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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第一章 雪山で、引きこもる。
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15-アカリ③ 

 頬にひんやりとした風が当たり、アカリは目を覚ました。

 身を起して、首や腕をまわした。

 昨夜は地べたに雑魚寝であったせいか、身体が固い。

 そのついでに見回すと、蔵人も雪白と呼ばれていたイルニークもいなかった。

 出入り口が開放されていた。

 そこから帯のように朝日が差し込んでいた。


 アカリがクスッと笑ってしまった後、蔵人は肩を竦めるようにして言った。

「殺さないよ。黙っててくれれば、あとは帰ってくれていい」

「……嘘つくかもしれませんよ?」

「そん時は自分がマヌケだったと諦める。実際かなりマヌケだしな。本当にいざとなったら逃げるさ」

 そんな風にいって、ごろりと横になり、

「もう遅いから寝る。申し訳ないが寝具なんてないからそのへんで寝てくれ」

 言うだけ言って、グーグー寝てしまった。

 アカリはなんとなく釈然としないまま、胸甲板と手甲をはずして横になった。

 色々と考えていたつもりだったが疲れていたのだろう、あっという間に眠ってしまった。


 アカリが鎧を着けて外に出ると蔵人は向かいの山に向かって胡坐を組んでいた。雪白の姿はない。

「起きたか。何もなくてすまんな」

 座禅を組んだまま顔も向けなかった。

「いえ、野営には慣れてますので」

「むぅっ、野営か。一応、家のつもりだったんだがな」

「あ、や、そんなことはっ」

 慌てるアカリの様子にくっくっと喉を鳴らす蔵人。

「……たまにおちょくりますよね」

 面白くないような顔をしたアカリに蔵人は胡坐をといて立ち上がり、弓矢とナイフを差し出した。

「人がいないからなぁ。まあ、しばらくは一人……と一匹が続くだろうけどな」

 アカリは弓矢とナイフを受け取る。

「いつ山を下りるつもりなんですか?」

「生活できる内は山を下りる気はないけど、そろそろ塩とか醤油とか恋しくなってきたからなぁ。まあ、その内な」

「塩はともかく、醤油ですか。残念ですけどこの辺にはほとんどありませんよ?」

 蔵人はショックを受けたようにげっと唸る。

「ドルガンの主都、ローラナの主要都市にいけばありますけど、こんな辺境じゃありませんね。ちなみに米ならありますよ、野菜の扱いで。ただし、細長いやつで、非常に当たり外れが激しいです」

 細長いの、ピラフとかパエリアならいけるか、しかし材料が……ブツブツ言い始めた蔵人にアカリは苦笑する。

 自身も召喚されて半年後に出されたご飯をむさぼるように食べたのを覚えていた。

「お金、あるんですか?」

 その言葉に蔵人がまた悲壮感を浮かべる。

「金貨とか銀貨とかそんなファンタジーの世界じゃないですよ?ちゃんと魔法の組み込まれた紙幣と硬貨が使われてるんですからね」

 各国それぞれ門外不出の自律魔術でもって紙幣を製造していた。それでも辺境では物々交換などが行われることもあるのだが、アカリはからかわれた仕返しに黙ってることにした。

 そして、次来たときに教えてあげるつもりでいた。

「……また来てもいいですか?いつになるかわからないですけど」

 内心とは裏腹に声は小さくなってしまった。

「こんな何もないところになにしに来るんだよ」

「いえ、魔法のこととかいろいろと……」

「……いつでも来い、とは言わない」

 アカリは残念そうな顔になる。

「吹雪の間は来れないだろうし、吹雪明けと吹雪入りの前後三日しかないんじゃないのか?」

「吹雪以外は来れます、そういう『能力ちから』ですから」

「……それ、俺にばらしてもいいのか?」

 アカリはあっという顔をする。

 当然だろう。力は秘匿されている段階から周囲への無言の抑制になるのだ。

「いえ、いいんです。ついでに説明しておきますね」

「ちょっ、おい――」

 逆に蔵人が焦ってしまうほどあっさりとアカリは自身の『不完全な地図と索敵レーダーマップ』の詳細を明かした。

 そして説明しながら、アカリはハッと気づく。

 彼は詳しいことはわからないにしろ、自分の能力に索敵があることを知っていたはず。

 こんなことを言っていたのを思い出す。


『「……あれ?でもなんで知ってるんですか、私たちが大きなイルニークを狩ったこと?」

「見てたし、きいてたからな」

 蔵人は楽しげにクックッと笑う。

「えっ、じゃあ、去年からもう――」

「――知ってたよ。今年また、だれかがここに来ることも」』


 確かにイルニークを狩ったあの夜、話の間中、風精の動きを感じた。あそこでは詳しい話はしなかったはずだが、索敵のことは話したような気がする。

 つまり。

 自分さえいなければ、蔵人は人を殺さず、イルニークと共にこの山で息をひそめていられたのかもしれない。自分がいたからこそ、大棘地蜘蛛アトラバシクをけしかけたのだ。

 自分という索敵がいたら、どんなに潜んでも一緒にいるイルニークの位置は特定されてしまうのだから。

 ではなぜ、自分を生かし、接触したのか。

 同じ召喚者のよしみ、それに他ならないだろう。

 接触しないのが一番よかったはずなのだ。接触した、ということはそれは人としての真っ当な感情なのだ。

 つまり、彼は殺しを好むような人間になったわけでも、人に無関心になったわけでもないのだ。

 そして同時に、自分もまた綺麗事をいえるような人間ではないとはっきりした。

 認めたくなかったのかもしれない。

 この世界に召喚されて、ハンターになって、自分の手で魔獣を殺して。もしかしたら人間も殺さなければならなかったかもしれない。

 何か得体のしれない者になってしまうことが。

 今回、自身がいなければ大棘地蜘蛛に襲われることはなかったのだ。

 目の前で死んだハンターは半ば自分のために死んだようなものだ。

 背負い過ぎているのもわかっているし、そんなことで落ち込むわけでもない。

 ただ、自分も生きている。生きたい。

 そして彼もまた、生きている。生きたいのだ。

 そう考えると蔵人の、生きるために殺した、ということが気持ち悪くないような気がした。

 

 説明し終えたアカリはどこかふっきれたような顔をした。

「これでおあいこです。私の『加護ちから』も秘密にしておいてくださいね?」

 アカリはぽかんとした蔵人に一矢報いてやったと小さな達成感を感じた。

「ドヤ顔しやがって……まあ、誰にもバレないように来るなら好きにしろ」

「そうします。それとついでに一つお願いが……」

「なんだよ……」

 疲れたような蔵人の顔を無視してアカリは続ける。

「雪白、さん?を、その、あの、モフらせてくれませんかっ」

 冷たい沈黙が流れた。

 馬鹿かコイツという蔵人の冷たい視線を浴びながらもアカリはひるまない。

「……本人に、きけ」

「魔獣とはしゃべれません」

「あいつは頭がいいから、言えばわかる。嫌なら尻尾でひっぱたかれるさ」

 アカリはあの尻尾でひっぱたかれる?……それもいいかもしれない、などと怪しげなことをつぶやき始めた。



「ほれ、いくぞ。あの蜘蛛、大棘地蜘蛛アトラバシクだったか、それのナワバリの範囲外まではついていってやるから」

 いつのまにかモスグリーンのリュックサックと他の装備をもった蔵人はいうだけいって斜面を下り始めた。

「あっ、待ってください」

 妄想の世界に旅立っていたアカリは慌てて追いかけた。


 途中で合流した雪白に先のお願いをしたアカリが、その顔を尻尾でひっぱたかれたのは当然の流れであった。

 



 クスっと笑ったアカリを見て、蔵人は決めたのだった。

 というか最初から決まっていたのだ。

 殺せるわけがない。

 ならば帰すか、監禁するか、だ。

 だが、監禁はできない。捜索隊がくるだろう。冷遇されていたらしいが『勇者』には違いないのだから。もしかしたら例のハヤトという奴もくるかもしれない。

 話にきくだけでもチートくさいのに、そんな奴がこの山に来るなど考えただけでも虫唾が走る。

 いつかしばく、とは思うがいつになる頃やら。崖から落ちそうな時に蹴飛ばしてやろうか。

 蔵人は、山を降りながらも雪白との交渉を根気よく続けるアカリをみて、ようやく高校生らしい顔を見たと感じる。

 ただ、相手が自分の狩った親魔獣の子だというのはどうなんだろうか。

 そして雪白もまた非常に鬱陶しそうにしてはいるが、尻尾で叩く以外のことをしないのは蔵人のことを考えてのことなのか。

 なんとなくよわっちいから眼中にない、という感じな気がするなと蔵人は一人で得心していた。

 

 あっという間に大棘地蜘蛛アトラバシクの領域を抜けてしまった。

 道なき道を右に左に、地元のハンターですら知らないようなコースであった。現に太陽がまだ真上にある。

 これなら急げば今日中に村に戻れるかなとアカリは計算する。

「もし次くることがあるなら今来たルートは使うなよ。まあ、レーダーがあればわかるだろうが、蜘蛛のシーズンは使えないし、めんどくさい植物が毎回ルートを変えるみたいに動き回るからな。俺は雪白がいるからなんとかなるが」

「残念ながらこの地図には記録機能がないので、次つかうのは難しいですね」

 名残惜しそうに雪白を見てそう答える。

「……俺を見ていえよ。まあ、いいや、はよいけ。日が暮れるぞ」

 アカリはクスッと笑いながら蔵人を見て、頭を下げた。

「ありがとうございました」

「こっちの都合だ」

「私が言いたかったんです」

 アカリはそう言って、くるりと山を下りて行った。

 

 


 日も落ちかけたころ、アカリはようやく山を下りきった。

 村まであと少し、そう思ったところで、赤くなった。


 アカリの頭の中の村が真っ赤であった。


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