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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第五章 砂漠と荒野の境界で
103/144

100-ナザレアにて

……こっそり。


……ぎりぎりですね。ごめんなさい<(_ _)>

「保護区には通行許可証と保証金、一級二級は問いませんがレシハーム人の保証人が必要です。通行許可証は依頼受注等がなければ発行されません」


 白い紐を編み込んだライトブラウンの長い髪を一本の三つ編みにして頭に巻きつけた白系人種の女性職員は、まるで聖書を一字一句違えずに暗唱しているかのように告げる。

 蔵人がいるのはハンター協会ナザレア支部の受付カウンターであった。

 早朝とはいえないくらいに太陽は昇っており、外の気温はぐんぐんと上昇している。

 だが協会内はまだ、うだるような暑さにはなっていない。天井に設置されたいくつかのファンから涼風が流れているせいであった。とはいえ扇風機程度で保てるのもう一時間かそこらで、それ以降はほぼ開店休業状態になるのだが。


 蔵人は女性職員の珍しい髪型をそれとなく見つめながらさらに尋ねる。

「通行許可証はどうやったら発行される?」

「現在は保護区や自治区内での依頼を受ければ発行されます。それと通行許可証には滞在時間が決められており、依頼によって違いもありますが、最大でも十日間となっております」

「保証金っていうのは?」

「四万シークです。何事もなければ返却致しますが、テロ行為等への加担が判明した場合は没収となり、罪にも問われます」

「……ルッツだといくらになる」

「一万とんで二十一ルッツ、二ルロです」

 ほんの僅かな間に暗算したらしく、蔵人も驚くほどの速度で答えがかえってきた。

「……細かいな。保証人ってのはなんだ?」

「このレシハームに住む一級市民及び二級市民で、何かあったとき蔵人さんの身元を保障できる方のことです」

「……流れのハンターにそんなものいると思うか?」

「規則ですので。方法としましてはクランに加入するか、依頼をこなしてどなたかの信用を得るという形になるかと思います」

 蔵人の細かな質問に嫌な顔一つせず、気まじめに答える女性職員。

 協会が悪いわけではない。レシハームが色々と制約をつけて、自治区から人を遠ざけている、ということである。

 蔵人は手持ちと口座の金額を計算する。口座に入っている分も含めておよそ一万ルッツと少し。保証金については問題なかった。

「依頼はあるか?」

 女性職員は少し申し訳なさそうな顔をした。

「保護区の依頼の多くは政府からの信頼の厚いクランが請け負っていますので、残っているのは塩漬け依頼が少しだけです」

「それでいい。見せてくれ」

「わかりました。保証人はどういたしますか」

「まったくあてがない。何かないか?」

「金銭によって募集をすることは可能ですが、難しいと思います。依頼人に頼むという方法もありますが」

「分かった。依頼を見てからまた相談する」


 蔵人は塩漬け依頼のメモを受け取り、二階の資料室へ向かった。

 半日ほど資料室に籠り、法律や宗教、社会通念、魔獣の生態などを調べ、時折うだるような暑さの中で魔獣厩舎に向かい、そこで雪白と相談する。

 そして夕方頃、蔵人は再び受付を訪れ、とある塩漬け依頼のメモをカウンターに滑らせた。

「――じゃあ、これを頼む。保証人はこの依頼の依頼人、だめなら募集をかけてほしい。報酬は保証金から出すという条件で」

 朝と同じ女職員が、僅かに驚いたような顔をした。

「……本当にこれで? 塩漬け依頼ですのでランク制限も違約金も発生しませんが、もし失敗すると保護区に入るためだけに依頼を受けたとみなされて、保証金は没収となり、罪に問われることになりますがよろしいですか?」

「問題ない」

「……そうですか。では、保証人募集のためいくつかクランドさんの経歴を保証人候補に提示しなければなりませんが、よろしいですか?」

「具体的には?」

「出身、依頼経歴、賞罰などです」

「ああ、かまわない」

「……ただこの条件ですと、保証人は現れないかもしれませんが、それでも?」

「そのときは稼ぐ。あいにくと手持ちが乏しくてな」

「分かりました。他の依頼ならば沢山あるので是非受けて下さい。まずは、この依頼人に保証人となってもらえるか聞いてみます。それが難しいようでしたら募集をかけます。早くとも二日ほどはかかると思いますが、急ぐのでしたら何度か協会に来てください」

 


 黄月の四十五日。

 保証人の募集を頼んだ蔵人が協会を出ると、すでに日はとっぷりと暮れていた。

 日中の暑さの名残が生ぬるい風となって通り過ぎていく。

 あとは待つだけである。

 久しぶりに宿でも泊まるかと蔵人は歩きだした。

 古めかしい荒野の黄土を盛り固めたような家々が続いており、協会だけが石造りの建物であった。蔵人がいるのは街の東側、より荒野に近い方であり、街の西側には北部風の石造りの建物も見えていた。


 淡褐色の肌にシャツやズボンを着た様々な種の男たちが道を行き交い、黒い薄布を被った女たちも時折姿を見せた。だが、港で見たような髪を三つ編みにした人種はハンターや傭兵といったいでたちの者以外はほとんど見受けられない。

 一人だけ港で見たような者たちを見つけたが、まるで別世界に生きているようであった。本人の態度も、周囲の目も。

 そんな中、蔵人に向けられる目は、いつもとそれほどかわらない。

 ある意味でハンターとしてきちんと見られていた。

 蔵人の今の姿は、金髪で焦げ茶色の目をした普通の人種である。

 巻角大蜥蜴と緑鬣飛竜、朧黒馬の革で作られたダークグレーの全身革鎧は龍華風の外套に覆われており、いつもは両肩に装備している厳つい飛竜の双盾も魔獣厩舎にいる雪白たちに奪われている。

 暑いと舌を出して睨む雪白と健気に暑さに耐えるアズロナにじっと見られては、外套の効果によって暑さが緩和されている蔵人に何か言う権利などあるわけもない。

 外套の外に見えているのは大爪のハンマーと背負い袋くらいのもので、そのせいか、いたって一般的なハンターとみられているようであった。


「――一泊で四百シークだ」

 高い、という言葉を呑み込んだ。

 道すがら蔵人がたまたま見つけた普通の宿である。

「素泊まりだよな?」

「ああ、一食百シークさ」

 四百シークはルッツならばおよそ百ルッツだが、マルノヴァならば素泊まりでもその半値以下で宿泊できる。もちろん食事も半値以下である。

「……高くないか?」

 つい漏らしてしまった蔵人に気を悪くした様子も見せずに、宿の女主人は答える。

「どこも似たようなもんさ。ただでさえ税金が高いのに、干ばつ税もかかってるからね。あんた、外から来たハンターか傭兵だろ?」

「ああ」

「長くいるつもりなら協会が貸家を斡旋してくれるから、そっちにしたほうがいいよ」

「……そんなこと言っていいのか?」

「元々ハンターなんて泊まりゃしない。ほとんどが商人か巡礼者さ。まあ、はっきりいっちまうと下手に流れのハンターなんてのを泊めてトラブルになるよりは、他を紹介したほうがお互いにとっていいだろ」

 あまりのあからさまな言葉に、しかし蔵人は不思議と嫌な気持ちにはならず、礼を言って宿を後にした。

 

 結局、魔獣厩舎で待っていてもらった雪白と合流し、外壁近くで野営することになった。

 いつものことである。

 そして翌朝、蔵人は念のために協会を訪れた。

 日も昇っていない頃に協会を訪ねたのだが、協会はすでに依頼を求めるハンターが集まっていた。 

 特に急ぐわけでもないと、蔵人は協会内にあるカフェに座って、ハンターたちの喧騒を眺めることにした。

「……コップを貸してくれないか?」 

 カフェで提供される飲食物も高い。それでもハンターは優遇されているらしくパン等の最低限の食事は手ごろな価格となっているが、それ以外となると酒も、そして水すらも高かった。

 朝の忙しい中、コップだけくれという蔵人にカフェのマスターが指摘する。

「あんた、この間の船で来たのかい?」

「そうだが」

「法で規制されてるわけじゃないが、あまり大っぴらに水精魔法は使わないほうがいい。最近まで干ばつで街がぴりぴりしていてな。誰が絡んできてもおかしくない。面倒事が嫌ならやめておきな」

 干ばつのとき、水精が姿を消した。

 ただの自然現象なのだが、誰かが水精を独占しているせいだという噂がまことしやかに流れ、二百年経った今も精霊の生態が判明していないことも手伝い、私的に水精魔法を使うことを非難するような風潮が生まれたという。もっともそれは荒野や砂漠に最も近いナザレアだけで起こったことに過ぎないのだが。

 蔵人は溜め息をつきながら、今は水を我慢した。

  

 

 しばらくすると室温の上昇とともにハンターも減っていく。

 蔵人はようやくといった具合に腰を上げ、昨日の女性職員の元へ向かった。

「どうだ?」

「依頼人からの返答待ちです」

 昨日の今日で現れ、催促する蔵人に気を悪くした様子も見せず、気まじめそうな女性職員は淡々と答えた。

「そうか。また、明日来る」

 蔵人も特に用事があって来たわけではない。早々に去ろうと背を向けた。


「――流れのハンターなら流れのハンターらしく、変なことを考えないで周辺の魔獣を狩ってくれ。なに、縄張りなんて懐の狭いことは言わない。依頼さえ受けたなら、好きなだけ狩ってくれ。だから月の女神の付き人のように余計なことをする必要はない」


 隣の窓口にいた男が独り言のように言い放った。

 振りかえると、なぜか蔵人が話していた気まじめそうな女性職員がその男に応対している男性職員を睨んでいたのだが、蔵人としてはこの程度の揶揄ならば気にもならない。

 そもそも蔵人の行動はなんの関わりもないハンターが他国の問題に首を突っ込もうとしているようにしか見えないのだから反発も生む。

 むしろそんなやつに好きなだけ狩ってくれ、というのは流れのハンターの扱いとしては破格であった。

「ああ、そうだな」

 そんな心にもない言葉を残し、蔵人は協会をあとにした。


 翌朝、黄月四十七日。

 朝の喧騒が過ぎた頃を見計らって協会を訪れた蔵人の前に、黒い薄布を頭から羽織って全身を覆った初老の女が佇んでいた。

 黒い薄布の上から薄らと見える淡褐色の肌に上品そうな顔つき、背は蔵人よりも頭一つ小さい。薄布の下にはローブのような服と古ぼけた革鎧を着込んでいる。ジーバのように何もかもあけすけというわけではなかった。

「こちらがサディ・ファッターフさんです。サディさん、こちらが七つ星ハンターのクランドさんです」

「蔵人だ」

「サディ・ファッターフと申します。夫に先立たれておりますので、サディと呼んでいただいて構いません」

 蔵人は軽く会釈すると、サディは頭は下げないで、右手で自らの左肩に手を置くという挨拶らしい動きをした。

「――余計なことだと思いますが、一つだけ」

 腕を下ろし、サディが丁寧な口調で続けた。

「会釈とはいえ頭を下げないほうがいいと思いますよ。侮られてしまいます。精霊教徒ならば握手、アスハム教徒ならば私のように左肩に右手を置くといいかと」

 抑えきれずに、ほんの僅かに出た蔵人の癖。

「ああ、まあ、癖みたいなもんなんだが」

「見知らぬ異国の地でご苦労されていると思いますが、この国はそういう国です。貴方が侮られたいというのでしたら別ですが、そうでないなら決して頭を下げてはいけません。アスハム教徒が頭を下げるのは神にだけ、精霊教徒も軽々しく頭など下げません」

 サディの視線に、女性職員も頷いた。


「今回はサディさんが同行することを条件に保証人となってくださるということです」

「……いや、さすがにそれは。依頼も依頼だ」

「依頼遂行時は保護区にある月の女神の付き人の分神殿で待っているそうです」

「……骨人種とトラブルにならないか?」

「サディさんは二級市民でアスハム教徒です。多少は危険かと思いますが、一級市民ほどではありませんし、それを言うならこのナザレアからハンターとして中に入るクランドさんも危ないといえば危ないです。結局のところ、一級市民の居住区以外はそれほど危険度は変わりません。それに七つ星から上に行くためには護衛依頼もありますし、今回の依頼は多少なりとも昇格の加点になるかと思いますが」

 二級市民は主に旧ケイグバードの民である。彼らは平和であるなら統治する者が誰であろうと構わなかった一般市民とその子孫であった。そんな者たちが疎ましくはあるだろうが、テロリスト側も積極的に狙う理由はあまりなかった。

 そう言われてしまえば、蔵人も渋りながら頷くしかない。保証人がいなければ、中に入れないのだから。

「そもそも護衛依頼は受ける気ないんだがな……まあ、分かった」

「……それとファッターフさんは未亡人とはいえアスハム教の方ですので、決して身体に触れないようにお願いします。官憲等が治安維持のために横暴なことをするかもしれませんが、クランドさんは決してそんな失礼なことをなさらないように」

「ああ、それは調べた。アスハム教徒の女に男は触れてはならず、その薄布から顔が透けていようが、それを剥ぐような真似はするな、だったか」

 蔵人の言葉に何故か女性職員とサディが驚いたような顔をしていた。


「……それと、クランドさんには一つお願いが」

 女性職員が申し訳なさそうに切りだした。

「もう一人、ハンターを同行させてもらえないでしょうか?」

「……サディさんの護衛か?」

「いえ、完全にこちらの都合なのですが、とあるハンターの担当者から頼まれてしまいまして。サディさんには条件付きで了承していただきました」

 蔵人が溜め息をつく。

「保証人はサディさんで、依頼を受けたとはいえ俺は頼んだ側だからな。サディさんがいいというなら、俺には何も言えない。ただし、俺はそいつに関してなんの責任も負わない。そいつが裏切ろうが、なにをしようが、俺に責任を問うようなことはしないでくれ。最悪――」


「――おいおい、そりゃあないだろ。お互いに流民出身のハンターなんだ、信用してくれよ?」


 軽薄そうな声に目をやると、そこには背の高い白系人種の男が立っていた。その傍には担当者らしき胸の大きな女性職員が縋るような目でこちらを見つめている。

 だがそんな諸々を無視して、蔵人は目の前の気まじめそうな女性職員に問う。

「――なぜあいつが俺の素性を知ってる? 確かに保証人募集のために情報公開を許したが、それ以外については聞いてないぞ」

 女性職員はきつい目つきで胸の大きな女性職員を見た。

「り、リヴカさん、ごめんなさい。つ、つい、話の流れで――」

「――おいおい、ハンナを責めないでくれ。保護区に同行する相手がどんな奴か知りたいのは当然――」

「あんたが同行することを知ったのは今だ。その前に俺の素性を知ろうとするのは順序がおかしいだろ? それとも、俺があんたの同行を認めることは最初から決まっていたのか?」

 蔵人は気まじめそうな職員、リヴカと呼ばれた女をじっと見つめた。

「いえ。完全にこちらの不手際です」

 リヴカがきっぱりと言った。

 涙ぐんだ胸の大きな女性職員、ハンナを責めることなく、その責任を認めた。宗教なのか生活習慣なのか、決して頭は下げなかったが。


 頭を下げてもらわないとどうにも謝られた気がしないなと思いながらも、これが文化の違いかねと思い直した蔵人は、ハンターとハンナをジロリと見た。

「二度目はない。あんたも元流民で、流れのハンターなら情報と約束の重要さは分かってるだろ」

 軽そうなハンターは少しだけ顔を引き締め、蔵人の目をまっすぐに見つめた。

「分かった。オレが悪かったよ。オレがハンナから無理に聞きだしたんだ。勘弁してやってくれ。保護区に行きたいのはハンナのためさ。何かやろうってわけじゃない。本当だ。ハンナの母親が病気なんだが、その治療に必要な植物が保護区にあるんだよ。いつもはこっちでも売ってるんだが、干ばつのせいか、買占めでもあったのかほとんどない。買い置きの分もついに切れちまったっていうから、な」

「……なぜその女が保証人にならない? もしくはその母親が」

「協会職員はハンターの保証人にはなれない。母親も病弱でな、あまり保証人として相応しくない」


 そこまで言われれば、蔵人も拒否はし辛かった。ハンナという女の縋るような視線も合点がいった。

「……さっきも言ったが、サディさんがいいと言えば俺が何かいえる立場じゃない。責任は持てないと協会が分かっていればそれでいい」

 蔵人が確認するようにリヴカを見ると、ほっとしたような顔で頷いた。

「もちろんです。ラロさんの行動についてはクランドさんに責任は問いません。ただ、道中のサディさんの護衛はやっていただかなくては困ります」

「保証人だしな。それは分かってるが、言っちゃ悪いがサディさんが足を引っ張って依頼が完遂できないときはどうしたらいい?」

「この依頼は違約金もペナルティも発生しません。長く依頼が放置されていたこともありまして、サディさんと相談の上、そうさせてもらいました。もちろん、無事に完遂できたなら評価対象にはなります」

 それでいいのかと蔵人はサディを見る。依頼人にかなり不利な内容である。

「それを承知で受けましたので大丈夫です。そもそも夫も子供もいない独り身の二級市民です。何が起ころうと問題にはなりません。こんなお婆ちゃんを陥れる理由もないでしょう?」

 こうして流民出身のハンター二人に二級市民の女一人という奇妙なパーティが結成されたのであった。




「――まだ名乗ってなかったな。ラロ、六つ星だ。なんでもできるが、臨時パーティなんかでは斥候の真似ごとをすることが多いな。相棒はこいつだ」

 そう言ってラロは腰に差した剣を叩いた。ただし、剣は幅広の直剣や曲剣、ソードブレイカーや刺突剣など数本ある。

「流れているといろんな魔獣を相手にするからな、それでこんなに増えたのさ」 

 蔵人たちは出発する日暮れまでには話しあっておこうと、協会内にあるカフェで向かい合って座っていた。

「蔵人、七つ星だ。パーティはほとんど組んだことはない。いつもは前を猟獣に任せて、後衛をやってる。前も出来ないことはないが、後衛から精霊魔法で押すほうが得意だ」

「サディ・ファッターフです。お二人の邪魔をする気はありませんが、道中よろしくお願いします。多少ならば精霊魔法も嗜んでおりますが、自衛程度と思ってください」

 一通り自己紹介を終えると、聞きたくて仕方なかったと言う風に、ラロが尋ねた。

「で、クランドたちはどんな依頼で保護区に?」

 どうも蔵人の経歴を聞いただけで、依頼の中身までは聞きださなかったらしい。職員の母親の治療に必要な植物を採取出来ればいいのだから、興味がなかったらしい。


「――ちょっと紅蓮飛竜(アフティン)を狩るだけだ」


「……はっ?」

 ラロは口をパクパクさせた。

 蔵人はサディに話しかける。

「……後は分神殿まで魔獣車でも雇って行くってことでいいか」

「そうしましょうか」

「俺は酔うから猟獣に乗って追いかけるが勘弁してくれ。魔獣車の代金も――」

「もちろん私がお支払いしますよ。きちんと私のお守をしてくださればそれでかまいませんよ。それにしても魔獣車酔いですか、大変ですね。」

「こればかりはずっと強化し続けるってわけにもいかないしな」

「あら、強化魔法で魔獣車酔いがおさまるのですか?」

「ああ、俺も船乗りに聞いて試したん――」

「――待て待て待て待て待て。何を緑魔(ゴブリン)でも狩るように話してやがるっ」

 のんびりと話を進めていた蔵人たちにラロが口を挟んだ。

「分かってんのか? あの紅蓮飛竜だぞ? ミド大陸の飛竜よりもひと回り以上でかくて、毒も強力、さらには火まで吹きやがる。頭だって能天気なお前よりもよっぽど良い。手を出せば必ず報復されるから、討伐には細心の注意が必要になる。一歩間違えれば依頼人から苦情が入ってペナルティだ。一匹や二匹なら三つ星以上が集まればどうにでもなるだろうが、はぐれでもねえ限りほとんどが群れだ。群れの討伐なんざそれこそレシハームの専属狩猟者がいくつもパーティを率いてやるか、じゃなきゃ軍が出張るしかねえ」

 

 ラロの叫びに、依頼人であるサディが答えた。

「ですが、私には紅蓮飛竜の角が必要なのです。もちろん、現地の方々に迷惑をかけないことが条件ですが」

「だとさ。俺は自治区、骨人種の集落にちょっと用がある。あ、心配しないでくれ。違法なことも、テロに加担する気も無い。なんなら月の女神の付き人に頼んでもいい」

「それくらいでしたら問題ありませんよ。ですが、違法なことは辞めてくださいよ?」

「安心してくれ。ちょっと食料を差し入れるだけだ」

「まあっ。それなら問題ありませんね。流民出身のハンターと聞いていましたが、救済活動に興味がおありで? サンドラ教の方ですか?」

「宗教は無宗教というか、多神教というか。慈善活動というより、ただの頼まれごとだ」

「あらあら、それは――」

「――だから、平然と話を進めるんじゃねえっ。っていうかレシハームのど真ん中で、骨人種や自治区なんて呼び方するんじゃねえよっ。食料の差し入れとか頭おかしいだろうがっ。おまえの方がオレよりもよっぽど怪しいじゃねえかっ」


「……じゃあ、やめるか? 植物なら俺が取ってきてやってもいいぞ? サディさんなら分かるだろ?」

「ええ、名前を聞けば、分かると思いますが」

 二人に視線を向けられ、喉を詰まらせるラロ。

「……くっ、行くさっ、オレが受けた仕事だからな」

「……」

「お前に頼んだら、も、儲けが減るだろうがっ」

「じゃあ、そういうことでいいな。日暮れ頃に、南門で」


 そう言って別れた蔵人たちはそれぞれ準備を終えて、日暮れ頃に南門で集合した。

 蔵人が連れている雪白やアズロナにサディやラロが驚いたりしたが、蔵人たちは何事も無くナザレアを出発した。

 広大な石壁の一角にある検問所を無事に通過し、魔獣車を二日ほど走らせると、月の女神の分神殿に辿りつく。様々な事情により、この分神殿がある一帯が一番大きな集落になっているらしい。


 魔獣車を降りると、サディはまっすぐに分神殿に向かった。暗闇の中足元が見えないはずなのに、明かりも灯さず、早足で行ってしまった。

 蔵人はサディの頭上に確保しておいた光精の明かりを飛ばし、ラロと一緒にその後を追うが、二人にはどこからともなく鋭い視線が注がれていた。

 周囲にあるのは岩。

 家らしいものは一つを除いて存在せず、大小様々な岩が荒野に転がっているだけであった。

 唯一の例外は、荒野の土と転がる岩で作ったらしい馬鹿でかいカマクラのような分神殿である。

 

「サディ、お久しぶりです」

「ソフィリス、しばらくぶりね」

 十二番隊の女官長であるハーフエルフのソフィリスがサディを迎えて抱きしめあった。

 サディが女官長と知り合いであるらしい。

 二人が旧交を温めているのを横目に、蔵人は分神殿から十分に離れたところに土精魔法で小屋を建て、野営の支度を始めていた。

 その間、ラロはだらしない顔で分神殿に出入りする女たちを眺めていた。

 その気持ちが分からないでもない蔵人は、放っておいた。どうせ自分の寝床は自分で作らなければならないのだから。


 サディはそのまま分神殿に泊まるということで、蔵人とラロは二人で野営していた。

 ラロはいまさらながらせっせと寝床を作り始め、蔵人は確保しておいた火精で火を起こし、食料リュックではない背負い袋から肉の塊を出して焼いていた。

 いつものように魔力供給を細く長く続けながら火を維持し、土の串に刺した肉を数本、その周囲でゆっくりと回していると、そこに影が被さった。

「……話には聞いていましたが、本当に同時行使を……。それも八つですか」

 感心するような声色に蔵人が顔をあげると、そこに深緑のローブを着たソフィリスが佇んでいた。

 金髪のショートカットに柔和な目つき、エルフのような超然とした美しさも漂ってはいるのだが、それよりも親しみやすい。身体の起伏に乏しいエルフと違い細身でありながらも、深緑のローブの上からでわかるほどに身体のラインがしっかりと浮き出ていた。


「初めまして、ソフィリスと申します。」

 蔵人の背もたれになりながらも、ぱちぱちと焼ける肉を凝視している雪白や、よだれを垂らして肉を待つ一つ目の飛竜、アズロナを一切気にした様子はない。

 むしろ、二匹を見るその目は優しげであった。

「クランドだ」

 アガサたちのこともあり、蔵人は言葉少なに答えるが、ソフィリスの行動に驚いた。

 深々と、頭を下げたのだ。

 この土地でそんなことをすれば周囲の者からどう見られるか分からない。蔵人もサディに指摘されたばかりである。

「お、おい」

「申し訳ありませんでした」

「わ、分かったから、頭をあげてくれ」

 アガサやダウィに頭を下げられていたならこんな反応はしなかっただろうが、初対面の女に突然頭を下げられれば、そしてその土地の慣習を知るゆえに、蔵人は戸惑ってしまった。


 しばらくして、ようやくソフィリスが頭をあげた。

「オーフィアも直接お詫びしたかったと言付かっております。それとアガサ・ダウィ両名の処分ですが、アガサは無期限蟄居、ダウィは……死亡致しました」

「……死んだ?」

「ダウィもアガサと同じ処分を受けたのですが、それに不満を持った彼女は脱走を企て、逃走のすえに魔獣に殺害されました。死体は影も形も残らぬほどに焼き尽くされていたということです。ちなみに、逃亡を幇助した付き人もオーフィアが直々に再修行を施すようです」

 焼き尽くされたという言葉に、オーフィアの異名である『紅蓮のエルフ』を思い出し、蔵人は不思議と納得していた。


「それだけ、ご報告したかったのです」

 いつのまにかアズロナの鬣を指でくすぐっていたソフィリスは立ち上がる。

「無法なこと、不埒なことをしないのであれば、この地への来訪、歓迎致します。もしその気がおありでしたら、ハンターとして協力してくだされば幸いです」

「お、おう」

 ソフィリスは真っ直ぐに蔵人を見据えた。逸らす気配など微塵もなく、まっすぐに。

 こういう風に見られるといつもは見る側の蔵人はたじろぎ、上ずった言葉で返事をすることになってしまった。

 それでも蔵人は蔵人で、去っていくソフィリスの形の良い臀部を眺めていたのだが。

「――おいおい、十二番隊の女官長とも知り合いかよ。なんだ、実はエルフなのか?」

 こっそりとこちらを窺っていたラロが蔵人の横に座り、蔵人と同じ方向を見る。

「耳が尖っているように見えるか?」

「昔のエルフは耳を隠して、人種の国を訪れたというしな」

「人種だよ。まあ、元は山に隠れ棲んでいた一族の生き残りだがな」

「ああ、どうりで流民といっても擦れてねえわけだ。まあ、いいさ。そのかわり、誰か紹介してくれ」

「……自分で声かけろよ」

「やだよ、おっかねえ」

「なら諦めろ」

「あの尻を見ると、それもつまらん」

 二人は揃って去りゆくソフィリスの臀部を凝視していた。

――がぁう

 背後で雪白が欠伸をした。

 蔵人はいつものことだと気にもしないが、慣れないラロはビクリと慄く。

 すると雪白は鼻を鳴らした。

 女の尻を見ている暇があったら、肉を焼け。

 炎をうつした灰金色の双眸は、そう言いたげであった。

 

 

 


本年はこれで終わりです。

今年ラストなので、去年と同じくすっきり終わらせていただきました<(_ _)>

なので目標に届きませんでしたが、勘弁してください<(_ _)>(笑


今年もお読みいただき、ありがとうございます<(_ _)>

来年も、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

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