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東雲ノ二 千里を廻る祈り詩、それは遠い地の果てで

「たた、た……大変です!」


‘ズバン’と司祭室の扉が開かれる。驚くことはない。騒がしい足音は、少々謹みのない声に取って代わられる。いつものことだ。お外が変だの、怪しい人影だの、果ては霊魂が歩いていただのと、『今度はなんでしょうね』とため息をつける。それだけ平和だということなのだろうか。煩いごととしては、程度の低さに頭が下がる思いではある。『あぁ、今度は何事もなく終わりますように』、そう願わずにはいられないのだ……


「レディ=シルベイラ……」


『ハイ』と可愛いらしいお返事がかえる。


「……レディ=シルベイラ、今日は一段とお元気な御様子。主もきっとお喜びなことでしょう……、で……一体何事ですか?」


 自分も大概謹みのない物言いで、讒言を申し上げるならば‘きっと許してくれるだろうか’と一にも二にも謝する思い。これで彼女はそうなのだから、余程面の皮が厚いのか、はたまたただ純粋なのか……どちらにしても節度が必要、礼は給するものである。


「ハイ……だから大変なのです、レディ=シスカ。壁画が壁画が……」


 ……なるほど、今度は聖伝ものですか。真にいい趣味をお持ちのようで……とシスカはおざなりに口を開く。


「壁画など……どの壁画です?」


 聖殿には数十もの壁画が安置されている。中には官能の世界を描いたものなど、……全く主は一体何をしておられるのか、お戯れにしても度が過ぎる、直視しようものなら三日は頭痛で寝込むというもの……『ああ、何ということか、またしても主に対して何たる思い草、どうかお許しくださるよう』……と祈りの下に手を合わせる。


「……レディ=シスカ?」

「ハっ、いえいえ、お続けなさい……主のお声に黙していただけです」


‘それは自分の言葉を聞く用意がないのでは?’と勘繰ることをしないのがレディ=シルベイラ、真に純朴な聖殿の娘よ……と思ったりもしないレディ=シスカである。


「ぇっと……ンと……そうです!! 大変何です!」

「それはさっき聞きました……」


『もぅ、ほんとうにこの子は……』と、主ないし、聖殿に仕える身として座して悔い入り涙する心持ちである……私が……、代わりに……、と尊い思いに身を焦がすレディ=シスカ、しかしまたその直後、更なる衝撃に身を乗り出すこととなる。乱れ、宙を舞う、羊皮紙のことなど目にも入らない。眼中の埃に同じ、ヒラヒラと卓の上に覆い重なる。


「それは大変です!!」


『バシン』と再び司書卓を叩きつけたレディ=シスカはシルベイラを引き連れて渡り廊下へ飛び出した。


‘光輪の間’と記されている、聖殿まさしく中枢部、そこいらの民草ではどうにも辿り着けえない、そんな清らかさ溢れる神なる地に二人は足を踏み入れていた。広大とも思える地下空間で、聖殿そのものの土台とも言える。土台には土台たる理があり、それは数ある光輪の地にして共通の原理ともなっている。何であっても代え難い、主と契約せし我らの尊き誇りとも言えるもの……。守りて奉る代物が。壁画には紋様と文字が並び、うっかり口にしようものなら、炎が体内を焼き尽くす。聖句と呼ばれる、贖いの言葉だ。読んでそれは字の如く、聖なる者に捧げられし言葉。その内は杳として曖昧、ただ罪と讒言が物語る、血と炎にて刻まれし言葉だと、主の御名において告げられている……。天には巨大な輪っかのモチーフ、内には万物の姿を捉え、すなわち星々が横たわり、中心にて胎児を表現あらわす天球が一つ。後者は後から加えられたものだと、……人は言う。

 水平にて弧を描く、一段一段を降りていくと、さざ波の音が聞こえてくる。引いては返り、満ちては返り……いつしかさざ波が終わりを向かえ、浜の向こうへと辿り着くのだ……。青光りが見せる、そんな白昼夢に曝されて、二人は最奥へと足を進める。ここは霊も魔も全てが帰る、ただ一つの眠りの場所。青く閉ざされた白石の境界さかいを目の前にして、今また天輪が姿を見せる。少し空気に肌寒さを感じ、シスカはシルベイラに身を寄せた。『もしかして、自分は怖いのかも知れない、この空気と威容を恐れている……』、シスカはぎゅっと彼女の袖をにぎりしめた。胸元には主を信仰した鎖輪が提げられている。左手で掬うと、手を握られた。『大丈夫だよ』、『安心して』と励まされた。『この子ったら』と涙を飲み込み、最後の石段を一歩上がる。……。


 シスカは見た。鳴動するその光を、「これって」と口から思わず言葉が零れる。感嘆と驚きと……口にしてしまえばあっという間だが、そうしてしまいたくない赴きがある。シルベイラが答えた。『受胎告知……』、そう告げた。壁画が卵を形成し、光る明滅でその兆しを明かす。石卵と呼ばれる現象だ。いずれ天輪の兆候きざしも現れるだろうとシルベイラは続けて微笑んだ。『何百年ぶりだろう? この地に彼のものが誕生するなんて……。人々は大いに賑わい、救いの御手に涙を流すことだろう……』、二人は胸の内で祈りを捧げた。


『主よ……どうか生まれてくる我らが子に慈愛と御加護を…………』


 祈りを点す青い光、二人は優しく見守りながら……この地に恵みと感謝の印を……二人が口にし祝福のうた……。



     東雲の二 千里を廻る祈り詩、それは遠い地の果てで




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