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日替わりメイド 〜五人のご主人様たちの純愛と狂愛と、囚われメイドの秘め事〜  作者: 音那 憂
第3章 観察から干渉へ

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第27話 真実と虚偽

「朔様、これでしばらく冷やして、あまり動かさないようにしてくださいね。不自由なことがあれば、お手伝いいたしますので、なんなりとおっしゃってください」


 屋敷に戻ると、天海はすぐにソファに座らせられて、赤く腫れ上がった左手首の処置をされた。天海の左手首には保冷剤と包帯が巻かれている。じんと熱を持つ手首は、少し動かすだけでも痛かった。


 (自分の部屋で休んでていいって言ったのに……お節介)


 昼の木漏れ日が窓から差し込む。天海の膝元で救急箱の中身を整理している莉子の頭に陽があたり、艶やかな輪っかができている。それが、天使の輪のようで天海は心がくすぶられた。

 莉子の優しさに、手首の痛みが少しずつ溶けていくようだった。


 紫鷹と対峙した莉子が、とてつもない恐怖を感じていたことは、天海にもしっかりと伝わっていた。それなのに、自分を助けようと紫鷹に立ち向かっていた姿に、胸が痛くなる。


「……ありがとう。巻き込んでごめん」

「いいえ。私こそ、何も考えずに行動して、朔様を不安にさせてしまいました。それに、力なんてないのに、なにもお役に立てなくて……」

「そんなことないでしょ。あんたが止めに入ってくれたから、あいつは手を離した。でも、そうだね。一人であの小屋に来たのは感心しないな」

「ご、ごめんなさい……」


 謝ってほしいんじゃない、と天海は苦い顔をした。

 天海は自分の前に膝をついたままの莉子に「とりあえず、ここ座って」と隣に座るように促した。莉子は顔を赤らめながら、ぎこちなく天海の隣に座る。ソファが二人分の重みで深く沈む。


「どうしてあの場所がわかったの? ていうか、如月はどうしたの」

「それが……屋上を出て廊下を歩いていると、詠一様が先生に呼び出されてしまって、先に屋敷に帰るように言われたんです。それで、中庭を歩いていたら、同級生の女の子が、詠一様が中庭の先にある小屋で私を待ってるって言っていて。おかしいなと思って、小屋を探していたら、いつの間にかあのドアの前に立っていました」

「ふーん、変な話だね。ていうか、前にも女子たちに連れられて倉庫に閉じ込められたことあったでしょ? あの時は泉が助けてたけど……また罠だって思わなかったの? なんで自分から危険な目に遭いにいくわけ?」

「それは……」


 天海は制服のスカートの裾を握って俯いている莉子を見下ろす。華奢な肩が今にも震え出しそうで、手を回して抱き寄せたい衝動に駆られたが、理性でグッと堪える。


 (はぁ……もう少し自覚してくれないかな。自分がどれだけ危うい存在かって)


 天海はめんどくさそうにソファの背もたれに深く背を預ける。あの時……紫鷹は小型無線機と、ネクタイピンクに盗聴器とマイクを仕掛けていた。如月の呼び出しも、女子生徒からの誘導も、全て仕組まれたものだとしたら――


「ねえ、あんたはしばらくは学園に行かないほうがいい。屋敷で猫の世話でもしててよ」

「そんな! 私は大丈夫です。今度は一人にならないように気をつけます。だから……」

「はぁ、そんなの信用できると思う? また同じ目に遭ったらどうするの? 今度はあんたの腕が折られるかもしれないよ」


 莉子の腕がピクリと動いた。

 

 それを見た天海は、ソファから立ち上がる。そっと莉子の左腕を掴むと、そのままぐっと上へ持ち上げる。莉子は驚いた様子で顔をあげると、腕を小さく震わせた。

 天海は前屈みになり、莉子に顔を近づける。天海の柔らかい髪が莉子の頬に触れた。


「え、あの……!」

「黙って」


 天海は思いっきり強く莉子の腕を持ち上げると、莉子の身体がソファからかすかに浮く。莉子は痛みに顔をしかめた。


「うっ……」

「ほら、僕の利き手じゃない方の手であんたの腕を掴んで持ち上げても、これだけの力が加わるんだ。男の力ってのは、あんたが想像してるより強いんだよ。……これでわかったでしょ」


 パッと莉子の腕が解放される。莉子は左腕を抱えるようにうずくまった。

 これで懲りただろう、と天海はソファに座り直すと、莉子は苦しそうな顔で、天海の左手首にそっと触れた。


「朔様は、これの何倍もの痛みを受けたのですね。すごく、痛かったですよね。全部、私のせいです」

「はぁ? なんでそうなるわけ」

「……“十二番目の少女計画”。私が、十二番目の少女だから、です」


 天海は目を丸くした。ゴクリ、と喉仏が動く。


「途中からですが、お話は聞いていました。私は、理想的なメイドを作り出す実験体にすぎない、と」


 まだ夏でもないのに、天海の首筋にはじんわりと嫌な汗が流れる。

 

「……それで、あんたはどう思ったの」

「わかりません……。この屋敷にきて、変だと感じる部分はいくつかありました。でも、気のせいだって、知らないふりをしてた。だけど、事実を知ってしまった以上、責任を――」


 ふわっと、清潔感のある甘い香りが天海の鼻をかすめる。莉子の柔らかい身体を、天海は反射的に抱きしめていた。莉子は「ひゃっ」と驚いた様子で身体を硬直させる。


「……それ以上言わないで。ごめん、聞いた僕がいけなかった」


 天海はグッと下唇を噛む。責任感の強い莉子なら、きっと逃げ出すことはしない。だけど、それを彼女の口から聞いてしまえは、もう後戻りができないような胸騒ぎを覚えた。

 

「朔様……私は……」


 天海の腕の中にある小さな身体に、ぐっと力が込められた。同じくらい、天海も莉子を抱きしめる腕に力を込める。


「……私は、皆さまのメイドでいたいです。朔様が泣くところを、もう見たくない」


 莉子は顔を上げて、天海を見つめた。涙を溜めて濡れた薄ピンクの瞳が、真っ直ぐに天海を捉える。


 (半泣きじゃん……ほんっとに馬鹿)


「僕は、あんたを利用しようとしたんだよ。道具としか見てなかったんだ。それは今も今後も多分変わらない。そんな僕に、どうして寄り添おうとする?」


 莉子は優しい目で天海を見つめると、薄く微笑んだ。ぽろりと、涙のひと粒が頬に垂れる。その仕草に、天海の心臓がドクンと、小さく高鳴る。


「ご主人様を信じ抜き、ご主人様のお役に立つのが、メイドとしての務めですから」


 呆気に取られたように、天海は莉子を見つめた。

 今まで十一人のメイドを仕えさせたが、そのような言葉を口にした者はいなかった。皆、自分のことばかりで、心からの忠誠を誓うことはなかった。逃げ出す者、支配に快楽を感じ陶酔する者、自惚れて高慢になる者、自虐的になり己を追い詰める者……莉子は過去のメイドとは、全く違う意思を持っていた。これは、偶然か、必然か――。


 (……これが本物の、メイド……)


 まるで完璧すぎる、理想的なメイド。違和感すら覚えるその毅然きぜんとした姿に、天海は息を呑む。

 天海の身体の芯が熱くなっていく。主人として、本当の責務が芽生えた瞬間だった。


「……わかった。ただし、危険なことは禁止。これは僕からの命令だからね。守れなかったら、この屋敷からもう二度と出さないから」


 莉子の表情が明るくなる。笑うと膨らむ莉子の頬に木漏れ日が乗っかり、薄いオレンジ色に染まる。


「はい! ありがとうございます」


 目の前でにこりと笑う莉子は、本当に天使のようだった。天海は思わず目を逸らす。


 (今、天使が笑ってるように見えたけど、僕の頭もおかしくなったのかな)


 天海は自分の髪の毛をくしゃっと乱す。柔らかい猫っ毛がふわりと揺れる。莉子は道具に過ぎない。それは今も今後も多分変わらない。そう思っているのに、この胸の奥を焦がすような甘い苦味の正体に、天海は気づきたくなかった。

 

 そんな様子をおだやかに横目で見ていた莉子の瞳が、段々と色を失い、影を作っていくのに、天海は気づかなかった。


 暗い影が、莉子の瞳を侵食していく。美しい薄ピンクの瞳から、光が消えていった。


「いつまでも、お仕えいたします。あなたが、主人として有能であれば、ですが。ふふっ、ねぇ、朔様」


 ぽつり、と小さな言葉が落ちた。


「え、ごめん。なんか言った?」


 天海は莉子の方を見ると、莉子の瞳は元に戻っていた。きらりと、薄ピンクの瞳が潤む。


「……? いいえ、何も言ってませんけれど……空耳でしょうか……?」

「あれ、なんか聞こえた気がしたけど……まあいいや。じゃあ、さっそくだけど、着替え手伝って。利き手がやられたんだ。不自由で仕方ない」

「き、着替えですか?!」

「そう。これ、脱がして」

「そ、それはっ、で、でき」


 天海は、制服のシャツのボタンを指差して「外して」と合図をされて慌てふためく莉子の唇に、そっと人指し指を重ねる。


「冗談だよ。真に受けて、面白いね」


 莉子の顔がカァッと赤くなっていく。恥ずかしそうに下を向く莉子を、天海は楽しそうに、愛おしそうに眺めていた。


 こんな時間が続けばいいのに、と願った天海だった。


 ――ただ、天海には、一つ気がかりなことがあった。


「理想的なメイドや従順な部下を輸出する事業の構想も含まれている」という紫鷹の言葉。あの時は、天海を挑発するための戯言だと思っていたが、もし、それが本当だとしたら――。


 (このプロジェクトが成功したら、とんでもなく恐ろしい事態になるのではないか……?)


 天海はどことなく危機感を覚えた。このまま莉子をここに置いておくことが、本当に正しい選択なのだろうか。

 財閥内、いや国家全体を揺るがすような、莫大な権力が“日替わりメイド”の裏で働いている、そんな疑念を抱く。


 (僕にできることは、このプロジェクトの真相を確かめること。そして――)


 天海はそっと莉子の頭に手を置く。莉子が赤く染めた頬を上げて、きょとんとした目でこちらを見つめる。


 (――この子を守ること)


 彼女に対するこの感情の正体に名前があることを天海は知っている。気づいてしまったのなら、あとはひたすらに守るだけだ。





第27話をお読みいただきありがとうございます。


今後の更新について、活動報告でお知らせがあります。


一生懸命執筆を頑張りますので、気長にお待ちいただけると嬉しいです(*´-`)


読んでいただけるだけで励みになっております!

今後とも、日替わりメイドをよろしくお願いします(*´-`)



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