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U+K ~中編~

前編の続きです。


トラックの事故の後、カイと海の運命は?

白猫は彼らにどうかかわる?

「ここは…?」


 見渡す限り真っ白な空間に立ち尽くす僕。

 浮いているのか、地に足がついているのかも不明な場所にいた。


「なんだろ…、僕どうしたっけ?」


 この場所に至るまでの記憶がない、というかあやふやな状態?

 えっと、海と映画館まで行って、そこから…?

 思い出せるのはすごく楽しそうに笑う海の笑顔。

 いや違う、今はそれを思い出してニヤニヤしてる場合じゃない。


『さくらい、かい、…ね?』


 僕の名前が呼ばれる。呼ばれたのかな?

 優しく落ち着いた、それでいて澄んでいる透明な声。

 ただ、不思議なのは声が聞こえた、というよりは、


『そうよ、あなたの頭の中に話しかけてる』


 あたまのなか…、頭の中!?


『ここよ』


 呼ばれた気がして振り返ると、真っ白な毛をした子猫。

 見覚えのある子猫だけど、えっと…、


『覚えてる? 私がわかるかしら?』


 記憶がちょっとあやふやで、思い出せるのは…、


「あ、…そうか、僕っ!」


 思い出した。全部。

 目の前にいるこの子猫を助けなきゃって車道に飛び出して、それから海の温かい手の温もりと、


『あなたは変わった人間ね。自分の死よりよほどその子が大事なの?』


 子猫の口は動かない。やっぱり頭の中に話しかけてるんだ。


「大事だよ。それに君も大事だ」


 海はモチロン大事。僕の大切な人。だけど、それだけじゃない。

 あの時、あのトラックの死角にいた子猫。


「君は、どうしてあんなところにいたの?」


 攻めてるわけじゃない。ただ、疑問なだけ。


『雨の日はキライ。どうにも調子が悪くなるの』


 そういえば昔、何かのTV番組で見たことある。

 雨の日の猫は具合が悪くなるって。


「そっか、具合が悪かったならしょうがないよね。あっ! 君は大丈夫だった??」


 思い出せるのは抱き上げるまでで、そのあとは海の手を握ったことだけ。

 子猫のことまでチェックできなかった自分を恥じた。


『えぇ。あなたのおかげで。そもそも私は死ぬことはないけれど』


 キュートな黄緑色の目をした子猫はそんなことをいう。


「まぁ、無事なら一番だよ。良かった」

『責めないの?』

「えっ、何を?」

『…変わった子』


 子猫に子ども扱いされるのは何だか斬新だな~なんて思ってたら、子猫は僕の横に歩いてきて座る。


『ねぇ、これが見える?』


 子猫の視線の先、地面? な部分の真っ白な空間がぐにゃりと曲がって何かが映し出される。


「ん、これって…」


 どう見ても葬儀。誰かの…って、言うまでもないか。


『そう。あなたの葬儀ね。たくさんの人間が涙をこらえず流している。あなたはそれだけたくさんの人に愛された人だったと証明になるわね』

「そんな証明ほしくないよ~。でも、嬉しいな。これだけの人たちが僕のために」


 クラスメイトの面々、それから近所の方々や親族。父さんと母さん。

 そして、


「海…」


 真っ赤に目を腫らして、沢山泣いてくれたんだな。

 今も流れっぱなしの涙を拭きもせず、ずっと僕の遺体を見つめてる。


『ねぇ、間違いなくこの葬儀の中心はあなた。これだけたくさんの人々の思いが渦巻いてる。あなたはきっと、死んではいけない人間だったのよ』


 諭すように子猫はいう。


「あはは…そう言ってもらえるのは悪い気がしないけど、もう起こった事だからね」


 諦め、というにはちょっと違う。起こった出来事を受け止めてるだけ。

 映し出されるみんなの涙につられてちょっと泣きそうになる。


『…起こった事を覆す事は私にはできない。でも、あなたが最後に伝えたかった言葉を彼女に届ける事ができる、としたらどうかしら?』

「伝えたかった言葉、か。そうか、最後の方はきっと伝わらなかったかな」


 死の間際、記憶も曖昧だけど海に伝えたい言葉はあった。

 ただ、体が限界でどこまで言えたのかわからない。


『あなたが抱えた思いを伝える手伝いならできるわ。ただ、簡単ではないけど』

「んっと、どうして君はそこまでしてくれるの?」

『…どういう事かしら?』


 少し首をかしげて僕を見つめる子猫。

 ちょっと可愛い、なんて思ったら失礼かな。


「なんとなくなんだけど、きっと君は特別な人? じゃなく猫? もしくは神様? なんだと思う」

『…そうね』

「それなのに、どうして僕にそんな機会をくれるのかな、なんて思ったんだ」

『本当に変わった子ね。自分の死も私とのこのやり取りもすべて疑う事なく受け入れるなんて』


 子猫は目の前に映し出された映像の上に移動して座る。

 映像は消えて、子猫は僕をまっすぐに見つめている。


『私はあなたたち人間が想像もつかない遥か昔から存在しているモノ。死と呼ばれる概念を司るモノよ。だからあなたが死ぬ予定ならばそれを変更する事もできた。でも、あなたの死は私にも予想できないものだった。そして死は執行されてしまい事実として起こった現象になった。だからそれを覆す事は私にはできない。だったらせめて、これから死ぬ命を間借りしてあなたの言葉を伝える手伝いに使う事はできる。どうかしら?』

「めっちゃ喋るやんっ! ってそうじゃなくて、ちょっと情報過多で…、えっと?」

『簡単に言うわ。あなたの抱えた思いを伝える手伝いならできる。どう?』


 さっき言ってるのと変わんない~っていうか、えちょ、まって。

 死を司る~とかなんとか、なんだっけ?


『そこは深く考えなくていいわ。あなたの思考が全部流れてくるから…ちょっと酔いそう』


 僕が脳内で色々考えてしまっている事で子猫が酔ってしまう?

 あ、そうか、思考が流れるから。


「えっと、とりあえずシンプルに話そう。も一回聞くね、どうして僕の事手伝ってくれるの?」


 僕をまっすぐ見つめる子猫の黄緑色の瞳を見つめて、しっかりと向き合う。


『あなたに私を救ってもらったから。その恩返しかしら。あのままでも死ぬことはなかったけれど』

「あのままダンプに轢かれていたら君はどうなったの?」

『ただ死ぬほどの傷を負うだけ。死ぬことはないわ。今まで何度かあったのだもの』

「死ぬほどの傷って、すっごく痛いんじゃない?」

『そうね。文字通り死ぬほど痛いわ』


 目を細めてそう語る子猫。ちょっとイタズラっぽい表情にみえる。

 僕はその場に座る。やっぱり浮いてるのか何なのかわからないけど、座れたから座る。

「…僕の父さん、実は亡くなっててね。今の父さんは後々母さんが再婚した人なんだ」


 突然語りだす僕に合わせるように子猫は何も言わず僕を見つめている。


「父さんはとても優しい人で、誰かの助けになる事が一番の生きる活力だって言ってた。僕が八歳の頃に亡くなったけど、よく言ってた言葉があってね」


 記憶の中の父さんの姿。今でも色褪せる事無く思い出せる。


「優しくしてもらったら必ず恩返ししなさい。因果応報という言葉は決して悪い言葉じゃなくて、良い事をしたら必ず自分に返ってくるから。…小さな僕によくそれを言って聞かせてくれた」

『人間の持つ概念ね。因果。…そう、巡るモノだわ』

「ちっちゃな頃の僕はあまり意味わかってなかったんだけど、とにかくその言葉をずっと覚えてた。で、ちょっとずつ成長してきた最近はすごくよくわかるようになったんだよ。誰かに優しくできるってとっても難しいんだ。中学の頃特にそれを感じた」


 記憶の中の中学生時代。良いことも嫌なこともたっくさんあった時代。

 でも、その中で一番のインパクトはやっぱ、礼司と出会った事。

「僕が住んでた地域の中学生って、なんていうか、ちょっと荒れた人たちが割と多い地区でね。どうしてもケンカしたい人が多かった。人間の言葉で言えばヤンキー、かな? そういった人たちにも優しく出来たら、なんて思って行動してたけど、どうしてもやっぱり分かり合えなくて。そんな時、礼司が、え~っと、僕の親友なんだけど、あいつと分かり合えたんだよ。父さんの言葉の通り、あいつに優しく接する事でお互い理解しあえたんだ」

『あなたの父君が残した言葉が功を期した瞬間ね』

「うん。ほんとそう。礼司とわかりあえて、それからも僕は誰に対しても優しくあろうと努めた。誰に対しても、もちろん動物や植物にも。それは自己満だろ! なんていわれる事も結構あったけど、自己満の何が悪いんだい? って突っぱねて、これが僕の生きる道なんだと決めて今まできた。そして彼女に出会えた」


 海の笑顔が浮かぶ。礼司の笑顔が浮かぶ。もう取り戻せない時間。


「父さんの残した言葉の通り、誰に対しても優しくした結果が今、この瞬間なのだとしたら、やっぱり父さんは偉大だったな」


 子猫は頷く。


『そうね。私に人間を助けようなんて思わせたのきっと、あなたが初めてよ』

「ははっ、そっか。辛い事もたっくさんあったけど、優しくある事で誰かを救えたならやっぱ、良かった」


 父さんの言葉は僕の生き方を決めた。

 その生き方は決して楽な道じゃないけど、心にしこりが残らない生き方だと今なら思える。


『ねぇそのまま成仏するつもり? 私にあなたの手伝いをさせてはくれないの?』

「あっと、そうだった」


 僕は子猫に右手を差し出す。


「じゃあ、僕のために力を貸してください。えっと、神様? 猫神様?」


 差し出された僕の手に、左手を乗せてくれる子猫。


『私に名前なんてのはないわ。好きに呼んでくれていい。それじゃこれからの事を説明するわね』



 子猫が説明してくれた内容は、これから命の期限が近い存在に体を間借りさせてもらうという。

 その存在がどんな生き物なのかはわからないけれど、海の近くにその存在がある、と言ってた。


 さすがに、黒く光ってすばしっこいアレだったら…、で海にスリッパとかでドカーンッ!

 なんてされたらいやだなぁ…なんて思ってたけど、子猫があっさり否定してくれた。

 狩られる命は期限が近いっていう概念じゃないそうで、ちょっと難しい事言ってた。


 そして、この空間で話した内容は多分、肉体に間借りした時点で忘れてしまう、という事。

 間借りした肉体が万が一、事故や怪我などでも死亡した場合、海へ思いを伝えられていなくてもその場で終了してしまう、という事。


 そして、海への言葉を贈る時は満月の夜に二人きりで、と。


『先ほども言ったようにここでの会話内容は肉体に宿った時点で忘れてしまう。間借りする肉体の魂同士が強い思いで融合してしまわない為の措置よ。ただ使命として彼女から離れないように、という強迫観念のような気持ちが働くはず。それに従っていれば自ずと機会が訪れる。その時が』

「海への言葉を伝えるとき、だね?」


 僕の言葉に子猫は頷く。

 そして空を見上げて子猫が一鳴きすると、僕の意識はゆっくりと溶けていった…。


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


「高崎っ! マジ調子乗んなよおまえっ!!」


 突然耳に突き刺さるような金切り声で目を開く。

 慌てて周りを見渡すと海と誰かが校舎の端で睨みあっていた。


「いつまで悲劇のヒロインしてるつもり!? マジうっざいんだけど??」


 二人の近くまで移動してわかった。この金切り声の持ち主は下条(しもじょう)まりんだ。

 彼女はいわゆるギャル系の女子で、思ったことをズバズバ言っちゃう抜き身の刀みたいな子。

 決して悪い子じゃないんだけど、相手を思うよりも自分の意見が先走っちゃうタイプ。


「あなたに迷惑かけてない」

「かかってっから言ってんじゃボケっ! あーしの事馬鹿にしてんの?!」


 今にもつかみかかりそうな迫力の下条さん。

 どうしよう、誰か助けを呼ばないと…。


「あんたがそんな雰囲気なのずっとず~っと、クラスのみんなが気ぃ使ってんの分かれよ!」

「…別に」

「うっさい言い訳すんなっ! 今朝のアンドーとのやり取り何なんだよ。いつまでもウジウジウジウジっ、まっじキモんだけど!?」


 元々声が高い下条さんが感情的になると、ほんと金切り声…。

 人間よりよく聞こえる猫の耳だとかなりつらい。


「櫻井の事はわかるよ、辛い気持ちくらいわかる。んでもさ、いつまで引き摺ってんの? 亡くなってもう四ヶ月だよ? そろそろ周りも見ろよっ!!」

「・・・・・・」


 下条さんの言葉、きっと海もわかってる。だから何も言えないんだ。


「そもそもあんたさ、あーしが…」

「シモジョー。そこまで、だ」


 ぽん、と下条さんの頭の上に右手を載せる礼司。

 どこから現れたのか、いや多分、どっかで聞いてたなあいつ。


「アンドー、てめーあーしの横に立つんじゃねぇぇぇぇ!!」


 言いながら礼司目掛けて蹴りを放つ下条さん。

 しかし礼司はヒラリとそれを交わしてまた下条さんの頭にポンと手をおく。


「いいじゃねぇかシモジョー。ちょっとは背ぇ伸びたか?」

「ばっかにしてんのかゴルァァァ!!」


 頭に手を載せられたまま押さえつけられてるのか、下条さんは両手をぐるぐると回して何とか礼司に一発入れようと頑張るが、どう見ても遊ばれている。


 そもそも下条さんは身長(130センチほど?)が小さい。

 高身長の礼司と並ぶと、その、大木にセミ、なんだよね…。

 身長がコンプレックスなんだと以前に聞いた記憶がある。


「アンドー、お前も何か言ってやれよ! いつまでも甘やかしてんじゃねぇ!」

「わぁってる。んでもな、痛みってのは個人差があるんだよシモジョー。転んでできた擦り傷がメチャクチャ痛いと感じるやつも、大したことないって感じるやつもいる。お嬢の傷の痛み具合はお嬢だけがわかる。それを外野が騒いでさっさと治れなんて言ったって治るわきゃないだろ」


 諭す口調の礼司。礼司の言葉が間違っていない事を下条さんも理解してるのか、振り回す腕を止める。


「お前にゃあんま感じないかもしれんが、お嬢はこれでもしっかり前進してる。一歩が誰にも理解されないくらい小さな幅なだけだ。あの櫻井が惚れたヤツだぞ? タフに決まってんだろ。心臓にムダ毛ボーボーよ!」

「「…デリカシー」」

「んなもん俺にあるかよ」


 女子二人がそろって突っ込むのにしれっといつもの返し。ほんと礼司ってすごい。


「ま、んな訳だからあんまお嬢攻めてやんなよシモジョー。苦情なら俺を通せ」

「おまーは高崎の何なんだよ」

「マネージャーだ。事務所通してくださーい」

「つかさ…」

「ん?」

「マジで」

「うん」

「マジで、ほんっとマジで」

「…うん?」

「いつまで人様の頭抑えてんじゃボケ! 余計身長縮んだらどうしてくれるんじゃい!!」


 ゴスッ!と音を立てて礼司の(すね)に下条さんの蹴りが入る。


「ぐあぁっはぁぁぁ!!?」


 さすがの礼司も蹴られた脛を抑えて悶える。


「お、おま、ここは…さすがに、あの屈強な弁慶も泣くっつー…」


 脛をさすりながら涙目の礼司。


「ふんっ。乙女の頭気軽に抑えつけた罰だしー。ばーかばーか!」


 子どもみたいなセリフを叫びつつ速足で去っていく下条さん。

 しばらく脛をさすっていた礼司は、


「あいつなりの心配なんだよお嬢。あんま悪く取らんでやってくれよ」

「…わかってる」


 伏し目がちの顔の海。間違いなく落ち込んでる。

 下条さんの言葉が間違っていない事、そしてそれを言われたとて、どうしようもない心情だからこそ歯がゆい、きっとそんな状態なんだ。


 それから何気ない会話を少しした後、二人は別れた。

 眠っていて気付かなかったけど、お昼の時間だったようだ。

 これから午後の授業が始まる。海の帰宅時間までもうちょっとあるなぁ。

 そういえば、何か夢を見ていた気がする。

 何の夢か…までは思い出せないけど、大事な内容だったような?

 思い出せないのはしょうがない。また放課後までその辺を散策でもして待ってよう。

 猫の視点で見慣れた学校を見るのも中々楽しいと最近知ったんだ~。



 ◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇


「って感じで、フられちまったんですよ~タカユキさん!」


 遜る風に話す男、岡野。以前に海に交際を持ち掛け袖にされた男である。

 岡野の周囲にはグレーの特攻服に身を包んだ人員が数えきれないほどいる。

 ここは街の端の倉庫街。薄暗い場所で街頭の一つもない。

 周りにはいくつかキャンプ用のランタンが置かれ、それが彼らの光源となっている。

 彼らは―【呉威喪亞(クレイモア)】―と呼ばれる県内最大の暴走族チームである。


「でー、舐められるのアレなんで~、タカユキさんがシメてくれちゃったりはしませんかね~?」


 岡野が話す相手はこの集団で唯一、沢山のパレット(フォークリフトが運ぶ木製の木枠)が積まれた高い場所に座っていた。

 名をタカユキと呼ばれるこの男の本名は誰も知らない。

 数年前にどこからともなくふらっと現れこのチームを巨大にした立役者。

 喧嘩自慢で負けなし。県境まで県内の暴走族をすべて倒してまとめ上げた男である。

 身長は百八十センチほどだが、上半身の筋肉がかなりゴツい。

 グレーの特攻服の面々の中で唯一、黒のタンクトップと白のボンタンのスタイル。

 左肩から顔の左頬までつながる、上り竜をイメージした真っ黒なタトゥー。

 目は切れ長の一重で、街を歩けば目を合わせないようにと避ける人が多い。


 見た目からして危険な香り付きまとうヤバさ百パーセントの男はゆっくりと立ち上がると、岡野の前までゆっくり歩いてから、


「岡野ぉぉ…」


 ドスッッッ!!と鈍い音を響かせ、岡野の腹に強烈なパンチを繰り出した。


「おぐぉぉぉああっ!!」


 殴られた岡野は悶絶しながらその場に倒れこむ。


「なぁ? 舐められるのアレなんでってなんだよ? お前ごときのせいで俺が舐められる結果になったらどうすんだよ、あぁ??」


 倒れこんだ岡野の背中をガンガンと踏み付ける。


「ずっ、ずびばぜっ、…っ!!」


 言葉にならない声を上げる岡野。だがタカユキの踏みつけは止まらない。


「つーかお前調子こいてんよなぁ? お前ごときがオレサマを顎で使おうってか? あぁ??」


 踏み付ける足の強さは変わらず、悶えながらも謝罪を繰り返す岡野。

 それを見る周りのメンバーは、笑うものと怯えるものに分かれる。


「ハァ~。おかのぉぉぉ~。そのなんだっけ、なにちゃんだっけ?」


 蹴る足が止まり、タカユキはまたパレットの上に座る。

 咽ながらも立ち上がった岡野は呼吸を整えてから、


「…えっと、高崎って女です」


 ニタリ、と笑いながらタカユキは


「じゃ、そいつ攫ってこい。ここでマワせ」

「えっ、攫うんですか?」

「おう。なんか問題あるか? 溜まってるヤツ多いだろうし、ちょうどいいパーティーになるじゃねぇか」


 岡野の脳内に、一年前に起こった事件が浮かぶ。


「兵隊も増えたしよぉ~、二十時間耐久プレイなんてのもできんじゃねぇか?」

「ぁそ、そっすね…」

「ビデオ回せば金にもなるし、丁度いいな。来週の集会ン時連れてこいよ」


 岡野の顔色なぞ知らず、上機嫌になっていくタカユキ。


「あ、来週っすね。ハイ、…ここに」

「おう。ここに連れてくりゃ逃げ道なんぞねぇしな。どんだけ声あげようと夜は人もこねえ。さいっこうの場所だよなぁここは~」


 ガクガクと震える足を堪えながら岡野は笑顔を浮かべる。

 上機嫌なタカユキは来週の事をチームに共有するように全員に声をかける。



 人のこない夜の港の倉庫街。二百人前後の人間が声を上げる。

 人々の気付かない所で静かに、しかし確かな悪意が牙を光らせ口を開けていた。


 ◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇


 先日の下条さん&礼司との会話以来、海は少しずつクラスメイトと話すようになった。

 というのも、クラス内で何かを行う際に下条さんが率先して海に声をかけるようになったからだ。

 この数日、ずっと下条さんに引っ張り回されてる海。でも、楽しそうに見える。

 そのおかげか、礼司も無理に海へ声をかけようとはしていなかった。

 さすがギャル系の下条さん。ギャル系のチームワーク(?)はすごい。

 お昼の時間も楽しそうに話し声が続く教室になっているんだ。


 ちなみに僕は先日の校内散策で、木の上から海のいるクラスが覗ける場所を見つけたのでそこにいる。

 なんか、段々思考というか、行動が猫じみてきた気がする。

 そしてちょっとストーカーっぽい? いや、そんな事はないはず。ないはず…多分。


「でさー、海っちのママがタコさんウィンナー入れてて~」

「あーね、タコさんウィンナーはもうマストっしょ~」


 別のクラスの子だと思われる下条さんの友人たち。みんなそろってギャル系で最初は海も戸惑ってた。

 けどここ数日で、下条さんとは別に三人、海を含めて五人で食べるお昼がすっかり当たり前になっていた。


「でもさ海っちアレ何だっけ? チクサンニ? あれ超おいしくて~」

「あっ、筑前煮、だね」

「そ~そ~チクゼンニ! たけのこキライだったけどマジうま~ってなって~」


 お弁当のおかず交換が楽しいらしく、ギャル子さん(名前知らないから…)は嬉しそうに話す。


「海っちのママってマジで料理うまいよね~。神ってるマジで~」

「あはは、ありがとう。小学生の頃は嫌だったんだけどね、お弁当のおかずが茶色い~ってバカにされて」

「何それムカつくね~。一口食べたら人生観変わるのにバカにしたそいつかわいそ~」


 ギャル美さん(こっちも名前知らない…)もどうやら海のお母さんのごはんのファンのようだった。

 確かに海のお母さんは料理がすごくおいしかった。

 海のお祖母さんが日本料理の研究家とかで、すごく厳しくしつけられたって聞いたことある。

 でもその甲斐あってか、海のお父さんの胃袋をガッチリ捕まえたから今じゃ自慢になってるって言ってた。


「つかさ~海っちっていっつもソレ持ってるけど好きなん~?」


 ギャル代さん(以下同文…)が海の持っているうんめぇ棒を指して言う。


「あ、これ? いや、好きかどうかと聞かれると…。いつも机に入ってて」


 多分礼司だろう。声をかける事は無いけど、いつも海の机の中に〈うんめぇ棒 生八つ橋味〉が入っていた。


「てかそれまたアンドーっしょ? あいつ変なお菓子ばっかくれるんだよね~」


 下条さんはわかっていたようだ。


「あはは…、でも、心配してくれてるんだってわかってるから」

「あーね。アイツいいヤツなのはわかってんだよ? なんつーかさ~、センス? がなってないよね~」

「もしかして下条さんも安堂君から色々もらったクチ?」

「アレはもらったってか押し付けっていうんじゃない?」


 礼司の話題で笑いあう海と下条さん。すっかり打ち解けてるようでよかった。


「てかさてかさ、前々から思ってたんだけど~、海っちってめっちゃ肌キレイよね~」

「あーしも思ってた! ねねねギャルメイクしてみん?」


 ギャル子さんとギャル代さんが食い気味に海に詰め寄る。


「あ、えっとメイクは…どうかなぁ~?」


 あははと困り顔の海。しかし、その背後に忍び寄る影、そうギャル美さんだ。


「てかストレートの髪とかマジぱねぇ~。めっちゃツヤっててキレ―なんだけど~」

「っしゃメイクついでにアイロン当ててカールっちまおう!」


 ギャル子&ギャル美&ギャル代プラス下条さんがカバンからメイク道具とヘアアイロンを取り出す。


「えぇーーっ!?」


 海は焦り始める。

 まぁそりゃそうだよね。下条さんはまだそんなに目立たないけど、ギャル三人衆は肌黒めのメイク。

 ちょっと昔風に言うとガングロメイクなのだ。

 海にとっても未知の領域であろうその界隈のメイクをこれから施されるのだと思うと、そりゃ焦る。


 ちょっとガングロメイクした海を想像してみる。

 ・

 ・・

 ・・・

 ・・・・うん、ないな。色々チグハグでなんていうか、…違う。


「いーからいーから、やってみれば意外とイケるって!」

「絶対可愛いから! ギャルデビューしようぜ~!」

「てか優等生の海っちがギャルデビューとか教師泣かせでウケる~w」


 子、美、代の三人はすっかりエンジン全開だ。

 ニヤニヤしながら見守る下条さん、止めたげてよぉ…。


「あ、いたいた。高崎さ~ん、理科準備室の外で岡野君が呼んでるよ~」


 突然教室を覗き込んだ別のクラスの子が突然声をかける。


「あ、はーい、ありがとう!」

「「「はぁ? なんだよいいトコだったのに~」」」


 子、美、代の三人はブーイング状態。


「つか岡野が高崎に何の用なんさ?」


 下条さんが訝しむ。


「多分、ちょっと前のアレ…かな」

「あー告ってフられたってアレね~。ガッコ中の噂だしね~」


 岡野君可愛そうに。噂になっちゃってるんだね。


「てか理科準備室の外って何だよめんどくさいなぁ。高崎、無視でいんじゃね?」

「あはは、さすがに悪いよ無視は。ちょっと行ってくるね」


 パパっと弁当箱の片づけを済ませ、海は教室を出ていく。

 その後ろ姿を見送った後、


「なぁ、岡野ってアレだべ? 族の…」

「あーね、トップの腰ぎんちゃくって噂よね」

「・・・・・・」


 子、美の会話を聞いていた下条さんが無言で立ち上がる。


「ちょいあーし用事できたわ。行ってくる」


 三人の返事も待たずに下条さんも教室を出ていく。


「てかさ~まりんも大分面倒見いいよね~」

「わかるわかる~。ツンデレかよ! ってぇくらい海っち心配してるのに全然顔に出さんしw」

「ま~、まりんの場合アレじゃん? 櫻井君の事あっから迷ってんじゃん?」

「「それな~!」」


 三人の会話をこれ以上聞いてる場合じゃない。僕も移動しないと。

 樹木さんゴメン、ちょっと爪刺します!!

 爪をうまくコントロールして木からゆっくり降りる。


 理科準備室の外。一般的にわかりやすく言うと、いわゆる校舎裏。

 しかもうちの学校の場合、この場所はほかの場所から死角になっていて見えにくい構造になっている。

 唯一、理科準備室の上階が美術部の部室ってくらい、かな。


「おー高崎、すまねぇな呼び出してよぉ」


 海の姿を見つけた岡野君は声をかける。海は少し顔を険しくさせた。


「何の用かしら? この前の件なら断ったハズだけど?」

「んな邪険にすんなよぉ。まあ断られて俺もハートブレイクなんだけど、さぁ」


 一歩、また一歩と話しながら海に近づく岡野君。


「つか俺って結構しつこいんだわ。だから何度でもお前がオーケーするまで告るぜ」

「面倒よ。すべてお断りさせてもらうわ」

「マジかよ早速フられるとかマジ萎えるわ~」


 そう言いながらも余裕のある表情の岡野君。

 何だろう、動物の勘? 少し嫌な感じがする。


「なぁ。一回だけでいいからデートしてくんね? そったら諦めるよ」

「いやよ。どうして好きでもない人と…」


 海への距離が完全にゼロ。真顔になった岡野君は、


「だったら年がら年中しつこく迫るぜ? 俺マジでしつこいから」

「くっ…」


 悔しそうな顔の海。気が付けば後退った海は背中に壁。完全に追い込まれた状態だった。


「一回でいいよ。退屈はさせねぇからよ。モチロン〈お れ は〉乱暴しないからよ」


 すごく含みのある言い方。そして岡野君から流れてくるこの気配? 感覚?

 何だろう、気持ち悪い。


「…わかったわ、一回だけ、でいいのね?」

「おーわかってくれたか~。もちろん一回でいい。まぁ高崎が気に入ってくれたらこの先何度でもオーケーだ」


 二歩ほど下がり、海への圧を開放する岡野君。


「誰がっ! それで、いつ?」

「あー…、今週の金曜なんてどうよ? 翌日休みだしよ、ガッコ終わってからで」

「学校終わってからって、そう何時間もいられないわよ」

「モチそれで構わねぇ。ガッコ終わってからちょろっと出かけてそれで終わりだ」


 たった数時間一緒に回るくらいで満足するならこんなデートの誘い方する?

 多分、海も同じことを考えてるとは思う。

 でも、本人がそれで満足するというのだから、付きまとわれるよりは…、


「いいわ、金曜日ね」


 やっぱそうなるよね。


「オーケー。んじゃ金曜の~…十八時に駅の西口で待ち合わせな。いいか?」

「わかった、駅の西口ね」

「んっじゃ楽しみにしてるぜ~」


 軽い足取りで去っていく岡野君。

 彼が去ってから、感じていたあの変な感覚? が無くなった。

 それにしても岡野君のあの誘い方、何かおかしい気がする。

 現場を見た僕としてはせめて礼司あたりに相談してほしい所だけど、きっと海はしない。


 決意を瞳に、海は教室へと戻っていく。

 こんな時、人間じゃない身はつらい。相談できる相手がいない。

 それならせめて僕だけでも海に付き添う。飼い猫の特権を使って海に付いて行けばいい。


 にしても金曜か、今日が火曜だから三日後。

 岡野君のあの気持ち悪い感覚は何だろう。生きてた頃はそんなの感じたことなかった。

 岡野君だけに限らず、あの感覚…。体中の毛が逆立って、胃の中がぐるっと回るような感じ。

 そんな感覚を感じたのは初めて。

 やっぱり動物の勘? とにかくいつもより慎重に海を見張らないと!



 それから水、木と曜日は過ぎていった。

 その間岡野君は海に何かを仕掛ける様子はなかった。それどころか学校に来てさえいない。


 彼がいない事で安心して海を見守っていたら、なんと本日ギャル界に海が鮮烈デビューした。

 子、美、代によるガッチガチのギャルメイクとウィッグとエクステを使って、どこからどう見ても現役バリバリの問題児風ギャルに海が染まってしまった…。

 スマホのカメラでガンガン写真撮られて…あぁ、どうか彼女の黒歴史になりませんように。


 ちなみに海はその後、涙が出るほど大笑いした下条さんにクレンジングを借りてメイクを落とし授業に出ていた。

 一瞬の幻デビューだったようだ。




 そして、金曜の放課後がやってきた。

 ずっと見守ってたけど、やっぱり海は礼司に接触していない。

 ギャルチームにすらその話題を出していない。

 一人で行くことを決めている状態、なんでだろうすごく不安だ。


 授業が終わり帰宅の道を外れて駅へと向かう海。

 時間は夕暮れ。まさに約束の十八時。

 駅周辺は帰宅ラッシュ時間だからか人でごった返している。

 西口へとついたとき、すでに岡野君はいた。


「おー高崎ぃ。こっちこっち」


 両手をズボンのポケットに入れて海を待っていた岡野君は、海を見つけると右手をあげて合図した。

 海は背負ってるリュックの肩ひもをギュッとつかみ、岡野君へと近づく。


「この先にメロンソーダのパフェがうまい店があってよ。そこいこーぜ」


 前に僕が調べた時、メロンソーダのおいしい喫茶店があったけど、この辺じゃない。

 というかそもそも西口付近に食べ物屋さんは少ない。片手で数える程度だ。

 しかもそのほとんどが大衆食堂や居酒屋でデートなどには向かない場所。

 僕が死んで四カ月の間にできてしまったのならわからないけど、彼が向かおうとしてる先には少なくとも埠頭しかない。この街で一番大きな倉庫街で、夜は一般人の立ち入りは禁止されてるはず。


「腕くらい組んでくれてもいいんだぜ?」


 ニヤニヤと笑う岡野君。海は目を伏せて無視をした。


「ちぇっ。冗談だよジョーダン。んじゃ行くか」


 歩き出す二人。やはり岡野君が行こうとしてる先は埠頭への道。

 二つの信号を越えたらもうそこは埠頭になってしまう。どうやって止める?

 とりあえず追いつかないと!


「あれ? ルコラ? どうしてここにいるの??」


 慌てて海の足元へと走り体を摺り寄せる。

 僕に気付いた海は足を止めてそのまま僕を抱き上げる。


「あ? んだよそのネコ」

「うちで飼ってる猫なの」

「はぁ? 高崎ン家ってこの辺なのか?」

「いいえ違うわ。だからどうしてルコラがここにいるのか私にも…」


 僕の顔を覗き込む海。

 微笑んであげたいけど、どうしても隣の岡野君から流れてくる感覚が気持ち悪くてどうにもならない。

 いやまぁ、猫が急に笑ったらそれはそれで怖いか…。


「まぁいいや、いこーぜ高崎」

「…えぇ」


 僕を抱きしめたまま歩き出す二人。

 一度目の信号をあっさりと超える。やっぱり向かおうとしてるのは埠頭で間違いない気がする。

 どうする? どうやって止めればいい? 岡野君から流れてくるこの感覚のまま二人をあの場所へ向かわせるのはよくないって勘が言ってる。

 岡野君はどうでもいいような内容の話を海へ振り、海は相槌だけを打つ会話をしていた。

 何かをするなら次の信号までに行わないといけないのに、どうしたらいいんだ?

 信号を越えたら泣き喚いてみればいいのか? それとも海の手の中で暴れればいいのかな?

 思考を巡らせてる間にもう信号が見えてきた。まずい、まずい…。


 そんなとき、海のスマホが鳴り出した。


「あ、ごめんちょっと出るね」

「…おぅ」


 ちょっと眉間に皺がよった岡野君。返事がぶっきらぼうになった。

 信号の先を見つめながらどうやらイライラし始めているようだ。


「はい。…うん、一緒だよ。……うん、うん、…うん」


 通話の相手は女性の声。


「…そうなんだ、わかった。えっとじゃあ、玉ねぎと白菜があればいいんだね?」


 明るい声で話す海。一秒一秒過ぎるごとに岡野君のイライラが増している。

 そして岡野君から流れてくるあの感覚も気持ち悪さが増していく。


「は~い、…うん、ありがとう。それじゃ後でね~」


 通話終了ボタンが押され、カバンへとスマホを片付ける。


「岡野君お待たせ。ごめんね?」

「あぁ? いいよ、いこうぜ」


 信号機まで残り二百メートル。


 信号機まで残り百メートル


 信号機まで残り二十歩。


 そして、赤の信号機の前で止まる二人。

 信号が近くなる毎に岡野君の口数は減り、今じゃもう無言状態だ。


 自動車用信号が青だから眼前を車が流れていく。

 駅周辺だからか街燈が多く明るい。けど気が付けば日はすっかり沈んでいた。

 そしてこの信号の先には街燈すらもない真っ暗闇。

 やがて自動車用信号が黄色を示した頃、眼前をすごいスピードで抜けていく車が一台。

 その瞬間、海が強く僕を抱きしめた。


 歩行者用信号が青へと変わり、二人は歩き出す。

 信号を渡り切ってから、海が突然止まる。


「ごめん、ちょっと靴紐直すね。」


 僕を地面に下して海が屈む。

 気が付けば靴紐がほどけている。否、いま海が自分でほどいたのだ。


「チッ…早くしろよ」


 岡野君は目に見えてイライラしている。そして目線は埠頭の先の闇を見つめている。

 海はパパっと靴紐をガチガチに結びなおした。

 そんな時、歩行者信号が点滅を始める。


 刹那。海は僕を抱き上げて来た道を戻るように駆け出した。


「あっ…おい高崎ィィ!!」


 唸るような声を上げる岡野君を尻目に海は走り続ける。

 ガコガコとリュックの中の荷物の音が鳴る。

 埠頭前の先ほどの場所は車通りが多く、事故も頻繁に起こる場所だから信号無視なんてすると自分が怪我しかねない。

 流れる車の先、鬼のような形相の岡野君が一瞬見えた。

 止まる事なく走り続ける海は二度目の信号もすんなり越えて駅の西口を前に突然右折。

 大通りに面した道をそのまま駆け続ける。



 やがて見えた大型ショッピングセンター。

 その手前には礼司と下条さんが立っていて海へと手を振っていた。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


「んっじゃ楽しみにしてるぜ~」


 嬉しそうな声で岡野は去っていった。少し時間を空けて海もその場を去る。

 岡野は誰かに聞かれるのを避けてこの場所を選んだ。

 しかし、二人の会話していた場所の上までは注意が向かなかったようだ。

 美術部の部室の窓から下条まりんが覗いていた事にも気づいていない。


「岡野キッッッッモ! つかキッショい!! 何考えてんのアイツ」


 吐き捨てるようにまりんは言った。その後スマホを取り出して履歴からコール。


「あーしだけど、ちょっと頼まれてくんね? 情報探してんの~」


 美術室を出ながらコール先の相手へと、


「岡野っていんじゃん? そーそー三組の~。アレの元カノ…そう、それが知りたい」


 真面目なトーンで話すまりん。コール先の相手はそれだけマジなのだと悟る。


「金曜の昼までにはほしい。…うん、よろ~」


 通話終了ボタンを押してポケットにスマホを片付けるとまりんは階段を下りる。

 向かう先は部活棟。

 汗臭くてむさ苦しくてダイッキライな場所だけど、今はそうも言っていられない。


(昼食時間はそろそろ終わる。それまでの間に何としてもアイツに会わないと)


 〈空手部〉と書かれた部室のドアを強めに開ける。


 バァンッ!と音が鳴り中にいた空手部の面々は驚きの表情。

 その中に目的のヤツを見つけてまりんは無言で近づく。


「ぉ、シモジ…」

「うっさい黙れ死ねボケっ!」


 先に声をかけてきた礼司の腹にグーパンを叩き込むまりん。


「おうっふ! いてぇな何すんだ」

「黙れ喋るな死ねついてこいボケ!」


 空手着の帯をつかみ引っ張り歩きだすまりん。


「無茶言いやがる…」


 まりんの態度はいつもとちょっと違うと感じた礼司は黙って引っ張られるまま付いて行く。

 表情が見えないので何を考えているのか読めない礼司はされるがまま。

 時折別の部活の友人から、


「お、安堂が何かしたっぽいぞっ!」

「んだよアンドー、隅に置けないな~」


 なんて野次を飛ばされるも、首を振りながら両手をあげるジェスチャーで返す。

 やがてやっと帯を放してくれた場所は、美術部の部室だった。


「おまー。なんで美術部に…」

「っさい黙れボケ。あーしが美術部で何かモンクあんのかよ?!」

「へー以外。お前の場合〈美術部〉(びじゅつぶ)っていうか〈美呪物〉(びじゅぶつ)て感じだけどな?」


 なんて冗談をかました瞬間、脛に鋭い一撃が走る。


「アッツアアアァァ!!!」


 あまりの痛さに声が裏返る。


「つかこんな話する為にお前呼んでない。ちょっと、いや、かなり、ホントはすっごく…」


 脛をさすりながら、時間たっぷり貯めるまりんの言葉を待つ礼司。


「すっっっごくお前がキライだけど、ちょっと手ぇ貸せし」


 言ってる内容は置いといて、まりんの真面目なトーンに礼司はふざけるのをやめ、まっすぐ立ってまりんを見つめる。


「手ぇ? 何すりゃいい?」

「ナシ早くていいじゃん。高崎がヤバイ。岡野が何か企んでる」

「岡野か。そういやフられたとかって話流れてたな」

「多分それ関係。今度の金曜に高崎をデートに誘ってる」

「へっ? 勇気あんなぁフった相手にデート申し込みとか。ま、お嬢は断っ…」

「断ってねぇんだよ高崎。受けやがった」

「はぁ~???」


 思わぬ展開に素っ頓狂な声を出す礼司。


「つか、あの誘い方マジきっっっっもいんだっつーの!! 思い出しただけでサブイボ出るわっ」


 本気で嫌悪感MAXなまりんの様子。


「…何があった?」

「アイツ、高崎がオーケーするまでいつまでも付きまとって何度も告るとかヌかしてさ~。あれじゃタダのキョーハクだっつーの!!」

「・・・・・・」

「んで、デート一回やりゃもう手を引くっつーから、高崎がオーケーしちまった」

「…なるほど、確かにキモいな」

「マジそれな。で、普通のデートならいいけど、いや良くないけど。…アイツが指定した時間がおかしいんだよ」


 ガララと音を立てて椅子を引き寄せそれに座るまりん。


「アイツ、金曜の放課後指定したんよ…」


 十秒ほど流れる沈黙。


「ごめん。それの何がヤバいんだ?」

「脳内お筋肉畑かこのドーテー! 普通分かるだろっ? つか分かれ!!」

「無茶おっしゃるわ~。デートなんざしたことねぇよ俺」

「放課後だぞ? しかも駅西口。これでもわからん?」


 しばし考え込む礼司。


「…駅西口? あっちって何かデートスポットあんのか?」

「でっけぇショッピングセンターと埠頭以外なんもないわ。少なくともうちら世代は遊ばねぇ。居酒屋とかで隠れて酒飲んでるバカは知らんけど」

「だよな。俺もそこら辺で遊ぶって話は聞いたことない」

「そこを指定なんよ。放課後。普通これでヤバさ分かんない?」


 またもやしばし考え込む礼司。


「……あっ」

「おっせぇしっ!! これだからドーテーはよぉ。もっと筋肉以外に目を向けたらどうですかねー?」

「うるさいなぁ。俺は空手が好きでやってんだよ、筋肉が問題じゃない」

「っさい知るかボケっ! とりま高崎尾行するぞ。金曜は予定空けとけよっ」


 いうと同時に椅子から立ち上がるまりん。そのまま部屋を出るため歩き出す。


「…なぁシモジョー、一つだけ言わしてもらっていいか?」

「んだよ金曜無理ーは聞かね」

「お嬢の為に色々ありがとうな」


 突然の言葉に足を止めて礼司を見つめるまりん。


「親友に代わって礼を言わせてくれ。ほんと、感謝してる。ありがとう」


 深々と頭を下げる礼司。


「バッ、…バッ、バッカじゃないのっ!?」


 顔を真っ赤にして礼司の脛に蹴りを一発入れてまりんは走って美術室を出ていく。


「いてぇなぁ。…相棒、お嬢は任せろよ」





 時間は流れて金曜の昼。

 お喋りに花が咲くにぎやかな教室。


「ふーん、やっぱそんな感じかぁ~。…そっか、ありがとマジ感謝~」


 通話を終えるまりん。横目で、少し離れた場所でギャル三人と楽しそうに語る海を見つめる。


「まりーん。電話終わった~?」


 通話が終わった事に気づき、声をかけてくる。


「おーん、おまた~。ちょいメッセ打ってる~」


 四人の近くまで歩きながら、安堂(ムカつくアイツ)にSNSメッセージをうつ。

 送って一分で「あいよ」とだけ返事が来た事を確認してから、


「なー高崎、今日買い物付き合ってくんね?」


 断られるとわかっていてあえて聞いてみる。


「ごめん、今日はちょっと予定あるんだ。明日でもいいなら…」

「あー無理ならいいし。服見に行きたいだけだったし」

「ホントごめんね。今度予定合わせていこ」


 申し訳なさそうにいう海に何でもないという態度でいるまりん。


「「「まり~ん、あーしらも連れてけし!」」」

「あーね。んじゃ来週とか予定あわせよーぜ」


 やはり海は岡野と行くつもりなのだと再認識。

 ギャル三人組はキャッキャと楽しそうにどこに買い物行くかと盛り上がる。


「わり。ちょい行ってくる~」


 そう言い残してまりんは教室を出ていく。


「あ…、怒らせちゃったかな」


 断った事でまりんが怒ってしまったのだろうと思う海。しかし、


「海っち心配しすぎ~。つかまりんってマジで怒るとかないよ」

「えっ? でも安堂君とすごい仲悪いよ、かなり怒ってる風に見えるけど…」


 普段の二人とのやり取りを見てる海からすれば、あれは怒ってるうちに入らないのかと疑問。


「まりんは~ツンデレだから~、あんま素直にしゃべれないだけっていうか~」

「あ、アンタの為じゃないんだからねっ!! 的なヤツ~?」

「つかまりんがマジギレするのって友達のトラブルとかじゃん?」


 ギャル三人衆の言葉に驚きを隠せない海。

 

「まりんってあんな感じだけど~、実は結構繊細なんよ~」

「あーね、櫻井君の時とかマジヤバかったもんね~」


 突然出てくるカイの名前に、海はハッとする。


「海っちだから言うけど~、実はまりんって一年の時に櫻井君にフられてるんよ~」

「めっちゃマジ惚れだったよね。珍しく」

「それな。推しアイドルの結婚よりヘコんでたし」


 晴天の霹靂、海は自身の中に雷が落ちたように感じた。

 彼女らが嘘を言うとは思えない。


(それなのに、どうしてここまで私に優しくしてくれるんだろう…?)


 自分がまりんの立場なら同じように振る舞えただろうか?

 同じようにカイの死後に、彼女に発破をかけて立ち直らせることができるだろうか?


「あーしらにも言わないんだけど、今も何かやってるっぽいし~」

「あぁやって裏で何かやって、しれ~っとしてるんだよね」

「ウチらにも色々あったんだけど、まりんは何も言わずに手を貸してくれるんよ」


 彼女たちの信頼が寄せられるだけの人望がまりんにあることを海は理解している。

 事実、あの時まりんに檄を飛ばされて自身は目が覚めた。

 あのままでいたら、きっとカイに対しても胸を張れない自分のままだったろう。


「下条さん、…すごい人だよね」


 しみじみという海に三人は頷く。


「小っちゃいけど、いい姉御肌よ」

「小っちゃいけど、いい性格してんよ」

「小っちゃいけど、いいヤツだから~」


 四人は笑いあう。笑顔の裏で海は、今日で岡野とのケリをつける事を決意した。




「遅っせえわっ。昼終わるだろ~がボケ!」


 たった一分遅れただけで暴言吐かれる礼司。

 呼び出されたのは以前使った美術部室。

 窓際近くの椅子に腰かけるまりん。


「これでも急いで弁当搔っ込んできたんだ、少し多めに見ろよ」


 まりんが腰掛ける近くの椅子を引き寄せ、礼司も座る。


「で、何かあったのか?」

「あーしのツテ使って岡野調べた。アイツ、一年から今年までで五人と付き合ってた」


 ヒューと口笛。礼司は内心ちょっとうらやましいと思った。


「んで、あいつと付き合ったコ調べてみたんだけど、二人目まではまだこのガッコにいる」


 まりんの表情からふざけ感が消える。


「までは、ってどういう事だ?」

「三人目から意味わからん事になってる」


 まりんはスマホを取り出し何かを操作しながら、


「三人目がまず登校拒否で教師以外連絡が取れない状態。四人目が自主退学。五人目は入院中」

「なっ、なんだそりゃ」


 礼司の反応をまりんは予想していた。自身も同じようにこの結果に驚いたからだ。


「で、三人目のコと付き合ってた頃から族とツルんでるって噂が流れ始めた」

「…おい」

「四人目は自主退学になってっけど、その後、…自殺してる」

「おいっ!!」


 声を荒げる礼司。嫌な予感がしていた。


「五人目は入院中。入院の理由は…複数人による性的乱暴」


 淡々とした口調のまりん。だがその眼には怒りがにじんでいた。


「ここまで言えばわかるだろーけど、あの岡野ってクソはつまりそういうヤツ」


 ため息交じりに言い終わると、スマホを上着のポケットに戻すまりん。


「…マジかよ。うちの学校って一応進学校だろ?」

「だからじゃね? もみ消しか何か知らんけど表沙汰になってない」


 拳をギリッと握る礼司。まりんは態度にこそ出していないが礼司と同じ心境。


「この話、お嬢には…」

「してるわけねー。ってかお前ならできんのかよ?」

「…だよな。お前が常識人でホント良かった」

「っさいボケ」


 いつもの口調だけど元気はないまりんの罵倒。


「アンドー、高崎守んぞ。いざとなったらお前にも手を汚してもらうかんな」

「構わねぇよ。部の連中には謝らないといけないけどな」

「そん時ゃあーしも一緒に謝ってやんよ。あーしが焚きつけたわけだしな」

「んな寂しい事言うなよ。お嬢と櫻井の為なら喜んで汚れてやる。あと、お前もな」

「とってつけたみたいに言うなし。つか嬉しくねー」


 言い終わると同時に椅子から立ち上がるまりん。


「放課後に高崎を尾行。場合によってはテコ入れする」

「テコ入れってどうすんだよ?」

「高崎の番号知ってるから電話して行動指示する」

「おー。あのガードが堅いお嬢の番号教えてもらえたのか」

「うっさいボケ、んなのお前のスマホからでもできるだろーが」


 確かに、と納得する礼司だが実際まりんはすでに海と連絡先の交換はしていた。


「アンドー演劇部行くぞ」

「はっ? 何でよ?」

「バッカじゃね? 尾行するのに制服で行くわけないじゃん」

「あー…、まったくもってその通り」

「さっさと動けしっ!!」


 礼司の尻を蹴り上げてまりんは動き出す。

 二人は演劇部から普段着に見える服を借り、放課後に備えた。




 駅の西口で合流した二人は予想通り埠頭へ向けて歩き出す。

 一般人に見えるような服装に変装した二人は人込みを壁にしながら尾行する。


 一つ目の信号を越える。そこで予想は確信に変わる。


「おいシモジョーこのままだと」

「っさいわぁってる。今からコールする」


 スマホを取り出し、海へと電話をかけるまりん。


「はい」と応答した海へ食い気味にまりんは言葉を紡ぐ。


「高崎、細けぇ説明は後ですっから今は〈ふ つ う〉に返事してくれ。今、岡野と一緒だよな?」

『…うん、一緒だよ』

「岡野は間違いなく埠頭に高崎を連れて行こーとしてる。それがヤベェ事はわかるな?」

『……うん』

「心配すんな、あーしらが尾行してる」

『うん』

「次の信号越えたら、靴紐ほどけたとか言って信号が変わるギリギリを待って駅んトコまで駆け出せ」

『…うん』

「あーしらはお前との距離見ながらショッピングセンターまで行くから追っかけてこい。そこで合流な? 岡野は信号に引っかけちまえば距離稼げっから振り返らず走ってこい。この後はテキトーな事言って通話切ってくれ」

『…そうなんだ、わかった』


 通話はそのままにまりんは礼司に目配せをする。

 礼司は頷き、海との距離をしっかりと見定める。


『それじゃ後でね~』


 その声の後に通話は終わる。まりんと礼司は息をひそめて人込みを壁にしつつ海を見守る。

 二個目の信号を越えた先で海がうずくまり、靴紐を結びなおす。


「合図だ。アンドー、失敗すんなよっ!」

「わかってらぁ! お前もコケんなよ!」


 信号が変わり始めると同時に海が二人のいる方向へと走り出す。


「…何か、ネコ抱っこしてる?」


 まりんの疑問に、礼司が海の家ネコだと教える。


「ちょ、岡野の顔マジヤベェ。めっちゃウケるんですけどーww」

「言ってる場合か、俺らも動くぞっ!」


 海との距離が縮まってきた事を認識した礼司がまりんを伴ってショッピングセンター側へと走り出す。



 先にショッピングセンターに着いた二人は、目視で海が近づいている事を確認。

 二人と合流した海の表情は安堵に満ちていた。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


ここまでで中編です。

この後は後編へと続きます。

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