28-依頼①
蔵人は協会にいた。
村につくのは深夜になりそうだったため、外で野営したあと、早朝に村へ入った。
「依頼が、無効?どういうことだ?」
例の職員である。今日も鉄面皮である。
「クランドさんが依頼を受注する前に、ドルガン議会により、依頼受注のルールが明確化されました。いわゆる塩漬け依頼が受けられるのは適正なランクより、二つ下までと、暗黙のルールがそのまま協会規則になります。協会規則の明確化は依頼受注日時の前ですので、依頼は無効です。蔵人さまが請求なされた受注書の写しと協会規則追加の日時を比べますか?」
スラスラと、あたかも自分が上位者であるとでもいわんばかりに説明する職員。
「連絡の不備自体はこちらの新人のミスですので、規則違反によるペナルティは特別に課せられず、依頼失敗ということにもならないのでご安心くだ――」
挙句、恩に着せてくる。
「――ああ、わかった。もういい」
職員の口上を遮るように、呆れ切った蔵人がそういった。
「そうですか。では、お持ちのトラモラ草はどうなさいますか?こちらで確認した後、買い取――」
「――いや、いい。持って帰って自分で食う。バカバカしい」
「ご、ご自分で、ですか」
ここでようやく職員にわずかばかりの動揺が見られた。
「一応、確認させていただけますか?」
「依頼は無効で、俺は売らない。それなら見せる必要もないだろ」
「そ、そうですか」
「それより、話がある」
職員は眉をひそめる。
「抗議したところで――」
「――違う。したって無意味なんだろ?国からの通達だから。……怪物関連の話だ」
職員の顔は一気に引き締まる。
「どのようなお話かまず聞かせてもらっても?」
職員の小声につられて、蔵人も小声で先日の氷戦士型の怪物について告げた。
「……わかりました。支部長に連絡しますので、しばらくお待ちください」
そういって職員は慌ただしく奥へと消えた。
「おいおい、十つ星が四つ星の塩漬け依頼、それもトラモラ草の採取をやったってか。ふかすのもたいがいにしろやっ」
後ろにダラダラと並んでいた禿げた筋肉ダルマが蔵人の前に割り込む。
蔵人がどこかで見た顔だなと思うと同時に相手も何かに気づいたような顔をする。
「おいおい、この間のヘタレな新人じゃねえか」
そのドラ声にわらわらと残り二人のチンピラハンターも集まってきた。
「トラモラ草だぁ?おいっ見せてみろよ。本当なら、な」
「ちげぇねえ、もってんなら見せられるよな」
蔵人は不快そうな顔をする。
「自分で食うから、気にしないでくれ」
蔵人がそういうと、絡んできた三人は顔を合わせて大笑いを始めた。
ゲラゲラと下品な笑いである。
「ゲハハ、じぶんで食うとか、バカじゃねぇのか。あんなもん食うのはお貴族さまくれえだよ」
「売る方がいいに決まってんだろうが。一塊一〇〇〇ロドだぞ?王都にいけばスパイスがどんだけかえるとおもってやがる」
「ま、まさか、いまどきスパイスもしらねえんじゃねえだろうな?どこの田舎もんだよ、ゲハハハ」
なるほど王都に行けばスパイスがあるんだなと蔵人はちょっと嬉しくなったが、下品な顔に付き合わされた分だけ損したかな、などどとりとめもないことを考えていた。
「おいっ、聞いてんのかっ!」
どんと蔵人の肩を小突くチンピラハンターA。
「クランドさん、奥へお願いします」
職員の声がした。蔵人はこれさいわいとスタスタと奥へ行こうとする。
「待てよっ」
チンピラハンターBが蔵人の肩を掴む。
蔵人はゆっくりとその肩をつかんだチンピラハンターBの腕をつかんだ。
「ああ、やんのかっ」
禿げた筋肉ダルマ、チンピラハンターAが身構える。
「い、いだだだだだだだ、は、はなせ」
蔵人が何かしたようには見えなかったが、チンピラハンターBは叫びを上げる。
「先輩方、職員に呼ばれてますので、行ってもよろしいですか?」
尋常ではない仲間の痛がりように残りの二人はなにもいわない。いえない。
では、といって蔵人は腕を離し、奥へと歩いて行った。
もうチンピラに恐怖は感じなかった。
「あ、あの野郎、つ、爪をたてやがって」
「魔法使ってる気配はなかったな」
「大げさに騒ぎやがって、見せてみろ」
禿げた筋肉ダルマは乱暴にチンピラハンターその二の腕を取る。
「……おいおい、お前は狼にでも噛まれたのか?」
腕の皮膚を破って痣をつくる、五つの指跡がそこにはあった。
蔵人は指をグーパーしながら、指先に特化して鍛えた甲斐があったかなと人体実験ができたことに、不快なことがあったりもしたが、満足げであった。
基本的に蔵人の師は日本にいた頃に読んだ市販の武術書と、雪白である。
組技・合気系の武術はまず相手がいなければ練習もままならない。打撃系は一人稽古できるものの、当て勘、防御などはやはり相手がいなければ養い難く、スポーツの技術はよほどのセンスがなければ野性に通じない。
それならば古流の各武術のように、一点を鍛え上げて武器にし、一撃を磨くのがいいと蔵人は判断した。それが間違いかどうか、教えてくれる師すらいなかったのだからしょうがない。
あとはコンセプトに基づき、反射神経、身体能力を駆使して、雪白とひたすら格闘するだけであった。
一度、雪白にローキックをかましてみたら、そのままマルカジリされそうになったので、それなりに間違ってはいないはずである。
コンコンと前をいく鉄面皮の職員がドアをノックした。
そのまま通され、大きな机のある前に立たされる。
その机に両腕を組んで座るのは、明らかに見てわかるほど仕立てのいい服で身を包んだ、人種の年輩の男であった。
「ふむ、色々と問題を起こしてくれているようだな。その挙句、怪物がでた、と。まあ、『白槍』の隊長の推薦だ、そうそう除名になることもあるまいと高をくくってるんだろうがな」
名乗りもせずに、支部長は目を細める。
「あんまりなめてくれるなよ?」
嫌な視線が蔵人をなめるように見る。
その視線にさらされた蔵人は、この協会にはまともな人員はいないのかねと、どうでもよくなってきていた。
「まあ、よかろう。支部長のヤコフ・セルゲリー・マイゼールだ」
「どうも。クランドです」
「知っとるよ。色々、苦情もきとる」
そういって、蔵人の報告も聞かずにくどくど話し始めた。
あまりに長く迂遠なそれを要約すると。
協会の規則ぎりぎりの行為が目立つこと。
ランクにそぐわない狩りを故意にしていること。
仮登録の十つ星の分際でザウルに面倒をかけたということ。
恫喝して無理に塩漬け依頼を持っていったこと。
先導者もつけずに依頼にいったこと。
最後の以外は言いがかりだと蔵人がいってみるも、マクシームの推薦というだけの背景しかもたない新人ハンターの言葉を支部長が信じるはずもない。
協会や他のハンターはよくて有名人が拾ってきた捨て子、普通は流民・難民という程度の認識でしか、蔵人を見ない。
支部長が地元の者や議会有力者の言葉を疑う余地は僅かばかりもなかった。
「ふむ、では、一応、報告とやらを聞いておくか」
蔵人はもう投げやりに事情を説明する。こうなる可能性はあると考えていたが、実際にこうであると話す気が失せる。
「ふん、そうなると十つ星である君が、一人で、氷戦士型の怪物を倒したとなるわけだ。その盾がその証拠だと」
アカリや雪白のことをいうわけにはいかないのだから、そうなる。それについて一片の罪悪感も蔵人にはなかったが。
アカリにしろ、雪白にしろ、話に出せないのは自業自得であり、立場の違い上いたしかたないことだ。
見るからにくたびれた小型の丸盾をちらりと一瞥する支部長。
「どこにでもありそうなものだな。嘘をつくなら、もう少しまともな嘘をつきたまえ。早いところ仮の状態を脱して、ランクを上げて、ハンターの優遇措置を受けたいのだろうが、そうはいかん」
わしの目は欺けんぞ、とでもいいたげなドヤ顔である。
「さあ、もういいだろう。でていきたまえ。頑張ってランクを上げるのだな……おおっ、だがな、君につける先導者がおらんのだよ。勇者とかいう名誉欲に取りつかれた奴のおかげで、ハンターが減ってしまってな。先導者がいなければ、依頼は受けられんぞ?」
もうハンターとかどうでもいいかなと蔵人が思い、部屋を出ようとする。
――コンコン
「いいぞ。--ほれ、なにをしておる、早くでていきなさい」
ガチャリと開くドア。
ぬっとドアをくぐって入ってきたのは、巨人種の女であった。
「四つ星、イライダ・バーギンだ。今日から世話になる」
褐色の肌。鋭く精悍な顔立ちにはどこか色気が漂っている。ちりちりとした赤毛はライオンの鬣のようにもみえるが適当になでつけているだけのようだ。胸は大きく膨らみ、腹筋は割れ、下半身はがっちりとむっちりとしている。簡易な黒革の装備で露出が多く、胸の谷間や臀部の一部が見えていた。
若くはないが、老けてもいない。巨人種の容姿は、ギリシア彫刻ように年齢が判別しづらかった。
ようするに、女版マクシームである。
「おお、頼むぞ、ハンターが随分と減ってしまっての」
イライダに愛想笑いを浮かべながら、支部長は手を小さくふって蔵人を追いだす。
「ああ、支部長」
「ん、なんだね?」
「そっちの新人、アタシが面倒みるよ」
先導役を買ってでるという。
「しかしな、君は三つ星になるためにまだいくつか国を回らねばならんだろ。そんな無駄なことをさせるわけにはなぁ。優秀なハンターは国の、いや、世界の宝だ。才あるものはそれを伸ばしてもらわんとな」
「新人の先導くらいわけないさ、任せなよ。はい、決まり決まり」
パンパンと手を叩いて、勝手に場を締めたイライダは部屋を出ていく。
「ほら、いくよ」
そういわれて、とりあえず蔵人はそれについていった。
支部長の忌々しげな顔がちらりと見えた。
ざまぁである。
蔵人は清々しい気持ちで支部長室をあとにした。
イライダは入り口近くのバーカウンターにどっかと座りながら、聞いてたと思うがと前置きをした。
「アタシはイライダ・バーギン、四つ星、見ての通り巨人種さ。狩りのときにまどろっこしいのは面倒だ、イライダでいい」
「クランド、仮の十つ星、人種だ。好きなように呼んでくれ」
バーテンダーから酒の入った木のコップを受け取ったイライダはそれを一口に呷った。
イライダの体躯のせいか、そのコップは妙に小さく見えた。
イライダはそのコップに再び酒を要求し、バーテンダーに注がせる。
それを無言で蔵人に差しだした。
蔵人はやれやれといった様子でそれを受け取る。
木のコップはつるりとして手触りがよく、サイズとしてはやはり普通のコップである。
蔵人はちらりとイライダを見てから、それをイライダのように一気に呷る。
かぁっ、と喉が焼けるように熱い。
ウォッカのようなものだが、ほんのわずかに癖がある。
「強引な酒はこれっきりにしてくれ。マズイ酒は飲みたくない」
イライダは笑った。笑うと猛獣のように獰猛に見えるのだからおそろしいものだ。
「うまい酒なら付き合うってんだな」
酒の味のことではないとわかっていっているようだった。
意味ありげに笑みを深めるイライダ。
「まあ、ほどほどならな」
特に酒が強いわけではない。
強いか弱いかなどどうでもいいのだ。
高い酒か安い酒かなどどうでもでいいのだ。
うまいか、マズイかだ。