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日替わりメイド 〜五人のご主人様たちの純愛と狂愛と、囚われメイドの秘め事〜  作者: 音那 憂
第3章 観察から干渉へ

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第25話 ラベンダーの芳香①

 振り向くと、両足を震わせて立っている莉子がいた。

 足元には、手から落ちた通学鞄。


「さ、朔様……っ!」


 莉子は二人の元へ駆け寄ると、紫鷹の身体をその震えた両手で押しやる。当然、そのか弱い力では、体格差のある紫鷹の身体はびくともしない。


 (な、なんで彼女がここに。危ないから、如月に一緒にいるように頼んだのに……)


 天海はすぐに紫鷹の方を見る。紫鷹は莉子を無表情で見下ろしていた。莉子に対する感情が読み取れず、天海は余計に焦る。


「は、は、はなして、ください……!」

「莉子、やめて。大丈夫だから、ここから離れて」


 紫鷹と莉子がこんなにも近くにいる方が危険だと、天海は焦りながら莉子に外へ出るように促す。


「は、離れま、せん……朔様の、手を、離してください……!」


 目を瞑りながら懸命に紫鷹を押しのける莉子に、紫鷹は感情の揺らぎを一切見せることなく、そっと天海の手首を離した。カラン、とネクタイピンが床に落ちる。


 「はあ、はあ」と呼吸の乱れた莉子は、両足が耐えきれなかったのだろう、そのまま床にへたり込んだ。俯いていて、紫鷹の顔を見ようとはしない。


 莉子は両手で胸を押さえて、苦しそうに悶えていた。


「莉子!」


 天海はそんな莉子のもとへ駆けると、莉子を抱きかかえ立ち上がる。左手首に激痛が走ったが、今はそんなことに構っていられなかった。凝然と立ち尽くす紫鷹を睨みつけると、紫鷹の横をさっと通り過ぎ、そのまま小屋を後にする。


 小屋を出るとき、ラベンダーの香りがふわりと舞った。天海にとっては安らぎなど微塵もない、恐ろしく排他的な香りに感じられた。


 


 

 小屋に残された紫鷹は、莉子に触れられた部分を撫でるように手で抑えた。


「あの状態で、ここまでの抵抗をみせるとは……」


 紫鷹は自分でも気づかぬほど小さく笑っていた。立っているのが精一杯の状態で、自分に歯向かおうとしていた莉子の顔を思い浮かべる。


「いつまでも、私に対する恐怖心は忘れないのだな」


 紫鷹は小屋の真ん中まで音も立てずに歩くと、倒れた椅子を直し、ゆっくりと深く腰掛けた。机の上にあるラベンダーを人差し指でそっと揺らす。独特の土草のようなハーブの爽やかさと、甘い芳香が漂う。


「胸を押さえていたのは、この香りのせいか」


 ラベンダーの花をひとつむしり取ると、筋の通った美しい鼻先に近づける。ゆっくりと目を瞑り深く呼吸をすると、燻る芳香が胸の奥まで駆け巡る。


 (あれの私に対しての過剰な拒絶反応。裏を返せば、それほど私という存在に対して思いがあると言うこと)


 ふっと小さく笑う。滅多に表情を変えることのない紫鷹だが、こればかりは胸の中の疼きが制御できなかった。


「私の目を見ない、というのは実に良い判断だ。この目は、幾度となく君を見つめてきた。記憶封鎖率が揺らぐきっかけとなるだろう。しかし、それもまた良い。私の声、香り、圧、オーラ……それを感じ取るだけでも苦しいはず。よく耐えていた。けれど、そろそろ限界か……ここまで来たら、あとはもう、“蘇る”だけだ」


 紫鷹は椅子から立ち上がると、ドアの前で立ち止まる。視線を下へ向けると、莉子の落としていった鞄が転がっていた。


 (……無駄なことを。体格も腕力も忍耐力も私の方が圧倒的に上。それなのに、主人を庇った。敵うはずうもない相手に対して、相当な精神力を削ってでも、守りたいものがあったということか――)


「あぁ、良いじゃないか。きちんと、“あの頃”に教えたことを身体に染み込ませている」


 子鹿のように震わせた足、力のない圧、勢いだけで突き進む思考……紫鷹にとってはどう足掻いても弱者に見えた。しかし、紫鷹の前に立ちはだかり、懸命に抗うその姿は、紫鷹の求めていたそれだった。


 紫鷹は口元の笑みを元に戻すと、床に屈む。莉子の鞄のポケットから小さなチップのようなものを取り出すと、「小賢しい」と指先で粉々にすり潰す。


 そして、さっと立ち上がると目の前のドアを乱雑に開けた。


 バンッと大きな音を立てて開いたドアの横に、蓮巳が小屋の壁にもたれかかるようにして外に立っていた。


「……莉子ちゃんに、何したの」


 蓮巳は紫鷹の前に立ち塞がると、首を傾げて問いかける。目元に落ちる影が、紫鷹に対する嫌悪感を漂わせていた。紫鷹は無表情で蓮巳を見やる。


 小屋を覆う草木が不穏に揺れる。木々のつくる影が、二人を闇の中へ導くように広がっていった。




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