*3.距離
『もう少し、一緒にいたい』
花火のあとの帰り道。
寿にそう言われたけれど、
私もそうしたかったけれど……
あのメッセージのやり取り
見覚えのある、アイコンに名前。
とてもじゃないけど、一緒にいれる気分ではなかった。
『明日からまた実技の練習があるから』
ということにして、早々に寿とは解散した。
頭の片隅にちらつくアイコンと名前を振り払うように、小さく頭を振った。
ため息が1つ。
家の鍵を開けようとしたその時。
隣の隣から、勢いよく人が飛び出てきた。
「もー知らない!
まっつんのばぁーか‼」
ドアに向かって、べーっと舌を出す公輝先生。
何事かと身構える。
私に気付いた公輝先生は、捨て犬のような顔でこちらにやってくる。
「あー、さわこちゃん!
聞いてよぉ~
まっつんがひどいんだよぉ~」
シクシクと聴こえてきそう。
「オレのこといじめるんだよぉ~
もぉ、暑いからさわこちゃん家で話そ?」
「え、っと…」
私が戸惑っていると、
「オイ、公輝!
おまえの仕事だろ‼」
はさみを持った勇二先生が家から出てきた。
ますます混乱する私を他所に、なおも怒りだす勇二先生。
「さっさと戻ってこい!」
公輝先生は、サッと私の影に隠れる。
「やだよー。
まっつん、寝かせてくれないじゃん」
ぷぅ、と頬を膨らませる公輝先生に、
「当たり前だ!」
と勇二先生。
一瞬、怪しい関係が浮かんだけど。
よく見ると、Tシャツにジャージのラフな格好には、所々画用紙の切れ端が付いている。
「…あの、どうしたんですか?」
おずおずと声をかけると、
ようやく、私の存在を認識した勇二先生が説明をしてくれた。
要約すると、こうだった。
8月末でプール納めをする保育園。
毎年、プールを頑張った園児たちに先生お手製のメダルを渡す。
メダルには担任の先生がコメントを書く関係上、お盆休み明けに各クラス担任へメダルを渡さなくてはいけない。
その大切なメダルを全園児分作ることになった公輝先生。
今日は、お盆休み最終日。
……メダルはまだ、出来ていなかった。
そこで、公輝先生に泣きつかれた勇二先生がメダル作りを手伝うことになったのが、本日昼のことだそう。
「てか、明日までに間に合うんですか?!」
「どうかな~?
間に合わなきゃヤバイね」
あっけらかんとした公輝先生とは対照的な勇二先生。
「休憩してる場合じゃないから!
早く続きやるぞ!」
ここまで話を聞いてしまったら……
「手伝いましょうか?」
と聞かずにはいられなかった。
着替えてから勇二先生の家へ行くと。
メダルの土台となる厚紙と画用紙を丸く切り抜く作業は終わったそうで。
あとは、メダルを飾る動物や、『プールがんばったね』の文字を装飾する作業が残っているのみだった。
ただ、この作業が大変。
小さなパーツを画用紙に描き、切り抜き、土台の画用紙に貼る。
私たちは、それぞれ作業を分担して行うことにした。
「あー、大変だよぉ~」
「…計画的に作ればよかったのに」
嘆く公輝先生に、呆れる勇二先生。
「というか、一人でメダル作成は大変ですよね。
でも、保育園の先生は、いつもかわいいメダルやお手紙が作れてスゴイ‼」
行事のたびに、かわいいメダルやお手紙、衣装などを笑顔でもらってくる、めいちゃん。
その笑顔は本当に嬉しそうで。
お姉ちゃん曰く、メダルもお手紙も、想い出だから捨てられない!だって。
「そんなに嬉しいこと言ってくれるのさわこちゃんだけだよ~
そんなに誉められたら、オレさわこちゃんのこと好きになっちゃうかも」
「それは、ダメ
私、カレシいるし」
「…ショック~」
私と公輝先生のやり取りを聞きながら、黙々と作業をすすめる勇二先生。
「今の園ってさ、既婚や子持ちが多いんだよ~
メダルとか配布物作成は、立場の弱い独身のオレたちの仕事なんだよ~」
「いや、おまえが調子こいて引き受けてるだけだから」
すかさず、突っ込みを入れた勇二先生は、はさみを公輝先生に突きつける。
「無駄口叩く前に、手、動かして」
迫力のある目力も加わって、
「はーい」
と素直に返事をする。
大人3人が、黙々と画用紙を切って、貼って、園児たちのメダルを作成する。
この状況に思わず笑ってしまった。
遠くで、小さくラジオから音楽が聞こえていた。
深夜ラジオから早朝のラジオ番組に切り替わる頃。
ようやくすべての作業が終わった。
「おつかれ~
まっつん、さわこちゃん、マジ感謝~~」
そう言うと、倒れ込むように眠る公輝先生。
私はゴミを片付けながら、園児たちのメダルを各クラスの人数ごとに分けておく。
「さーちゃん、ありがとう。
お疲れ様」
コーヒーを差し出される。
「お疲れ様でした。
メダル、無事に作り終わって良かったぁ」
うん、と頷く勇二先生は、コーヒーを一口。
「今日の予定は?
つか、予定も聞かずに手伝わせて悪かったね」
「いえ。
今日は学校で実技の練習かな。
友達と待ち合わせてるから、そろそろ帰ります。」
時計は6時になろうとしていた。
「じゃあ、手伝ってくれたお礼に学校まで送り迎えするよ。
完徹で、学校まで車で行かれたら心配すぎる」
「いやいや、大丈夫です」
と、断るも勇二先生に食い下がられ、なかば強引に連絡先交換をさせられる。
「俺、遅番だから送ってくし、帰りはコイツに迎えに行かせるから」
送り迎えの算段をつけている先生を前にして、私は観念した。
「…はい、じゃあ、よろしくお願いします」
学校へ行く支度をしていて、ようやく思い出した。
花火大会のときに見えた、寿のスマホの画面。
メッセージの相手は『キシダさん』
多分、私が知っている岸田さんと一緒だろうな。
キシダさんとのメッセージについて、問い詰めるべきか、否か。
胸の中に黒いモヤモヤが広がり、支配していく。
支度を整えた私は先生の家の呼び鈴を鳴らした。
早番の公輝先生はとっくに保育園へ向かった後で、部屋では勇二先生がのんびり支度をしていた。
「ごめん、ちょっと待ってて」
「はーい」
さっきまで一緒に作業をしていた部屋で先生を待つ。
同じ間取りの1SKなのに、違う空間。
カラフルな私の部屋に対して、モノトーンで揃えられた先生の部屋。
以外にキレイにしてるんだな。
ぼんやりとそんなことを考えていると。
「おまたせ。行こう」
支度を終えた先生に声をかけられた。
結局、寿にメッセージのことを聞くかどうか、
結論は出ないまま、学校へ送ってもらうことになった。
学校に着いた私は、美紀と一緒に多目的ルームに来ていた。
多目的ルームとは、生徒の休憩室のようなもの。
いくつかテーブルや椅子、ソファがあって、自販機と給水機、コピー機が置いてある。
生徒が何人かいるが、自販機でジュースやコーヒーを買うとみんな出て行ってしまった。
私たちは、部屋の奥にあるテーブルとソファに陣取って試験勉強を始めた。
始めは、実技の練習をしようということだったが、あまりにも眠くて。
美紀に先生たちの手伝いで完徹したことを話し、昼寝をすることにしたのだった。
「私、試験の勉強してるから、さわこは寝てな。
でも、隣の隣の部屋が、めいっこの保育園の先生なんて美味しいね~
イケメンとチャラい先生って(笑)」
からかう美紀の声を子守唄に、私は眠ってしまった。
遠くで、上村さんと美紀の声が聞こえる。
『あれ~?
二人ともここにいたんだ~』
『さわこ、眠いんだって。
実技の練習しようと思ったんどけど、こっちに変更。
そういう上村さんは?他のみんなは実習室?』
『今日は私だけだよ。
もともと梓は用事があって今日来ない予定だったんだけどね。
ももちゃんは寝坊したから今日休むって。そしたら、きーちゃんまで休むって言い出してさぁ。
私だけ来ちゃったよ』
『そうだったんだ。
あ、ここで一緒に勉強してく?』
『ありがと~
じゃあ、ご一緒しようかな』
ごそごそ、と音がして、
二人とも試験勉強を始めたみたい。
私は、昨日の疲れもあってか、ぐっすり眠ってしまった。
「あ~、よく寝た~」
午後1時を回った頃。
ようやく目が覚めると、上村さんは帰っていて、美紀がコーヒーを飲みながら勉強をしていた。
「おはよ。
お昼どうする?」
「朝買ってきたよ!
先生のおごり」
メダル作りを手伝ったお礼だって。
送ってもらった上に、お昼まで買ってもらってよかったのかな?
「そうか~
先生、めっちゃいい人じゃん。
そういう私もさっきコンビニ行ってきた」
「そうだったの。
では、お昼にしよう」
テーブルの上を片付け、少し遅めのお昼ごはん。
「ねぇ、昨日の花火どうだったの?」
スープにお湯を入れ、戻ってくるなり美紀に聞かれる。
あ。
聞いちゃいます?
「…実は」
昨日の花火大会、最初は浴衣を褒められたりで、かなり嬉しかったんだけど。
私は、花火の最中に寿のスマホの画面が見えてしまったことを正直に話した。
メッセージの相手『キシダさん』がももちゃんだと思うことも、
浮気をしているんじゃないか、
モヤモヤしていることも。
話を一通り聞いた美紀は、天井を見上げた。
「うーわ。
そんなことになってたんだね。
ももちゃんと小野くん、接点あったっけ?
でも、前期の実習でボールペン借りるくらいは仲いいんだっけ?」
私は、寿とももちゃんを思い浮かべた。
学校では、二人とも同性の友達とよく一緒にいる印象。
異性の友達と仲良く交流する場面なんて、あんまり見たことないなぁ。
かくいう私も、寿と同じ高校出身という接点があり、仲良くなった経緯があった。
うーん……と考えを巡らせていると。
ガラガラ
多目的ルームの戸があき、あいなちゃんが顔を出した。
「おつかれ~
お昼中?」
近くのソファに荷物を置くあいなちゃん。
「そうそう
あいなちゃんは何でここに?勉強しに来た?」
「コピー機使いにきたんだよ」
鞄からプリントの束を出し、にっこり。
プリントには、たくさんの図と文章。
「さっき、先輩から実技の過去問借りたの。
過去3年分の実技のテストで出たとこだって。
二人も使う?」
「え、いいの?
見せてほしい~!」
私たちは、お昼ごはんを中断して、あいなちゃんとコピー機へ向かう。
「ありがとう。
お返し…コピー代でいい?」
「あはは
いいよ、コピー代で。」
あいなちゃんは笑いながら承諾し、人数分のコピーを始めた。
プリントを人数分に分け、コピーし忘れたページがないか確認をしていると、
「ちょっと、聞きにくいんだけど、
聞いてもいい?
さわこちゃんって、まだ小野くんと付き合ってるんだよね?」
あいなちゃんが遠慮がちに質問してきた。
「え、
付き合ってるけど…
なんで?」
プリントを確認していた手が、止まる。
「先週なんだけどね、ナツコの家に遊びに行ったんだけど…
ナツコって、ももちゃんと同じアパートでしょ。
見ちゃったんだよね」
ナツコちゃんは同じ学科の子で、あいなちゃんと仲良しの一人。
ナツコちゃんとももちゃんの住んでいるアパートには、他にも同じ学校の生徒が住んでいる。
なんとなく話の続きが想像できてしまい、表情が固まる。
「小野君がももちゃんの部屋から出てきてたんだよね。
親しそうな雰囲気だったから、てっきり……
ナツコも何度か小野君が……
って、ごめんね。」
慌てて謝るあいなちゃん。
「ううん、大丈夫。」
あいなちゃんの話には驚いたけど、頭の片隅では、そういうこともあるだろうな、と感じていた。
あの、メッセージを見た時から。
「で、でも!
ももちゃんって、男の人とよく遊んでるみたいだから、もしかしたら小野君もその一人かもね、ってナツコと話してて……」
「ももちゃんに男友達がいるの?」
プリントを確認し終えた美紀が話に加わる。
元のプリントもキレイにまとめ、あいなちゃんに返している。
それを受け取り、鞄にしまう。
「そうみたいだよ。
よくカタギリ君の部屋で遊んでるみたい」
「カタギリ君って、隣の学科の?」
「そうそう。
ナツコたちとアパートが同じで、男子のたまり場になってるんだよ。
ゲームやってるんだって」
「そういえば、
寿もゲームが好きで、前にカタギリ君と一緒にゲームをしたって言ってたかも」
付き合い始めの頃、お互いの趣味の話になり、カタギリ君の話題が出たことがある。
「それだ!」
何か閃いた美紀が、人差し指を突き立てる。
「ももちゃんと小野君の接点!」
そうか。
カタギリ君の家に、寿とももちゃんが同じ日に遊びに行くこともあったのかも。
「それならそれで、言ってくれてもいいのにね。
さわこ、知らなかったんでしょ?」
美紀の問いに頷く。
「まあ、男友達の家に女が来てたら彼女には言いにくいんじゃない?」
と、あいなちゃん。
気にはなるし、やきもちは焼くと思うけど……
「教えておいて欲しかったな」
ぽつりと呟く。
胸の中のモヤモヤはより一層濃くなった。
あいなちゃんは荷物をまとめると、
「ま、男のことは気にせず、テスト頑張ろうね」
と、強引に明るく締めくくり、颯爽と多目的ルームを出ていった。
入れ替わりに、他の学科の生徒たちが数名、勉強をしにやってきた。
私と美紀も遅い昼食を片付け、勉強に戻る。
教科書やノートを見ながら、要点をまとめ、大事な箇所を覚えていく。
途中で美紀と要点を確認しあっていると、テーブルの上のスマホが小さく鳴った。
画面には『こうき』。
夕方。
約束通り、早番を終えた公輝先生が迎えにきてくれた。
学校から一番近いコンビニにの駐車場に、公輝先生はいた。
「おかえり~
さわこちゃんのおかげで、ホント助かった!
主任先生に怒られずにすんだよ。
マジありがとね~」
「いえいえ。それならよかったです。」
保育園バージョンの、七三分けメガネの公輝先生だけど、言葉や態度からチャラさが滲み出ている。
「ねえ、さわこちゃん。そちらのキレイなお姉さんはどなた?」
私の後ろから美紀がぺこりと頭を下げる。
「お友達の吉田美紀ちゃん。
美紀、こちら公輝先生。」
「どーもー、公輝でーす。
美紀ちゃん、キレイだね~。キレイってよく言われるでしょ?
あ、乗ってく?送ってくよ~
女子たち乗って」
ニコニコとテンションの高い公輝先生に、美紀はきっぱりと、
「大丈夫です。
コンビニ寄りたいし、私、今日自転車で来てるんで。
さわこのことよろしくお願いします。」
再びぺこりと頭を下げる美紀は、私にこっそり耳打ちをした。
「……言ってた通り、チャラいね(笑)」
「ちょっ、美紀!」
「あはは、
じゃ、コンビニ行くから。
また明日ね」
そう言い残して、美紀はコンビニに入っていった。
「じゃあ、オレたちは帰ろうか。
さわこちゃん、乗って」
「はい。
じゃあ、お願いします」
公輝先生に促され、助手席に座る。
私がシートベルトをしたことを確認すると、公輝先生は滑らかに車を走らせた。
コンビニから美紀が手を振る。
私も軽く手を振り返した。
駐車場を出て、左折をしようと一度停車する。
その前を二人の人が通る。
仲が良さそうに歩いているその二人は。
寿とももちゃんだった。
「え」
小さく声が出る。
通り過ぎる時、寿と目が合ったと思った瞬間、寿の腕が小さく動いた。
繋がれていた手が離れて、びっくりしたももちゃんが寿の顔を一瞬見る。
あまりの出来事に、思わず顔を下に向けてしまう。
「どうかした?
忘れ物~?」
勢いよくうつむいた私に、公輝先生が声をかける。
視線を公輝先生に戻す。
「いえ……大丈夫です」
「そういえば、今日眠くなかった~?
オレ、あまりに眠すぎて、お昼寝のとき子供たちと寝ちゃったよ~。
したら、まっつんに見つかって~スゲー怒られたんだよ~」
運転しながら、今日の出来事を話す公輝先生。
公輝先生の話に相槌を打っていると、あっという間に家についてしまった。
送ってもらっている間も、家に着いてからも、
手を繋いで歩いていた寿とももちゃんが頭から離れなかった。
**
重たい体を励まして、家を出る。
すでに高い太陽に、響くセミの声。
今日も暑くなりそう。
いつもより早く家を出て、実家へ向かう。
今日は、めいちゃんを保育園へ送っていく日。
実家では、元気なめいちゃんと、沈んでるお姉ちゃん。
「さわこ、ありがとう。
めい、さわこのいうこと聞いてね」
「はーい」
めいちゃんは車に乗ると、
「いってきまーす」
と手を降っていた。
お姉ちゃんに挨拶をし、
元気なめいちゃんに癒されつつ保育園へ向かった。
「おはようございまーす」
保育園の年長さん組のお部屋がめいちゃんのクラス。
お部屋に入ると大きな声であいさつをするめいちゃんに、園児たちも
「おはようございます」
と声をかける。
9時を過ぎた教室では、すでに年長さん組の『あさのかい』が始まっていた。
先生が今日の予定を園児たちと確認し、朝の歌を歌う。
伴奏は勇二先生。
元気な伴奏に
元気な子供たちの声。
……先生、ピアノ上手い。
勇二先生のピアノの腕前に感心しつつ、めいちゃんとお別れをする。
部屋を出るとき、勇二先生と目が合った。
優しく笑う先生に私は頭を下げ、部屋を後にした。
重たいと感じていた体は、保育園を出るころにはすっかり軽くなっていた。
学校の駐車場には、すでに寿の車が停まっていた。
私のことを待っていたのか、私が車から降りたタイミングで、寿も自分の車から降りてきた。
「おはよう」
お互い、目線が合う。
途端に、昨日の光景がフラッシュバックする。
私は、視線を逸らすと
「今から美紀と実技の練習だから。急ぐね」
と先を急いだ。
「なあ、昨日、誰の車に乗ってったの?」
寿が声をかけてくる。
声には、いら立ちが隠れていた。
コンビニで、公輝先生の車に乗った時のことだ。
「……知り合い」
思いの外、素っ気ない私の声。
「はあ?
どういう知り合い?
彼氏いるのに他の男の車に乗るって何?
おれ、聞いてないんだけど」
いら立ちが完全に顔を出した。
やきもち、と思えば可愛いものだけど。
「で、誰なの?
まさか、浮気?」
私の腕を掴みながら、見当違いなことを言い出す寿。
「何とか言えよ。説明して」
そう言いながら、私の話を聞く気はなさそうな気配。
「……だから、ただの知り合い。
仕事を手伝ったから、お礼に家まで送ってくれたの。」
私の話に納得がいかない、という表情の寿。
「だからって、男の車に乗るの?
あいつに気があるんだろ」
完全に浮気を疑っている。
車に乗る=浮気、って。そんなことあるはずないのに……。
私の言うことは信じてもらえないのかな。
疑われたことへの悲しみと、自分のことは棚にあげて好き勝手なことを言う寿に怒りが募る。
黒い感情が爆発してしまい、私も寿にももちゃんとのことをぶつける。
言うつもりはなかったのだけど。。
昨日のことや、メッセージのやり取り、昨日のあいなちゃんの話が頭の中をグルグルしていて、つい口に出してしまった。
寿が一瞬固まり、今までに見たことのない表情になった。
あきれるような。
バカにするような。
「……え、
岸田さんとおれが何かあるって思ってるの?
そんなことあるわけないじゃん」
「本当に?
私が浮気してると思ったのは自分もしてるからじゃなくて?
昨日、ももちゃんと手を繋いでたよね?」
「……まさか。見間違いじゃない?」
「見間違い?本当?」
「当たり前だよ。
確かに昨日一緒に歩いてたけど、偶然会っただけだから」
「……そうなの?
寿とももちゃんの間には、本当に本当に何もないの?
信じていいの?」
私の念押しにぎこちなく頷く寿。
「あ、あたりまえだろ」
目が泳ぐ。
さっきまでの表情はどこかへ消えていた。
私は寿の手を振りほどいた。
「分かった。
とりあえず、試験も近いし、そっちに集中したいから。
……試験が終わるまでは距離をおきたい」
明々後日の実技の試験も9月の前期末試験も
一緒に勉強したかったけど。
寿と二人なら頑張れると思っていたけど。
モヤモヤした気持ちでは試験に集中できないから。
距離を置くことにした。
「は?!
なんで!!」
私が
今、
一方的に決めた。
納得していない寿を置いていくように、
私は校舎へ急いだ。
『距離をおきたい』
と寿に伝えてから。
視線を感じる回数が増えた気がする。
気が付くと、寿がこっちを見ている。
実技の練習中、
食堂、学科の教室で勉強しているときも。
何か話したいことがあるようだけど。
話したくなかった私は、二人きりになることを避けていた。
夏休み中とはいえ、だいたいの生徒が学校へ来ていた。
ましてや同じ学科なのだから、交友関係もかぶっているし、勉強する教室もほぼ一緒。
試験に集中したかった。
あの黒いモヤモヤした気持ちを思い出したくなくて。
寿からのメッセージや着信は、ムシした。
読んでしまうとモヤモヤしそうだし、甘い言葉をかけられたら全てをなかったことにしてしまいたくなる。
実技試験前日も当日も寿からメッセージと着信があった。
私はついにメッセージを送った。
『前期末試験が終わったら話そう』
試験が終わるまでは、
メッセージを送ることも、電話をかけてくることもするな、
という意味を込めて。
**
「さーちゃん!みてみて~」
先週、実技試験が終わり、明日からいよいよ前期末試験が始まる。
8月最終日。
私はめいちゃんのお迎えに来ていた。
年長さん組のお部屋で、帰りの支度をしているめいちゃんが、黄色い保育園かばんからメダルを出してきた。
お盆休みに勇二先生と公輝先生と作った、あのメダル。
今日は、プールおさめ。
この夏プールを頑張った証としてもらったメダルをめいちゃんは誇らしそうに見せてくる。
「ステキなメダルだね!
めいちゃんプール頑張ったんだね」
メダルの裏には先生からのコメント。
メダル作り、手伝って良かった。
感慨にふけっていると、外遊びを終えた園児たちが先生と一緒に教室へ戻ってきた。
保育園の奥にある、一番広いお部屋。
年長さん組の部屋は、ホールとしても使われている。
夕方の外遊びが終わると、遅番の先生と一緒に、保護者が迎えに来るまでこのお部屋で待つ。
「さーちゃん、お迎えごくろーさん」
後ろから声がかかる。
振り向くと、
首に巻いたタオルで汗を拭く勇二先生。
しばらく会わない間に髪を切ったようで、さっぱりしていた。
短い髪は、ほんの少しうねっている。
天パかな?
「あ、先生。お疲れさまです。
めいちゃんにメダル見せてもらってたの。
コメントがあると、ぐっとステキになるね」
私が微笑むと、先生もにっこり。
「そう言ってくれるとうれしい。
ありがと。
このメダル、子供たちや先生から評判良かったよ。」
笑顔と発言にほっこりする。
勇二先生はめいちゃんの隣に来て、同じ目線の高さになるようにしゃがむ。
「めいちゃん、プールでばた足出来るようになったもんね。
おうちで、さーちゃんに教えてあげてね」
「はーい!」
勇二先生に誉められ、嬉しそうなめいちゃんは、黄色い保育園かばんに大切にメダルをしまった。
かばんを肩にかけると、
「せんせー、さようなら」
大きな声で、帰りの挨拶をする。
「じゃあ、先生。さようなら」
「はい、さようなら。」
立ち上がった先生は、園児たちの方へ行ってしまった。
勇二先生は、子どもと話すときにちゃんと目線を合わせる先生なんだな。
私は、先に靴を履きに行っためいちゃんを追った。
**
試験日程は、全部で4日間。
2日目が終わり、家で翌日の試験で出る範囲を見直しているとスマホにメッセージが送られてきた。
『今から、家来て』
簡潔なメッセージは、勇二先生からだった。
?
何かあったのかな?
疑問に思いながら、隣の隣の部屋へ向かう。
近いから、と電気もスマホもそのまま。
鍵だけは一応かけておく。
呼び鈴を鳴らすと、公輝先生が出迎えてくれた。
「こんばんわ~
さ、さ、入って~」
「こんばんは。
え、と…何かあったんですか?」
「ちょっとね~
さわこちゃん、スイカ好き?」
「…まあ」
話がみえない。
玄関のすぐ横のキッチンスペースでは、勇二先生が大きなスイカを切っていた。
切ったスイカをそれぞれ、お皿とタッパーに入れている。
「はい、さわこちゃんのスイカね。
みんなで食べてね~」
はい、と公輝先生からまるまる1個のスイカを渡される。
持ちやすいように袋に入れてくれてある。
ズシ…、と重量のあるスイカ。
「ありがとうございます。
このスイカ、どうしたんですか?」
「このスイカね~
園長が自分家の畑で作ったんだって。
今年は豊作だからって、職員みんなにくれたの~」
「え~、スゴイ。
よかったですね」
「よくないよ。
スイカ好きだけど、1個だよ!1切れとかじゃないんだよ。
1個なんて食べきれないよ!
彼女もいないオレには、1個のスイカを食べきるなんて苦行だよ」
ぷうと頬を膨らませて文句を言う。
「まあまあ」
それを苦笑いで納めていると、今度は勇二先生がタッパーを渡してきた。
「これ。
家で食べる分ね」
驚いて受け取ると、
「今、試験中なんでしょ。
夜食に食べて」
「……ありがとうございます」
私、勇二先生に試験期間伝えたかな?
記憶を遡っていると。
「めいちゃんが心配してたよ。
試験大丈夫かな、って言ってた」
あ、情報源めいちゃんか。
「そういえば、めいちゃん、オレにも言ってたよ~。
試験難しいってさーちゃんが言ってたって。
去年落とした科目あるんでしょ?」
!
そこまで言ってるのか!めいちゃん!!
「それは、ヤバいな。
勉強がんばれ」
「う、まあ……
でも、去年落としたのは1科目だけだし……」
先生二人掛かりで、がんばれ、と応援してくる。
「……今から勉強に戻ります。
スイカありがとうございます。ごちそうさまです」
いたたまれなくなり、自分の家へ戻ろうとする。
ドンドン
外からドアを叩く音が響いてきた。
ドンドン
びっくりして3人で顔を見合わせる。
ドンドン
ドアを叩く音はさらに強くなる。
そして。
「さわこ!!
いるんだろ?!」
この声。
恐る恐る勇二先生の家のドアから覗くと。
寿。
勢いよくドアを叩き、声を上げているのは寿だった。
『前期末試験が終わったら話そう』とメッセージを送ったのに。
まさか、試験期間中に家に来るとは。
寿は電話を掛けながら、ドアに向かって叫んでいた。
「家にいるのは分かってるんだぞ。
早く出てこい!!」
私が固まっていると、公輝先生が私の肩をつつく。
「知り合い?
……まさか、彼氏?」
はい、と頷く。
早く出て行って、寿を帰さないと。
近所迷惑だよ。
そう思っても、足は地面から動かない。
「ケンカ中?
なんか、怒ってるよね?カレ」
「……メダル作り手伝った次の日、帰りに迎えに来てもらったのを見られてて……
勘違いされて、」
顔から血の気が引いていくのが分かる。
体が震えだす。
外では、まだドアを叩く音と怒声が続いていた。
「ちょっと待ってて」
そういうと、勇二先生は私の頭にぽん、と手を置き
タバコを持って外へ出ていった。
勇二先生の家の玄関がゆっくり閉まる。
寿の怒声が少し遠くなる。
『……ちょっと、うるさいんだけど』
いつもより低めの勇二先生の声。
静かに、怒気を含んでいる。
寿の声が止まり、くぐもった声が聞こえる。
『……はあ?』
『近所迷惑なんだよ』
『か、彼女の家に来ただけだよ。
あんたには関係ないだろ』
『うるさい』
ピシャリと言う、勇二先生。
まだモゴモゴ言っている寿にもう一度、勇二先生の冷たい声が響く。
『警察呼ぶか』
警察、という単語にビビったのか寿がサッと踵を返した。
少しして、車が走り去る音が聞こえた。
車の音が遠くなり、やがて聞こえなくなった。
「おーい、カレシ帰ったよ~」
文句を言うついでに一服してきた勇二先生が戻ってきて、ニッコリ。
その笑顔に少し安心して、私の足はようやく動き出した。
家に入るまでの間、心配だからとついてきてくれた勇二先生。
目と鼻の先の距離だけど、さっきの寿の姿を見て恐怖を感じた身としてはありがたかった。
「……先生、ありがとうございます」
「それはいいけど。
誤解、早く解いた方がいいんじゃない?」
ゆっくりと首を横に振る。
「そうしたいんだけど、向こうが浮気してるみたいで。
……はっきりさせたいんだけど、怖くて……」
勇二先生は黙って私を見ている。
「試験のあとに話そう、ってメッセージ送ったんです。
まさか、今来るとは思わなかった。
先生の家に行ってて助かった、かも」
一人のときにドアを激しく叩かれていたらと思うと、怖すぎる。
私は恐怖をムリヤリ押し込め、笑顔になる。
「追い返してくれてありがとうございました。
もう、大丈夫ですだから」
おやすみなさい、と玄関を閉めようとすると、勇二先生に言われた。
「また来るようだったら、いつでも言って。
怖かったら俺んちにいればいいし」
かけられた言葉にびっくりしていると、勇二先生は優しく微笑んで
「おやすみ。
ちゃんと鍵、かけて」
帰っていった。
勇二先生の微笑みに一瞬きゅんとなった。
そして、対照的な寿の顔が思い出される。
自分の行動は棚に上げ、人の行動を指摘してくる。
距離をおこうと伝えたのに、
試験の後に話そうと伝えたのに、
寿の自分勝手さに
気持ちが冷めていくのを感じた。




