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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第五章 砂漠と荒野の境界で
102/144

99-砂漠の先に

遅れました。


 

 黄月の三十一日。

 龍華国外国人居留地から船に揺られておよそ五十日が経った頃、蔵人は精霊教国レシハームの港街キシュネルに到着した。

 キシュネルは大きな入り江にあるレシハーム最大の港であり、商船だけでなくミド大陸の国の船も停泊している。

 サウラン大陸は東西に伸びた、長大な大陸だと推測されており、レシハームの位置する大きな半島はサウラン大陸のみならず、サウラン大陸以東へ向かうための玄関口となっていた。

 かつてサウラン大陸を挟む南北の海からさらに東へ向かおうとした冒険者や船乗りが大勢いたが、北側の海は神出鬼没な水棲竜種の生息地であり、南側の海は東南大陸との中間点にして予測不能な海流が渦巻く死の海域となっており、その多くが帰らなかった。

 そのためレシハームを目的とする船以外にも、この大陸より以東を目指す者もキシュネルを訪れることとなり、結果多くの船が集まることになった。

 

 蔵人は夢でも見ているのではないかと、我が目を疑った。

 船の上からもその地を見たが、信じていなかった。信じられなかった。

 船を降りる前、他の乗客はなにやら乗り込んできたレシハームの兵士に厳しく質問されているが、蔵人は適当にハンタータグを見せ、いくつか聞かれたことに答えるとすぐに上陸が許可された。おそらくはハンターだと証明したからだろうが、蔵人はそんなことなど上の空で、まだ目の前の光景を疑っていた。

 だが、現実にその地に降り立ってしまえば、いまだ揺れるような足元も忘れて、立ち尽くしてしまった。


「邪魔だっ!――ひぃっ」

 道の真ん中で突っ立っている蔵人を仕事の邪魔だと怒鳴った荷降ろしの男は、蔵人の脇にいる大型の獣と一つ目の飛竜、つまりは雪白とその背に乗るアズロナを見つけて短く悲鳴をあげた。

「あっ、ああ、すまん」

 蔵人が咄嗟に謝ると、わ、わかりゃいいのよと男はそそくさと仕事に戻っていった。


 蔵人は邪魔にならないところに場所を移してから、再び周囲を見回した。

 整地された港から遠目に見える土地には青々とした木々が立ち並び、草が生え、白や黄色の花すら咲いている。遠くからは軽やかな鳥の鳴き声が微かに響き、のんびりとした春の匂いが潮風に混ざっていた。

 本来黄月の三十一日ともなれば季節的には春も半ば過ぎである。ミド大陸よりも多少暑いことを除けば、なんの変哲もない春なのだが――。

「……砂漠はどこだ?」

 そう蔵人の目的は砂漠である。

 サウラン大陸は砂漠の大陸と聞いていた。蔵人は当然砂漠がすぐにあるものだと思っていた。

 灼熱の砂漠に、美しきオアシス。行き交う遊牧民、バザールの喧騒。

 だが、そんなものはどこにもない。

 港の先に見える街は北部風の石造りの建物が多く、そこにいる人の服装もシャツにズボンとなんの変哲もない北部風ものである。強いて違いをあげるとすれば、レシハーム人とおぼしき男たちは髪を一つにまとめて緩やかな三つ編みにし、銀環でまとめている。

 対して女は男と同じように髪を三つ編みにしているが、それをくるりと頭に巻いていた。巻き方はさまざまであるが、一様に三つ編みそのものに赤や青といった色の細い紐を組み込んでいた。

 

「砂糖はまだまだ上がりそうだな」

「もう一季半で次の収穫だが……アンクワールの復興次第ですかな」

「もう少し続いてもらわんと不作で買い足した分が取り戻せん」

「ああ、でも賢者様が提案した海藻食や新しく見つけた救荒作物で随分助かっただろ」

「……助かったのは事実だ。だが海藻は感触がちょっとな。ヒジキだったか、あれも食べづらいし。それに救荒作物っていったってこのあたりじゃあ家畜に食わしてた奴だろ。うまい、とは言い難いぞ」

「ぜいた――」

「――ちょっといいか?」

 蔵人は集まってなにやら商売の話をしていた商人風の男たちに声をかけた。

「砂漠はどこにあるんだ?」

 あまりに唐突な問いであったが、商人は笑って答える。

「ここに初めてくる人はみんなそう言うんですよ、まあ、八割方砂漠と荒野なのは事実ですがね。ここからしばらく行ったところに首都のベレツがあります。そこからさらに魔獣車に乗り、いくつか街を超えて、七日ばかりのところにナザレアという街があります。その先が、砂漠です」

 蔵人は気の良さそうな商人に礼を言って、チップを取り出そうとするが止められた。

「見たところハンターでしょう? もらうわけにはいきませんよ。出来るだけ長くこの国に留まって、魔獣を狩ってくださればそれが一番です。ただし、あまりハメを外し過ぎないようにお願いしますよ?」

 蔵人の後ろで大人しく待っている雪白たちを見て、商人は冗談っぽく言った。


 商人にもう一度礼を言ってから、蔵人は雪白たちを連れて出発する。

 港を出る際に再び入国審査らしきものを受けるが、ハンタータグと猟獣登録の真紅の環と首輪を見ると簡単な質問だけであっさりと通ることができた。商人といい、入国審査といい、よほどハンターの手を借りたいらしい。

 そんな風に蔵人は解釈しているが、実際は蔵人のランクが影響している。これが八つ星以下であったならもう少し詳しく審査されたのだが、蔵人は七つ星。それもあからさまに強力そうな猟獣を連れているため、優秀なハンターと思われ、歓迎されているのだった。


 だが蔵人はそんなことは知らない。今のところ港街キシュネルや首都ベレツ、そして東端の街ナザレアにも寄る気はなかった。

 目的地に到着したら最寄りの協会に報告するというのが暗黙のルールだとイライダに教わったが、今のところこの国でハンターとして生活する気はない。

 かつてこの地に住んでいたという骨人種、怪盗スケルトンであるジーバの語る歴史を鵜呑みにする気もないが、今はとにかく砂漠に行けさえすればそれでよかった。

 ようやく砂漠に辿りつくとあって、蔵人の気は逸っていた。


 蔵人たちは街道を足早に進む。

 本当ならば無用な騒動を避けるためにも街道を外れて進みたいところだが、地図もなければ、道の両端が畑になっていて森に紛れることもできない。

 蔵人はハンターや兵士に目をつけられないことを祈りながら、商人やハンターを乗せた魔獣車とすれ違い、畑で農作業をする農夫のぎょっとした視線を感じながら先を急いでいた。

――ぎうっ

 だがアズロナは無邪気なもので、乗っていた雪白の背からばさりと飛び上がって蔵人の背にへばりつく。そのまま肩口から顔をにょっきりと出して、蔵人の頬に楽しげに鼻先をこすりつけてくる。

 アズロナは蔵人のフードどころか肩に乗らないほどに成長していた。

 こうしてじゃれつくとき以外はもっぱらアザラシ歩きか、急ぐ時は雪白の背中にぺったりと座っている。

 蔵人が苦笑しながら少しばかり歩調を緩め、その獅子のような蒼い鬣ごと首回りを掻いてやると、アズロナはぎゃっぎゃと喜ぶ。成長した身体ほどに、内面のほうは変わっていなかった。

 

 なんとものどかな光景で、砂漠がありそうな気配などない。

 翌日には首都ベレツの高い街壁が見えてくる。

 魔獣車が頻繁に出入りし、人影も多い。

 蔵人は少し離れた場所でそれを眺めてから、先へ向かった。

 街道から離れて歩くのも、街に寄らないのも、面倒を避けてのことだった。雪白クラスの猟獣を連れていれば目立つのだから仕方ない。


 首都ベレツから四日ほどのところで、風景が変化し始めた。

 蔵人はここまで来て急いでも仕方ないと考え直し、雪白やアズロナたちとふらふら物見遊山しながら進み、おおよそ普通の魔獣車と同じ程度の速度で進んでいた。普通の魔獣車といっても一日中走っているわけではないので、移動する時間が長く、雪白に騎乗することもある蔵人たちがふらふらしていても、結果的に同じ程度の速度になっていた。


 進むほどに草木が減って気温はどんどん上がり、六日目には木々のまばらな荒野になっていた。

 一歩歩くだけでも蔵人は汗を流すが、龍華国で閻老師にもらった冷温緩和の魔法具である外套を羽織って凌いだ。それを狙ってアズロナが再び蔵人に飛び移って背中に潜り込み、雪白も蔵人の傍によってくる。

 蔵人は飛竜の双盾にまとわりついている氷精を使って涼もうとして、気づく。普段は盾に出たり入ったりしている氷精が盾に引きこもって出ようとしない。いつもは多少なりとも空気中にいるはずの氷精もほとんどいなかった。

 普段よりも多めの魔力を渡して、どうにか冷気を発散させると、雪白が嬉しげにごろごろと喉を鳴らした。

 

 しかしそんな荒野でも、人の営みはたくましくも存在している。

 延々とサボテン畑が続いていた。

 地球でもサボテンを食べる地域はあるらしいし、食べるんだろうななどと勝手に推測しながら、蔵人は雪白に食べるなよと注意した。

――がうぅっ

 あんな痛そうな草は頼まれても御免だと雪白は尻尾でぺしぺしと抗議する。

 アズロナもお肉が食べたいと蔵人の肩に顔を乗せて、興味なさげにしていた。


 昼夜の気温の変化が激しくなったのもこの辺りからである。

 砂漠の昼は暑く、夜は寒いという聞きかじりの知識を蔵人は持っていたが、よもやこんな荒野からそれが始まるとは思っていなかった。

 だがそれは、蔵人たちにとって朗報であった。

 アンクワールを超える昼間の暑さに、蔵人の冷気目当てに一塊になって移動していた一行は、昼間は土精魔法で小屋を作って寝て過ごし、冷涼な夜に移動した。


 そして七日目の朝。

 蔵人たちはついに東端の街ナザレアを遠目に確認した。

 小高い丘の上にある石壁に囲まれたナザレアは、差し込んだ朝日も相まって美しい。精巧なミニチュア模型のようですらあった。

 しかしそこからしばらく進むと、別世界であった。

 大小の岩が連なる荒野、そしてその遥か先に黄土色の砂漠が広がっていた。

 どこまでも、どこまでも続く砂漠である。


 一旦昼寝をして、蔵人たちは再び夕暮れから歩きだした。

 風に乗って、砂の焦げたような煙ったい匂いが流れてきた。

 すると見えてきたのは石壁。どこから始まり、どこで終わるのかも分からぬ石壁が続いていた。

 この頃にはもう夜の気温は一桁だったが、もっと寒くなれといわんばかりに雪白は蔵人とアズロナを乗せて、暗闇の中を一気に走り抜けた。

 翌早朝。

 暑いのは御免だとばかりに早々に土小屋にもぐりこんだ蔵人たちだったが、異様な熱気に目を覚ます。

 なんだなんだと土小屋から顔だけ出すと、強烈な陽光が目に突き刺さり、吹きつけた熱風に頬がひりついた。

――ぎゃうっ!

――ぐるぅっ!

 雪白はともかくとして、珍しいことにアズロナが怒っていた。

 熱い、と。

 そう『暑い』ではなく、『熱い』のだ。

 蔵人は慌てて小屋の出入口を閉め、土小屋の土を厚くし、さらに冷房がわりの飛竜の双盾に引きこもっている氷精に魔力を渡す。夜になると出てくるくせに、昼間はまったく出てこない。魔力効率すらも違っているのだから、精霊というのも不思議なものである。

 蔵人が冷気を発生させると、すかさず二匹が盾にすり寄って、離れなくなった。

 

 その夜、雪白は蔵人を背に乗せて、駆け抜けた。

 暑い、いや熱いのはごめんだと、早く砂漠に行ってしまいたかったようである。

 そして翌朝。

 朝日も昇りきらぬ薄暗闇の中、蔵人たちは砂漠に辿りついた。

 ちょうど荒野と砂漠の境目に立っていた。


 早朝の深く蒼い空。

 薄暗い砂漠。

 足跡一つないなだらかな砂山には風紋が走っている。


 すると砂山の奥、遠くの空に金色の一本線が引かれた。

 深い蒼が、じょじょに白んでいった。

 

 蔵人はどこか呆然とした様子で見入っていた。

 なぜ砂漠を求めたのか、自分でも分からない。

 幼い頃、何かに影響されたのかもしれないし、まったく無縁であった砂漠に憧れたのかもしれない。

 太陽が昇っていく。

 空は深い蒼から青へ、砂漠はグレーから黄土色へ。

 そして気温もぐんぐん上昇した。

 蔵人が暑さに気づくのはすぐのことで、昼寝をしようと回りを見ると、すでに雪白とアズロナは雪白がいつのまにか作った小屋に籠ってしまっていた。

 出入口すらなく、蔵人の両肩にあるはずの飛竜の双盾もない。

「……」

 

 その日から蔵人は荒野と砂漠の境目に居座った。

 絵を描いている風でもあるのだが、少し様子が違う。

 そんな蔵人に気づいてか、雪白とアズロナは蔵人をそっとしておき、昼は寝て、夜はどこぞで遊んでいた。

 一日。

 二日。

 三日。

 それだけ砂漠を見つめていると、この土地のことも分かってくる。

 砂山は日一日と姿を変えた。砂漠に吹く風が、砂漠の地形を変えていた。

 昼は灼熱、夜は極寒。日中の気温は五十度前後。だが、夜になると急激に冷え込みマイナス十度を下回る。寒暖差はおよそ六十度、体験したこともないような温度差である。

 だが砂漠の奥はもっと寒暖差が激しくなりそうな気配があった。


 日中は火精と風精、光精が砂漠を暴れ回り、夜になるとそれに代わって氷精と風精、闇精が踊り狂う。土精は昼夜を問わずどっしりと居座り、雷精はひっそりと佇む。

 だが水精はどちらにも存在しない。そのせいか、どれだけ気温が下がろうが、雪が降ることもない。

 食料リュックに一年分の水が入っていなければ蔵人も早々に干上がっていたところであった。


 そんな風にじっと砂漠を見つめていると、蔵人の中にある想いが湧きあがっていた。


 砂漠に辿りついた。だから、なんなのだ。


 これから、どう生きていこうか、さっぱり見当もつかない。

 アレルドゥリア山脈でハヤトと諍い、そこに怪物の襲撃も重なって住めなくなった。

 ただの思いつきで砂漠を目指したようなものである。

 旅の道連れに巨人種のハンターであるイライダに通訳として雇われ、オスロンから砂漠に行こうとして船が難破。アンクワール諸島のラッタナ王国に流れ着き、ヨビの仇討ちを手伝った。それからマルノヴァに北上し、そこで船を待つ間にバルティスのレイレや治療師のイラルギ婆さんたちに出会い、さらにアンクワールの因縁絡みで決闘の末に娼婦のエスティアが巻き込まれて死んだ。そのあとはリュージという勇者に脅されてジーバに泣きつき、龍華国では大星たちと知り合った。

 そうしてほぼ一年をかけて砂漠に到達したが、よく考えればそれ以外の目標はない。

 ある意味で、日本に生きていた頃の延長線上で生きてきたのだ。

 夢などなかった。

 いやあったが、生きていくことに擦り切れてしまった。

 絵で食おうなどと思ったこともあったが、絵の楽しさに目覚めたのは高校も三年生になってから。積み重ねもなければ、才もない。積み重ねや才に追いつくための効率的な努力を思いつくような頭もなく、愚直な努力だけでは実を結ばなかった。

 いつしか就職活動が始まり、そして失敗。派遣や契約社員で流れる日々の生活に精神は摩耗し、いつしか絵で食っていこうなどという想いは消え去っていた。

 ありふれた挫折と諦念。

 惰性のように生きて、なんとなしに描いていると、なぜか異世界に召喚され、それでも根本は変えることなく、ここまで来たような気がしていた。


 この世界で何をするのか。

 何を、したいのか。


 いまだ蔵人の中にはその問いに対する答えはなかった。


 朝方、雪白とアズロナが帰ってきた。

 蔵人の様子がおかしいと気づいたのは雪白で、蔵人の手に顔を擦りつける。

「……ああ、忘れちゃいないさ」

 雪白やアズロナと生きていくことは、すでに決まっていることである。

 自ら選んだ孤独に寄り添ってくれたのはこの二匹、いや二人である。

 だがそのうえで、どう生きていくかが問題であった。


 そんな蔵人と雪白たちの言葉なき会話の間、アズロナはなにやら地面に鼻を寄せて、興味津々と言った様子ですんすんと鼻を鳴らしていた。

 見るとアズロナの鼻先に、小さな赤い蜥蜴がいる。

 両手に抱いてなお余るほど大きく成長したアズロナならば丸呑みにできそうな赤い蜥蜴は、怯えるようにプルプルと震えていた。

 蔵人は判断に迷う。

 初対面から匂いを嗅ぐことが飛竜らしくないかどうかは定かではないが、雪白の生態によく似ていることだけは確かである。身も心も、そして生態すらも飛竜というカテゴリーから遠ざかっていくアズロナにこのままでいいものかと。


 不意に、アズロナの鼻先を小さな炎が襲った。

――ギャンっ

 恐怖に堪え切れなくなった蜥蜴が小さな火を吹いた。

 突然の攻撃にアズロナは驚き、炎の熱さに飛び上がる。

 蔵人が手を出そうとすると、雪白が尻尾で止めた。

 訓練、でもないらしい。

 アズロナは反撃することなく距離をとり、それでもまたおっかなびっくり鼻を寄せる。

 蜥蜴もアズロナが自分を食べるつもりがなさそうだと察し、アズロナの鼻先を受け入れた。


 アズロナに友達が出来たらしい。もしくは子分か。

 両者の距離は物理的にも心理的にもなくなっていた。

「……寝るか」

 砂漠の向こうの朝日はすでに半分ほど顔を見せている。もうすぐ暑くなる。

 蔵人は土小屋を作ろうとして、小さな気配に振り返った。

 

 ぼろ布を纏った骨。

 それも小さな、子供の骨が立っていた。


 どことなく怯えているようにも見える。

 それはいつものように雪白に怯えているのではなく、むしろ蔵人を恐れていた。

 ジーバから骨人種と会ったなら、感じたままに応対するといいと教えられている。表情がまったく読めないが、なんとなく喜んでいる、怒っている、そう感じたならそれが正しいのだと。それが骨人種とのコミュニケーション方法なのだと。

 だが、蔵人は子供の扱いなど知らない。

「……」

「……」

 骨人種の子供は怯えながらも視線を巡らし、アズロナと戯れる小さな赤い蜥蜴に目を止めて、走りだそうとした。

 コペンッ

 小気味良い音を立てて、転んだ。

「……」

「……」

 声も上げずにむくりと起き上がった骨人種の子供。眼窩やぼろ布で隠し切れていない肋骨が乾いた土にまみれていた。

 泣きそうだが、どうにか堪えているようである。

 蔵人は骨人種の子供とじっと見合いながら、どう反応すべきか困っていた。雪白はあてにならない。さっきからすぐ後ろでニヤニヤと面白そうに蔵人の対応を見つめている。


 泳ぎまくっている蔵人の目は、乾いた土にまみれた眼窩や肋骨に止まった。

 払ってやろうか。

 そう思うも、安易に手で払ってやるわけにはいかない。

 もし仮に女の子であった場合、少女の胸を触ったことになる。日本でなくとも逮捕案件である。それにジーバからは戦士である自分は別として、骨人種の宗教は面倒な部分もあるから接触するなら注意しろと聞かされている。リュージの件もあり、骨人種の社会を詳しく聞く時間はなかったが、それだけは聞いていた。


 蔵人は思案し、おもむろに雪白の尻尾をむんずと掴んだ。

 んあ? と他人事のように見ていた雪白がまぬけな顔をする。

 蔵人はそれを無視して、掴んだ尻尾で乾いた土を払ってやった。

 なんともいえない顔をする雪白。その腰に差している巨大ねこじゃらしで払えばいいだろうと思うも、すぐにそれをされるのも困ると思い直し、ではどうするかと考えても分からず、やはりなんともいえない顔をするしかなかった。


 そんな蔵人のおかしな行動に、何故か骨人種の子供の緊張は和らぎ、そして口を開いた。

「……ユドゥズを、返して」

 小さな、しかし強い意思を感じさせる声。

 だが思い当たるところのない蔵人は思案を巡らせる。

「あの、火蜥蜴(カシャフ)

 蔵人はああとアズロナを見た。

 正確にはアズロナの近くにいる赤い小さな蜥蜴である。

 二匹はなにやらまったりと朝日で日光浴をしているようである。

 蔵人の視線に、子骨は今度こそ走りだし、ユドゥズと呼んだ火蜥蜴に近づいた。


 火蜥蜴は見知った気配に薄目を開け、そして子供の全身を駆けあがる。

 子供はさせるがままにさせているが、どこか嬉しげにしていた。

 ユドゥズは子供の頭蓋骨にペタリと張り付き、そこで再び目を閉じた。


「……ありがと」 

「……どういたしまして」

 なんとも拙い会話である。

 そこへもう一人、大人の骨人種が駆け寄ってきた。

 雪白が警告を発しないのは相手にまったく敵意がなく、むしろ怯えているからである。それに、骨に見えるが相手は人というカテゴリーに含まれており、無為に傷つけるわけにはいかなかった。

「大変、申し訳ありません。……何か無礼を致しましたでしょうか。ですが、子供のしたこと。お許しください。何卒、お許しくださいませ」

 平伏しそうな勢いで蔵人の足元に傅く骨人種。

 訳の分からないことばかりで、蔵人はしどろもどろに言葉を返す。 

「あ、ああ、問題ない」

 それを聞いた大人はそそくさと子供を蔵人から引き離し、逃げるように去っていった。

 手を引かれた子供が一度振り返り、小さく手を振る。

 蔵人は小さく手をあげてそれに答えてやった。

 そこにアズロナがへろへろと飛んで蔵人の頭にしがみつき、火蜥蜴に向かってぶんぶんと翼腕を振っていた。


「……あれはたぶん、女、だよな?」

 雪白は呆れるように頷く。あれが女と少女でなければなんなのだと。

「いや、だってな」

 もう寝る、と雪白は大きな欠伸をして、土小屋を作って潜りこんでしまった。

 アズロナもそろそろ暑くなってきたのかふらふらと蔵人から飛び降り、それに続く。

 蔵人は遠くに見える大骨と子骨を見やる。

 子供の骨など分からない。成人の骨でなんとか分かるかどうかというところである。

 そこでふと、ジーバの頼まれごとを思い出した。

 リュージ殺害の対価ではない、世間話でもするような他愛のない頼まれごと。ゆえに忘れていた。

「……ああ、そういえばやることがあったな」

 まったくやることがない、ということでもなかったらしい。

 蔵人は土小屋に潜り込んで昼寝をしてから、街に引き返していった。





 骨人種の女は蔵人から十分に離れたところで子供を叱った。

「外に出ちゃだめだっていったでしょ?」

 人種を目にしたら、隠れなさい。

 骨人種の親が真っ先に子供に教えることである。子供にはレシハーム人かどうかなど分からないのだから、そうしたほうが無難であった。

 だが、子供が接触してしまった。相手がレシハーム人かどうか分からないが、見捨てるわけにもいかない。たとえ我が子ではないとしても。

 言葉が通じるとも思えないが、謝意を相手に伝えなければならないのだからどうにもならないと決死の覚悟で交渉したのだが、相手は流暢に言葉を返し、あっさりと解放してくれた。

 不思議な人種であった。

「ユドゥズが壁を超えちゃったから……」

「火蜥蜴はちゃんと躾なさい。一生の友達なのですから。それに、なんで外の人種と」

「……ごめんなさい。でも最初は怖かったけど、白いふわふわで撫でられたとき、母に似た匂いがしたから」

 獣人種が他種に聞き取れない犬笛等の音を聞き分けるように、骨人種は獣人種ですら分からないようなある特定の匂い、おそらくは命精の匂いのようなものを嗅ぎ取ることができた。これは種族特性とも違う生来の感覚であり、その嗅覚には個人差がある。蔵人の耳に近づかなかった女骨にはそれが分からなかった。


 女は首を傾げる。

 おそらくは同族の女の匂いであろうが、なぜ旧ケイグバード民でもなさそうな人種の男から同族の女の匂いがするのか。

「……どこから匂いがしたか分かる?」

「……耳?」

 耳に匂いをつけるのは親愛を示すことが多く、古くは骨人種ではない他種の恩人に施し、この印のある者を決して傷つけてはならず、客人として遇せよという意味合いがあった。たいていは男がするものである。

 そう男がするものであって、女はしない。

 例外を除き、女は外で男に触れてはならず、さらに館に招き入れる男も父や親族と限られている。

 それにケイグバードが失われてからは、親愛の印のことはとんと聞いたことがなかった。

 擦り切れた布を纏う骨人種の女はおそるおそる振り返った。

 そこにはこんな何もないところで野営をする物好きな人種の姿があった。





*******



 レシハームの首都ベレツ。

 その中心部に立つ質素な四階建ての建物の一室に、『精霊召喚』の加護を持つトール・ハギリと一人の老人がソファーに座って向かい合っていた。トールの隣にはもう一人、中年のレシハーム人もいるが、目の前の老人に少し委縮しているようである。

 老人の名は、ギディオン・マシャァク。

 人種にも関わらず齢二百を超えるとされる、レシハーム建国の影の立役者であった。

 白髪をゆるやかな一本の三つ編みにして胸の前に垂らしており、その結び目には銀環が嵌められている。白い眉毛は長く伸び、目蓋は垂れて目もほとんど開いておらず、皺も目立つ。腰は極度に曲がっており、手元には杖もあった。

 どこかどうみてもただの老人にしか見えないのだが、この国においてトールが最も警戒している相手である。


「――せめて煙木の栽培許可だけでも考えていただけないでしょうか? 食料を焼き打つなどやりすぎでしょう」

 トールがこの地に招聘されてから何度も繰り返された提案である。

「先頃の不作に海藻食や新たな救荒作物を教えて下さった賢者殿らしいお言葉だが、彼奴等の食す煙木は我々人種にとって有害なのはご存じでありましょう? 国内法でも違法と定められておりますし、そもそも有害であろうと無害であろうと煙木を吸うことは精霊教の教義で禁じられております」

 だがかつて北部列強と組み、龍華国にその煙木から作られる薬、酔仙薬を売っていたのはこのギディオンである。もちろん本国でも龍華国でも違法ではなかった時代に、そして煙木を吸っているわけではないという抜け穴を用いてのことである。


「ご存知かと思いますが、今は人種が吸っても幻覚作用や中毒性がない煙木が栽培されています。なぜそれを焼く必要があるのですか。それに彼らは精霊教徒ではなくアスハム教徒です」

「奴等は狡猾でな、無害な煙木畑の中に有害な煙木を隠して栽培しているのだ。それを一本一本確かめるほど暇ではない。それは分かっておられるかと思いますが?」

 ギディオンはトール、そしてその隣に座るレシハーム人を見た。

 トールとてレシハームの公的予算では検査官の増員が厳しいことは知っている。

 だがこのギディオンの財力を持ってすれば検査官の動員など訳もないことなのだ。ギディオンとギディオンが実質的に率いている精霊教回帰派の者たちはかつてその私財と権力を用いてミド大陸の北部列強に働きかけ、サウラン大陸に元々存在していたケイグバードを滅ぼし、そこへミド大陸各地に点在する精霊の民を入植させ続けているのである。むろん、私財である。

 ようするに、きちんと細かく検査しようと思えば可能だが、その気がないということであった。


 ギディオンに目を向けられたレシハーム人、精霊教融和派の長であるゴルヤート・ホフマン議員はトールを気にしながらも、苦々しく頷いた。

 レシハームはサウラン大陸の人種生存圏を半分ほど支配しているが、残りの半分にはいくつかの国がある。それはかつて骨人種の王が君臨するケイグバード帝国に従っていた国々で、ケイグバードへの侵略や宗教の違いから友好的であるとは言い難く、レシハームは国境近くに兵を備えておかなければならなかった。

 さらに先の不作や国内の抵抗活動、レシハームがこれ以上力を持つことを恐れた北部三国の様々な介入により、どうにか現状維持をしているという状況で、検査官の増員など不可能であった。


 だが、トールは疑っている。

 本当に無害な煙木畑の中に有害な煙木を植えているのか、それすらが骨人種を弾圧する回帰派の手口だとも考えられる。実際に調べたこともあるが、有害な煙木はなかった。しかし煙木畑は調査中に違法植物が見つかると即座に焼かれてしまうため証拠が残らない。

 これ以外にも、テロ行為への反撃と称して精霊魔法による無差別攻撃は、本当にテロがあったかどうか、誰がやったかどうかも定かではなく。

 自治区や保護区と協定で定められた領域を削るように建てられている石の防壁は、テロを起こす輩がいなければ壁など必要ないのだから、テロを起こしたほうが石壁の面積を負担するべきだとのたまう。

 他にも自治区や保護区への入植行為や入植した精霊の民と旧ケイグバードの民を分けて扱う市民階級制度、さらに旧ケイグバード人の中でも人物ごとに色分けして区別し、骨人種に至っては未だに魔獣扱いである。

 これらはトールが招聘された二年前よりさらに昔、建国時から政府中枢の八割を占める回帰派の議員たちによって行われてきたことであった。

 議員といっても、三年ごとの選挙でもあまり顔ぶれは変わらない。レシハームは子女の教育に力を入れているため教育水準は高いが、そもそも建国当時から回帰派に多大な恩がある市民ばかりである。金銭的援助や社会インフラの寄付など回帰派は慈善家としての顔も持っているため、選挙といえば回帰派の内部闘争に融和派がどうにか首を突っ込んでいるというありさまであった。


 ギディオンが無念そうに告げた。

「――自治区や保護区の件は一朝一夕には参りませぬ。ご寛恕いただければと思います。賢者殿には海藻食の提案や新たな救荒作物の発見だけでなく、砂漠の緑化事業、衛生管理の徹底による病害の低下や出生率の向上にご尽力いただきました。出来る限りご協力したいと思っております。ですから、カクタスの件も引き受けさせていただいたのです」

 トールとゴルヤート議員は喉を詰まらせた。

 賢者とは精霊召喚の力を持つトールの呼び名である。かつて勇者や聖女と協力して魔王を討伐した賢者になぞらえたもので、トールが一緒に連れてきた召喚者たちは勇者と呼ばれている。精霊教の中では賢者が中心になっており、勇者や聖女はわき役でしかない。


 最初は名ばかり賢者であったが、様々な知識を惜しげもなく伝えるトールは今や名実ともに賢者となっていた。

「それはもちろん分かっています。感謝してもしきれません」

「生育は順調ですかな?」

「もちろんです。しかし、たまにそちらの人が見に来ているようですから、ご存じでしょう?」

「いえいえ、下の報告だけでは心配でしてな。賢者殿の言葉が聞きたかったのですよ。これも大金を投じているゆえのこと、俗物な私をお笑いください」


 カクタスとは正式名称をマーナカクタスといい、サボテン、それも中の水分が甘いサボテンのことであった。

 レシハームはこのサウラン固有のサボテンから、高級品である砂糖を作って輸出しており、サトウキビに似た植物から砂糖を作っているアンクワールと並び砂糖の二大産地となっていた。


 トールとゴルヤート議員はサウラン横断のための金を用立てるために、次に収穫する予定のカクタスをギディオンに売って、現金を作っていた。いわゆる先物取引に近いことをやったのだ。

 ゴルヤート議員は次に収穫される融和派の砂糖の全てを、トールはこの国に招聘されたときにもらった荒れ地を、勇者のコネと自分の知識で作り変えたカクタス畑の収穫物を。


 レシハームとしては資金難であるが北部に出し抜かれないための横断資金が欲しい。トールも地球へ帰るための手段を探すために砂漠の先へ行きたい。

 それをギディオンが知っていてもおかしくはなく、融和派の力を削ぎ、トールへ恩を売って黙らせるために取引したのだと分かっていても、取引しないという選択肢はなかった。


 今、砂糖は高騰している。

 主な砂糖の生産国であるアンクワール諸島での複合魔獣災害により、砂糖の生産が低下。国際的に品薄になっていた。そのお陰でかなりの現金になったわけだが、おそらくギディオンはさらに大きく儲けるはずである。

 トールたちとて次の収穫を待ちたかったのだが、どうにも次の収穫前に横断が始まる気配があり、すぐにでも金が必要であった。


「それではそろそろお暇しましょうかな」

「……なんのお構いもできませんで」

 いえいえとギディオンは矍鑠とした様子で立ち上がる。

「――そうそう、昨夜の薔薇は楽しめましたかな?」

 突然の言葉に、しかしトールは焦った様子もなく答えた。

「ええ、十分に」

「……はて? 報告と違いますな」

「いえいえ、おそらく間違っていませんよ。他の勇者や従者も交えて薔薇の由来や生育環境などたくさん聞かせていただきました。お陰で皆がこの国のことをより深く知ることができましたが、寝不足で寝不足で」

 昨夜の薔薇とは、昨夜トールの寝所に現れた女のことであった。

 もちろんトールは一対一で会うなどいう既成事実を与えることはなく、他の勇者と共に良家の子女であろう女から女の家業や身の上話など言葉巧みに聞きだし、その言葉どおりに知識を深めていた。

 この国に招聘されてから夜這いなど日常茶飯事。宗教的意味合いを知らなければ責任を取らされていたこと間違いなしの罠も多く、何度か危ない場面もあった。

 証拠はないが、それも全てギディオンの仕業である。

 結婚によってトールの影響力を手に入れる、という理由だけならまだしも、その子供に精霊召喚の加護が受け継がれることを狙ってのことである。むしろ加護さえ受け継がれればトールを排除することは分かり切っていた。

 

 ギディオンはなんの痛痒も感じていないかのように、自然に微笑んだ。

「――なるほど、賢者様の慰めになったのなら薔薇も本望でしょう。それでは。精霊の豊かな祝福が(ロム・)貴方にありますように(バーラク)

「良い薔薇をありがとうと花屋にお伝えください。祝い事のときに花を頼むことがあるかもしれませんから。それでは。精霊の豊かな祝福が(ロム・)貴方にありますように(バーラク)





 ギディオンが建物から出ていったことを確認してから、トールは大きく息を吐いた。

「……日本にいた頃はあんなのと相対することになるとは思いもしませんでしたよ。負けっぱなしですがね。……なんとか石油、燃える水でも見つかればいいんですけど」

「この国であの人に勝てる人などいるかどうか。それにトール様の提案で多くの者が救われたことは事実です」

「聞きかじりの知識を垂れ流しているだけですよ」

 他国への影響を考えなければまだまだ知識はあったが、あまりにも影響が大きいとトールは自粛していた。火薬などその最たるもので、そもそも火薬が必要なほとんどのことが精霊魔法で代用できる。一番有効なのは軍事転用でしかなく、それならばわざわざ火薬のことを伝える必要はない。むしろ火薬を作ろうとして調査し、それを盗まれることのほうが大きいため、研究すらしていなかった。これは一応、召喚者たちの中で決めたことであった。


 一介の高校二年生でしかなかったトールがなぜそんなことを知っているのかといえば、トールの父は世界中を旅するろくでなしであった。トールはそんな父が嫌いではなかったが、母の苦労を知るだけにああはなるまいとしっかり者に育った。だが、父の持ち帰る世界の話は好んで聞いていたため、知識だけはそれなりに覚え、そこから興味をもった事柄の本を探して片っ端から読んでいたためであった。


「……燃える水に関しては秘密裏に聞き取り調査なども進めていますが、そちらは芳しくありません。そもそも砂漠で直接調査することすら難しいのでいかんともしがたいのが現実です」

 内憂外患に金欠では、調査すらもままならない。

「そうですか。では融和策のほうも?」

「……サンドボードやリバーシの売り上げ、あとはカクタスの取引の一部でどうにか当面の財源の目処は立ちましたが、回帰派の説得がまったく進んでいません」

「建国した時代がそういう時代だったのは理解できますが、もうそんな時代も終わろうとしている。いつまでも過去の栄光にしがみついていれば、憎悪は膨れ上がる一方です」


 精霊教徒とて迫害の果てにようやく得た祖国である。さすがに立ち退くわけにはいかないが、同じ国民としてどうにかやっていけないだろうか、というのが融和派の最終目標である。昔できたのだから、今だってできるはずだと。

「でも知りませんでした。ほんの一部とはいえ精霊の民がケイグバードで生活していたなんて」

「私も聞いたときは驚きましたよ。精霊魔法もない遥か昔に、ミド大陸での迫害を逃れ、言い伝えにある約束の地を目指して海にでたということですが、まだ航路も確立されていない時代のことですからね。無謀としか言いようがありません」

 流浪の果てにサウラン大陸に辿りついた精霊の民は、骨人種が王として緩やかに支配していたケイグバードで、この地の在来宗教であるアスハム教と共存していた。そんな元からサウラン大陸に住んでいた精霊の民も融和派に属していた。


「……例の畑、大丈夫ですね?」

「もちろんです。あれが、要ですからね。慎重にやってます」

 それだけ言って、ゴルヤート議員は帰っていった。




 

 残されたトールは、再び大きな息を吐いた。

 奥の部屋から勇者が二人、心配そうな顔をしてやってきた。

「……大丈夫ですか? お茶でも持ってきますね」

 『暗算』の加護を持つユキコがソファーでだらりと力を抜いたトールに声をかける。

「さすがに疲れた」

「アルバウムでも何人か会ったが、政治の世界は魑魅魍魎ばかりだね。アキカワ先生やゴウダの奴が可愛く見えてくるよ」

 もう一人の勇者が肩を竦める。

「タイプが違うからね。まあ、ゴウダの上位互換って感じかな。まあ、とてつもなく上だけど。裏じゃあ化物爺なんて呼ばれてるらしいし。そもそも人種で二百歳超えなんてこの世界でもいないはず。まったく九十九神あたりになっていてもおかしくないよ」

 トールが苦笑した。


 ユキコはお茶を用意してくると、意を決したように口を開いた。

「あ、あのやっぱり用務……ウグイス、さんを助けたほうが」

 七十九人目の召喚者である用務員さん。『なく(79)よウグイス』から、ウグイスという隠語を使っていた。

「……彼は現地民だと思った方がいいと思う。有難迷惑って言葉もあるし」

 助けて欲しいと言われれば助けるのもやぶさかではないが、あちらは接触してこない。ならこちらも、そうしたほうがいい。

 下手に触ればどこから情報が漏れるかも分からない。知らぬふり、他人のふりをしておくのが無難だった。

 それに、こちらもそれほど余裕があるわけでもない。今、アルバウムや教会、さらには同じ召喚者を相手取る余裕はなかった。


「……ただ、どんな人間か、どれほどの力を有しているのか。それくらいは把握しておきたいとは思う。加護はなくとも、あの人もまた僕らと同じこの世界の異物だ。どういう風に生きていくつもりなのか、知っておいたほうがいい。ああ、くそ。こんなことならヨシトさんをもう少し留めておくんだったな」

 ヨシト・クドウ。変身の加護を持つ勇者で、少し前にレシハームをふらりと訪れ、ふらりと去って以来、音沙汰はなかった。自律魔法の『死者の絵』を使えば、連絡ができないこともなかったがそれもない。


「……まあ、そもそも何をしに来たのかが問題なんだけども」

 トールは入国の履歴をそれとなく調べ、蔵人がレシハームに来ていることは把握していた。それ以降は協会にも寄っておらず、どこにいるのかも分かっていない。

 ハンターとして動くのか、それともただ遊びに来ただけなのか。こんな世界で遊びに来たということもあるまいが、日本出身者である限りは分からない。そもそも性格どころか本名も知らないのだから。最悪、リュージのような人物であるのかもしれないのだから。


「――ボクが行こうか」

「……そうだね、頼もうかな。どうもハンターらしいから協会のほうも使って、それとなくやって欲しい。それとなく、だ」

 新圧晶。アキラ・シンジョウ。ユキコとは違い、自らの加護が利用されやすいことを自覚し、アルバウムには能力を制限して申告。その結果、役立たずと判断されて飼い殺しになっていた。他にも何人かそういう奴はいる。自分でそう決めたか、トールにそう勧められたかの違いはあれど。



*********



 蔵人は最寄りの街、ナザレアを訪れていた。

 そこの協会で色々と調べてから、蔵人は受付に尋ねた。

「骨人種の自治区にはどうやって行けばいい?」

「保護区には通行許可証と保証金、一級二級は問いませんがレシハーム人の保証人が必要です。通行許可証は依頼受注等がなければ発行されません」





年内あと二本とか言いましたが、一本やも……<(_ _)>

一本、がんばります<(_ _)>

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