第七話 中学篇〜剣道部 初試合 2〜
そして試合当日
大会会場である体育館には、すでに大勢の選手やお客さんが入っていた。
葵の彼女も、先週の大会に惜しくも敗れてしまい、時間が空いたとかでこの大会を見に来ているらしい。
とはいえ、今まで練習にも顔を出さずにいた葵の、付け焼き刃の腕がどこまで通用するかは分からないが、ここまで来てしまった以上やるしかないのだ。
葵以外の部員は前大会に出ていて、他の学校に何かしらデータを取られている。それに比べて、葵は無名。
試合をひっくり返す起爆剤になることは間違いない。
そしてこのタイミングで一年の部員が一人インフルエンザにかかりダウン。代打の選手は、試合に出ても負け記録を更新しているやつだった。
葵は一年生ながら大将として試合のアンカーを任されていた。
試合は勝ち抜き戦。
葵の番が回って来るまでに、試合が終わればそれに越したことはないのだが、先輩の怪我や同級生の病欠などが響いたのか、負け戦。ここまでで既に4人抜かれている。
次の大会に進むには自分の対戦相手を含めて、せめてあと3人は抜かないと厳しい。
そして相手は、過去に大会連覇も成し遂げている強豪校だった。
名前を呼ばれて、場内へ上がる。
会場のモチベーションは、うちではなく相手校に傾いている。
竹刀を握り相手と対峙する。
相手の隙を探り打ち込む。
前に読んだ本に『武士の刀とは己の志そのものであり、剣術の腕は己の弱さを映す』と書いてあった。
ここまでで順調に4人抜き。
試合の流れは一気に葵たちの学校だ。
「俺は武人でもないし、正直この試合もどうでもいいんだけどさ、人一倍負けず嫌いだとは思うんだよね」
「……っだからなんだ!」
相手の攻撃を交わしながら、わざとおどけた風に言う。
今まで優勢に立っていたのに、今では立場がまるで逆。相手の焦りが手に取るように分かる。だが、焦れば焦るほど隙は大きくなるばかり。
最後の一刀を打ち込んで、土壇場の逆転勝ち。会場から大きな拍手が上がる。
『今日は打ち上げだ』なんだとはしゃいでいる葵たちの横を通り過ぎる一組の学校。
それに気付いた監督が説明してくれる。
「今のは…隣県の名門で、エースが今年二年の藤岡巧。去年の優勝校さ」
「へぇ…」
せっかくだから試合を見ていけと言われ、仕方なく見学していく。
「藤岡は昔から剣道一筋らしくてな、動きが綺麗だのなんだで、女子に人気らしいぞ」
「……監督、その情報別にいらないです」
先発から試合に出てきた藤岡は、確かに素人の葵にも分かるほど動きが洗練されていて無駄がない。
そのまま藤岡は、そこそこの相手に一人勝ちしてしまう。
一礼して、面を外す。
大歓声の中、会場を見渡していた藤岡と視線が合ったような気がした。
「…気のせいだよな?」
藤岡の試合を見終えて、ようやく会場を後にする。
打ち上げに誘われたが、流石に少し疲れたので断った。
これで三年生への切符は繋いだ。
家に着いて即ベッドにダイブする。
彼女からメールが来ていたが、返す気力もない。
「…藤岡巧ね……」
襲い来る眠気に身を任せ、夢の中へと沈んでいく。