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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第一章 雪山で、引きこもる。
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13-アカリ①

 蔵人は簡単に説明した。

 蜘蛛に襲われていたところを雪白が救出した、と。

 非常に恣意的な短縮ではあったが嘘は言っていない。

「そうでしたか、ありがとうございます」

 アカリはそれに気づいた様子もなく素直に頭を下げた。

 よく見るとアカリは一年前よりいくぶん大人びていた。

 黒髪のショートカットに小柄で華奢な身体付き、真面目で大人しいという印象は召喚されるまえとかわらないが、疲れたような目つきが薄幸さを醸し出していた。

 皮の上下の上に使いこまれた白の胸甲板を着て、走った時に捨てたのか荷物はなく、弓矢と大振りのナイフは気絶していたときに蔵人が没収していた。


「で、これからどうする?」

「明日の朝に帰りますから、よければ一泊させて下さい」

 蔵人は予想された返答を聞きながら、囲炉裏の上に土精魔法で脚付きの鍋を作り、用意しておいた肉と野草、少なくなってきた携帯食を放り込んだ。

 そして甕に貯めておいた水を入れて、蓋をした。

 その様子をアカリは目を丸くして眺めていた。

「ど、どうやって魔法を覚えたんですか?」

「ん?ああ、教本でな」

「教本、ですか?」

 小首をかしげるアカリに鍋の完成待つ間、蔵人は自分がなぜここにいるのかを説明した。

 

 説明を聞き終わったアカリは申し訳なさそうな顔をしていた。

「……ご、ごめんなさい」

「ん~?」

「用務員さんがこの世界に来てるかどうかわからなくて、上の人に捜索をお願いしなかったんです」

「ああ、そのことか。別にいいよ、そんなこと。ていうか探されても迷惑だし」

「そ、それに用務員さんの力を盗んだのも同じクラスの子ですし……」

「それこそ君には関係ないよ」

「……アカリです。藤城ふじしろ明里です。こっちではアカリ・フジシロですけど」

「アカリさん、ね」

「呼び捨てでいいです。用務員さんの名前は……」

「ん、ああ~、支部蔵人はせべくらんど、でも用務員さんでいいよ。アカリに謝罪してもらうことなんてないよ」

 それでもアカリは本当に申し訳なさそうに顔を伏せたままだ。

 室内の光は鍋にかけられた火精だけで、部屋全体は淡いオレンジ色に染まっていた。

 しばらくしてアカリは、意を決したようにおもむろに口を開いた。

「この世界、エリプスでは勇者は七十八人ということになっています」

 鍋の中をナイフでかき混ぜながら蔵人は無言で耳を傾けた。

 

 アカリによると、各クラス五名ずつ一学年二十五名、全学年合わせて七十五名と教師三名の七十八名がエリプスにおけるいわゆる『勇者』であるということだ。

 そこに蔵人はいないということである。

 七十九人目の召喚者である用務員こと蔵人の存在は、アカリたち全員の中で暗黙のうちに禁忌(タブー)となっており、この世界の人間には秘密にされてきた。

 召喚されて誰もが戸惑う中で蔵人の存在が忘れられていたというのもあったが、それであるなら時間さえ立てば誰かが言い出してもおかしくなかった。

 それがされなかったのは召喚者の混乱の収まらない内にいち早くこの世界に力を示し、その価値をしらしめた者のせいであった。

 一原颯人(いちはらはやと)

 蔵人の力を盗んだ生徒である。

 召喚者の中で唯一、二つの『神の加護』(プロヴィデンス)を持った彼は、召喚されて一カ月もしないうちに学校に飛来した人食い鳥を討伐して、その後も人身売買組織を壊滅させ、王女の病を治す薬を調達し、召喚された学校の学食を改善した。

 本人は現在、ハンター、探索者、開拓など、さながら冒険者のように生活しつつ、国と関わりをもって内政チートをしているらしい。その取り巻きも召喚された全学年をまたいで存在し、教師も一人そこに加わっていた。召喚した魔法使いも一緒にいるらしく、召喚者中最大勢力となった。

 召喚者最大勢力のリーダーである彼を、他人の力を奪った存在であると誰も糾弾することはできなくなってしまっていた。

 召喚者を利用しよう、排斥しようとする輩も存在する中でそんなスキャンダルは召喚者たちにとってなんの益もないどころか、不利益にしかならないのだから。

 最大目標は『日本に帰ること』らしいが、どうにも信用できないためアカリは抜けてきた。

 召喚者に彼を批判する者はいない、意見する者もいない。

 それがどことなく気持ち悪かった。だから、マクシームの誘いに乗った。

 それによって妨害こそないものの、ハヤトの恩恵を受けることはできず、国の政治に翻弄されていることからたまに損したかなとも思うが、まあ、仕方ないとも思う。信用できないものはいやなのだ。


 アカリはこらえていたものを吐き出すように語り終えた。

「ふーん、まあ、ちょうどよかったんじゃないか」

 最後の審判を待つようなアカリに、倒木を削ってつくった武骨なお椀と箸を差し出す蔵人。

「下手に勇者なんぞと祭り上げられても鬱陶しいし、大人なんだから生徒たちに責任もてとか言われるのも面倒だし、いまさら勇者とか言われてここに来られても困るしな。だから、俺のことは秘密な?」

 アカリが受け取ったお椀の中にはシチューのような食べ物があった。

「ほれ、冷める前にくえ。おっきくなれないぞ?」

 蔵人は雪白の前にもお椀を置いた。

 オヤツのようなものである。雪白もアチアチとした感じでちびちびと器用に舐めていた。

「……ちいさくないですっ」

 蔵人がへっ、とマヌケな声あげたときにはアカリはがつがつとお椀をかきこんでいた。

「お、おいしいですけど、これシチューですか?それともカレー?」

「カレー風味のシチューだな」

「……どっちなんですかそれ」

 カレーの風味に似た野草があったのでそれを放り込んでみたらしい。

「うん、まあまあイケるな」

「えっ、実験台ですか?」

「……気にスンナ」

「し、しますよ。それにこのシチューの素はなんです?そんなものないですよね?」

「ん、ああ、こっちに来るときにもらった携帯食を溶かしこんだらこうなるみたいだな。これは栄養たっぷりだぞ?雪白もこれを食べて育ったんだしな」

 アカリがお椀から顔を上げて、熱々のシチューと格闘する雪白を見た。

「雪白って、そのイルニーク?」

「そっ。アカリたちの狩ったでかいイルニークの子ども」

 アカリは顔を青くし、またうつむいてしまった。

「アカリについては気にしなくていいと思う、一応説明してあるしな。まあ直接戦った狩人はどう反応するかわからないが」

「……なんで私は助けられたんでしょうか。親の仇なのに。それに多分ですけど、そもそもそのイルニークが大棘地蜘蛛(アトラバシク)をけしかけたんだとおもうんです」

 蔵人は話しながらずっと考えていた。

 本当のことを話すべきか、とりあえず誤魔化すか。

「さあな」

「……あれ?でもなんで知ってるんですか、私たちが大きなイルニークを狩ったこと?」

「見てたし、きいてたからな」

 蔵人は楽しげにクックッと笑う。

「えっ、じゃあ、去年からもう――」

「――知ってたよ。今年また、だれかがここに来ることも」

 アカリは眉をひそめる。

「……用務員さんが大棘地蜘蛛アトラバシクをけしかけたんですか?」

「どう思う?」

「……なんでそんなことを」

 蔵人は本当に愉快そうに笑みを浮かべた。

 蔵人自身もわからないが、そんな気分であった。

「仮に俺がけしかけたとして、何か問題があるのか?」

 不意の問いにアカリは戸惑いながらも、憤然と言い返す。

「だってあの『悪夢』を、それも石化明けをけしかけるなんて、完全に――」

「――完全に殺しにいってる、か?」

「そ、そうです」

「そうだな、殺しにいったよ?だってさ、殺しに来たんだろ?」

 アカリは喉を詰まらせた。

 そこには見たことのない用務員さんがいた。

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