[出会い]
ハァハァハァ…
雨の匂いが、まだアスファルトに残っていた。わたしは夜の街が嫌いだ。街灯の明かりは頼りなく、路地裏はほとんど闇に沈んでいる。
少女は息を切らしながら、何かから逃げるように走っていた――。
通行止めのポールが立てられている路地裏に吸い込まれるように、走りながら入っていく。人が一人通れるぐらいのせまい路地だ。外のネオンと違い、薄暗く狭い、夜の街ならではの独特な異臭が立ち込める。
「もう追ってこないよね…」
追っ手から逃げていた少女は当たりを見回し、警戒しなが路地裏の薄暗く長い細道を歩いていると、その時だ――
パァンッ
乾いた何かが弾ける音がした。例えるならポップコーンが弾けるような音だ。恐る恐る音のする奥に続く道を歩いた。
目の前に、一人の男性が立っているのが薄っすらと見えてきた。そして、もう一人倒れている男も薄暗いが、目視できた。
うつ伏せに倒れている男性の脇腹から赤黒い液体がゆっくりと地面を染めていた。
血だ……。
ゆっくりと人の気配に気が付き立っていた男性が振り返る。その手には銃が握りしめていた。
「あんた誰?なんでここにいんの?」
こんな残忍な場面なのに、冷静に聞いてくる彼に思わず惹き込まれた。背は高く、無造作な黒髪に、端正な顔立ち…薄暗い中でも分かる美男子だ。そんな彼の言葉に…
「蒼井若葉です!知らない人達に追われて逃げてここに…」
素直に自己紹介をしてしまったのだ。きっとこれはドラマである場面だと、観てはいけない犯罪シーンなのだ。若葉は自分が必死に逃げていたので、この状況すら違和感なくいた。
「おい!!あそこにいたぞ!」
追っ手達が若葉に気が付き、狭い路地に大柄な男達が入ってきた。若葉は後ろを振り向き、前には銃を持った男。後ろには自分を追ってくる怖い男達――。自然と身体が自分の前にいる男性に向かって走り、彼の両腕を勢いよく掴んだ。
「お願い!!私を殺して!!」
何故、彼にこんな事を言ったのか分からないが、どうせ殺されるなら本能で彼が良いと思った。
「……殺して?」
彼は少し驚いた表情で、若葉に聞き返したが、目の前に声を荒らげた男達の様子で、その意味を理解したのだ。
「お楽しみの所悪いな。そいつを渡してくれるか?」
大柄の男達と違った雰囲気の男が立っていた。黒いスーツ姿に濡れても乱れない靴。そして、やけに穏やかな笑み。
「渡してどうする?」
スーツ男は答えない。スーツ男はジッと若葉達を見て何かを察したように笑った
「今日の運勢は最高だ!獲物のうさぎを追っていたら、伝説の殺し屋に出会うとは!!」
伝説の殺し屋?
若葉は隣で銃を持った男性が、殺し屋だと知り背筋が凍る感覚がした。狭い裏路地に雑居ビルの室外機の騒音。そこに殺し屋と自分を追ってくる男達――。なんとも異世界のような空間に、若葉の頭は真っ白になる。
「伝説?伝説なんて英雄みたいな言い方すんなよ。」
そして彼は自分達に、拳を向けて勢いよく向かってくる大柄な男の腕を掴み投げ飛ばした。
ドスンッ。
鈍い大きな音がした。大柄な男は勢いよく投げ飛ばされ、地面に横たわったまま動かない。
そこで若葉は初めて気づく。
この人は――“普通”じゃない。
「てめぇ!!」
大柄の男の仲間達は、その光景に血が上ったかのように声を荒らげ向かってくるが……。
ドスンッ、バサッ、ドサッ
大きな音とともに男達が倒れていく。その乱闘の中、さっきまでいた黒スーツのボスだと思われる男性は姿をくらました。
倒れた男達を足でかき分けながら、男性は若葉に近づいてくる。
「お前、家は?」
沈黙。
「……ないのか?」
男性は少し考えるように空を見上げ、それから若葉を見下ろした。
「選べ」
低く、しかし妙に優しい声だった。
「ここで終わるか、俺と来るか」
雨粒が、ぽつりと頬に落ちる。若葉は、倒れた男を見た。そして、男性の目を見る。その目の奥にあるものが、理解できなかった。
温度がない。
なのに、どこかで試されている。
「……行く」
掠れた声だった。
「分かった。」
その夜、若葉は一人の男性と出会い普通の生活に幕を下ろした。
そして新たな生活の始まり。
帰る場所を失った少女が、“居場所”を与えられた瞬間。ただしそれは、光のある場所ではない。
男性の名は“ジン”。
裏社会では彼に狙われたら100%死ぬ、死神の異名を持つ男。
そして若葉はまだ知らない。
自分が血と裏切りの世界に進むことを。




