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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第一章 雪山で、引きこもる。
38/144

38-支部長

 

 協会のロビーにはオーフィアとアリー、その背後を守るようにしてイライダとマクシームがいた。

 『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の残り九名は、それぞれ建物の出入り口や要所に配置されていた。

 オーフィアが厳格な女官長の顔で、気負ったところなく受付に向かう。

 既に死に体のカエルである支部長を、ゆっくりと呑みこまんとするヘビのように。


 ロビーは異様な雰囲気に包まれていた。

 早朝ではなかったため、それほどハンターがいるわけでもない。それでもたまたま居合わせたハンターで『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』を知るものはヒソヒソとそれを知らない仲間に教えたりしている。さらにはイライダ、マクシームが並んでいるのだから、『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』を知らないハンターも、これから何が起こるのかとひっそり眺めていたりする。

 

「『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の女官長である、オーフィアが来たと支部長にお伝え願えますか」

 鉄面皮の職員はその深緑のローブを見て、緊張が走る。

「は、はい、ただいま」

 なんとかそれだけいって、職員は急いで協会の奥に向かった。

 

 特に悪びれもなく、ゆったりとした動作で腕を後ろ手に組んで現れる支部長。

 その後ろにはザウルもいた。

 いつものように、支部長室で悪態をついていたらしい。

「おや、これはこれは、オーフィア様。こんな辺境まで遥々お越しくださいまして、ありがとうございます。これから依頼を受けられるのですか?でしたら大歓迎ですよ、皆様の活躍はこの辺境のサレハドまで聞こえております。どうぞ、ここサレハドでもその力を存分に振るっていただきたい、そのための協力は惜しみませんぞ」

 一息にそう告げる支部長。

「ありがとうございます。しかし、今回は別の用件でこちらに参りました」

 オーフィアは続ける。

「こちらの支部で、不正が行われているという告発がありまして、その調査に参りました。告発対象者は支部長、貴方ですよ」

「おお、そんな、何かの間違いですよ。さもなくば私を陥れる陰謀です」

 大仰に嘆く支部長。

「恣意的な協会規則の解釈、協会規則の誤用、強制依頼制度の濫用、狩猟記録の改竄、緊急災害種調査の未実施などの告発があがっていますが、間違いだと?」

「当然です。私は規則に従い支部長としての任を全うしております。告発などまったく身に覚えはありませんな。その告発者の嘘ではございませんか?だとしたら、貴殿らの正義感を利用するなどあってはならないことです」

 嘆き、そして身に覚えのない罪に怒ってみせる支部長。

「そうですか。せめて自ら罪をつぐなって欲しいと願っていましたが、しょうがありませんね」

「罪を犯してもいないのに、償う必要などはございませんな」

 ふんぞり返る支部長を横に、オーフィアはアリーに目配せをする。

 アリーは受付のカウンターに歩み寄ると、そこに紙束を置く。

 蔵人の受注書の写しだった。

「これを見ても、まだとぼけますか」

 支部長は受付のカウンターに置かれた紙束を見る。

「これがなにか?」

「あるハンターに対しての強制依頼の濫用の証拠です。一つ星(リグセルプ)に対して依頼するのならまだしも、先導者のついた十つ星(ルテレラ)にそのようなことをする合理的な理由はないでしょう」

「ただ、前例がない、というだけですよ。『白槍』の隊長にして一つ星(リグセルプ)であるマクシーム・ダール氏の推薦ですからね、それくらいは容易かと考えたまでのこと。現に四日で依頼を完了してるではないですか、すばらしいですよ」

「では、その依頼が彼の狩猟記録に記録されていなかったのはどうなんですか。記録の証明はこの受注書の写しで十分だと思いますが」

「おおっ、そんなことが。きっと係の者がミスをしたんですな。人とはミスをするものです」

「それが彼の全狩猟記録だとしても、ですか。一緒に組んだイライダ・バーギンは記録され、彼のものだけが記録されていない、とそれもミスだと?」

 そういってオーフィアは受付カウンターの奥の全ての職員を見まわす。

 彼らは一様にして、目を伏せ、顔を合わせようとしない。

「そうですか。魔法具が故障したのではありませんか?もしかしたら彼のタグのほうが故障しているのかもしれない」

「彼のタグは問題なく反応しましたよ?私を誰だと思っているのですか、その魔法具の原典オリジン保持者ですよ。なるほど、記録魔法具の故障ですか、わかりました、私が見て上げましょう」

「いえいえ、オーフィアさまの手を煩わせるようなものではありませんよ」

「私より確かな者もいないですよ、遠慮は無用です」

 そういってオーフィアは受付カウンター横のスイングドアを押して入り、記録魔法具を一つずつ調べる。

 もの数分もかからずに全ての記録魔法具が調べられた。

「異常はないようです、調整している技師の腕がいいのでしょうね。素晴らしい状態です」

「お、おかしいですな。たまたま誤作動したのでしょう」

「たまたまですか。……それでは、いわゆる塩漬け依頼となっていた、ポタペンコ男爵のトラモラ草採取の依頼において、受注規則の明確化により、受注者の受注が、依頼完了後に無効となったようですが、明らかな誤用では?」

 話題がかわってほっとしたのか、支部長はハンカチで額の汗を拭きながら、答える。

「緊急で議会から通達がありましてな。窓口には新人がいまして、権限上の問題からその通達を、その当時、依頼を受けようとしていたハンターに伝えることができませんでした。いや申し訳ない」

「それは協会のミスであって、受注したハンターにはなんの咎もありませんよ」

「しかし規則は規則です」

「そうですか?では依頼が受注されたとの連絡をポタペンコ男爵が受け取ったのはどうしてですか」

「そ、そのような」

「ポタペンコ男爵も証言に快く応じてくださいました」

「そ、それはトラモラ草を待ち望んでいたポタペンコ男爵に一刻も早くお伝えしたいと新人が焦ってしまったのですよ」

「職員への連絡を怠っているのではないですか、問題ですよ」

「私の不徳の致すところ、申し訳ない」

「では緊急災害種調査の未実施はどうでしょうか、明確な服務規程違反です」

 協会内がざわつく。

 怪物モンスターの発生は、もはや国の脅威である。長く怪物モンスターの発生が確認されていないドルガンにいたとしても、その噂はどのハンターも聞いていた。

 怪物モンスター発生を軽んじ、国土の半分から生命体がなくなった国もあるのだ。

「はて、そんな報告きいておりませんが」

 そんな脅威は知らないといった風情の支部長である。

 支部長は長らく怪物モンスターが発生することのなかったサレハドに長く赴任していたため、警戒心が薄れていた。

 それでも、これが地元のハンターの報告であれば多少は調査したのであろうが、よそ者の蔵人の報告であったためにそれを無視してしまったのだ。

「ではそこの貴方、仮の|十つ星ハンターであるクランドから報告は受けていませんか?」

 鉄面皮の職員がオーフィアに顔を向けられる。

 さしもの鉄面皮も支部長に睨まれ、オーフィアに見つめられては額から汗がにじみ出る。

「……受けておりません」

 オーフィアは残念そうにその職員を見つめた。

「……そうですか。私はこの目で、氷戦士の小盾と棍棒を確認しているのですけどね」

 協会内がさらにざわつく。

「失礼ですが、オーフィア様の見間違いでは?」

「……そうですね、私ももう歳ですからね、そういうこともあるかもしれません」

「そんなことはございませんが、やはり老いというのは誰にでも訪れますからな」

 支部長はどこかほっとした顔をする。

「イライダ・バーギン、どうですか?」

 不意に呼ばれたにも関わらず、イライダはいつものように上乳のはみ出たコルセット型の赤黒い革鎧を着て、一歩進み出る。

「当時、アタシが確認したのは小盾だけだが、確かに怪物モンスターの武具だった」

 イライダはその武具を確認したあと、単身又は蔵人と一緒に山の浅い部分を探索したが、怪物モンスターの形跡はなかった。奥にいくには戦力が足りず、気にしながらも断念していた。

「ということですが、私とイライダ・バーギンが見誤った、もしくは嘘をついているとでも?」

 支部長は、それについて語らず。

「知りませんな。仮に報告を受けていたとしても、流民のいうことなどいちいち聞いていられませんよ」

「規則は規則です。仮に貴方が報告を受けていたとして、ですが」

「そ、そ、そうですな、私は報告など受けていな――」

「――いい加減にしなさい。この国のハンター協会本部にはすでに連絡を入れてあります、ここまで証拠が挙がっているのですから、大人しく認めてはいかがですか」

「うっ、うるさいっ。知らんものは知らんのだ。私ではない、みな職員がやったことだ、私は知らん。私がやったという証拠でもあるのかっ!」

 職員に責任を押し付けて、喚く支部長。

 この段階に入ってなお他の職員から声が上がらないのは、この場の職員は全て地元の出身者であり、支部長やザウルのような地元の旧貴族に逆らってはこの村に住んでいられなくなってしまうせいだった。

 この期に及んでしらを切る支部長に憐れみの視線を向けるオーフィア。

「そうですか。ではその証拠保全のため、この協会を一時閉鎖しましょう」

「ばっ、バカな、そんな権限があるものかっ」

「ありませんよ。でも『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の女官長が各国のハンター協会に連絡をいれれば、この村にハンターは訪れなくなるでしょうね。特に高レベルハンターが来ないとお困りになるのでは?」

 この一言は痛烈だった。

 もちろん支部長にとってではない、地元の職員にとってだ。

 この村に高レベルハンターが訪れないとなると、いつかこの村は魔獣に呑まれる。

 支部長に逆らって村で生活できなくなるというレベルではない。家族が死ぬのだ。

 この村をでて生計を立てていける者ばかりではないのだ、この村からでていけないものもいる。そうしたものが死ぬのだ。


「し、支部長に命令を受けましたっ。クランドというハンターの狩猟記録を打ちこんではならないって」

 その一言を皮切りに、次々と声があがった。

「私もっ」

「ぼ、ぼくのミ、ミスだということにしておけ、と。すいませんっ」


 オーフィアとしてはこの脅迫のような手段は取りたくなかったが、本部の職員が来るまでは支部長を拘束して、建物内の証拠を保全しておきたかった。

 他にも魔獣買い取りの過剰ピンハネや地元旧貴族との癒着、本部への虚偽報告などの余罪があるのだ。

 逃がすわけにはいかなかった。

「知らん、知らんぞ。貴様らっ私を嵌めようとしておるなっ。くそっ、くそっ、くそっ」

 支部長が声を上げる職員を見まわして、どなり散らし、裏口に駆けだした。

 しかし、そこにはすでに『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』たちがいる。

 支部長は横から飛び出た彼女たちにあえなく捕まり、地面に抑え込まれた。

「じ、じらんぞ、私ではないっ。くそっ、おんなを浚う誘拐犯どもめがっ、グゥッ――」

 

 オーフィアがホッと息を吐く。

「アリー、あとはお願いしますね」

 そう言われたアリーは一礼して、他の『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』とともに協会内に散っていった。


――カンカンカンカンカンカンカンカン


 甲高い鐘の音が、村中に鳴り響いた。

 オーフィアはハッとする。

 つづいてマクシーム、イライダが気づく。

「マクシーム、イライダ、村のほうをお願いします。私は協会で他のハンターの指揮を執ります」

 マクシームとイライダは頷いて、協会を駆け出ていった。


怪物の襲撃(エクスプロード)ですっ!支部長が指揮をとれないため、『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』女官長である私が、一つ星(リグセルプ)のオーフィアが指揮に当たりますっ」

 

 凛とした大音声は、動揺しかけていた職員の心を決めさせる。


「村長と周辺の街、旧貴族に連絡を。ハンターが集まり次第強制依頼をかけなさい。神官にも協力を仰ぎなさいっ」

 その声に職員が動き出す。自らの村を守るのだ。

 ふと見るとザウルの姿がない。

 逃げたか、しかし、今はそんな暇はなかった。


怪物モンスターはアレルドゥリア山脈より雪崩をうつように進撃中。進行速度は遅いですが、あと十数分もすれば第一陣が後門に接触しますっ。数は不明ですが、氷の軍勢ですっ」

 息を切らした門番が協会入り口のスイングドアを弾き飛ばして駆け込み、大きな声で報告する。


「表門よりありったけの魔獣車で非戦闘員を逃がしなさい。自警団および志願者は門内での戦闘のみ許可します。ありったけの弓、石、油、なんでもいいので掻き集めなさい」


 協会内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 続々とハンターたちが協会に集まってくる。

 もちろん全てのハンターが集まったわけではないだろう。逃げ出した者もいるはずだ。

 だがそれを糾弾している暇はない。


 あらかたハンターが集まったところで、受付カウンターのでオーフィアが声を上げた。

「静粛にっ!」

 一声で場が鎮まる。

「支部長不在のため、『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の女官長である私、一つ星(リグセルプ)のオーフィアが指揮に当たりますっ。よろしいですね」

 不満の声は上がらない。

「現在、アレルドゥリア山脈より千体ほどの氷の怪物モンスターとおぼしき集団がこの村に迫っていますっ」

 ハンターがざわめく。

「お静かに。みなさんにはこの集団の迎撃に当たってもらいます」

「に、逃げようぜ」

 だれかがそういった。

 次に誰かが続く前にオーフィアが声を張る。

「魔獣車はほとんどありませんから、逃走戦をしてもじきにおいつかれるでしょう。ゆえに、ここで戦うしかないのですっ。幸いにして、高レベルのハンターも多くいます。マクシーム・ダール、イライダ・バーギン、グロッソ・スレイノフ、そしてアルバウムの勇者、ハヤト・イチハラがいます。勝てないはずがないのです」

 五〇名にも及ぶハンターたちの視線が、唯一この場にいるハヤトに集まる。

 ハヤトは協会の柱によしかかり黙して語らず、その周囲にはエリカと学校の制服を着た女、黒づくめの兎耳少女、尖った帽子をかぶった魔法少女、背の高い虎系獣人の女が集っていた。

 ハヤト・イチハラの勇名は大陸中に轟いている。とくに対怪物(モンスター)戦では無類の強さを発揮するという。

 ハンターたちの中に、かすかに希望が灯る。


「周辺の街にもすでに連絡しています。救援も期待できるでしょう。さあ、村を守るのですっ。ここを抜かれれば、被害はさらにタンスク、ブルオルダに広がっていくことでしょう。そこにはみなさんの家族もいるでしょう。ここが、正念場です」


 オーフィア達は、後に『氷の襲撃アイス・エクスプロード』呼ばれることになる未曾有の災害にハンターと自警団、村の有志、職員を含めても二〇〇名に満たない籠城戦で立ち向かうことになった。



 オーフィアは山の洞窟のあるほうをちらりと見る。

 無事でいてくれればいいのだが、と内心で祈りながら、目の前に迫る氷の怪物モンスターたちを見据えた。


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ひええ、どんな地獄絵図が…!
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