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東雲ノ一 一夜の夢境、千里の夜明け

 

 もわわ~んと風変わりな雲が浮かんでいる。記憶にはあるが思い出せない。初めての光景であるのだが、何度も同じ初めてを……繰り返している感じがする。記憶の谷間には映らない、けれど心が覚えている、知っている。そんな夢を幾千も積み重ね積み重ね……、そしてようやく今がある、そんな風変わりな夢をこちらで見ていた。次に現れるのは何だろう……と、次がくるまではわからない、思い出すまでには‘次’が来ない、そんなもどかしい状況の中、体だけは自由で気まま、暗闇の彼方へ飛んでいく。光が現れた……、次をむかえたのである、それは不思議な雲を連れて……。


 ―――瞬く瞬く光が照らす、『おまえの正体は何だろう?』、『白く閉ざした霧よ、晴れよ』、『いましがた訪れた、未来に示せ』―――


 霧はこうして光を迎える、己の姿を移しだす。雲は霧散し、一なる姿をして終わりを迎える、閉じられる。そこには自分の姿があった。はるか昔に置き忘れた、過去なる自分の遠い姿だ。そんな姿を知らないままに、夢の器を行ったり来たり。一つの雲がまた晴れる、そこに映るはつい先日、終始を迎えた出来事が……たった今、落ちていく。


     

     東雲ノ一 一夜の夢境、千里の夜明け



‘『ボ~イ』……’…………。


『……ぼ~~い!?――――』


 ……んん、見ればイタいけな外人が、フランくな調子でジェスチャーをかましているではないか……。どっちなんだ……、はっきりしてほしい。

『ほわっツッッ!! イケませンんネ! ……オゥ』

 ……‘すみません’ではなかろうか、外人さんはがんばっている。日本語はなかなか難しい、異国の老若男女すべからくそう感じていることであろう。自国の民でもそうなのだから。

『かわいソぅに……、サンぶのムシにも、イッすんノたましィね……』

 目の前にしゃがみ込んだフランク人は、何を言っているのかそうおっしゃる。道の真ん中での奇妙奇天烈なその行動、対するこちらもたじたじだ。

『あうぅ……ありサンん……、ゴメンなサィネ』

 十字を以て清らかに結ぶ、謹み溢れるその姿。

『マッタくぅ、ショウがないデスぅネこの餓鬼は……、ライセでこの罪……きっッとツグナワせてみせてあげまス……』

 アキはたじろいだ、二回目……気のせいなのか、ただいま一瞬、真性な日本語をしゃべったような……。 

 外人を見つめる。……。


『ゆー、ゆーは名前、なんですカ。……セカンド、ノー、セカンド……ファースト。……、アキフミ?……。アキフミ、ライッ! ハリー、ハリィアップ! アチラで……イモトサン、……イキもたえだェ、もうダメね……。イソイデ……、イソイデ……アーメン』


 三度め、『…………』思わず拍子に舌を噛んだ。血が回らない、落ちていく感覚。駆け出した。交差点をぬけ、何ものをも突き抜ける勢い。己はどこへ向かうのか、周囲の雑踏も離れていく。意味をなさない肩書きがいまは快く肩を押す。

「ナツ……」

 見慣れた女子制服がこちらに気付く。必死の形相を浮かべ、道の脇へと身を寄せる。……わずらわしい。みながみな学校へと赴く身流れで、アキ一人は逆行する。あるいは最後と坂を下り、その先、角を一息曲がると、ぐるりと視界が宙を舞う。地への衝撃、腰を打たせる……。


 キと一目に睨みつける、ナツだった。ナツは腰に手をあてて揺らす鞄をきつく握りしめる。跳ねかえったのは自分だけのようだ。叩かれた頬に涙が浮かぶ。

「はは、ははは……何だよ、ハハ……よかった」

 乾いた笑い、じぃんと滲む。歪んだナツの表情が、こちらを大きく見据えている。


 『アキ! あんたまたサボる気!? 学校は? ……よくないじゃない。……また散らかして……。……忘れちゃダメよ……、……』

 ナツは怒っている。歪んだ顔が七重に様変わり。『あれ?』と思い間延びする中、『こうではない、おかしい』とだけ頭に浮かぶ。よかったはずなのに、これではよくない、首を傾げる。


『忘れていったでしょ、これ……』


 いつの間にか……、見せたことのないような微笑みと‘熱’を浮かべたナツの姿は、包んだ両手を‘そっと’開く。

『はい……』と未来が渡される際で、受け取ったのは白い卵。

『ありがとう』と、いつかの声が……、闇の節間に聞こえたきがした。


 産声を上げるその卵、どこかで見かけたあの卵、‘今’の過去ではきっとない、毒々しいまでの含みを発して、白い卵はアキを追う。逃げる背中に襲いくる。眦を上げて、ひび割れた二つ目の奥底からおどろおどろしい光を発して追い掛けてくる。かぱかぱと上下するあぎとが、眼光に一つ鋭さをもたらし、アキを呑まんと歯を打ちならす。手足がないのが唯一の救いだ。『おいおい、ちょっと待った、少し待って』と涙ながらに懇願する、けれどそんなの聞いちゃくれない、果たして耳はあったかと。『ない』と悟ったその時には、大口が飛び上がって食いつく寸前。『あああ』とアキは飲み込まれた。『あーれ~』とお決まり、文句を口に。なんとも手酷い‘夢’だった。



『アキ……忘れちゃダメよ……わたしのこと、忘れないで……きっと』。



     東雲ノ一 一夜の夢境、千里の夜明け 




     

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