34-勇者②
今日は18時にもう一本、うまくいけば、深夜にもう一本アップしますm(__)m
村にいたのはたった数時間。
山にとんぼ返りした蔵人は丸一日たった翌日の朝、ちょうど洞窟の外に出ていたアカリと地面でごろごろしている雪白を見つけた。
アカリは何かあったのかなという目で蔵人を見、雪白はごろごろしたまま、もう帰ってきたの?という冷たい風だったが、尻尾が機嫌よさげにゆらゆらと揺れていた。
蔵人がうんざりした顔をする。
「ああ、……たぶん、村に一原颯人が来ている」
アカリの目が大きく見開かれる。
「道端で御対面っていうのもめんどくさいから、とっとと尻尾巻いて逃げてきた。詳しいことはわからないが、少なくても『暁の翼』のエリカ・キリタニって奴とは会ったよ。まあ、幸いにして相手は用務員なんか記憶にないって感じだったけどな」
ハヤトたちのことを話しながら、これからのことを非常に億劫に感じる蔵人。
ふと見ると、雪白は二人の様子の変化を気にした様子もなく、ごろごろと地面に背中を擦りつけて気持ちよさげだ。
お前はいいよなぁと蔵人が雪白を羨み、その気持ちを知ってか知らずか雪白がそんなこと知りませんといった様子でごろごろ、ごろごろと地面を転がっていた。
二人と一匹は洞窟に戻った。
だいぶ春先のように温かくなってしまった外に比べ、洞窟の中はひんやりとしていた。
「何しに来たと思う?」
囲炉裏周りに座った蔵人がアカリに聞く。
アカリはしばらく眉間にしわを寄せて考えていた。
「……私が原因かと思います。良い意味でも悪い意味でも」
「というと?」
「どこからか私の状況を聞いて、助けに来た。それか、私を捕えにきた。そのどちらかです。八対二で前者だと思いますけど。もしかしたらマクシームさんが神殿に話をつけ、それが噂になってハヤトさんの耳に届いたのかもしれませんね」
同級生を相手に、二割は敵の可能性があると言い切るアカリ。
「同級生が助けに来てくれるって、ずいぶん自信家だな」
蔵人がからかうようにいう。
「よしてくださいよ、違います。あの人は勝手なんです。勝手に助けて、勝手に保護しようとする。確かにありがたいんですよ、助けてくれるのは。その庇護下に入って助かっている子もいますし、そのエリカって子はそうだと思います。でも私は、自立したいんです。だからマクシームさんの誘いにも乗りました」
「へえ。まあ、仮に敵だった場合は『不安定な地図と索敵』でわかるから問題ないだろ。山の奥に逃げれば時間ぐらいは稼げる」
「いえ、仮にハヤトさんが敵だった場合は『不安定な地図と索敵』には反応しないでしょうね」
蔵人は怪訝な顔をする。
「いわゆる『勇者』に『加護』は通用しないんです」
「それはまた。……ん?それじゃあ、事実の大鎌とやらも意味がないんじゃないか?」
「そう思いますよね。その答えはノーです。前に大怪我をした勇者が他の勇者のもつ治癒系の加護で一命を取り留めています。そのことから、加護の力を受け入れるか、受け入れないか、その意志が重要なんだと思います。命精魔法の治療のように。
『事実の大鎌』の場合は、加護を受け入れないとただの『鉄の大鎌』になってしまうそうです。受け入れないなら嘘をついても、真実をいっても、ただの長剣や槍と殺傷能力はかわらないようです」
「それは良いのか、悪いのか、わからんな」
「そうでもないです。ただの大鎌なら物理障壁で容易に弾けますからね。『事実の大鎌』の加護が十全に発揮されると障壁は無意味ですよ。まあ、そのかわり相手に『審判を受ける意思』が必要なんで、戦闘用じゃないですね」
蔵人は思案気な顔をした。
「……俺には加護が作用するのか?」
勇者の力を失った蔵人に『加護』が通じるか否か、それが問題であった。
アカリは首を振る。
「たぶん、通じないと思います。私が用務……蔵人さんを明確に敵と認識したことがまずないですし、蔵人さんが私を心底敵と判断したこともないようなので。総合的にみて私より強いか、それも問題ですが、今のところ、イルニークを狩った時から今まで、一度も反応したことはありません。まあ自分でもマーキングされる細かな条件がわからないのでなんともいえませんが」
「いい加減、名前を間違えるなよ。用務員なんで単語きいたら覚えてない奴も思いだすかもしれん」
「す、すいません」
用務員のフルネームを知っている奴もいないだろうから、名前だと呼びにくいのだろう。
「それにしても、敵、か」
アカリの視界が揺れる。
囲炉裏を一足に飛び越えた蔵人がアカリを押し倒したのだ。
「えっ」
そんな事態を把握しきれないアカリの驚きとも戸惑いともいえるように漏れた声も、蔵人の次の行動に押し流されて、洞窟に消えていった。
アカリのシャツのボタンを引きちぎる蔵人、そして中のブラもない小ぶりな乳房に手を差し込んだ。
「い、いやっ」
アカリの振るった腕は女性らしからぬ勢いで蔵人の横っ面を直撃する。
だが、蔵人はその一撃をまるで気にした様子もなく、アカリの下腹部のベルトを外して、中に手を差し入れる。
「い、いやぁああああああ」
「――で、どうだ」
危ういところに手が差し込まれる寸前で、いつもの蔵人のバカにしたような、飄々としたような、本人には至ってはそんなつもりもない、ようするにトボケた声が、必死に抗うアカリの耳に届く。
「赤いか?」
アカリはただ促されるままに改めて『不安定な地図と索敵』を確認する。
そこにはアカリ自身を表す黒点以外、何もなかった。
つまり元勇者もまた加護が通じないということだ。
アカリを敵としながら、アカリの能力を心底から受け入れるという物好きな勇者がいない限り、これ以上の検証はできない。というよりはアカリの能力の特性上、勇者が敵になった場合は反応しないと考えたほうがいいのだ。
「な、ないです」
そうか、といって蔵人はあっさりと囲炉裏の向こうに戻っていった。
「やり方があると思うんです、あれはやり過ぎです」
アカリは鋭く、冷たい、この世で最も嫌悪する汚物を見るような目で蔵人を見る。
「そうか?敵じゃないとわかってはいても、疑ってはいても、女が本能的なレベルで危機意識が働くこととなると……」
蔵人はアカリの下腹部に目をやった。
「ど、ど、ど、どこ見てるんですかっ」
「まあ、そういうわけだ。勘弁してくれ」
「は、犯罪ですよ。マンガじゃないんです、キャーエッチ、で済まされないんですよっ。許しませんよっ」
蔵人はえーという顔をする。
「な、なんですか、その顔は。私が悪いみたいじゃないですか」
「まあ、俺にとっちゃわりと死活問題だ、勘弁してくれ」
蔵人はぐいと頭を下げる。
『勇者』が『加護』で『召喚者である自分』を傷つけることができるかどうか、それによって随分と蔵人のやり方も変わってくる。
アカリとしても理由がわかってしまった以上、どうにも責める気になれなくなってしまった。
「……いいです。今ので匿ってもらった貸し借りなしです。それでカンベンしてあげます」
「すまんな」
「もう、いいです。でも完全に加護が勇者に通用しないかどうかは、わかりません。抜け道もあるようですし、それを検証してたのがハヤトさんですから。どちらかというと裏切りを警戒して、自衛のためにというようでしたけど」
「でだ、そういうわけで俺はあいつに殺されたくないから、しばらく山に籠る」
雪白は後ろでくぁあと欠伸をしながらも、山に籠るのところで耳をぴくっと反応させた。
「殺されるって、そんな」
なんとか落ちつき、着替えを済ませたアカリ。微妙に蔵人から距離をとっている辺りが蔵人に対する無言の抗議であったかもしれない。
「もう一つ星だったからな、勇者の中じゃ、英雄じゃないか?」
「えっ、もうそんなに。……特例条項かもしれませんね」
蔵人は知らんという顔をしてアカリを見る。
「……一応、ハンターになるとき説明受けるんですけどね」
「マクシームはそんなこといわなかったからな」
「ああ、マクシームさんか。それならしょうがないですね。特例条項というのは、特別指定災害種といわれる、特に人を害すると協会に認定された魔獣や怪物を討伐したハンターに適用される、特別優遇制度です。わかりやすくいえば、街を襲うドラゴンや巨型怪物を討伐したら特別にランクを上げますよ、というシステムです。この二年弱でハヤトさんがそこまで上がったということは、街を襲ったドラゴンでも倒したのかもしれませんね。前に少し噂できいたことがあります」
「……ドラゴンか、いるんだな」
「いますよ。でも災害種以外はほとんど姿を現しませんね、せいぜいがワイバーンくらいです」
「そうか。で、ハヤトはそんな奴なわけだ、勇者の中では英雄、その国でも英雄だろう。そんなところに、力を奪われた召喚者が現れてみろ、力を奪ったという醜聞が漏れるのを恐れて、殺しにくるかもしれない。まあ、流民扱いの俺のいうことなんて誰も信用しない、盗んだことを証明できないから信じないってこともありえるがな」
「……そんなことあっては欲しくはないですけど、否定できないのも事実です」
アカリもその能力を得てからは、人の悪意にはシビアになった。人は立場次第で容易に裏切ることを知った。そして、彼らは勇者じゃない、ただの人なのだ、否定などできるわけがなかった。
「まあというわけで、しばらくは雪白に付き合うかな」
「そうですか。ハヤトさんが来たということはそろそろ、マクシームさんも戻ってくるかもしれませんね」
蔵人は背後の雪白に身体を預けた。
雪白は、寄りかかるなっという不機嫌な顔を向けるが、尻尾はゆらゆらとゴキゲンである。
そんな話をした五日後の早朝、マクシームが戻ってきた。
それも、数人の女性ハンターを引き連れて。
蔵人の鋭く、冷たい、酷薄な、敵対一歩前の視線を受けるマクシーム。
雪白は蔵人の後ろでグルルと牙を剥いて威嚇していた。
「……クズか」
誰にも言わないという約束を破ったのだ、幼稚といわれようが、話を聞けといわれようが関係はなかった。信用したのは自分だ、それは蔵人も承知である。だが、信用することと、裏切られたことに対して怒ることはまったくの別の話である。
「まあ、話を聞け。アカリのためだ」
「……方法はいくらでもあったはずだ。俺と、……雪白にとってリスキーすぎる」
表情から蔵人がマクシームに対してどんどん興味を失っていくのが、誰の目にも見て取れた。まるで情が抜け落ちていくように、表情がなくなっていった。
猛獣の類ではない。毒虫、怨霊といった得体のしれないものにも似た怒気であった。
「まだまだ若いのに、そんな表情するものじゃありませんよ」
その声は高まった緊張を、ふわりと緩和した。
マクシームの背後から、人影が進み出る。
声の主は、ほっそりとした上品な老女だ。背筋はピンと伸び、一人だけ革鎧はつけずにシルエットの細い、深緑色のローブを着ている。
何よりも、耳が長く、尖っていた。そう、いわゆるエルフである。
人間でいえば五十年前を見てみたかったな、と無表情の蔵人がふと思ったくらいの美人である。
「私がマクシームに無理を言ったのです。ですが、貴方たちの生活を脅かす気はありません」
「ここに来たという事実だけで、十分脅威なんですがね。そもそも誰です?」
「申し遅れましたね、私は『月の女神の付き人』を取りまとめますオーフィアと申します。本当はもっと長い名があるのですが、オーフィアで結構です」
「……蔵人、です。で、オーフィア、さんはなんのようですか」
さすがの蔵人も声のトーンが戻り、口調が改まる。
はるか年上であるオーフィアを呼び捨てにはしづらかった上に、怒りを発散するタイミングを失ってしまったというのも原因であった。
それにどこか丁寧に対応しなければいけない相手だという風に感じていた。立場とかではなく、オーフィアのもつ雰囲気が。
「一つは数日後に『事実の審判』を受けることの決まった、そちらのお嬢さん、アカリさんの保護、護衛です。もう一つは……貴方です。白幻と謳われるイルニークと生活を共にする者。まるで神話のようではありませんか。それで年甲斐もなくマクシームに案内してもらいました」
ギロリとマクシームを睨む蔵人。
睨まれたマクシームはそっぽを向いている。
「ああ、生きている内にこんな光景を目にすることがあるとは、長生きはするものですね」
そういって蔵人に寄り添って威嚇する雪白を、優しい目でみるオーフィア。
雪白は慣れない目に晒されて少し居心地が悪いようで、威嚇をひそめて蔵人の陰に隠れてしまった。
オーフィアはそれを見て、さらに微笑ましいものでも見たように嬉しそうに相好を崩した。
蔵人はマクシームを見る。
「まあ、なんだ『月の女神の付き人』さんだがなんだか知らないが、これで俺はお役御免だろ」
「いや、それがだな……」
マクシームが居心地が悪そうにがりがりと頭を掻いた。
「厚かましいとは思いますが、しばらくこの辺りで野営をさせてもらえませんか?」
オーフィアが煮え切らないマクシームにかわって言った。
蔵人の目が再び険しくなる。
「まだ、『事実の審判団』が到着していないのです。同じ勇者の窮地ということで、特別にサレハドで審判が行われることになりましたが、彼らは私たちと違い、神職です。どうしても移動に時間がとられてしまうのです。その間にアカリさんによからぬことを考える輩がいないとも限りません。ですから、安全性の高いこちらで御厄介になれればと無理を申しております。それに――」
言葉を切り、後に立つ数人の女性ハンターを見るオーフィア。
「うしろの女たちは、確かにハンターです。星の低い者もおりますが、それなり腕は立ちます。が、それでも女神の御許に逃げてきた者たちなのです」
「女神の御許?申し訳ないが、あいにくと『月の女神の付き人』がなにかも知りません」
知らないといわれたオーフィアだったが、気分を害した様子はない。
「そんな改まった口調はいりませんよ。『月の女神の付き人』とは、狩りの女神でもある月の女神と共に生きる女のことです。俗界にもどらない場合、終生旅を続け、狩猟生活を行います。男子禁制とは月の女神が処女神であり、男を嫌うからといわれていますが、そのおかげか、こうして女たちの駆け込み場所になることができました」
「ああ~つまりは訳ありの女性ですか」
蔵人の視線を受けて、一人の女がびくっと身をすくませた。
「そういう訳で、村よりは、こちらのほうが何かと都合がいいのです。もちろん、今後こちらのことを漏らすようなこともいたしません」
漏らすもなにも、もうどうにもならないだろうと、蔵人は諦めモードになる。
皆殺しにする以外完全な情報の隠蔽方法はないのだから、どうにもならない。
「……マクシームは野獣だし、いちおう俺も男ですよ、いいんですか?」
「おいおい、そりゃないだろ。オレは後腐れない綺麗なお姉ちゃんと遊んでるだけだ」
マクシームを見るアカリの目は、完全に氷点下である。
オーフィアは、あら、となぜか疑問符を浮かべた。
「マクシームは問題ないですが、そうですよね、貴方も男性でしたよね。決して枯れた様子もないのになぜ私はそう思ったんでしょうね」
「……もういいです」
どうしてでしょうねと今でも首を捻っているオーフィア。
「……これで全員ですか?」
蔵人の問いに問題をとりあえず脇に置いたオーフィアが首を振って、後ろをみた。
十数人の女の一団が斜面を登ってくるのがみえた。
蔵人が天を仰ぐ。
突き抜けるような青空そこにあった。
「女官長~、無理言わないで欲しいにゃー」
「そうですよ。なんだってあたしたちが悪夢を退治しなきゃいけないんですか~」
オーフィアは端然と微笑む。
「貴女たちなら問題ないでしょう?それに私は、少しばかり懲らしめてあげなさいといったのです」