帰ってきておらず、自身の感知に引っかからないハヤトのパーティの暗殺者のような奴がいないとも限らない。

 だが蔵人は余裕こそあったわけではないが、今回の襲撃者がそれほど腕の立つものではないように感じていた。

 いつ全ての盾を突破されるかとその時に備えながら、必死に魔法を行使していたが全ての防御を突破されることなく制圧できてしまった。いつも勇者を想定している蔵人は襲撃者にも勇者の力を当てはめて考えていたため、襲撃者を弱く感じてしまったのかもしれない。

 勇者クラスを想定していたため、準備もできる限り最大のものにしていた。

 雪白が『楽しく』野営できる場所を選んだ。ジャングルに慣れていない蔵人のことを考えて、ジャングルでの乱戦を避けるような場所だった。背後と横は射線が確保しづらい鬱蒼としたジャングルで、正面の砂浜からの攻撃が一番容易いように見える。

 実際に凍土の小屋を破壊した大きな攻撃が実際にあったのも、砂浜方向からだった。

 ジャングル側にも凍土の小屋である防御壁があり、その地面一帯には土精魔法で土を操作して作った小さな土の杭に『千変の毒(エイシブディグ)』を付与したものを所狭しと並べてあった。

 頭上には大棘地蜘蛛(アトラバシク)の糸を張り巡らせてあり、頭上の襲撃者はそれに引っかかるという寸法だ。

 実際の襲撃者はジャングルではなく、雪白の思惑通り、全て砂浜から来たわけだが。

 蔵人が海水と雨を利用した流動する泥砂で襲撃者の機動力を鈍らせ、襲撃者が流動する泥砂に気づき力ずくで突破しようとするところをさらに泥砂の手で足を捕えてやる。

 すると見事に機動力が落ちた。

 泥砂の流動地帯は自律魔法の射程圏でもある。蔵人は見えずともこの程度の距離ならば、闇精魔法の感知を使いながら、影の魔法陣を襲撃者の頭上に展開する事は可能だった。

 蔵人は影の魔法陣を展開しながら、さらに襲撃者に対して『闇の目隠し(ダークブラインド)』を放つ。

 すると夜の闇が煙のように揺れ動き、襲撃者の視界を覆った。

 『闇の目隠し(ダークブラインド)』は獣人種の夜目すら効かなくなる闇で、敵の目を覆うだけの闇精魔法だ。昼間ならば太陽の光に自然に払われてしまうし、夜でも適性の低い獣人種の光精魔法でも簡単に払うことができる。

 だが光精魔法を使わなくてはならなかった。

 案の定、闇を払おうとして光精魔法を使った襲撃者を『魔力解放(レイスダム)』で次々と四人昏倒させた。『魔力解放(レイスダム)』は一人ずつにしか放てないため、泥砂や泥手、『闇の目隠し(ダークブラインド)』を次々と放って時間を作り出していた。

 その間にヨビも反響定位で襲撃者の位置を確認し、頭上から星球をくらわせていた。星球メイスと透爪斧鎚を両足から垂らし、柔軟な身体でもって空中で二つの球体を回し、一撃で障壁を、時間差の二撃目で頭部を砕いていた。

 激しい雨音はかすかな羽ばたきの音も星球の回転音も襲撃者から隠してくれた。

 雨音は反響定位にも影響してしまうが、短い間に種族特性を意識した訓練をしたヨビは蔵人が囮となって作りだした時間で、攻撃準備を十分に整えることができた。

 あとはそれを繰り返しただけのこと。

 だが一人だけ、妙にしぶとい襲撃者がいた。

 泥砂も泥手も力任せに引きちぎって苦にしない、不得意なのか光精魔法で闇を払うこともしなかった。仕方なく、三連式魔銃とゴルバルドに頼んで作ってもらった小袋の中身を使った。

 使ったのは、先端の尖った硬質な金属弾を三発。

 刹那の差で続けざまに魔銃から放たれた三発の弾丸は命精障壁を砕き、襲撃者の肉を抉った。予想外なことは襲撃者の肉を抉った弾丸が強化された筋肉を貫通しなかったことだった。

 そしてそこに用意して置いた『千変の毒(エイシブディグ)』を付与した『魔力の矢』を襲撃者の傷口に寸分狂わず放った。

 鉄製の弾丸は魔銃の利点である銃弾の補充速度を殺すことになるが、精霊魔法で撃ちだした鉄製の弾丸は物理障壁にしか干渉されないという利点があった。三連魔銃はそもそも中折れ式であり、おそらく製作者のハヤトも別弾頭を想定していたのだとわかる。

 蔵人の勝手な想像であったが、おそらくこの魔銃は加護の効かない勇者に対する決め手の一つだと思われた。ほんのわずかな時間差で発射される最初の二発が物理障壁を破り、残りの一発で勇者を抉るのだ。蔵人はこの三連魔銃を密かに『勇者殺し(ブレイブキラー)』と呼んでいた。

 

 ヨビが空から舞い降り、襲撃者のいないことを告げる。

 ヨビの本領は斥候と奇襲、それも夜戦にあると蔵人は見ていた。人種に比べれば遥かに強靭な身体能力を持ち、闇精魔法を使いこなし、音もなく空を飛び、反響定位で索敵する。おそらく水中でも反響定位は使えるのではないだろうか。習熟すれば優秀な斥候役になる。探索者という選択が間違っていたのだ。

 蔵人はヨビの報告に、氷の球壁をようやく解く。

 そして泥砂に転がる襲撃者をヨビとともに集めて回った。

 死体が二つ、昏倒者が八名だった。

 だが蔵人にとっては死体も生存者も既に『物』だった。

 自分の命と他人の命を天秤にかけ、自分の命に天秤が傾いただけのことだ。

 勇者と渡り合ってまでしがみついた生である。襲撃者にまで情けをかけ、お人よしを発動して死ぬわけにはいかなかった。

 そう、割り切ることにした。

 雪白が戻るまでに尋問を終えられるかねと考えながら、蔵人は激痛をともなう魔法毒で一人づつ覚醒させ、尋問を始める。これを忘れては、ヨビの目的を果たせなかった。

 ヨビにやらせてもよいが、蔵人は自分でやったほうが手っ取り早いと考えた。

 襲撃者は蔵人にとってもう『物』だった。人として見ていないのだから、尋問は捗った。


 尋問をした結果、雪白が帰るより早く尋問は終わった。二つの死体に、さらに死体が八つ足されることになったが。

 襲撃者は全て奴隷だった。

 正確には襲撃を命令されて、所有者を手繰られないように解放された奴隷だ。

 だが、生来の奴隷階級でもあった。

 この国には精霊魔法が台頭する以前まで、生まれながらにして王・士・従者・民・奴隷という階級があり、他には階級に当てはまらない神官と客人があった。

 魔法革命と世界大戦を経て、階級制度は廃止されたがラッタナ王国人の中には今も根強く階級意識が残っていた。

 生来の奴隷階級の人間は名字すらなく、娼婦か奴隷、物乞い、不浄処理者などの誰もが忌み嫌うような決まった職にしかつけなかった。旧冒険者であるハンター・探索者・傭兵でさえラッタナ王国にいる限りはその階級意識がついて回った。

 その生来の奴隷階級者が借金を棒引きされ、命令の遂行を条件に解放される。

 解放されたとしても階級は消えないが、それでも彼らは借金の解消のために雇い主に従わざるを得なかった。

 もちろん殺人教唆は違法だが、それを官憲に告げれば雇い主によって家族が皆殺しにあうか、そもそも奴隷階級者の言葉を官憲が取り合ってくれるかすらわからない。命令を遂行できず逃げ帰れば家族と自分が酷い目にあうか、多くは殺される。国から逃亡しても、家族が殺される。

 彼らは生きている限り、蔵人を殺すしか生きる道はなかった。

 ならば蔵人は彼らを殺すしかない。

 逃がせば再び襲ってくる。どこかで不意打ちされるかもしれない、誰かを人質に取られるかもしれない。濡れ衣を着せられるかもしれない。

 逃がしてやることはできなかった。

 蔵人はこの国を信用していない。ゆえに官憲に突き出すという選択肢もなかった。妻を奪った倫理観の欠片もない北部人である自分が、奴隷階級の解放奴隷とはいえ彼らを襲撃者として官憲に突き出したら、反対に濡れ衣を着せられかねない。

 彼らを魔獣のはびこる街の外で殺したところで事実が露見することなどない。彼らには勇者と違って、彼らを守る背景はなかった。だから蔵人も殺すという選択肢をとれた。といういうより取らざるを得なかった。

 蔵人に、彼らを助けるような大きな力はないのだ。

 凡人だ。

 ハヤトならば助けられたかもしれないが、蔵人には無理だった。

 だから、殺すという選択肢しかなかった。

 それに本人たちが官憲にだけは突きだしてくれるなと訴えた。逃げることもできないのだ。それならば、殺してくれと。命令の成功以外でましな道があるとしたら、命令失敗で返り討ちにあうことだった。

 ゆえに蔵人は一人一人、麻痺毒で痛みをなくしてやってから、首を刎ねた。

 生まれながらにして『詰んだ』者たちに、少しだけ自分を重ね、同情した。

 蔵人よりよほど過酷な生を生きねばならなかった者たちは痛みをなくす行為を偽善とは罵らなかった。動けない身体で瞑目し、運命を受け入れていた。 

 覚悟などとっくにしていた。

 勇者であるエリカとクーを人質にしたとき、蔵人は最悪殺すつもりだった。自爆して諸共にするつもりもあった。

 だが、首を刎ねた感触は手に残った。

 首を突っ込まねば良かったとは思わない。

 確かにヨビを買った時、これほどの事態になるとは予想していなかったが、買わねばよかったとは思っていない。その時はヨビが死んでいただけのことだ。

 手に残る感触は蔵人に、襲撃者は確かに『物』であったが『人』でなくなったわけではないということを告げているようだった。

 叩きつけるような大雨が蔵人に付着した襲撃者の血を洗い流していった。蔵人は雨に叩かれるままに砂浜に立ち尽くしていた。



 ヨビは蔵人が行う一部始終をじっと見つめていた。止めるわけもなく、責めるわけもない。

 自分も殺したのだ、今更善人ぶる気もない。

 魔に魂を売ったとしても、真実が知りたかったのだから。

 蔵人が尋問を終え、全員を殺し終えるとそのまま叩きつけるような雨の中で立ち尽くしていた。

 蔵人のことを何一つ知らないヨビは、その心中を計りかねていた。

 淡々と尋問し、拷問し、殺していく姿はまるで『死魔の問いクワンサーク・タムーム』のように淡々として、感情などないかのようだった。

 死後、死魔という存在が生きている間の罪を白状させるという『死魔の問いクワンサーク・タムーム』があるとラッタナ王国では信じられていた。

 そう見えるほど異質だった。

 だが砂浜で光もささぬ漆黒の海を前に立ち尽くしている蔵人の姿は、どこにでもいる凡庸な男が彷徨の末に行き場を失っているようにも見えた。

 ヨビはその姿をじっと見つめていることしかできなかった。

 

 

 雪白が思ったより大物をくわえて、砂浜に降り立った。

 獲物をぽいと砂浜に転がす雪白。どことなく誇らしげだ。満足げでもある。

 砂浜に転がったのは革鎧を着た鳥人種だ。以前、宿屋で蔵人に一番つっかかってきた孔雀系鳥人種の若い男だった。

 片翼が無残にも噛み千切られ、顔色は青い。

 雪白の仕業だろう。いつぞやいつか食いちぎってやると目で訴えていたことを実現したのだろう。だから、誇らしげで満足げだったのだ。

 蔵人は砂浜に転がされた孔雀系鳥人種の若い男を見下ろす。

 彼は監視人だろうと蔵人は推測していた。

 解放奴隷がしっかりと命令をこなすか、監視していたとしか考えられなかった。雪白が捕獲に時間がかかったところをみると、随分遠くにいたのだろう。雪白が苦戦したなんて微塵も思わなかった。

「――き、貴さぐっ!」

 蔵人を確認した孔雀系鳥人種の若い男が叫びながら蔵人に飛びかかろうとするが、雪白に背後から前足で踏みつぶされ砂浜に顔面を埋没させる。

 蔵人は念のため孔雀系鳥人種の若い男に『魔力解放(レイスダム)』をかけて魔力を枯渇させ、『千変の毒(エイシブディグ)』を付与した解体ナイフを残った片翼に突き立て、激痛を伴う毒で若い男を強制的に覚醒させる。魔力もろくに回復していない状況で意識を回復させるのは危険な行為だったが、蔵人にとって彼はもう『物』に過ぎない。

 ルワン家一門は自分と完全に敵対した。ゆえに蔵人にとってルワン家一門は『物』になった。

 『物』に、情はいらない。

 片翼に解体ナイフが突き立った状態で、這いつくばったまま意識を回復した孔雀系鳥人種の若い男は、それでも蔵人に食ってかかる。

「貴様は何をしているのかわかっているのかっ!」

「何って……ああ、見てないのか」

 蔵人は場所をズラし、背後の死体の山を見せる。

 孔雀系鳥人種の若い男は這いつくばったまま、驚愕に目を見開いていたが、それ以上何も言わなくなり、沈黙した。

「誰の命令でこんなことをした?」

「知らんな。俺はただ飛んでいただけだ。それをこの魔獣がいきなり襲いかかってきたのだ。俺にこんなことをしてただで済むと思うなよ?」

 孔雀系鳥人種の若い男は蔵人を睨みつける。

 その横からヨビが男に問いかける。

「この襲撃者たちは言いましたよ。ルワン家から私たちを殺すように命令されたと」

「はんっ、死体ならばなんとでもいえる。蝙蝠系獣人種(タンマイ)ごときが口を挟むな」

「以前いた奴隷が二人、解放されたと聞きました。私の子供を殺した強盗も二人組です。ルワン家が私たちを襲ったのではないですか?」

「……」

 喋るのも汚らわしいとでもいうように孔雀系鳥人種の若い男は答えようとしない。

「がっああああああああああああ!」

 蔵人が片翼に突き刺さったナイフを捻り、ついでに中の魔法毒をいじってやる。激痛方向に。

「聞かれたことに答えろよ」

「だれがっああああああああああああああああああ!」

 喋りきる前にさらに捻って、魔法毒をいじる。蔵人がナイフに触れている限り、毒はいかようにも変化した。

「夜は長いが、できるだけ早く喋ってくれると助かる」

 蔵人は淡々と問う。


 死体が一つ増えた。

 だが、だいたいはっきりした。

 ヨビ親子を襲って、ヨビの子どもを殺した強盗はルワン家の解放奴隷だった。

 孔雀系鳥人種の若い男はそれも監視していたのだという。

 だが、その解放奴隷もすでにルワン家により葬り去られていた。証拠は隠滅された。孔雀系鳥人種の若い男は証拠にならない。官憲に突き出せば何を言うかわからないからだ。

 そしてヨビの元夫であるナバーは襲撃に参加こそしていないが、襲撃自体は知っていたらしい。家を離れていろとイグシデハーンに言われ、小金を受け取ってカジノに行っていたとのことだ。

「お前ら母子はナバーに捨てられたんだ。蝙蝠系獣人種(タンマイ)ごとき、当然のことだがな」

 這いつくばったまま孔雀系鳥人種の若い男が嘲笑っていたが、ヨビは相手にしなかった。

 随分とあっさり吐いたものだが、百年以上も官職についていない落ちぶれた名誉官位持ちの下っ端などこんなものなのかもしれない。動かせる権力も少なく、守るものは己の面子とプライドだけしかない。

 現に蔵人たちに出来たことは、襲撃者を送る以外は嫌がらせの範疇だった。

 全てを吐いた後、孔雀系鳥人種の若い男をヨビが殺した。

 止める間もなく、ヨビは星球メイスで孔雀系鳥人種の頭部を叩きつぶした。

 どの道、殺すしかなかった。

 蔵人とヨビは襲撃者の服を燃やし、武器を集め、死体は海に投げ込んだ。朝日が昇る頃には骨となって海の底に転がっているはずだ。残った武器類は原型が分からなくなるまで破壊し、土精を使ってジャングルの地中深くに埋めた。

 本来は街の外のことははっきりした証拠がなければ全て魔獣の仕業になるのだが、何をしてくるかわからない相手だ。ここにいたという痕跡自体を消し去ったほうがいいと蔵人が判断した。

 いつしか、雨が上がっていた。

 この国の雨は夜半に強く降るが、夜が明ける前にはやむ。


 

 蝋燭の火のような小さな火精が夜の砂浜に浮いていた。

 蔵人は戦闘のあった場所からだいぶ離れた砂浜で、絵を描いていた。

 眠れなかったのだ。

 絵を描いていれば高ぶったままの心が落ち着くような気がした。

 白と黒と灰色で、目の前に広がる夜の海と島を描いていた。

 雲間からのぞいた朱月が、小さな島を淡く照らしていた。

 それを描いていた。

 背後から雪白とヨビが近寄ってきた。

「……絵を描くんですね。黒と白だけですか……神秘的です」

 とはいっても絵なんてほとんど見たことないですけどと言いながら、ヨビはかすかに微笑んだ。

 蔵人はふとヨビを描きたくなった。

「……そこに立ってくれ」

 蔵人は海を背に、ヨビを立たせた。

 ヨビも黙って従った。

 月光に淡く照らされた島と漆黒の海を背景に、ヨビが立つ。

 頭にはピンと立った薄く大きな耳、スタイルのいいシルエット、儚げな表情(かお)

 蔵人はざっと描いていく。

 そこへ雪白がのぞきこむように蔵人の背で身体を横にする。

 蔵人は雪白の体温を背に感じながら、描き続けた。


 ヨビが立ったまま、蔵人に尋ねた。

「……なぜ、協力してくれるのですか」

 真実を知りたいと言って自ら買われたが、ヨビには蔵人がここまでしてくれる理由が思い当たらなかった。絶対に裏切らない奴隷が欲しいというだけでは理由として足らないのではないかと思っていた。

 蔵人は筆を止めずに、答えた。

「真実を知ってあんたがどうするのか、どういう結末を迎えるのかを知りたかった」

「……復讐を否定しない、と?」

 獣人種がいくら強者を慕うとはいえ、すでに私的な復讐が正当化される時代とはいいづらかった。

 特に北部人、人種はその傾向が強かった。北部では決闘禁止を検討する国も出てきていた。

「あんたが復讐するというなら止めない」

「……」

「復讐は何も生まない、命は帰ってこない、死者はそんなことを望んでない。なんてことはいわない。そんなのは当たり前だ。復讐は生みだす行為じゃない。生産的なものじゃない」

 ヨビの顔も見ずに、蔵人は続ける。

「正当な復讐は立ち上がるために必要な過程だ。通すべき筋だ。自分がこれからも納得して生きていくための手段の一つだ。もしそれを否定するなら、大事なものを指をくわえながら失えばいい。憎しみがないなら、失ってもかまわないということだ。

 何も許すことを否定してるんじゃない。正当な復讐を否定しないだけだ。自分が納得するなら許すのもいい」

 復讐するに足る力がなければ玉砕だが、それもまた自分の命の使い方だ。

 とは思うが、蔵人はそれを口にしなかった。


 空が白んできた。

「――長く立たせて悪かったな」

「いえ、眠れなかったので。絵、楽しみにしてます」

 蔵人は雑記帳を閉じて、背後の雪白に身体を預けた。

「俺は寝るから、あんたも好きにしろ」

 それだけいって蔵人は目を瞑った。


 

 かなり日が昇った頃、酷い暑苦しさに蔵人は目蓋を開くと半ば寝ぼけたまま、水精魔法で真水を出して頭からかぶる。

 多少ぬるくはあったが、そこでようやく完全に目が覚めた。

 すると、ヨビがいなかった。

 ということもなく、砂浜で雪白と一緒に食事の準備をしていた。

 いったいいつから仲良くなったのか。

 雪白はどこからか狩ってきた大きなトカゲをヨビに調理してもらっていた。

「おはようございます」

 蔵人はヨビにおはようと返し、食料リュックから固い黒パンや塩などの調味料をだす。

「何か必要な道具はあるか」

「いえ、これだけあれば十分です」

 そういって焼いたトカゲに塩をふり、蔵人の腰から拝借したであろうナイフで肉を薄く削ぎ、残りを雪白に返す。

 雪白はそれに被りつく。

 ヨビは蔵人から受け取った固い黒パンに切れ目を入れ、そこに削いだ肉とジャングルから調達したであろう野草を挟んだ。

「簡単なものですが」

 蔵人はそれを受け取り、代わりにキンキンに冷やした水の入ったコップを渡す。雪白の前にも土のタライに入った冷水が置いてあった。

 ヨビはありがとうございますといって受け取って、美味しそうにその水を飲んだ。

 ヨビの口元からしっとりと汗をかいた首元に垂れる水が、妙になまめかしかった。


 食事を終えた蔵人たちは王都に向かった。

 正確にいえばヨビの元夫である、ナバーの元に向かっていた。

 

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