U+K ~前編~
どこにでもいるような普通の二人、カイと海。
そんな二人を突然襲った悲劇。別れの日。
この街に降り立った白猫は何も言わず、ただ二人を傍観しているだけ。
死んだはずのカイは、海の飼い猫ルコラへとその魂を移されていた。
自分が死んだあとの彼女を見つめる日々に、彼は何を思う?
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
大きな交差点の真ん中。目を覆いたくなるほどまぶしい回転灯の数。
たくさんの野次馬と人々の話し声。
大型トラックの運転手は膝を折り震えながら、警官と何かを話していた。
「…う、み…、こね、こ怪我、してな…い?」
夜の大雨の中、体のあちこちから血を流す少年を抱きしめる少女の姿。
息も絶え絶えで言葉を絞り出す少年。血だらけの彼を抱きしめる少女の顔は苦悶に満ちている。
「大丈夫、子猫は大丈夫だから! カイっ、しっかりしてっ!!」
悲鳴に聞こえるほどの声を上げる少女。
少年の息遣いがだんだんと弱まっているのを抱きしめる体越しから感じる。
「う…み、大好きだ、よ。…どうか、しあ…わせっ…に…」
ゆっくりと上下運動していた胸が動かなくなる。
最後の言葉と共に、彼はそのまま瞳を閉じる。
「イヤッ、カイお願い目を開けて!!」
抱きしめる少年の体からぬくもりが徐々に消えていく。降りしきる雨の中、少女の悲鳴だけが響き渡る。
そんな二人を見つめる白い子猫は、ゆっくりと少年の横へと移動する。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
放課後の雑踏の中、見慣れた学校の玄関近くの草むらに隠れる。
じっと彼女が出てくるのを待っていた数分、まだ誰にも見つかっていない、はず。
そんな折、腰まである長い黒髪をゆらして彼女が現れる。
「海~」
雑踏の中から聞こえた声。
友人に後ろから声をかけられて振りかえる子は僕の恋人、高崎 海。
「…何?」
そっけなく答えた海は、冷たい表情を見せ歩みを止めて友人を待った。
「聞いたよ。三組の岡野君振ったんだって?」
「そうよ、それが?」
素っ気無く答える海は前髪を少し触る。
話題とかが心底興味ない時にするしぐさだと最近わかった。
「大丈夫?岡野君ってヤバイ連中とつながりとかあるって聞くけど」
心配そうに海の顔を見る彼女はクラスメイトの田辺さん。
新聞部に所属してるゴシップ好きのお喋りさんだけど、根はいいやつ。
よくいろんな人のキューピッド役を買って出るタイプの子だ。
「…だから?」
海の突き放すような言い方。そう、最近の彼女はこうなってしまった。
恐らく、原因はこの僕だろう…[櫻井 海]の死。
あの日以降、正確には僕の葬儀以降彼女はこうなった。
「だからって、…ヤバくない?近所をよく走ってる暴走族とかとつながりあるかもよ?」
「今は誰とも付き合う気が無いの。嫌な言い方だけどそういうのウザいのよ」
斬り捨て御免。って言いたくなるくらいの言葉の刃。
ウザいなんて単語使ったことない彼女の変化にすごく驚いた。
多分、目の前で口開けたまま凍ってる田辺さんも同じ気持ちだと思う。
最近の彼女の周りに男子が良く寄ってくるのは知ってる。
彼氏が死んで、悲しんでる海を慰めて、ついでに付き合ってしまおうと考えた男が寄ってくるのだ。
そう、殆どが同情を餌にした漁夫の利狙い。
彼氏だった僕が言うのもなんだけど、海はかなりの美人だ。
学校でも人気のある女の子で、教師や生徒含めた男女共に人気者でもある。
そんな彼女と付き合う機会は今しかないって考えた男子が近寄って来るのも分かる。
まぁでも、この一ヶ月で五人(今日+1)は多くない?
普通人が亡くなってるんだからもちっと放っておく時間あると思うんだけど、…まぁ死んだの僕ですけどね。
ふわりと吹いた風が海の髪をなびかせる。
彼女が僕にいつも自慢してた綺麗な黒髪、でもその横顔はとても冷めていた。
「それじゃ、私帰るわ」
田辺さんにそう言い残し玄関から出ていく海。
そう、僕はあの日に死んだ…はずなんだけど今は皮肉にも、海の家の飼い猫[ルコラ]の体に入っていた。
そう気が付いたのはガラスに映った自分の姿を見てからだ。さすがにびっくりしたけどね!
「あら?なんでルコラここにいるの?」
海が僕に気付き抱き上げる。いつの間にか草むらから出てたみたいだ。
こんなにも近くで海の顔をどアップで見る。鼓動が早まるのは僕?それともルコラかな?
「お家に帰ろうね~」
そのまま抱っこされた状態で僕は海と帰路に着いた。
僕の葬儀以降、海は家族に対してもクラスメイトにする態度と同じでかなりギクシャクしてる。
でも何故か僕に対しては、普通の態度だった。
自宅に到着し、そのまま自室へ入り鞄を机の上に放り投げる。
僕を片手で胸に抱きしめたままベッドへダイブする海。
「ル~~コラ、今日また告白されたよ~」
ベッドの上で、僕の体を高く抱き上げて海が呟いた。
「カイ…男の子って、みんな…ああなの?」
僕の正体を見透かしているかの様に、僕の目を見つめたまま海がそう呟いた。
きっと辟易しているのだろう。一部からは腫物扱い、一部からは色目でみられる。
そんな日々が続いていて、海はきっと疲れ果てているんだろうと思う。
「ごめんね~、アナタはルコラよね~♪」
頬擦りしてくる海。
その後僕をベッドの上に降ろして、海は机の上にあるフォトスタンド見つめる。
「カイ…」
一人切なく呟く海。彼女が見ているのは二人で写った写真。
僕を後ろから海が抱き締める姿で写ってるあの写真は去年、海と二人で夏休みを利用して旅行したときに撮ったヤツだ。
始めて二人だけで、しかも高校生が行く旅行なのにも関わらず、海の両親は僕との交際をあっさり認めてくれた。
海のご両親も僕を気に入ってくれて、とてもうれしかったのを覚えてる。
二人でちょっと遠出をしようと決めて、旅館の予約とかの計画を二人で練ったんだ。
まぁ、学生の身分なのでそんなにお金もあるわけない。
予定の日取りを決めてそれぞれアルバイトなんてして、色々頑張った!
一泊二日の些細な旅行だったけど、すっごい思い出に残ってる。
綺麗な海岸を二人で歩いて、たまたま横切った気立てのいいお姉さんに写真をお願いしたんだ。
始めは二人で腕を組んで撮るはずだったのに、お姉さんが「はいチーズ」って言った瞬間海が僕の背後に回ったんだっけ。
そのお姉さんは失恋してその場所へ来てたんだそうだけど、僕たちを見て新しい恋を見つけるんだ~って息巻いてたなぁ。
でも今考えたら、そのフォトスタンドの写真が僕の写る最後の写真なんだよね。
元々僕は写真を撮られるのが苦手だったから、あんまり写ってる写真が無い。
旅行のときだって海がどうしてもってお姉さんの前で頼むから、渋々撮ったものなんだけど…。
あの時こうなるんだって知ってたら、もっと海と写真を撮っておけば良かったなぁ。
「カイ、…会いたい」
フォトスタンドを両手で胸に抱き締めながら、声を殺して泣き始める。
そんな彼女をただ見つめるだけしかできなかった僕は、無力感に苛まれた。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
お昼前だからか、まばらに人が行き交う雑踏。
待ち合わせ場所はいつもの場所。そこに佇む一人の少女。
バッグから手鏡を出して、前髪のチェック。
「…うんっ!」
バッチリ決まってて満足の声が思わず出る。ちょっと背伸びして薄めのメイク。
昨晩母親にねだってメイクの仕方を覚えた。
(カイは気付くかな?)
どんな反応をしてくれるのか、今から楽しみでしょうがない。
そんな事を思いながらバッグへと手鏡を片付けていると、
「海~!」
ハツラツとした声で駆け寄る一人の少年。
時間に遅れているわけでもないのに、小走りでやってくる。
「カイ、走ってきたの?」
苦笑いをしながら彼の到着を喜ぶ少女、高崎海。
「おまたせ! 待たせてないかな?」
若干乱れた息を整えながら、海の横へとにこやかに現れた少年、櫻井海。
「いつも時間通りなのに、どうして走ってきちゃうのよ?」
「電車降りたら何かこう、海に会いたい一瞬でつい。…かな?」
カイのそんな言葉につい照れてしまう海だが、恥ずかしげもなくそういったことを言えるカイのそんなところが好きだったりする。
「あれ?海…」
ジ~っと海の顔を見つめるカイ。
(ちょ、…み、見すぎだよぉ~)
照れが勝ってしまいカイから視線を外す海。
「今日って乾燥ひどいっけ?ピンク色のリップしてるね!」
内心ずっこける海。気付いてほしいのはそこじゃない。
(ま、カイだもんね。わかってたもん!)
頑張ったメイクを褒めてほしかったけど、カイは人を見た目で判断しないタイプ。
つまり、見た目をあまり重要視しない。結果、メイクには気付かない。
「リップっていうかぁ…」
ヒントでも出してやろうと思ったが、
「あ、そろそろ行こうよ!お昼すぎたら込み合っちゃうかも」
時計を見つめカイがそう促す。
「そ、そうだねっ」
ちょっと残念に思う海を他所に、カイはそっと海の手を握る。
「前から行ってみたかったお店があってね、そこで軽く食べてからにしよう!」
ふわりと笑顔。握られた手は暖かく、決して無理矢理ではない強さで引かれる手。
海はカイのそんな素朴な優しさに惹かれている。
「そんな慌てなくても…」
海の照れ隠しのそんな言葉にカイは海の手を引きながら、
「折角のデートだもの、時間何分あっても足りないしもったいないよっ!」
いつもの歩幅、いつもの優しさで引かれる手。
カイの飾らない笑顔に自然と海も笑顔になり、笑いあう二人。
雑踏に消え行く二人には自分達の世界しか見えてなく、それがそこはかとなく幸せ。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
翌日、まぶしい朝日が差し込む窓辺。
日が昇る前から海が起きていた事はわかってた。
何度も寝返りをうちながら、彼女はため息を漏らしていた。
そんな海が心配で、僕はできる限り海の体にルコラのまま密着してみた。
結果、何度か潰されかけて海の邪魔になると判明…。
諦めてベッドの下から彼女が繰り返す寝返りを見つめてた。
そろそろ目覚まし時計がなる時間だったのだろう、起き上がった海は目覚まし機能をオフにして立ち上がる。
「・・・・はぁ」
重たい溜息。今の彼女からは完全に生気が感じられない。
ゆっくりとパジャマから着替え始める海を見て、慌てて壁を見つめる僕。
着替えてから髪をとかし、カバンのチェックをして準備は整ったのだろう。
ここまでたっぷりと時間を使った彼女は、今日もまた朝食をとらないのだ。
何度も彼女の母親が階下から呼んでいたが、無視を決め込んでいた。
僕が死んでからずっとこの調子だから、おそらくお母さんも慣れてしまったんだ。
数回呼んでも反応がないと、一応テーブルに準備はしてあるけどそれ以上は声をかけない。
そのまま海が登校して、冷めた海の分の朝食はお母さんの昼食になる。
ここのところの高崎家のルーティーンだけど、なんていうか、…もやもやする。
掛け違えたボタンみたいに、変な感じ。
いや、元凶である僕が言えた義理じゃないんだけど…ね。
「・・・・・・」
無言のまま靴を履いて、そのまま家を出る海。置いて行かれないように一緒に僕も出る。
最初の頃は彼女の父親も一緒に出てたけど、無言のまま歩く海にどう言葉をかけていいのか悩んでしまったようで、最近は彼女よりも先に家を出てしまう機会が増えた。
それからは僕が一緒に出るようにした。
語る口も声もないけど、せめて一緒に居たかったからだ。
通学路。まばらに歩く学生たち。前は僕もこの中にいたんだな…。
横を歩く海の顔からは何も読み取れない。
区域が違うからよくこの道で合流して、他愛もない会話でよく笑ってた。
そこに一人二人と誰かしら入ってきて気が付けば団体登校、なんてのもよくあったっけ。
そういえば、海がこの状態になってからは誰も寄り付かなくなってしまったけど、ただひとり、例外が存在する。
「ようお嬢。今日も人生のズンドコな顔してんな」
単発逆毛の高身長(188センチ)。左耳にはリング状のシルバーピアス。
見た目は如何にも輩!って感じの目つきの悪さ。
「・・・安堂くん」
ため息交じりに声をかけた相手に答える海。
海に声をかけたのは安堂礼司。僕の数少ない、親友と呼べるやつだ。
「昨日の心霊特集見たかよ? 廃墟のホテルのシーンヤバかったよな~」
ガラの悪い見た目とは裏腹にすごく人懐こい性格の礼司は、海の反応も気にせず話を続けてく。
「あのシーンの後うちのねーちゃんが怖がってよ~、トイレ付いてこいとか言って」
「見てないわ。最近テレビに興味ないの。…特に心霊関係は」
暗い顔を見せる海。
「なんで? あぁ、カイを思い出しちまう?」
「ちょっ、無神経!」
珍しく声を荒げる海。
「んな怒んなって。つか、あいつ亡くして寂しいのはお嬢だけじゃないぜ?」
「あっ…、ごめんなさい。そうよね」
最近の無感情な海じゃなくなる瞬間。
なんだかんだで礼司のトーク術ってすごいと感心してしまう。
「謝んな、意地の悪い言い方してこっちも悪いしな。てか早いよな~、あいつ亡くなってもう四ヶ月経ったんだよ。昨日カレンダー見てビビった」
「そう、だね」
「まだ、持ち直せそうにないか? まぁその様子だとまだだわな」
「・・・・・・」
礼司だけは僕が亡くなってからもずっと海に声をかけ続けてくれた。
学校でも家でも腫物扱いの海にとって、唯一普段通りのままだ。
だからなのか、海も礼司に対してだけは毒が抜ける感じがする。
「ちゃんと飯食ってっか? 前よりさらに痩せちまってんぞ」
「デリカシー…」
「んなモンあるかよ俺に。ほれ、これ持ってけ」
礼司は手に持っていたコンビニのレジ袋を海へと渡す。
「え? なにこれ」
「クリームパン。馬鹿にすんなよ? 結構腹持ちいいんだぜ」
「いえあの、そういう事を聞いてるんじゃなくて」
「あ、うんめぇ棒のほうか。レアだぜ? この地域で生八つ橋味見っけてよ」
「そうじゃなくて! これ、安堂君のじゃ」
「気にすんなって。俺ねーちゃんお手製の弁当あっからよ」
ニカッと笑う礼司。あの笑顔って毒気抜かれるんだよね。
海もそれ以上何も言えなくなったようで、渡されたレジ袋を見つめる。
「あ、ありがとう」
「おう。しっかり食わねぇと体持たねぇぜ」
そういえば僕もよく言われたなそれ。
中学の時点で170センチを超えた身長の礼司からすれば、僕らはまだ成長期来てないそうだ。
痩せ型の人を見ると栄養を心配するらしく、何かしら与えたくなるとよく言ってた。
実際、僕の死後から海は目に見えて痩せてしまっている。
そんな海を礼司が放っておくわけないよね。
「お前成長期まだなんだからしっかり食えおら!」
そう言いながら事あるごとに僕の口に色々捻じ込んでくれたっけ。
「えちょっ、ナニコレ!?」
「さっきコンビニで見っけた色々入ったシリアルバーだ。栄養しっかり取らんとな!」
「おまえは僕のオカンか!」
「そこはせめてオトンだろーが」
そんなやり取りをしてたらクラスのみんなに笑われて。
もちろんその中には海もいた。懐かしい日々だな。
「アンドー! 今日空手部朝からミーティングだってよ!」
礼司ほどじゃないけど、ガタイのいい生徒が通りすがりに声をかけてきた。
「おう、あんがとよー。んじゃお嬢、俺行くわ~」
「あっ、うん、…ありがとう安堂君」
ひらひらと海に手を振って礼司はガタイのいい生徒を追いかけるように去っていく。
礼司とは中学からの付き合いだけど、小学生の頃から空手をやってる。
県大会で優勝経験もあるほどの実力者で、かなり良い所から上を目指さないかってスカウトが来た事もあった。
あったって過去形なのは、そのスカウトを秒で礼司が断ったから。
「んなモン目指すために空手やってねぇし、んなモンに時間取られたらねーちゃんに晩飯作れねぇしな」
そんな殺し文句で断られた相手は何を思ったんだろう。
あとで聞いた話だと、そのスカウトをしてきた団体はオリンピックにも出てたとか。
その話を礼司にしても、「んな事より晩飯何作るかな~」で会話が終わった。
快活といえば快活。小ざっぱりした性格で昔から人懐こい、ある意味大物なのかもしれない。
礼司と別れた海はまた学校へと向かい歩みを進める。
校門前で僕を一度撫でてから、校舎へと入っていった。
僕はといえば、生徒の姿がなくなるまで時間をつぶしてから校内の茂みへと入るのが日課だ。
そこでまた、海の帰宅時間まで待つ。
猫の体って便利で、一度覚えた時間帯は寝ててもわかるんだ。
茂みの中で香箱座り(寝転がり)、ゆっくりと目を閉じる。
まどろんでいく意識の中で、笑顔の海が見えた気がした。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
二人の出会いは高校入試のときだった。
海の落としたハンカチをカイが拾うというありふれた始まり。
たったそれだけのつながりから高校に入学して同じクラスになり、
「「あ~っ!あの時の~!!」」
なんて言葉から始まった二人。
良い人で人懐こいカイに対して初めは恋心なんてなく、付き合いやすい人だと海は感じた。
実際、クラスメイト全員から良い人認定されたカイは入学して二日でクラスメイト全員の名前も覚えており、担任からクラス委員長まで任される。
どんな頼みごとにも嫌な顔せず笑顔で接し、かと思えばダメな事はダメとしっかり意見を言える。
カイの人懐こさと人徳が、敵を作らず高校生活を円滑にさせていく。
見た目の怖さから誰も近寄らない礼司とも気さくに話し、時折漫才もどきな事もする。
そのおかげか、礼司もクラスからハブられることはなかった。
そんな礼司の所属する空手部が高校始まってすぐの高体連で県大会進出を果たし、その応援に行くため中間テストの平均点をあげるため、海とカイが中心となって勉強会などを行いテスト対策をした。
その結果、学年で好成績を残す実績を作ったカイは教師陣へ礼司の応援へクラスで行こうと要請。
何度も高校PTAや教師陣との話し合いを行い、やっとの思いで許可を得たカイは、海とハイタッチをして喜んだ。
県大会でクラスメイト全員からの応援を受けた礼司は実力を遺憾なく発揮し、優勝をもぎ取った。
優勝セレモニーの際、礼司は表彰台にカイと海を無理やり引っ張り上げて、
「俺の功績はこの二人のおかげです! クラスのみんなも応援あんがとよ、愛してるぜーー!!」
なんて大声で発表、会場は大賑わいになった。
濃密な一学期の前半、カイも海も、周りから引っ張りだこだった。
そんな日々の積み重ねから、夏休みが始まる前に海からカイへの気持ちはすっかり恋へと変わった。
優良物件なものだから、クラスの女子半数以上からモテる。何なら別のクラスの女子からも。
カイ自身が「女子で海が一番いい友達♪」なんて言うものだから、気がつけば色んな女子からの恋愛相談に借り出された。
そんな海も男子からの人気がすごく、入学後三ヶ月で告白人数が二桁を超える。
人懐こいカイとは違ってキリッとした優等生イメージがつきやすい海だが、実際は手を抜くことを苦手とするだけの不器用なタイプ。
何に対しても全力すぎて逆に周りが気を使ってしまうというタイプだった。
自分の気持ちに気付くのに夏休み全部を使った海は二学期が始まってすぐ相談を受けたすべての女子へ謝り、自分の気持ちをカイへとぶつけた。
真っ赤な顔で不器用全力の海の告白にカイは優しく海の手を握る。
そんな海とカイだからこそ、友人達全員から祝福されたカップル。
校内で知らない人がいないといわれるレベルの公認カップルになった瞬間だ。
一年の後半は学園祭に体育祭、音楽祭等のイベントが二人を振り回す。
二年に進級後生徒会に加入してからも、あれやこれやと二人をイベントが襲う。
そんな折、夏休みに入ってからカイは壊れた。
「はい、櫻井はここに宣言しますっ! 明日ガッコ辞める!!!」
生徒会の定例会議の際、突然立ち上がったカイは大々的に叫ぶ。
この会議には教師も一部参加しており、突然のことで場は凍り付いた。
「んも~~~~やってらんない。なんで夏休みなのに海ちゅわ~んとデートできないんでしょうか」
「ちょ…櫻井? どうした?」
何とか声を絞り出した教師。がしかし、カイは何も聞こえていないようだ。
「はい書記担当の大須賀さん、海ちゅわ~んの可愛さの定義をエックスを代用して答えなさい」
突然指された女子、大須賀さんは目を見開く。
「…エックスで?」
「はい会計担当の渋谷さん、僕たちがデートできない理由を二千文字以上使ってレポート提出して!」
大須賀さんを放置してカイは次に会計担当の渋谷さんへと矛先を向ける。
黒縁メガネ男子の渋谷さんは突然指されオロオロし始める。
「ちょちょちょ、おい櫻井」
「こまーーーーーーーつ先生。大学入試対策より僕らのデートのほうが大事だと思いませんかぁ~?」
カイの暴走を止めに入った教師、小松幸太郎。
初老の白髪交じりのナイスミドルな教師すらも戸惑う。
「おいさくら…」
「この学校は僕のお小遣いで購入可能ですかーーーー!?」
両手を挙げて叫びだすカイ。
この間、カイの隣に座っていた海は唖然としていた。
「わかった、わかったから櫻井ちょっと落ち着け!」
カイの斜め向かいに座っていた小松先生は立ち上がり、カイの肩をつかむ。
「ど、どうすればいい? 何が言いたいんだ?」
小松先生はまるで幼児に話しかけるように、優しい声音で語り掛ける。
「コケコッコーは宇治抹茶に入ってません!!」
「頼むから話をさせてくれよ櫻井ー!」
完全にイっちゃったカイを落ち着かせるのにこの後たっぷり四十分かかった。
海ちゅわ~ん海ちゅわ~んを連呼するカイを何とかなだめて、小松先生の名のもと、二人はしっかりと夏休みをもらえた。
ちなみにカイ曰く当日の記憶は無いようで、あの日定例会議に出席したのはカイのドッペルゲンガーだったと噂が広がった。
この学校に七つもない七不思議の一つになったのはまた別のお話。
夏休み後半で、カイは海と共に泊まりで旅行へ行こうと計画した。
それに伴い、海の両親としっかり話し合った。
普段から家でもカイのことをよく語っていたからか、海の両親はすんなりとカイを受け入れた。
とてつもなく娘に甘かった父親がカイをどうするか、母親は気がかりであったようだが杞憂に終わった。
旅行から帰った海は沢山撮った写真を両親に見せながら、土産話を振舞った。
嬉しそうに語る娘の成長を、これまた嬉しそうに見つめる両親の姿がそこにはあった。
それから月日は流れ気がつけば高校三年も半ば。
制服もすっかり衣替えし、ほんのり秋風が肌を刺すような冷たさを持った季節。
将来を視野に入れつつ、色々な事を考えなければならない年頃の二人。
二年生の頃に託された生徒会も後輩へと引き継ぎ、部活も引退。
そこからは進学や就職の悩み。進学するとしたらどこへ?
様々な思考を繰り返し、やる事もいっぱいな二人はやっと久しぶりのデートができた。
「多忙すぎて高校最後の夏休みは一度も会うことができなかった悲しい思いを振り切り、この日は倒れるまで遊ぼうよ!」
「えっ、夏祭りは一緒に行ったじゃない」
「夏祭りは基本イベントなのでカウントしません。それ以外じゃぜんっっっっぜん会えなかったじゃない? だから決めた、んもうぜえっっっったい遊ぶんだっ!!」
と決めたカイの意気込みに押し負けた海が苦笑いでオーケーを出したのが一ヶ月前。
これまで色々な事を二人に押し付けた友人達にすべてを押し付け返し、海とカイはやっとのことで開放を得られた。
待ちに待った今日この日。
海は前日に母へとおねだりしてメイクを習い、カイは一週間も前から色々なお店のチェック。
何より、二人が久しぶりに「これ、見たい!」と気があった映画の公開日でもあった。
入念に時間の割り振りを決めてデートプランを練った。
パンケーキの美味しいお店も調べ、メロンフロートが有名な喫茶店も調べた。
足が疲れないように近場で遊べるゲームセンターも見つけて、コースもバッチリ!
「本日はお日柄もよく、最高のデート日和となりまして~」
自慢げに当日のプランを語るカイ。
「櫻井観光をご利用いただき、まことにありがとうございます~」
うやうやしくお辞儀をしたカイはしかしキリッとした表情で
「こちらが本日最初の素敵なパンケーキのお店でございっ!」
情報網を使って調べ上げたお店を海へと紹介する。
「おぉ~!」
パチパチと拍手を入れるも、周りの人の目線を気にして瞬間、素に戻る海。
そんな海を促しお店に入って小一時間。
パンケーキもしっかり吟味して満足した二人は、この後のプランについて語った。
「ねぇカイ。映画までまだ時間あるよ? それまでここでゆっくりするの?」
ちょっと挑発的に見える海の表情。
待ってましたと言わんばかりに咳払いをひとつしてカイは、
「もちろん考えてありますとも。映画館の近くにゲームセンターがあってね~、そこで…」
取り出したスマホの画面には、海の大好きなキャラクターがぬいぐるみになった画像が写っていた。
「あぁっ、ぱやぱやもっちっちのるっこらちゃん!!」
ぱやぱやもっちっち、という幼児向け番組のキャラクターであるるっこらちゃん。
丸みのある植木鉢っぽいボディから緑の葉っぱが生えていて、ゆるい表情が子どもに大人気。
しかしこの番組が放映されていたのはカイや海が幼児期であり、現在ではもう別のキャラクターが同番組でマスコットを務めている。
しかし海はこのキャラクターが大好きで、たまにこうやって復活したグッズを見るとテンションが上がるのは、カイもよく知っていた。
「カイすごい、よくるっこらちゃんのぬいぐるみが出るって知ってたね?」
「実はこのゲームセンターのSNSをフォローしててね、この前通知で来てたんだ!」
「前々から思ってたけど、カイってそういう前情報とかを調べるのすごいよね~」
「ふふん、もっと褒めてくれていいよ? あとね、今だとこのぬいぐるみをゲットすると~」
ゲームセンターのSNSページを表示し、今だとこのぬいぐるみをゲットしたお客様に先着でるっこらちゃんのペンセットを差し上げる、という旨の記載を見せて笑うカイ。
その内容にテンションが最高潮に達する海。
そそくさとお会計を済ませた二人はゲームセンターへ向けて一直線。
二人でキャッチャーの筐体に噛り付いて、あ~でもないこ~でもないを繰り返してやっとぬいぐるみを入手。
しかしその時すでに映画上映二十分前。
ゲームセンターの店員さんを急がせてペンセットをもらい、駆け足で映画館へと走る二人。
暮れ始めた空がやや曇っていたが、二人には気にもならない。
映画のラストシーンでボロボロと涙をこぼしながら、お互いにハンカチを渡しあう二人。
生き別れのペットとの再会を果たすという内容の映画だったが、二人には見事に刺さった内容だったようで帰り道はずっと映画の内容に関する話が止まらなかった。
そう、映画館を出るときに大雨の状態でも、だ。
「で、あのシーンの後のわんこちゃんがすっごい可愛かったよね!」
鼻息荒く語る海。相合傘で帰宅する二人。
濡れないようにとコンビニで慌てて買ったビニール傘を持ってるカイも強くうなずく。
「めちゃかわだった! んでその後に出てきたあの子がまっさかの!」
「そう!! 死んだと思われてた飼い主!! あの前のシーンすごい演出で、すっかり騙されたよ~」
お互いにうんうんとうなずきながらトークは止まらない。
すっかり映画のファンになった二人はDVDの予約も視野に入れていた。
大きな交差点へと差し掛かり、その時ふいにカイは真っ白な毛を輝かせる猫を視界の端にとらえた。
「…あっ」
そして、訪れる、運命の時。
「そこであの牧場主がまた意地悪で~」
話すのに夢中な海はカイが突然動いたことにも気づかない。
「海、ごめん傘っ!!」
バッと傘を投げ捨てるように海へと押し付けて、カイは車道へと走り出す。
「わんこの飼い主にわぁぉ! ちょっ、カイ!?」
突然渡された傘で完全に視界が奪われる海。
動き出したカイは止まらない。
複数台の急ブレーキの音。まるでこれから起こる悲劇への金切り声のようだった。
カイは大型トラックの死角にたたずむ白猫を抱き上げると同時に意識が途絶えた。
海は何が起こったのかわからないまま、傘をどかして周りを見る。
海が傘をどかして見つめた先には、おびただしい血だまりに倒れた、白い子猫を抱く愛しい人だった。
「え…? えっ、…か、カイ?」
視界からの情報を処理しきれない海は、思考が停止してしまい、体から力が抜ける。
あれだけお気に入りで映画館で一度も離さなかったるっこらちゃんのぬいぐるみがポトリと足元に落ちるのも厭わないほどに。
やがて遅れてやってくる現状の事態の把握。
聞いたこともない悲鳴がこだまする。それが自分の発した声だと気付かないほどに海は取り乱す。
倒れ伏したままのカイを抱き上げる海。
おろしたての服がカイの血で汚れていくのも気にせず、カイへと声をかけ続ける。
その時、カイの胸元から白い子猫が地面へと降り立った。
「え、猫? ねぇカイ? カイっ!!」
大きな交差点の真ん中。誰かが通報したのだろう、たくさんのパトカーが止まりだす。
目を覆いたくなるほどまぶしい回転灯の数。
白い子猫はカイと海から少し離れ、まるで様子見をするように周りを見つめる。
何が起こったのかわからないまま、パトカーの数とサイレンの音で人があふれ始める。
たくさんの野次馬と人々の話し声。
「ねぇカイ、大丈夫よね? カイはスポーツも万能だから、だから…」
思い思いに話す人間たちを一瞥した後、白い子猫はカイと海を見つめる。
涙声になりながらも、カイを呼び続ける海。
警官たちがカイを轢いたトラックを取り囲み、野次馬たちを近寄らせまいと動く。
外へと降り立った大型トラックの運転手は膝を折り震えながら、警官と何かを話していた。
「…う、み…、こね、こ怪我、してな…い?」
振り続ける大雨。カイの体のあちこちから出血が見られる。
そっとカイは瞳を開くがどこかうつろで、ゆっくりとあげてきた手を握り返す海。
息も絶え絶えで言葉を絞り出すカイ。血だらけの彼を抱きしめる海の顔は苦悶に満ちている。
握るカイの手にも力が入るほどに。
「大丈夫、子猫は大丈夫だから! カイっ、しっかりしてっ!!」
悲鳴に聞こえるほどの声を上げる。
カイの息遣いがだんだんと弱まっているのを抱きしめる体越しから感じる。
頭をよぎるのは嫌な予感。まさか、まさか、と思うほどに。
「う…み、大好きだ、よ。…どうか、しあ…わせっ…に…」
ゆっくりと上下運動していた胸が動かなくなる。
何かを言いかけたまま声は細ぼってしまい、そのまま瞳をゆっくり閉じる。
「イヤッ、カイお願い目を開けて!!」
抱きしめる体から温もりが徐々に消えていく。降りしきる雨の中、悲鳴だけが響き渡る。
握った手から力が抜けて、海の手を離れて地面へと垂れ下がる。
二人を見つめていた白い子猫はゆっくりカイの横へと移動し、力なく垂れた手をペロリと舐める。
周りの人間たちは慌ただしく動き回り、救急車が到着してカイを搬送していく。
その場に残された海は警官たちに囲まれ何かを聞かれていた。
白い子猫は踵を返し、街の闇の中へと消えていく。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
ここまでで前半。
タイトルも①から前編へと書き換えました。
次は中編を掲載していきます。




