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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第一章 雪山で、引きこもる。
24/144

24-家①

 

 話を聞いたアカリははっきりと顔をしかめる。

 自分を陥れた男の話を聞けば誰でもそうなるだろう。

「さすがに、眠いな」

 そういって蔵人は岩から立ち上がって大荷物を持ち上げ、雪白に渡した三つ目の肉を取り上げる。

 恨めしそうな顔で蔵人を見上げる雪白。

「後で焼くからいいだろ?塩とかも買ってきたしな」

 雪白は少し迷った表情をするが、しぶしぶといった感じで一つ唸ると蔵人とアカリとともに洞窟に向けて歩き出した。

 雪白は塩なんて知らなかったが、蔵人の期待させるセリフに肉を待つことにしたようだった。


 蔵人は買ってきた狼の毛皮と羊毛っぽい毛布を大荷物から取り出すと毛皮を地面に敷き、毛布をかぶって横になった。

「……なんでハンターが毛皮なんて買ってきたんですか」

 アカリが呆れたようにいう。

「綺麗な剥ぎ取り方も、なめし方もしらないし。虫湧くから諦めた」

「ふ、冬とかどうやって過ごしたんですか」

「一人の時は火精か、土精で土に潜って。雪白が来てからは随分温かくなったな」

 なんてことないようにいう蔵人にアカリは眩暈を覚える。

「あ、雪白もいる?敷く物」

 寝ころんだ蔵人の頭の上にいる雪白から返事はなかった。

 蔵人が大きく欠伸をする。

「……あふ、荷物とか適当に漁っていいから。まあ、女物なんてわかんないし、たいしたもんもないから期待するようなものじゃないけどな」

 それだけ言って、蔵人はすとんと眠りについた。


 そろそろ夕暮になりそうな頃に蔵人は目を覚ました。

 部屋の反対側の隅のほうで、アカリが火精を具象化して維持しているのが見えた。

「なんだ、荷物漁らなかったのか」

「いえ、さすがに人の荷物を漁るわけには」

 アカリは火精を散らして蔵人のほうを向く。

「ああ、悪いな、なんか邪魔したみたいで」

「いえ、ちょっとした暇つぶしついでですから」

 蔵人は一つ伸びをして大荷物と部屋の隅にいつもおいてあるモスグリーンのリュックを持って、囲炉裏の周りに置いた。

 そして暇つぶしというアカリの言葉にふと気づく。

「ああ、スマン。急な出発だったからなんも教えていかなかったな。メシとかどうしてた?」

「匿ってくれるだけで恩の字ですよ。山を下りて、ハンターにもさせてしまって。ご飯は雪白さんが色々狩ってきてくれたので。私が狩ろうにもこの辺のことよくわからないので、雪白さんの厚意に甘えていました」

「ああ、それは気にしないでくれ。報酬ももらったし、一度約束したことだ。と、そうなると色々説明したほうがいいか。いや、もしかして雪白に教えてもらったりしたか?」

「いえ、それは非常に残念なことなんですけどね。ご飯を届けて、見守ってくれてはいたんですが、それ以上は……こう、もふもふとかモフモフとかそんなことなくってですね」

 あ~すまん、説明するわ。といいながら蔵人が立ちあがるとしょんぼりしていたアカリも慌てて立ちあがった。

「まあ、たいしたもんないんだが。ここがトイレと風呂場」

 何もなさそうな通路の真ん中のを蔵人が触ると、ドア大の穴がぽっかりと口を開く。

 蔵人が部屋に火精を具象化して浮かせると、長方形のバスタブがどーんとアカリの前に現れる。もちろん石に近いくらいまで圧縮された土製だ。

「えっ」

 アカリの小さな驚きに答えず、蔵人は続ける。

「水は外の雪か、水精魔法で、あとは自分好みに火精魔法で温めてくれ。で、風呂場の横にトイレがあるんだが……やっぱちょっとマズイか」

 蔵人は独り言をいいながら風呂場の横の壁に触れて再び穴を出現させる。

 そこには土製の和式便器がぽつんと鎮座していた。

 しかしその便器の底は果てしなく深く、底が見えなかった。

「元は洋式だったんだが、雪白も妙に綺麗好きでな。洋式じゃしづらいってんで和式になったわけだ。用を足したら水精魔法で洗って、風精魔法で乾かしてくれ。最後に土精魔法で少し土を落としてくれれば匂いもなお一層防げるっと、無神経だったな、すまん」

「だ、大丈夫です、が――」

「――そうか、ちょっとそこよけてくれ」

 狐に化かされたような顔をしたアカリを脇に寄せて、蔵人はトイレの通路側の壁に手を触れる。

 すると手が触れたところから土がゴリゴリと削られていき、風呂場の入口の形と同じように壁が縁取られる。その縁取りの中はそのまま掘り進められ、そして貫通。

 ボロボロと落ちている土を縁取りした部分に圧縮する。さらに残った土で風呂場とトイレを繋いでいた穴を埋めた。

「これでいいだろ」

「あっ、なんかすいません」

 蔵人の意図に気づいたアカリが申し訳なさそうにする。風呂とトイレが連結していると色々と事故も起きる。蔵人のしたことをそれを防ぐためのトイレと風呂場の分離だった。

「じゃあ、次いくか」

 風呂場を出て、その真向かいの壁に蔵人が手を触れる。

 するとまた穴がぽっかりとあき、今度は冷たい空気がアカリに触れた。

 蔵人が光精を具象化して部屋に浮かせる。

 アカリはその光景に息をのむ。

「ここが貯蔵庫で、これが雪白の親が置いていった獲物だ」

 氷に封じ込められた大小様々な魔獣の氷がとけた様子はなく、部屋は零度以下に保たれているようだった。さながら恐竜の化石を展示する博物館のようであった、もちろんこちらはナマモノだが。

「……氷潜角白熊(リロベーチ)大平角山羊(ギガプローザ)雷鳴大鴨(ラグバリカ)頭杭猪(グアコバ)巻角大蜥蜴(バロバシシリ)、み、見たことないのもいます」

「名前は知らん」

「それぞれが三つ星(セルロビ)四つ星(ガボドラッツェ)が集まって相手にするような魔獣ですよ。た、確かにあのイルニークなら問題にしなさそうなのばかりですが」

「……ザウルも狩れるのか」

「無理でしょうね。一緒に狩ってくれる仲間もいないでしょうし、たとえ彼が十人いたとしても不可能です。例えば、マクシームさんを除いたとしても、あのイルニークを狩ったときのメンバーならおそらく可能ですね。副隊長を除けば、ほとんど三つ星(セルロビ)ですが」

「ザウルだって四つ星(ガボドラッツェ)だろ?」

「優秀なハンターを雇って星を上げたらしいです。実際は六つ星(ベルチガバ)くらいだと思います」

「ふーん。なら、雪白でも狩れるのか?」

「雪白さんの現状の力がわからないのでそれはわかりませんが、イルニーク自体は三つ星(セルロビ)以上が入念に準備をして、見つけることができれば狩れるような魔獣です。普通のイルニークが単独でこれらの魔獣を相手にすることは難しいと思います。あのイルニークがある意味で規格外なんです、普通のイルニークは雪白さんをもう一回りか、二回り大きくしたくらいが成獣のはずですが、あんな象を連結したみたいな大きさのイルニークは記録にありませんよ」

 蔵人がアカリの説明に関心しているとアカリは身を震わせる。

「ああ、すまん。寒いなここ」

 そういって光精を連れて貯蔵庫を出る。もちろんすぐに貯蔵庫の穴は閉じられた。


「で、ここが、作業場兼実験室ってところか」

 囲炉裏のある部屋にもどり、いまだスピスピと眠る雪白の横で穴を開く。

「入ってくれ、すぐに閉めるから。ここの匂いを雪白が嫌がるんでな」

 蔵人の言葉に急いで中に入るアカリ。

 蔵人が穴を閉じ、光精を天井付近に浮かせる。

「なんだか怪しげなものばかりありますね……官憲に踏み込まれたらアウトじゃないですか」

 ジト目で蔵人を見るアカリ。

 緑や紫、青といった液体や粉末が土製の瓶に入れらていたり、書きかけの魔方陣があったり、角や牙、糸、毛皮の欠片が散乱していた。

「ま、まあ自衛手段だ。ほれ、あそこに的もある、弓でも魔法でも練習するならここでするといい」

「……まあ、いいですけど」

 凸型の部屋の、突起部分に当たる場所が非常に奥行きがあり、それを利用して飛び道具の練習ができそうであった。

「あれ?用務員さん、弓を使うんですか?」

 アカリは部屋を見回すが、弓矢はない。

「弓矢は作れないから、ブーメランと魔法だ」

 蔵人はそういって脇に置いてあったL字型のブーメランを取り上げると、ブンと投げた。

 ブーメランはほぼ直線軌道で奥の土人形に突き刺さり、そのまま頭部を粉砕した。

「そ、それ三剣角鹿(アロメリ)の角ですか?」

「それあっちでも言われたな、有名なのか?」

「有名というか、確かに遥か昔はそれで狩りをしていた民族もいたらしいですけど、今は一種の高級インテリアですね。それこそ六つ星くらいなら狩れるはずですけど、ここよりかなり寒い地方に生息してるんであんまり見られないんですよ」

「へぇ~、しっかし、ホント、詳しいな」

 蔵人が感心してそういうと、アカリは少し照れながら言葉を返す。

「半年間学園で文字とかこの世界の基礎知識を叩きこまれて、それから一年はハンターの勉強三昧でしたからね。まあ自分でも意外でしたけど、まさかハンターっていう職業がここまで性に合うとは思いませんでした」

「字って、書くほうか?」

「ええ。用務員さんもしゃべったり、読んだりはできますよね?」

「ああ、やっぱり召喚者は全員自動翻訳付きか?」

「そうです、もちろんこの世界の人はそんな能力も魔法もありませんよ。秘匿されている自律魔法があるかもしれませんけど。でも、ほんっと、日本でさんざん英語に苦労したのがバカみたいですよ」

「そうか。ところで、一年は四〇〇日か?」

「えっ、あっ、そうか。そうですよね、魔法教本にそんなこと書いてないでしょうし。そうです、正確には四〇六日で、閏年はないそうです。日の数え方は――」

「――グァウッ」

 突然、鳴き声がしたかと思うと部屋の入り口が開く。

 そこにはあの鳥を食わせろとでもいいたげな雪白がいた。

「……メシにすっか」

「そうですね」

 ここの主は雪白である。アカリもそれがよくわかっているようだった。


 蔵人は囲炉裏にでんと陣取って、買ってきた塩を紺碧大鷲(スニバリオール)の肉にすり込み、火精の周りに突き出した細い杭に肉を刺す。

 土精でつくった鍋には油が親指ほど入れられ、塩と胡椒を刷りこんだ肉に小麦粉をまぶす。油が熱せられたらその肉を投入する。

 ついでに紺碧大鷲(スニバリオール)の骨と適当な野草、水を土製の鍋に入れ蓋ごと癒着させて密閉し、追加で具象化した火精が青くなるまで火力を上げる。

「お手伝いします」

「おっ、じゃあ、その竜田揚げモドキを皿に移してくれ」

 土製の皿と木の箸をアカリに渡す。

 圧力鍋と化した土鍋の火を弱め、人のいないほうに向かって蓋に穴をあけると、ピーと甲高い音がして蒸気が抜けていった。

 蒸気が抜け出たら、蓋を開け、骨と灰汁と野草を取り出し、塩と胡椒で味を調える。

 それをお椀にいれて、買っておいた黒パンとともにアカリに渡すと、アカリのほうも竜田揚げモドキを皿に上げ終えていた。


「久しぶりの人間らしいメシだな」

 できあがった竜田揚げと鳥のスープ、黒パンを見て蔵人は満足げに頷いた。

 雪白にはすでに表面をこんがり焼いた半生の肉を渡してあった。今は目を細め、ゆっくりと咀嚼しながら味わって食べているようだ。

「ん?」

 アカリが驚きを通り越して呆れたような顔をしていた。

「意外に料理できるのもあれですけど、それよりも単純な精霊魔法ばかりとはいえどれだけ魔力使ってるんですか。明らかに多いですよ」

 

 

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