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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第一章 雪山で、引きこもる。
23/144

23-ハンター協会⑤

 

 声を上げたのは昨日から蔵人と妙に縁のある、あの職員であった。

 蔵人とそう変わらない背丈に細みの身体、白っぽいシャツに紺色のズボン、その顔に張りついてはがれない事務的な表情がなければ、どこにでもいそうな中年の職員だった。

 そんな彼が、協会職員としての職務上否応なく火中の栗を拾わんと、二人の仲裁に入った。

 ザウルを怒らせては逆上させては大問題だし、『白槍』の隊長とつながりのある妙な新人を放置しておいてもまずいとこの職員は判断し、意を決して行動にでたのだ。

 見守るだけだった他の職員たちはこの職員に心の中で快哉を上げた。


 口をはさんだことで、二人の視線にさらされた職員は冷や汗をかきながらも職務を実行する。

「ざ、ザウル様が必要なのはどの部位でしょうか?」

 ザウルは興が冷めたとばかりにショートソードから手を離していた。

「……羽と嘴、瞳だ」

「クランドさんは何が必要で?」

 なぜ俺が交渉に乗らねばならないという風な蔵人に耳に職員がささやく。

(ザウル様はドルガン議会議員のご子息でもあられます。面倒がお嫌ならば、交渉を受けるのも手かと)

 蔵人は不服そうにしながらも答えた。

「肉と長尾羽を数枚」

 職員はわざとらしく手を叩く。

「おお、それならばクランドさんがザウル様に羽と嘴、瞳を適正価格でお譲りになればいい」

 職員の言葉は事の行く末を見つめる人たちの視線を蔵人に集めた。

「……それでいい。解体は協会でやってくれ」

 蔵人のその一言に、いくつもの安堵のため息がこぼれた。

「よかろう、協会に免じてそれで許してやる」

 ザウルもこれ以上、協会で騒ぎを起こすのはまずい。何より妹の婚礼祝いである、ケチがついても面白くないと考えていた。

 それでは、と職員はいそいそと紺碧大鷲(スニバリオール)の解体を専門の職員に頼みにいった。

 まさしく、この場の勇者はこの職員であった。


 ザウルは紺碧大鷲(スニバリオール)の全身の羽とあざやかな青い嘴と瞳を。

 蔵人は腕ほどもある長く美しい尾羽三本と全身の肉、ザウルから代金の一〇〇〇ロド(約十万円)を。


「クランドさん、協会に口座をつくりますか?」

 紺碧大鷲(スニバリオール)の代金を蔵人に渡す前に職員がきいてきた。

「それはどこの街、国でも?」

「協会があるところならどこでも。協会内で両替もしてますよ」

「それなら、つくってくれ」

 蔵人はドッグタグとついでにマクシームからもらった紙幣の束をそのまま渡した。

 紙幣の束にぎょっとする職員だったが、なんとか平静を装ってドッグタグと紙幣を受け取ると、そのまま手続きに入った。

「口座に二万七〇〇〇ロド、確かにお預かりしました」

 蔵人はドッグタグを受け取ると荷物背負い、麻の袋に入った肉と尾羽をもって、協会を出た。

 そして出るや否やゲンナリした顔をした。

 協会を出るまでの間、蔵人はザウルの嫌な視線を常に感じていたのだ。

 蔵人はちょっとした開放感を感じていた。


 蔵人はそのまま宿に直行し、部屋で荷物を下ろすと、まだ日のあるうちにベッドにもぐりこんだ。

 明日の朝の暗い内に出発するつもりで今日のうちに部屋を引き払っておいたが、宿の主に話して予約に近い状態にしてもらった。白幻討伐の時期でもなければたいがい空いてるぜ、と開き直った返事があり蔵人は次来た時にこの宿があるのか少し心配になった。



 日も昇らぬ薄暗い中、蔵人は寝ている客を起こさぬようひっそりと宿を出た。宿に他の客がいるかどうかはさておくとして。

 外は昨日買っておいた麻のシャツと皮の上下にブーツを着ていても肌寒い。

 蔵人はぶるっと身体を震わせる。

 それから強化魔法を全身にわずかに作用させ、足元の大荷物を背負うと、山へ向けて出発した。

 一本道の途中にある協会をちらりとのぞくと閉じてはいないようで、ついでに依頼でも見ておくかと蔵人は中に入る。

 さすがに日が昇る前というのは早かったのか、新しい依頼すら貼られていなかった。

 蔵人は黄ばんだ塩漬けの依頼をジッとみて、一枚をはぎ取って、受付にもっていく。

「この依頼の納品はいつでもいいのか?」

 眠そうな見知らぬ職員は目をシパシパさせて依頼書を見る。

「……一年とか半年とかでなければ、依頼を受けてから一カ月くらいであれば……ってこれ受けるんですか?」

 頷いてドッグタグを取りだした蔵人を見て、職員は驚いた顔をする。

「いくらランクに関係ないフリーの依頼でも十つ星(ルテレラ)じゃなぁ」

 数か月も依頼の受け手がいない塩漬け依頼の場合、依頼人の了承のもと、ランクフリーの依頼になることがあった。

「ルール上は問題ないはず」

「いやあ、暗黙のルールっていうのがあって、元のランク、今回の依頼でいえば元は四つ星(ガボドラッヅェ)なので、その二つ下までっていう」

「どうせ一年も塩漬けになってるんだからさ」

 蔵人は食い下がる。

「困ったなぁ……でも、まあ、いいか」

 シフトの交代時間が迫っていた、眠たかった、職員が蔵人に依頼を受注させたのは最後にはそんな理由だった。


 蔵人は塩漬けされた依頼をなんとか受けてから、村を出発した。

 村をぐるりとまわり、村の背後にそびえたつアレルドゥリア山脈を見上げる。随分と長い間家を空けていた気がした。

 アカリと雪白は上手くやっているだろうか。

 蔵人は急に心配になり、足早にアレルドゥリア山脈の麓の森林帯に向かった。



 その背を見なれぬ男たちが音もなく追いかけていった。

 男たちはザウル子飼いのものたちで、多くはハンター崩れで、中にはハンターではないものまでいた。

 アレルドゥリア山脈はハンターたちの中で、山脈の裾野に広がる『森林帯』、大棘地蜘蛛(アトラバシク)の生息域である『亜高山帯』、白幻の居のある『高山帯』のおよそ三層に分けられていた。

 その森林帯を抜けて、亜高山帯との境界に位置する野営地に蔵人がたどりついたのは日も暮れかかった頃のことであった。

 大荷物をもっての移動は手ぶらでの移動と同じというわけにはいかなかった。それでも通常のハンターの移動とそれほどかわりないのだから、断じて遅いわけではない。現に密かに蔵人を追っていた男たちはかなり疲労していた。

 その上、蔵人は森の中を口笛を吹きながら移動しているのである。

 ハンターとしての常識のなさと、聞いたことのないメロディの口笛に蔵人の後を追う男たちは余計に神経を苛立たせ、野営地についたときには妙に目はギラつかせていた。

  

 既に日は落ち、蔵人の具象化した火精のみが揺らめいていた。

 蔵人はおもむろに火精を消した。

 山は青い月明かりだけがわずかに照らす、闇に支配された。

 風切り音。

 ヒュンと矢が蔵人にいる場所に突き立つ。

 立て続けに矢が二本、三本と飛ぶ。

 蔵人に動きはなかった。

 しばらくして、火精を明かりにゾロゾロと男たちが野営地に姿を見せた。

 そして照らされた蔵人。

 ぐらりと蔵人の身が崩れる。

 文字通り、ボロボロと、光に照らされた影が崩れるように消えていった。

「くそっ、どこいった。ただの十つ星(ルテレラ)だ、探せっ」

「こんな夜中にどこ探せってんだ。それにこないだマクシームを追った奴ら、ここで大棘地蜘蛛(アトラバシク)に襲われたらしいぜ」

「蜘蛛がこんなとこまでくるかよ。あいつら待ち伏せしかしねぇだろうが」

「まあ、落ちつけ。どの道、こんな夜に動いたら命がいくつあっても足りねぇよ。それは奴も同じさ」

 男は舌打ちを一つしてから、ようやく今日の追跡を諦めた。

 気にいらない新人が蜘蛛に食われてることを期待して。

 


 何も蔵人とて常識のなさゆえ口笛を吹いていたのではない。

 雪白とのつなぎをとっていたのである。

 人間の何十倍も優れた五感をもつ雪白はすでに蔵人を補足し、その意図を察知していた。

 そして、夜。

 尾行に気づいていた蔵人が影で身代わりをつくった後、一人と一匹は合流して明かりのない道を雪白の五感を頼りに進んだ。雪白は人間には見えない大棘地蜘蛛(アトラバシク)の糸を避けることができる。蔵人一人くらいならばなんとか一緒に抜けることができた。

 そうして普段の倍の時間をかけて、ようやく亜高山帯を突破する。

 その頃にはもう空が白み始めていた。


 洞窟に戻るとアカリはすでに起きていた。

 キョロキョロしているところをみると、雪白を探しているのかもしれない。

 アカリは見慣れない格好した蔵人に一拍遅れて気づくと、ペコリと一つ頭を下げた。

 蔵人はアカリの近くまで斜面を登ると、おはようと一息ついて転がっている石に腰かけた。

「用務員さんも、おはようございます。お疲れですね」

「ああ、これお土産。ああ、あと、協会に蔵人で登録したから、これからはそっちで呼んでくれ。幸い、こっちでも違和感ない名前なようでな」

 そういって背中から降ろした大荷物からごそごそと尾羽を取り出して、渡す。

「蔵人、さんですか。わかりました。それにしても、綺麗な青ですねぇ、紺碧大鷲(スニバリオール)ですか?」

「知ってんだな、さすが先輩ハンター」

「や、やめてくださいよ。私も手にとって見たのは初めてですよ。飛んでいるのは何度か見たことありますけど」

 ふと背後に視線を感じて振り向くと、不機嫌そうな顔をした雪白が尻尾をタシーン、タシーンとさせ、そっぽを向いてお座りしていた。

「雪白にもちゃんとあるから、そう怒るな」

 そういって紺碧の長い尾羽を雪白の頭に乗せた。

 ……これだけか?そう言いたげな雪白の目がどんどんと不機嫌になっていく。

「じょ、冗談だ」

 蔵人は慌てて紺碧大鷲(スニバリオール)をいくつかのブロックに分けたものを取り出す。

 雪白は差しだされた肉をクンクンと嗅いでから、頭の上の羽などお構いなしに、一つ目のブロックにかぶりついた。

 若干とけてはいるものの凍ったままの肉を食べられるのだからさすがは魔獣といったところか、それとも人の食べる凍らせた生鮭(ルイベ)のような感覚なのかもしれない。

「これ、討伐したんですか?」

 雪白のご機嫌を損なわずに済んだ蔵人が密かに胸をなでおろしていたとき、アカリが問いかけた。

「ん、ああ、トラボック狩りしてたときに襲われてな。運よく、返り討ちにできた。そういえばトラボックをのぞけば、ハンターになって初めての獲物がこれだな」

 アカリは頬をピクリとひきつらせる。

「初めての獲物が紺碧大鷲(スニバリオール)って、運もそうですが、そんな技術もった新人ハンターいませんよ」

「ここにいるときは雪白がいたからな。そういえば一人でマトモに狩ったのもこれが初めてか。そう考えると何やら感慨深いものが……」

 蔵人は自分の分の尾羽を昇りつつある太陽にかざして見つめた。

 混じりけのない青が太陽に照らされて、輝いた。

「他の羽は売ったんですか?服装も変わってるようですし、随分荷物ありますし」

 アカリの言葉に蔵人は大儀そうな顔をして尾羽から目を外す。

「いや、これまためんどくさい奴がいてな――」

 そういって、蔵人は山を降りたあとの顛末を語りだした。


 蔵人の話すその背後で雪白が、濃厚さはないけどこの淡白でコリコリした感じがくせになるわ、とでもいい出しかねないほど満足げな表情でいそいそと二つ目の肉にかぶりついていた。

  

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