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青空ハウス  作者: aki
5/6

*5.動き

**


試験結果発表。


エントランスの掲示板に、全学科・学年・試験科目ごとに氏名と点数が貼り出される。


個人情報はどこへ行ったのか。


60点のラインに赤線が引かれ、線より上に名前があれば合格、下に名前があれば追試。


一目瞭然

単純明快


そんな単語が頭をよぎる。


お昼過ぎ。

エントランスに人はまばらだった。

結果発表は午前9時から。

今までの経験から、学生の集まるピークも午前中だっただろう。


寿やももちゃんも午前中に来たのかな。


そんな考えがぼんやりと頭をよぎる。


湯木、湯木…


呪文のように自分の名前を呟きながら、掲示板を確認する。


全ての教科を確認していくと、赤線よりも上に名前があった。


よかったぁ。


ほっと、ため息をつく。


美紀も同じだったようで、


「お互い、追試0!

頑張ったね!!」


思わずハイタッチをしてしまう。


美紀がニヤリと笑って、スマホを取り出した。


「よし。

先生にメッセージを送るのだ。

明日、デートの約束してるんでしょ?」


「!

何で知ってるの?」


「ひみつ~」


ふふふ、と意味深な笑いをされる。

美紀を問い詰めようとした時、後ろから声がかかった。


「さわこちゃん、美紀ちゃん。

試験結果どうだった?」


あいなちゃんとナツコちゃんだった。


「私たち、追試なしだったよ!

あいなちゃんとナツコちゃんは?」


あいなちゃんは右手でゼロを作る。


「私たちも追試なし」


「よかったね!

そういえば、実技のプリントありがとう」


「プリントのおかげで実技クリアできたよ。

ありがとね」


美紀と二人でお礼を言う。


「そんなことないよ。

二人が頑張ったからだよ。


そういえば、小野くんは追試どうだったの?

ナツコのとこは、カレが追試1つで、明後日追試験だから遊ぶ約束がなくなっちゃったんだよね」


残念、とナツコちゃん。


「どんまい」


と励ます美紀と苦笑いの私。


「……実は、一昨日別れたの」


一瞬気まずい空気が流れる。


「ごめん、わたし……また……」


「あ、気にしないで。」


「そうそう。

もう新しい出会もあるもんね~」


ちゃかしてくる美紀にげんこつをお見舞いする。


「それは違うから!」


「え~何それ、知りたーい」


美紀の悪ふざけに乗っかってくるナツコちゃん。


「も~聞いてよ‼

さわこんちの隣にイケメンが住んでてさぁ」


「美紀!」


ちょうど美紀を怒ったとき、エントランスの自動ドアが開き、寿が入ってきた。


掲示板を見ようと足を止めた寿がこちらに気づく。


寿にやや遅れて、ももちゃんも自動ドアをくぐる。

何か言おうとしたももちゃんは、くるりときびすを返し、ロッカーへ向かってしまった。


背中で、美紀とナツコちゃんのないしょ話が聞こえる。


「アレ、絶対一緒に来たよね?」


「多分ね。

さわこちゃんには黙ってたけど……

昨日から小野くんの車、うちのアパートにあったよ」


「ちょっ、二人ともやめなって!

さわこちゃん、行こう」


あいなちゃんが、美紀とナツコちゃんを諌め、外へ行こうと促す。


寿と目が合った私は、かすかに頭を下げて目線を外し、

外へ出るみんなと一緒に寿の横を通りすぎた。


**


勇二先生に試験結果をメッセージで送ると、夜遅くに、労いの言葉と翌日の待ち合わせ時間が送られてきた。


朝9時、自宅前。


約束の時間ピッタリに玄関を開けると、勇二先生が駐輪場にいた。


「おう。おはよう」




「おはようございます。

今日は、よろしくお願いします」


「じゃあ行こうか」


いつものジャージではなく、ジーンズにストライプのシャツを羽織っている。

背が高いから、ラフな格好でも決まって見えるのが不思議。


そういう私も、パンツにゆったりめのトップスというラフな格好。

昨日のメッセージには、動きやすい服装で、と服装の指定もあった。


どこへ行くのかな?


ワクワクしながら、勇二先生の後を追った。


家から南へ歩いて、5分。

ちょうど家とめいちゃんの通う保育園の中間にある大通り。

そこのバス停からバスに乗ること20分。


JRの駅から徒歩10分の位置にあるショッピングビルの最上階に私たちは来ていた。

このショッピングビルには、洋服やアクセサリーのショップはもちろん、ゲームセンターや飲食店、映画館も入っている。

最上階は、まるまる1フロア、子どもたちが遊べるようになっている。


「……ここは?」


エレベーターを降りるとすぐ、子どもたちの遊べるフロアの入り口。

入り口で入場券を買った先生に連れられ中へ入る。


壁面には子どもたちのテンションが上がりそうな装飾。

ボールプールに、エレベーター風の階段。

ままごとコーナーに、コマやフラフープなど遊べるスペース。


前に何度かめいちゃんと遊びに来たことがあって……

あの時のめいちゃん、ここでずーっと遊んでたな。


勇二先生に連れられ、フロアをぐるりと回る。


「……先生、今日はなぜここに?」


「卒園遠足の下見。

男一人じゃ来にくいじゃん」


仕事かい!


いつの間にかパンフレットを手にしている勇二先生。


前にお姉ちゃんに見せてもらった保育園の年間予定を思い出す。


「……卒園遠足って、2月じゃなかった?」


「正解。

これから行事いっぱいあるから、今のうちに1度下見したかったんだよね。

タイムテーブルとか作らなきゃだからさ。


また、当日直前にも来るけどね」


パンフレットを広げた勇二先生は、フロア全体をもう一度見回し、エレベーター風の階段へ向かった。


エレベーター風とあって、子どもたちが自分で登れるような仕掛けになっている筒型の階段。

筒型の階段を囲むように、さらに階段がついている。

勇二先生は荷物を私に渡すと、筒型の階段の中へ入っていった。

私は外階段で追いかける。


「先生ー、大丈夫ですか?」


身体の大きな勇二先生には、キツそうに見えるエレベーター風の階段だけど、先生は上手に上を目指している。


「ヨユー。


てか、ここには先生一人配置した方がいいかな」


勇二先生の頭の中では、卒園遠足で来たときのシミュレーションも行われているらしい。


勇二先生の仕事に対する真面目さが垣間見えた気がした。



階段を上がると、自動販売機や給水器があり、テーブルとイスが並べられていた。


子どもたちの遊べるフロアからでないと来られない、上の階にある飲食スペース。

屋上にも出れるようになっていて、遊具も少しある。


飲食スペースのイスに座る私。


階段を登り終えた勇二先生に荷物を渡す。


「ありがとう。


下見もあらかた終わったし、、

このあと、どうする?」


時計を見るとちょうどお昼になっていた。


子どもたちの遊べるフロアから、1階へ移動した私たちは、オムライス専門のチェーン店で向かい合って座っていた。


「下見に付き合っていただき、ありがとうございました。

さーちゃんさま、お好きなものを注文してください」


ズズイ、とおおげさに差し出されたメニュー表。


「うむ。

おすすめはどれかな?


……って、あはは」


お代官様みたいな口調に、堪えきれず笑ってしまう。


「勇二先生のおすすめはどれですか?」


「エビのやつかな?

俺エビ好きなんだよね」


「へー。

それなら、先生おすすめのにしようかな」


メニューをパラパラめくりながら答える。


「ねぇ、さーちゃん。

その“先生”はやめようか。


前から言おうと思ってたんだけど…、

保育園以外ではやめてください」


「えー、呼びやすいのに」


「いやいやいや、

周りの目が気になる」


「そう?


んー、何て呼ぶのがいいかな?」


お冷やを飲みながら考える。


「…まっつん」


公輝先生と同じ呼び方にしようかな。


「却下。」


「じゃあ、松本さん?」


「うーん……」


渋い顔をする勇二先生。


年上の男の人は、何て呼ぶのが正解なのか。

さん付け?くん付け?


悩んでいると、勇二先生がリクエストをしてきた。


「悩みすぎじゃない?


……名前にくん、で呼んで欲しいんだけど」


え?

名前!

いきなり名前呼びは恥ずかしいけど……


思い切って呼んでみる。


「……勇二、くん?」


「はい」


勇二先生、じゃない。

勇二くんが、まっすぐこっちを見ている。


思いがけず視線が、合う。


「……注文しようか」


照れた二人は、静かにオムライスを注文した。



オムライスを食べ終わる頃には、妙に照れた空気もなくなって。

帰るには、まだ少し早い時間。


「あ、

この映画観たいやつだぁ」


廊下の映画ポスターが目に入る。

最近公開されたファンタジー映画。

原作は一昨年発売された文庫本で、ファンタジー大好きな私は何度も読んでいた。


公演時間もちょうど良さそう。


「……観てく?」


勇二くんが、私の顔を覗き込んで聞いてくる。


「いいの?

観たい!」


嬉しくて、元気よく答えてしまったら、


勇二くんに笑われてしまった。


……子どもっぽかったかな?


「何、笑ってるんですか」


いつまでもクスクス笑っている勇二くんにパンチをお見舞いしてやる。


「かわいい」


そう言ってまだ笑っている姿に、ちょっとのむかつきと照れと。


もう一度お見舞いした私のパンチは簡単に摑まり、

そのまま、映画館まで離してもらえなかった。


**


追試験も終わり、通常講義に戻って数日。


1コマ目の始まる10分前。

教室には、ほぼほぼ生徒が登校してきていた。


教室に入ってきたももちゃんが、まっすぐ私の席へやってきて、

急に頭を下げた。


「さわこちゃん。

ごめんなさい!!」


何が起こったか分からず、一瞬頭が真っ白になる。


「ごめんなさい!!」


普段は小さめの可愛らしい声のももちゃんが、大きな声で謝っている。


教室中に聞こえる声に、クラスメイト達がチラチラとこちらを見てくる。


「も、ももちゃん。

頭を上げて……」


慌てて私はももちゃんに訴える。


「……でも」


ももちゃんの瞳は涙で潤んでいた。


「わたしのせいで寿君と別れたって聞いたから…!

趣味の話で盛り上がっちゃったから……

誤解させて、ごめんなさい」


「……ももちゃんのせいじゃないよ。

気にしないで」


私は何とか笑顔を作って答えるが、

ももちゃんの瞳から、ポロポロと涙が零れだした。


その涙を見て、泣きたいのはこっちなんだけど、と頭の片隅で冷静な自分がいた。


教室では、登校してきた生徒たちが講義の支度を始めていたが。


面白半分で私たちを見てくる人。

コソコソと話している人。


好奇の視線が痛い。


梓ちゃんときーちゃんが私たちに気づき、声をかけてくる。


「どうしたの?」


「何かあった?」


ハンカチで目頭を押さえたももちゃんが涙声で説明をしだす。


「……さわこちゃんと寿君、

私のせいで、」


「その話は!もう終わったことだし、ももちゃんのせいじゃないから。

気にしないで」


みんなの視線が気になって、早く事態を収拾させたくて、ももちゃんの話に被せて、強引に話を終わらせる。


「ほら、もう講義が始まるから!

先生来ちゃうから、席戻って!!」


笑顔で、席に戻るよう伝える。


きーちゃんはももちゃんを気遣い、

梓ちゃんは私に抗議の目を向けてくる。


……絶対、誤解されてる。

この状況を見れば、私がももちゃんを攻めているように、みんなの目には映っているんだろうな。


梓ちゃんが口を開こうとしたとき、美紀とあいなちゃんが教室へ入ってきた。


「おはよう。

まだ先生来てないよね?」


「間に合った~」


「……ん?

どうかした??」


教室の異様な空気を感じ取った美紀とあいなちゃん。


「さわこ?」


美紀に声をかけられ、何て返答しようか迷っている所へ、先生が入室してきた。


先生とほぼ同じタイミングで入室してきた寿は、クラスメイトに気づかれることなく席に座る。


みんな、クモの子を散らしたように着席していく。


いつの間にか、講義の時間になっていた。


1コマ目の講義が終わってすぐ。


私は美紀に連れられて教室を出ていた。


廊下の突き当りは窓になっていて、私たちの教室のある3階の窓からは民家や田んぼののどかな風景が広がっていた。


黄金色に光る稲穂の上を風が吹いている。


「で、さっきのももちゃんは何?」


美紀がさっさと本題に入る。


「何か……寿と別れた原因になって、ごめんって謝られた。

趣味の話で盛り上がって、誤解させてごめんって……」


マジか~、と呟く美紀。


「みんなのいるところで、そんなこと言わなくてもいいのにねぇ。

別れてから時間もたってるしね。今さら、だよね……」


苦笑いの私に、怒る美紀。


「さわこ!それは違う。

みんなの前で

“さわこと小野君が分かれたのは私が原因じゃないんです。私悪くないんです”

ってアピールしたんだと思う。」


「……え、そんなことする必要ある?」


理解できていない私に、背後でナツコちゃんの声がした。


「アピールの必要、あったんじゃないかな~。

小野君とさわこちゃんが別れたの、うちのアパートで有名だもん。

ももちゃんと小野君が一緒にいるところの目撃者が多かったから、原因はそれだろう、って噂されてるよ。」


「……そうだったんだ」


「うん。

学科の人たちに知られる前に手を打ちたかったんじゃない?

アパートでもさ、カタギリ君の家でよくゲームしてたみたいで、ももちゃんと小野君もよく集まってて、気づくと二人で消えるって有名だったよ。

でも、ももちゃん家って、他にも男の人が出入りしてるんだよね……」


言ってから、しまった、と口を覆うナツコちゃん。


「……って、もう言っちゃっても大丈夫だよね?」


「……うん、大丈夫だよ。」


私の言葉に、ほっとした様子のナツコちゃん。


「それにしても、ホント自分勝手だな、ももちゃん。

時間にルーズ、バイトもルーズ、男にもって……

学校では、そんな感じないのにね。騙されたわ」


はあ、とため息をつく美紀に、私は


「何もそこまで言わなくても……」


と擁護してしまった。


そう。

学校やバイトでのももちゃんは、ちょっと遅刻が多めでのんびり屋さん。

周りがおせっかいを焼きたくなるタイプの子だと思っていた。

それをもし計算でやってるんだったら相当手ごわいな、と想像してゾッとした。


「まさか、友達だと思っていた子に裏でカレシ取られるとは思わないよね。

相手が無害そうなももちゃんだもんね。

ビックリよ」


「……あいなちゃん」


いつの間にかそばに来ていたあいなちゃんの毒舌。


「もう、寿とは何でもないから。

ももちゃんとどうしてようが関係ないよ」


自分でも、スルリと出てきた言葉にビックリした。

別れた直後はあれだけ泣いたというのに。


「そうそう、さわこちゃん。

昔の男は忘れて、次行こう、次。


……というわけで、合コン行かない?

1人足りなくて」


お願い、とあいなちゃん。


え……、と戸惑っていると美紀に先に言われてしまった。


「さわこは、もう先生がいるからダメでしょ。

私、行くよ。いつ?」


「ちょっと……

先生って……」


「デートしたんでしょ?

公輝先生から聞いてるよ~」


結局、あいなちゃんお誘いの合コンには美紀が行くことになり、

私は次の講義のあとのお昼休みに、試験発表の次の日に行った勇二くんとのデートについて根掘り葉掘り聞かれることになった。


そのおかげか。

ももちゃんのおかげで異様な空気に包まれた教室にいることはなかった。


 **


週末。


めいちゃんを保育園にお迎えに行き、実家へ送った帰り。


メッセージではなく、着信。


とりあえず、近くのコンビニに車を停め、電話に出る。

相手は勇二くん。


「もしもし」


『もしもし、さーちゃん?

今どこ?』


電話の向こうから焦っている声が聞こえる。


「実家の近くのコンビニだけど……

どうかしました?」


『さーちゃん家の前に、元カレが来てて、ドア叩いてる』


勇二くんの言葉に、試験期間中にも寿にドアを叩かれたことを思い出す。


「……どうしよう」


別れてから、約2週間。

今さら何をしに来たのか。

急に怖くなる。


『さーちゃん、大丈夫?

とりあえず今日は実家に泊まれば?』


電話の向こうで勇二くんの心配そうな声。


そうしようかな、と考えて、明日は朝からバイトだったことを思い出す。


「うーん、そうしたいけど……

バイトの制服が家で……帰らないと。」


寿が帰る頃を見計らって、帰るしかないかな。


「適当に時間潰してから帰ることにします。

遅い時間になれば、寿も帰るだろうし。


勇二くん、連絡ありがとう」


電話を切ろうとすると、ちょっと待った、と呼び止められた。


『待って。

危ないから実家に戻りな。

どうしてもこっちに帰ってくるなら迎えに行くから』


「いやいや、大丈夫だよ」


『何かあったら心配だから。

ちゃんと実家に戻って』


迫力のある声に、私を心配しているのが伝わる。


『今から、さーちゃんの実家行くから。

住所、メッセで送って』


「そこまでしてもらわなくても……」


やんわり断ろうとする私に、勇二くんは言った。


『じゃあ、こうしよう。

俺が迎えに行くから、運動会の小物製作手伝って。

……どう?』


「……分かった。

それなら、よろしくお願いします」


今回のお迎えは、ギブアンドテイクということね。


私は、勇二くんの申し出をありがたく受け入れた。


飲み会に行くから車を置かせて欲しい、と言い訳をして、

実家に車を置かせてもらい、

勇二くんには実家から少し離れた場所に迎えに来てもらうことになった。


本当のことを言ったら絶対心配される。

それだけは、勘弁だった。



「……まだ、いる」


私の駐車場の隣に、シルバーの軽自動車が停まっていた。

寿の車だった。


勇二くんは、車を停めずに、アパートの前を通りすぎた。

そして、バスタオルを私に渡した。


「とりあえず、これで顔隠してて。

臭くても許してね」


うん、と頷く。


「臭い」


「おい」


「嘘。

臭くないです、大丈夫」


私は笑って、テンションを上げた。

そうでもしないと、恐怖に支配されてしまいそうだった。


別れた元カレが何の連絡もなしに家に来て、ドアを叩いているなんて。

ある意味ホラーだ。


少し前までは、お互い信じていたのに……

こみ上げてくる空しさを押し戻すように、

私はきつくバスタオルを握った。


「さーちゃん、着いたよ。

車はあるけど、人はいなさそう……かな」


私は頷くと、勇二くんと一緒に車を降りた。

勇二くんの影になるように歩く。


「行くよ」


そう呟いた勇二くんは、私の手をギュッと握った。

握られた手は温かかった。


その温かさに安心する。


家の前には、やはり寿がいた。

ドアを叩いてはいなかったけど、どこかに電話をしていた。

電話をかけている相手は恐らく、私。


勇二くんの車の中で何度か着信音が鳴っていたから。

今は電源を切ってある。


変な緊張と不安が押し寄せる中、自分の家の前を通りすぎる。

心なしか、寿に見られているような気がする。


落ち着いて、と言うように勇二くんの手に力が込められた。


勇二くんが家の玄関を開け、私に先に入るよう促す。


寿に気付かれることなく家の中に入った私たちは、お互いの顔を見て、微笑んだ。


「とりあえず、元カレが帰るまでここにいな」


「……ありがとう」


こくん、と頷く。


頭から外したバスタオルを勇二くんに返そうとしたとき、外で男の人の声がした。


『あんた、いつまでここにいるの!

何か用かね?

用がないなら帰ってくれ。

他の住人の迷惑だ!!』


声の主は、ふん、と鼻息荒く、一通り文句を言うと自分の部屋へ行ったようだった。


他の住人に迷惑をかけてしまい、申し訳なくなる。


やっぱり、直接寿に文句を言おう!


と決心した矢先。


車の走り去る音がした。


リビングのカーテンの隙間から外を覗いていた勇二くんが手招きをする。


「帰ったみたい」


小さくなっていく寿の車に、少し安堵した。


「あの、勇二くん。

本当にありがとう。

寿、帰ったみたいだし、私家に帰るね。」


「ダメ」


そう言って、勇二くんに腕を掴まれる。


ドキ、と心臓が脈を打ったような気がする。


「……約束、忘れた?」


「約束?」


思い出せない、と顔にでも書いてあるのか、勇二くんが明らかに落胆した。


「あの?」


「運動会の小物製作、手伝ってくれるんでしょ」


ああ!

迎えに来てもらうお礼に、と条件で出されたアレか。


「今から?」


「そう。

年長さん組のメダルの案が決まらなくて。

決めるの手伝って」


そう言われてしまっては、仕方ない。


承諾した私は、手伝うことにした。


この日は本当に案だけ決めて。

といっても、3パターンくらい勇二くんが考えていたものの中から選ぶくらいだったけど。


そのあとは、晩ご飯をご馳走されてしまった。


寿の来そうな気配はなかったけど、

勇二くんがあまりにも心配をするから、入浴後、再び勇二くんの家にお邪魔させてもらうことになった。


**


勇二くんの家に泊めてもらった私は、お礼に、と朝ごはんを用意していた。


ごはんに卵焼き、お味噌汁。

冷蔵庫にあったものを拝借して、簡単に作らせてもらう。


ロフトで寝ていた勇二くんが、朝ごはんの匂いにつられて起きてきた。


「おはよう。

さーちゃん、朝から豪勢だね。旨そう」


「おはよう。

豪勢かな?

食材がいいんだよ!」


二人で向かい合って、手を合わせる。


「いただきます」


朝ごはんを食べる。


寝癖のついた髪にメガネの勇二くん。

寝起きの無防備な姿に見つめられ、ドキドキしてしまう。


「……よく寝れた?」


うんうん、と力一杯頷く。


「勇二くんがベッド貸してくれたから。

ぐっすりだったよ。

ありがとう。」


「そう。それなら良かった。」


ふわっと笑う勇二くん。

向けられる笑顔が優しくて、胸が詰まる。


何でここまで親切にしてくれるんだろう?


そんな疑問が私の胸に浮かぶ。


私たちは、隣人。

めいっこの保育園の先生と保護者。

係わると面倒な関係なのに。


「さーちゃん?

どうかした?」


箸が止まった私を気にしてか、勇二くんが声をかける。

私は、パッと笑顔でごまかす。


「なんでもないです。

今日、バイトだからどうやって通勤しようか考えてた」


いつもは車で15分の距離にあるバイト先。

天気もいいし、自転車にしようかな。


「送り迎えするよ。

バイト、朝から夕方までって言ってたよね?

俺の勤務時間と被るから一緒に行こうよ」


「え、」


思いもしなかった申し出に固まる。


「ほら、早くごはん食べて。

おいてくよ」


勇二くんは送ってくれるつもりのようで、さっさとごはんを食べて、支度を始めている。


……こんなに甘えて大丈夫かな?


私の疑問は他所に、勇二くんに急かされ、一緒に家を出た。


バイトへ向かう車内で、私は勇二くんの質問攻めにあっていた。


何で、別れた元カレがまた家まで押しかけてるのか。


別れ話が拗れたんじゃないか。


総合すると、私の心配をしてくれているみたい。


大丈夫、と答えていた私だけど、

食い下がる勇二くんに、ついに本当のことを話した。


先日、浮気相手のももちゃんが教室で私に謝ってから、事情を詳しく知らない一部の生徒からよく思われていないこと。


私は、寿とももちゃんの関係を誤解していて、ももちゃんにつらく当たっていると思われているらしい、こと。

寿は、私とももちゃんと二股をかけた、と噂の中心になってしまっていること。

ももちゃんは、あの謝罪パフォーマンスが受け入れられ、みんなの中では、一番の被害者だと思われている、こと。


周りの反応にはすごく納得がいかないけど、ももちゃんの立ち回りが上手すぎて、もう真実を誰も受け入れてくれないんじゃないかな。


仲の良かった梓ちゃん、きーちゃんは完全にももちゃんの言うことを信じてるし、上村さんはどちらにも深く係わらずに静観しているかんじ。

ももちゃんは必要以上にきーちゃんや梓ちゃんにべったりで、私のことをあからさまに避けている。

そういったももちゃんの態度も周りに誤解を与える要因なんだけど。


それでも、事情を知っている、美紀やあいなちゃん、ナツコちゃんが私の力になってくれている。


『人の噂も75日だよ!

そのうちみんな興味なくなるって!』


と励ましてくれたけど。


寿は、学科では広く浅くな感じの友達付き合いだったから、今回の件でみんなに腫れ物扱いをされているかんじだった。

かなり居ずらいんじゃないかな。

唯一、小倉くんが良くしてくれてるみたいだけど……


「元カレ、さーちゃんのことが好きでよりを戻したい感じじゃなさそうなんだね。

学科での立ち位置を回復させたいがためにさーちゃんに戻ってもらいたいって感じなのかな」


私の話を聞きながら、険しい顔の勇二くん。


「……多分」


何とも嫌な空気が車内に流れるが、

それでも車はちゃんと私のバイト先に着いた。


お礼を言って、車から降りると、

運転席の窓が開き、勇二くんが一言呟いた。


「そばに居てあげたいけど、そう言うわけにもいかないしな……」


え?

どういう意味?


驚いて勇二くんを見る。


「とりあえず、バイト頑張って。

終わったらちゃんと連絡すること。いい?」


「……はい」


言葉の意味を聞く前に、勇二くんは私に帰りの連絡をするように念押しをすると、自分も仕事へ向かっていってしまった。


バイト終わり、勇二くんに連絡をすると、すでにショッピングモールで待っていてくれていた。


待ち合わせのコーヒーショップへ小走りで向かう途中。


「あれ?

湯木さん?」


声をかけてきたのは、バイト先の社員、工藤さんだった。


「あ、工藤さん。お疲れさまです。

今日、お休みですよね?」


私服の工藤さんは、買い物をしていたようで、いくつかのショップ袋を持っていた。


「そう、休みなんだけどね。

買い物に来たんだよ」


コレ、とショップ袋を軽く持ち上げる。

よく見ると女性もののファッションブランドのロゴがついている。


「あぁ!彼女とデートですか?」


「まあ、ね」


笑って答える工藤さん。


バイト中、工藤さんの趣味の映画鑑賞の話やご実家で飼っている犬や猫の話題しかないから、てっきり彼女はいないのかと思っていた。


まさか、彼女と職場のあるショッピングモールでデートしているとは思いもしなかったよ。


「おまたせ~」


工藤さんの彼女が戻ってきたみたいで、横から甘い声がかかる。


工藤さんの彼女に挨拶をしようとしたところで、はっと止まる。


「……え、ももちゃん?」


普段は低めのポニーテールが、下ろされ、ワンピースにヒールで、ナチュラルメイクのももちゃんがそこにいた。


「さわこちゃんだ~

バイトお疲れさまぁ」


ビックリして固まる私とは対称的に、普段通りのももちゃん。

学校で私のことを避けているのが嘘のよう。


「えっと、工藤さんと付き合ってるの?」


私の質問に肯定も否定もせず、かわいく微笑むと工藤さんを見つめた。


見つめられた工藤さんの顔はほんのり赤くなった。


「ちょっ、湯木さんもいるから。」


んふふ、と工藤さんを見つめたももちゃんは、

「じゃあ、わたしたち行くね~

さわこちゃん、また学校でね。」


と、工藤さんと腕を組んで、行ってしまった。


その後ろ姿は、ラブラブという表現がぴったりなんだけど。


学校での姿を思い出すと、消化不良なモヤモヤが残った。


待ち合わせのコーヒーショップでは、お店の入り口近くの席でコーヒーを飲んでいる勇二くんがいた。


絵本を読んでいるみたいで、私には気づいていない。


後ろからこっそり近づき、いつかされたように肩をトントンと叩いた。


振り向いた勇二くんの頬に指が当たる。


「ひっかかった~(笑)」


「さーちゃんか……びっくりした。

公輝かと思った」


公輝かと思った、って……

公輝先生いつも何かいたずらしてるの?


「遅くなってごめんね。

結構、待った?」


私の質問に笑顔で首を振る勇二くん。


「全然。

本屋行ったら、面白い絵本見つけて買っちゃった。」


「どんな絵本なの?」


勇二くんは、今まで読んでいた絵本を私に見せてくれた。


恐竜の仕掛け絵本。


ページを開くと、ドカンとメインの恐竜が飛び出す仕掛け。

他にも細かい仕掛けがあったりする。

繊細な作りに大胆な仕掛け。

ページをめくるたび、飛び出す仕掛けに驚く。


一通り見てから、勇二くんの視線に気づく。


絵本を見て、すごい と わあ~ しか言えなかった私。


語彙力低いと思われてたらどうしよう……。

いやいや、この仕掛けを前にして、すごい と わあ~ 以外の言葉は出てこないでしょう。


絵本を見終わった私に勇二くんが話しかける。


「その絵本、びっくりするよね。

迫力あるし、細かいし。」


「うん!

こんなスゴイ仕掛け絵本があるんだね。初めて見たよ。

子ども達喜びそうだね」


絵本を勇二くんに返そうとした私は、その値段にも、すごい と わあ~ しか言えなかった。


「でしょ?

その値段だと保育園で買ってもらえるか分からないし、絵本自体の仕掛けが細かいからすぐ痛みそうだし……。

俺の私物ってことで保育園に短期間持っていこうかと思ってるんだけどね」


私から受け取った絵本を見る目が優しい。


「そうは言っても、絵本好きだからちょっと変わったのみつけるとすぐ買っちゃうんだけど」


絵本好きって、保育士らしいな。


優しい勇二くんの瞳に、私も優しい気持ちになった。


**


実家へ送ってもらい、そのまま一泊して自宅へ戻ると、

私の2台目用に借りている駐車場に勇二くんの車が停まっていた。


不思議に思って勇二くんにメッセージを送ると、

速攻返信が来た。


『駐車場に車停めとけば、元カレが来ても停められずに諦めてくれるかと思って』


私の安全を考えてくれていることが伝わって、胸がきゅんとなる。


勇二くんからのメッセージを読んでいるときに、ちょうど電話がかかってきた。


思わず出てしまう。


『さわこ。話がしたいんだけど』


寿だった。


『今、家?

昨日も話そうと思って家まで行ったんだけど、さわこいなかったから心配で。

どこ行ってたの?』


「や、私たち別れたよね。

話すことはないんだけど」


『そう言うなよ。

おれ、岸田さんとはもう何にもないから。

もう浮気もしないから』


私の沈黙をイエスととったのか。


『もう一回やり直そう』


「ごめん」


『なんで?!

いいじゃん、もう岸田さんとは何もないんだよ。


岸田さんのせいでカタギリの家にも行きにくいし……。

学科でも、噂されるし、散々だよ。』


愚痴交じりに漏らす寿。


これじゃあ、本当に学科内での自分を守るために復縁したいだけじゃない。


私のことより、自分優先の寿の言い分はまだ続いていた。


『……だからさ、今、さわこの家に着いたんだけど。

いつもおれが停めてる駐車場に車停まってるけど、誰?』


は?

うんざりとする寿の話を聞き流していた私は急いでカーテンの影から外を確認した。


いた。


本当に寿が来ている。


寿は車を道の端に寄せて電話をしていた。


電話相手は、私。


ドクン……


心臓が冷えたのが分かった。


真っ白になる頭の片隅で、どこか冷静な自分がいる。


「と、とりあえず、

私この後、バイト先の人たちと約束があるから、またゆっくり話そう」


『大丈夫!

おれ、送ってってあげるよ。

とりあえず、さわこの部屋行くね』


嫌嫌嫌。

ダメだ。話が通じない……

てか、本当に来るの?


恐る恐るカーテンの隙間から覗くと、こちらに来る人影が。


居留守を使う?

部屋に入られたらアウトな気がする。

玄関の鍵かかってたかな?


頭の中で、自分が騒ぐ。

どうしよう。


動悸が速くなる。

耳の辺りで鼓動が聞こえる。


勇二くんの顔が一瞬浮かぶ。

助けて!と心で叫ぶ自分がいた。


迷っている間に、チャイムが鳴る。


『さわこー』


外から名前が呼ばれる。


「ちょ、ちょっと待ってて。

今、部屋の中散らかってて……」


声が上ずる。

いつの間にか電話は切れていた。


『えー、おれは大丈夫だよ』


「わ、私が気になるの。すぐ片付けるから」


『しょうがないなー』


ドアの前で寿の気配がする。


どうにか帰ってもらう方法がないか……

穏便にすます方法はないか……

必死で考えても、真っ白になった頭では大した考えも浮かばなかった。


『ねえ、まだ?』


ドアの向こうからかかる声に耳を塞ぎたくなる。


もうダメかな、そう思った時、外から別の人の声が聞こえた。


『この部屋に何か用ですか?』


勇二くんの声だった。


『誰、あんた』


寿の警戒する声が聞こえたと同時に、私は家のドアを開けていた。


「……勇二くん!」


そこには、メガネ姿の勇二くんがいた。

少し落ち着く心臓。


「さわこ、誰、この人」


寿の声が不機嫌なものに変わる。


「……え、と」


誰、と聞かれ言い淀む。


隣の住人?

めいちゃんの保育園の先生?

何て答えるのが良いのか。


「彼氏ですけど、そちらは?」


私が答えに詰まっていると、勇二くんがキッパリと答えていた。

私と寿の間に割って入る。


「さわこ、どういうこと?!」


どういうことも何も、

私にもわけが分からないんだけど……


「そっか。そういうことか。

おれのことを攻めといてやっぱり自分も浮気してたんだな。

そいつ、前に一緒に車に乗ってた奴だろ?!」


勇二くんの背中に阻まれ、寿の顔は見えないけど。

口調から、ひしひしと伝わる嫌悪感。

その口でよく“もう一回やり直そう”と言えたものだ。


「これ以上ここに居られると、近所迷惑になりますから、

お引き取り願えますか」


冷たい声。

勇二くんの迫力に押されたのか、寿が一歩退く。


さらに詰め寄り、勇二くんは、一言。


「今後、また彼女の家に来たり、手を出してくるようならこちらにも考えがありますから。

これ以上関わらないで下さい。」


ここまで言われた寿は舌打ちをすると、引き返していった。


寿が見えなくなり、しばらくして車の走り去る音が聞こえた。


少し前までは見送るのが寂しかった車なのに、

今では見えなくなって安心できるなんて。


ため息が出る。


「……勇二くん、ありがとう」


追い返してくれて、と言い終わらないうちに、

ぎゅうっと抱きしめられた。


柔軟剤の香りに少し混じる、勇二くんのタバコの香り。


ゆっくりと玄関の扉が閉まる。


「さわこ」


私を抱きしめる勇二くんの手が少し震えている。

そのまま二人で玄関に座り込む。

男の人でも手が震えるんだな、なんてぼんやり思う。


「もう、俺にしなよ」


ポツリと呟いた言葉が耳にかかる。


心臓がドキドキと早くなる。

さっきは恐怖で、今度は……


言葉の真意を図りかねていると、勇二くんの顔が目の前にあった。


ひんやりとした手が頬に触れて。


真剣な眼差しに吸い込まれる。


甘い沈黙が流れる。





沈黙を破ったのは、

私のスマホの着信音だった。


「……スマホ、鳴ってるよ」


「うん」


見つめ合ったまま動けないでいると、着信音が消え、再び鳴り出した。

そして、また。


いつの間にか甘さは消え、

勇二くんのひんやりした手が頬を離れた。


「電話、出てあげて」


うん、と頷いてから

電話に出る。


相手はサホだった。


『さわこー、いつ来るの?

約束18時じゃなかった?

そろそろ来てくれないと遅刻なんだけど』


時計は17時を少し回ったところ。

ヤバい。


昨日、バイトの時に鬼頭さんにごはん誘われてたんだった。

サホも一緒に誘われて、一緒に行く約束をしていた。

車を出すのはジャンケンで負けた私。


「ごめん、もう行くね」


そう言って電話を切った私の顔を覗き込む勇二くん。


「お出掛け?」


「うん。

バイトの人たちとごはん。

……い、行ってきます」


「……さーちゃん」


勇二くんの視線にギクリとする。

悪いことは何もないのに、後ろめたくなる。


「送ってくね」


「え、大丈夫だし」


「……あのねぇ。

夜出掛けるなとは言わないけど、さっきあんなんが来たんだから少しは警戒しようよ。



っていうか、俺の気持ち分かってる?」


ため息混じりの言葉に、やっぱりそう言う意味かな、と気づく。


「ま、いいや。

また仕切り直すから」


立ち上がった勇二くんは、私の顔を見て一言。


「送ってくね」


笑顔に逆らえない迫力があった。


18時。


鬼頭さんのお誘いを受けた、パートのおばちゃんたちと高校生バイトの希帆ちゃんがすでに店内で待っていた。



お店に向かう車内で、サホに今回の鬼頭さん主催のごはん会の理由を教えてもらった。


ことの発端は2週間くらい前。


希帆ちゃんの親戚が突然亡くなったことから始まった。

お通夜当日・翌日の葬儀とバイトのシフトが入っていた希帆ちゃんは、


『突然ですみませんが、明日お休みを下さい』


と店長に相談をした。

お通夜当日は昼間のシフトだったから、何とかムリヤリバイトに来たんだけど、翌日の葬儀はお休みをもらわなきゃ、ということだった。

ところが、店長は怒った。

おまけに、その日の午前中のももちゃんの無断遅刻には軽く注意しただけなのに。

その話を聞いていた鬼頭さんが、希帆ちゃんとシフト交換をしてくれて事なきを得たけど。


その出来事で、落ち込んでしまった希帆ちゃん。

それ以来、というか前もだけど、シフトを絶対優先しなきゃ、と思ってしまっているみたいで……


『というわけで今回は、希帆ちゃんに、頑張りすぎるなよ~という励ましのごはん会なのだ!

ついでに言うと、体調不良と葬式はドタキャンでもOKなのである!』


人差し指を立てたサホは、どこかの研究員のような口調で説明を終えた。


『ねえ、ワタシこのイケメン、お店で会ってるんだけど!

お盆の時、さわことシフト被ったときに買い物に来たイケメンだよね。

どういう関係よ~』


と、送迎をしてくれた勇二くんに聞こえないように言われたことは黙っておこう。


鬼頭さん主催ごはん会の会場は、和食レストランのチェーン店。


みんなで和気あいあいと注文したごはんを食べていると、パートの鈴木さんが思い出したように言った。


「店長と岸田さんって付き合ってるのかしら」


みんなの箸が一斉に止まった。


「だって、店長の《《あの》》態度はそうとしか思えないんだもの~」


ほほほ、と笑ってごはんを食べる鈴木さん。


「そうみたいよ~」


と話に乗っかる、噂話が好きな田中さん。


「私も気になってて、この前店長に聞いちゃった。」


「まあ、あれだけシフト無視してても、店長怒らないもんね。

そりゃ、彼女だったら怒るに怒れないわ」


とサホ。


「え、私、工藤さんとももちゃんのデート現場に遭遇したんだけど……」


「じゃあ、店長と工藤さん、どっちとも付き合ってるのかしら。」


まあ、と口を覆う田中さん。


「……どっちもそういう対象じゃないと思いますよ。

上手く手のひらで転がしてるっていうか……

私たちとは基本絡まないみたいですが、男の人に対してはスゴイ絡んでますよね。

前に隣のパン屋の店長と青果部門の若い人といちゃついてましたし……」


希帆ちゃんの爆弾発言にビックリする一同。


つまり、女と男で態度が違う、と。

男の人が付き合ってると勘違いしちゃうくらいだ、と。


「……希帆ちゃん、よく見てるわね」


と、鬼頭さんが違うところに感心したところで、


「デザートお持ちしました」


店員さんが人数分のデザートの準備を始めてくれた。


「さわこ、はい

サービス」


そう言って差し出されたショートケーキには、イチゴがサービスされていた。

他のみんなのデザートにもそれぞれサービスされている。


「美紀!ありがとう!

今日バイトだったんだね。連絡すれば良かった。」


そういえば、このお店は美紀のバイト先だった。


「さわこの友達?」


サホの自己紹介を皮切りに、みんな口々に自己紹介をする。


「じゃ、ごゆっくりしていってくださいね」


美紀がみんなに笑顔を向けると、去り際、私にこっそり聞いてきた。


「さっき、勇二先生に送ってもらってたよね?」


「……何で知ってるの?」


「出勤したときに見たから。

……何か進展あった?」


「……」


私が返答に詰まっていると、横からサホが口を挟んできた。


「何々?

美紀ちゃん、さわこのイケメンと知り合いなの?」


目がキラキラしているサホ。

“イケメン”という単語を聞き逃さなかった田中さんも話に加わる。


「イケメンって何?ちょっと私にも教えて。」


「傷心のさわこを癒してくれるんだよね~」


意味深な発言をする美紀の言葉に、みんなが反応する。


「どういうこと?!傷心って、何かあったの?」


「写真ないの?イケメン見たいんだけど」


おばちゃんたちのグイグイくる質問に、たじたじの私。


そこへ、美紀が爆弾を投下していった。


「さわこの元カレ、ももちゃんと浮気をしてたのがバレて、ストーカー化したところにお隣のイケメンが助けてくれたんだよね。

そういえば、一緒に飲んだ時に写メ撮ってたよね。」


にっこり笑って、仕事に戻らなきゃ~と言い残して行った。


当然この後、

写メを見せるよう強制され、

寿と別れた原因や勇二くんとのことを根掘り葉掘り聞かれた。


イケメンと恋バナが大好きなみんなは、私の話題で大盛り上がり。


おまけに、帰りはみんな揃って私のお迎えが来るのを待っててくれて、勇二くんが迎えに来てくれたのを確認すると、みんな勇二くんに挨拶をしてサーッと帰っていった。


実物の勇二くんを見て満足したんだろうな。


次、バイトで会ったら何を言われるのか……

田中さんに噂されてなければいいけど……


 **


私の予想は的中していた。

後日バイトへ行くと、鬼頭さん主催のごはん会に参加していなかったパートさんも私と勇二くんのことを知っていて、いろいろ質問をされたのだった。

そのことを美紀に話すと、美紀も面白がっていた。


「……それはそうと、小野君、さわこの家に来たって公輝先生経由で聞いたんだけど!

大丈夫なの?!

ていうか、言ってよ。心配するでしょ」


「……ごめん。

勇二くんが関わらないでって言ってくれてからは、今のところ来る気配はないよ。

心配してくれてありがとう」


「もー。

そういえば、駐車場一緒じゃなかった?」


「うん……。

最近はバスで来るようにしてる」


寿が家に押しかけてきてから数日。

めいちゃんの保育園への送迎を頼まれている日以外は通学方法をバスに変えていた。

家まで来た寿に、駐車場でも待ち伏せされていたらと思うと怖かったから。

車の日は時間をずらしたりして、少しでも寿に会わないようにしていた。


4コマ目の退屈な講義が終わり、あとは帰るだけ、と美紀と一緒に講義室を出たところでももちゃんに声をかけられた。


「さわこちゃん」


「……何?」


廊下で話す私たちは、講義室から出てくる人たちにチラチラ見られていた。


「この前、バイト先のみんなでごはん行ったんでしょ?

何で誘ってくれなかったの~?」


不穏な空気に包まれた中ももちゃんが、わざと大きめの声で言ってくる。

この前と同じ。

私が悪いようにみんなに見せたいのかな。

実際に、きーちゃんはももちゃんを庇うような言葉を言ってくる。


「ももちゃんが可哀そうだよ。

同じバイトなんだから、ごはんに行くときは誘ってあげたら?」


これ見よがしにハンカチを目元にあてるももちゃん。


「そうだよ。

ももちゃんもバイト仲間なんだから声かけてあげてよ。

さわこちゃんも逆の立場だったら嫌でしょ?」


諭すように言ってくる優等生の梓ちゃん。

ももちゃんがこの二人にバイト先のことやこの前のごはん会のことを何て言ったのか何となく想像できてしまう。


はあ、とため息をつく私。


「ももちゃん、何か誤解してるよね?

この前のごはん会に誘ってくれたのはパートさんだよ。

誰を誘うかはパートさんの自由じゃない?」


「でも、私も一緒のバイトだし……」


「ももちゃん、プライベートでは自由だよ。

わざわざ仲良くない人は誘わないって。

店長と工藤さんとしか話さないんだから、一緒にごはんに行っても楽しくないと思うよ?」


「でも……」


「そもそも、その日ももちゃんバイトだったよね?

もしごはんに誘われてたら、バイト休むの?

遅刻もドタキャンも多いんだから、シフト入れてもらった分はしっかりバイト行きなよ!」


ももちゃんの可哀そうな私、アピールについキレてしまった。


わたしにここまで言われると予想していなかったのか、ももちゃんはびっくりした顔をしていた。

そして、きーちゃんと梓ちゃんから

「どういうこと?」

と問い詰められているのをしり目に私と美紀はその場を後にした。


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