序
「おめでとうございます!」
華やかに着飾った、様々な年齢の女性たちに浮かぶ笑み。口々に浴びせられる祝いの言葉。生まれてひと月の赤子を抱いた女性と彼女の夫は、相好を崩しっぱなしだ。
ここオルキデア王国には、王女が生まれると国中の魔女──薬草の扱いに長け、人々の悩みを取り払うために呪いを行う女性──を招いて祝宴を催す。その代わりに、魔女たちから王女へ祝福を与えてもらう習慣がある。
今日は、第二王女シエロのお披露目を兼ねた祝宴だ。招待された魔女たちは、順に祝福を与えていく。
「雪のように、透き通った白い肌となられるでしょう」
「エメラルドをはめ込んだように美しい瞳は、人々を魅了することでしょう」
「唇は、常に淡い薔薇色に色づいているでしょう」
「美しく長い亜麻色の髪は、どの織物よりも素晴らしい手触りとなりましょう」
容姿への祝福。性格と知性への祝福と続く。やがて、シエロの人生に関する祝福の並びとなったところで。
春の嵐の中にあってなお異様な、乱暴にドアを開け放つ音が響き渡る。誰もがそちらを見やり、そして息を呑んだ。
ポタポタと水が滴り落ちる濃灰色のローブが、その人物の足元まで覆い隠す。見える靴のつま先は、綺麗に洗えば見事な刺繍が施されているのだろう。今は泥にまみれ、色さえわからない。ひと房の長い白髪がこぼれて、ローブの中に浮き上がる。
顔の窺えないその人物が、女性であることを示していた。
「……歓迎されない魔女が来てやったぞ!」
低くしゃがれた声が、雷鳴の隙間を縫う。
「オルキデア王国第二王女シエロ、お前に魔女の祝福を与えよう。お前は十七になるまでに、その命を懸けてもいいと思える相手と出会い恋をする。だが、その相手とは絶対に結ばれることはない。恋い焦がれて死ぬがいいわ!」
それはまさしく、呪い。
居合わせた者たちの顔色がサッと変わる。
高笑いをしていた魔女は、突然ヒィッと息を吸い込んでその場に倒れた。動き出す気配はない。
魔女の祝福は、受けた王女が死なない限り有効だ。
シエロは、十七歳までに死んでしまうのか。
悲嘆に暮れる国王夫妻に対し、まだ祝福を授けていなかった魔女たちが進み出る。
「一度与えられた祝福を、なかったことにはできません。しかし、私たちの祝福で王女様を死の運命から救いましょう」
不幸中の幸いか、十人ほどの魔女はまだ祝福を済ませていない。
元々、彼女たちはシエロの人生に関わる祝福をする予定だった。彼女たちは、王女を十六の若さで散らせまいと躍起だ。
「十七歳を過ぎて、運命の相手と出会……ああっ!」
呪われた年齢を過ぎてからの出会い。それを示唆しようとした魔女は悲鳴をあげる。雷に打たれたように仰け反ったかと思うと、その場に倒れた。
どうやら、呪いをかけた魔女の力は思いのほか強いらしい。彼女では、反発に抵抗できなかったようだ。
「三度目のときめきは本物へと変わり、四度目の高鳴りが訪れた時、その相手と永遠に結ばれるでしょう」
具体的な年齢や言葉は避ける。けれど、呪いを打ち砕けそうな流れを考え、祝福として与えていく。誰もが、シエロに十七歳の誕生日を迎えさせようと必死だ。
激しい雨音に混ざる落雷が、その異様な空気を加速させている。
やがて、最後の一人になった。
「シエロ王女が十七歳までに……」
すぐ近くに雷が落ちたらしく、耳をつんざく音と大勢の悲鳴。それらに、彼女の祝福の言葉はかき消された。
どんな祝福を与えたのか、知っているのは彼女だけ──。