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逆幽霊  作者: tetu
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4 花梨の交渉


 コール音が鳴る。一回、二回、三回と。

 花梨は、電話を耳に当て、今か今かと心待ちにしていた。部屋の中をぐるぐると歩き、靴の裏を擦り減らす。四回、五回、六回。彼女は、なかなかとってくれない。七、八、九。まだでない。

 十と数回のコールを鳴らしたあと、花梨は、通話を切った。多分、お風呂にでも入っているのだろう。想定外ではあったが、当然、起こりうることである。

 時間を置いてから、花梨は再び電話を掛けた。結果は同じ。さらに時間を置いてもう一度。またまた不通。

「どうだった?」

 バスタオルを頭にかぶせた叔母が、花梨のいるダイニングに入ってきた。花梨は、両手と両肩を上げて、ダメだったという意味の仕草をとった。

「叔母さん、嘘をついたね」と花梨は、言った。「彼女が携帯電話を持っているなんて真っ赤な嘘。だって……携帯してないもの」

「あらまあ、仕方ないわね。時間をおいて掛け直してみたら?」

「もう50回はコール音を鳴らしたんだけどね。まさか、着信があることを知っていて無視してるなんてことはないよね?」

「有り得ると思うわよ」叔母はさも当然のように言った。「多分、いま電話を握っているのが私じゃないってことに気づいているんじゃないかしら」

「どういうこと? そんなこと彼女に分かるはずないでしょ?」

「あの子は、ときどき変に鋭いからね。あなたが昼間の出来事を私に話して、私が彼女だと察して、あなたが彼女に電話する。充分に想像できる範囲じゃないかしら」

「だってでも、叔母さんと私に関係があるってことでさえ、彼女は知らないのよ?」

「それは推理するまでもなく分かることよ。私の家の近くで、私と似た瞳の色を持つ子供がいたら、普通はどう考えるかしら?」

「あっ」

 そういえば彼女は叔母と知り合いだったのだ。ハーフなんて、そうたくさんいるものではない。つまり最初から花梨の素性はバレバレだったわけだ。花梨は、自分の頭の悪さと感の悪さに辟易した。

「じゃあ、私が叔母さんの姪っ子だってこと、彼女はもう知っているわけ? 叔母さんは私のこと、彼女にどれぐらい話してるの?」

「そうねえ、どうだったかしら」叔母は顎に指を当てて俯いた。「姪がいるってことは話したかもしれないわね。でもまあ、逆に言えばそれぐらいよ」

 そういうことは先に言ってほしかったな、と花梨は思った。不意を打って彼女を驚かせてやろうと思っていたが、危うく独り相撲になるところだった。しかし、叔母との関係が知られているというのは、花梨にとっては都合がいいことだ。これでかなり気軽に話せるようになっただろう。……彼女が電話をとってくれればの話だが。

 花梨は、もう一度、電話をかけてみた。コールを十回。やはり、つながらない。

「まったくもう。信じられない人。何回、かけさせれば気がすむのよ」

「まあまあ。そんなにあの子を責めないであげて。きっと、あなたとお喋りするのが怖いのよ」

「私と喋るのが怖い?」

「あの子は、そういう子なの。上手く喋れなかったらどうしよう、だとか、そういう余計なことを考えてしまうタイプなのよ。失敗を凄く気にする子なの」

「そんなタマには見えなかったけど」

「人は見かけによらないものよ。それにあの子は電話が嫌いなの。私もそうだから分かるけど、苦手な人にとって、電話って怖いものよ」

「んー、まあ、分からくもないかな」

「何にせよ、あとは彼女任せにしたらどうかしら。あんまりコールするのは、逆効果だと思うわよ」

「うん、分かった。そうする」

 花梨はそう言って、携帯電話をそっと折りたたんだ。掛かってきますようにと願いを込めて、電話の白い背中を優しくこすった。

 それから四時間あまりが過ぎた。叔母は寝室に戻ってしまっていたが、花梨は何となく寝付けずにダイニングにある椅子に腰をかけていた。もう十二時が近い。こんな時間に掛かってくるなどと期待してはいなかったが、花梨はまだ電話を握っていた。

 せっかく貸してもらったんだし、朝になったらママに掛けてみようかな。花梨はそう思った。でもやっぱり、わざわざママと話す理由は見つからない。特別なことがあったわけでもないし、あったとしても家に帰ってから話せばいいだけなのだ。友達の家にかけようか? 用件もないのに何を。天気予報でも訊く? ううん、バカバカしい。

 携帯電話が輝かしい光を放ってメロディを鳴らしたのは、そんなことを考えているときであった。花梨の心臓は跳ね上がった。ただ、そのメロディは、短く一度だけ鳴って止まってしまった。花梨は、折りたたみ式のそれを開き、画面をみた。

 どういうことなのかは、すぐに分かった。画面をみると“メール一件”の文字が表示されていたからだ。もちろん、花梨はメールがどのような機能であるのかを知っていた。直接、話すのではなく、文字を送って意思疎通をする機能だ。言わば機械で行う文通である。花梨は、ドキドキしながらボタンを押した。

“起きてる?”

 たったの四文字だった。クエッションマークを含んでも五文字。送り主は三坂怜亜と表示されていた。

 どうしよう。花梨は困惑した。メールが送られてきたのだから、メールで返すべきなのだろうか。だけど、花梨はメール機能を使ったことがない。時間を費やせばできる自信はあるが、ただでさえ夜中なのだ。そんな悠長なことはしてられない。

 だとすれば、やはり通話するしかない。花梨はもはや馴れてしまった操作を行い彼女に電話をした。

 コール音は2回だった。そこでコールが止まったのだ。電話がつながったときだけに起こる独特の音が花梨の耳に入ってきた。こうして二つの空間は、携帯電話という文明の利器によってつなげられたのだ。

「はい」

 落ち着いた声が、花梨の耳に入ってきた。いや、落ち着いているだけではない。書き表せば、たった二文字に過ぎないその言葉の中にさえ、彼女の個性は現れていた。気取ったような声だったのだ。

「あ、あの。もしもし!」花梨も声を出した。「えっと、三坂怜亜さん……ですよね?」

「違うって言ったら?」

「えっ?」

「……冗談よ。私が三坂怜亜。リラ先生から私のことを聞いて、お礼をするために掛けてきた。そんなトコでしょう?」

 その一言で、花梨の気はとても楽になった。なんだ全部、お見通しのわけか。さすがに、人を子馬鹿にするだけのことはあって、物分りがいいらしい。

「あ、うん。さっきはどうもありがとう。もう一度、お礼を言っておくね」

「どういたしまして。用件はそれだけ? だったら切るわよ」

「えっ、ちょっと待って。いくらなんでも早すぎるでしょ。もう少しぐらい喋ろうよ」

「喋るって何を?」

 花梨は狼狽した。当たり前だけど、他人は自分の都合通りには動いてくれない。

「せっかくリラ叔母さんっていう共通で見知っている人がいるんだからさ、だから……」

「悪いけど、私、電話で話すのが嫌いなの。お喋りがしたいのなら、誰か他の人に頼みなさいな」

「電話が嫌いなら。直接、会って話そうよ」

「はぁ?」

 そこで花梨は自分の提案を打ち明けた。ちゃんとしたお礼がしたいから、明日、お礼の品を持って会いに行ってもいいか、と尋ねたのだ。もちろん彼女は断わったが、花梨は執拗に食い下がった。花梨が本気であるということを彼女に分かってもらえるように、好きなお菓子の種類を問いただすなど、より具体性のあることを話した。五分ほど説得してみると、花梨はまずまずの手ごたえを感じていた。

「分からないわね。どうして、そこまで私に会いたがるの? さては、あの人に何かを吹き込まれたわね」

「あの人ってリラ叔母さんのこと? ううん、違うよ。叔母さんは関係ない」

「だったら、どうして?」

「私、動き回ってないと死んじゃうから」

「だとすれば、私じゃなく医者の所に行くべきね」

「もう行ったよ。手遅れだって言われた。まあ、それはともかく、ようするに私、すっごく暇なの。ママは夏休みが終わるまで、迎えに来てくれないし」

「つまり私は、暇つぶしの道具ってわけか」

「ご、ごめん。そういうつもりじゃなくて……」

「いいのよ、別に。むしろ、正直に話してくれて嬉しいわ。私、礼儀や気遣いなんて大嫌いだからね。……気に入ったわ」

「えっ?」

「あなたの望むとおりにしてあげるって言ったの」

「ほんとに? ありがとう!」

 花梨は、電話を持っていない方の手でガッツポーズをした。とうとう約束を取り付けた。最初は望み薄だったが、意外に何とかなるものだ。

 それから花梨は、相手の都合を訊き、会う時間帯を決めた。遅い時間帯の方が都合が良いと彼女が言ったので、明日の夕方ごろに会うことになった。いよいよ何もかもが決まり、花梨は充実した感触を味わっていた。

「じゃあ、明日の午後四時に、会いに行くね」

「もう十二時を回っているから、正確に言えば今日の午後、四時ね」

「あっ、うん。そういうことになるね」

「お土産を忘れないでね。私の好物はチーズケーキよ。モンブランは絶対にダメなんだから。飲み物は家にある大丈夫。お子様はオレンジジュースでいいでしょ?」

「何でもオーケーよ。アルコール以外なら。じゃあ、明日ね。ちゃんと家にいてよ」

「リラ先生によろしく」

 そこで通話は終わった。花梨は安堵の息を吐いた。最初はどうなるかと思ったが、結果的には大成功だったといえよう。何にせよ、これで繋がっていた糸がパイプになったわけだ。安心したら、急に眠気が出てきた。

 明日に備えて寝室に戻ろうとしたとき、再び携帯電話が輝いてメロディが流れた。花梨は、素早くそれをとって画面をみた。メールが届いていることが表示されていた。ボタンを押して確認する。

“秘密をばらします”



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