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日替わりメイド 〜五人のご主人様たちの純愛と狂愛と、囚われメイドの秘め事〜  作者: 音那 憂
第3章 観察から干渉へ

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第23話 花弁は誰のもの

 天海は勢いよく屋上のドアを開けると、フェンスにもたれかけるように莉子を寝かせた。今日は風が強い。莉子の艶やかな黒髪が天海の頬に触れる。


「起きてるんでしょ。ちゃんと目を開けて。それと、その震えどうにかならないの? 心拍音が耳障りなんだけど」


 天海の耳には小さなイヤホンが差し込まれていた。屋敷のパソコンと連動しているため、随時莉子の体内音を聴くことができる。


「うっ、ご、ごめんなさい……朔様、教室に来られるの、珍しい、ですね……ご登校されても、同じクラスなのに、見かけない、から……」


 莉子は痙攣するまぶたを薄く開ける。青白い顔を天海に向けて、無理に笑おうとする莉子に天海は嫌気がさす。莉子は明らかに紫鷹に反応している。


「いつも、ここにいらしたんですね……」


 天海はパンっと莉子の口を塞いだ。莉子の柔らかい唇が手のひらに当たる。


「喋らないで。ちゃんと呼吸して。僕のことなんて今はどうでもいいでしょ」

「っ……」


 莉子は口に手を当てられたまま、ゆっくりと深呼吸をする。呼気のたびに、天海の手のひらに莉子の温かい吐息がかかる。

 しかし、莉子の震えはおさまらない。天海は、自分以外の人間に莉子が過剰に反応していることに苛立つ。


 (この身体は、僕だけが弄んでいいものなのに……)


「朔様、ごめん、なさい……震えが、おさまらない」


 莉子は目に涙を溜めながら天海を見つめた。薄ピンクの瞳が滲んでいく。


 天海は、どうしたらいいかわからなかった。


「知らないよ、そんなの。僕がどうにかしろと言ったらするんだよ。それともなに、命令に従えないの?」


 莉子の目から一粒の涙が零れた。震える唇の隙間から、懸命に言葉を紡ごうとしている。


「…………詠一様……詠一様の瞳をみれば、私の震え、きっとおさまります……」

「……は? なにそれ。意味わかんないんだけど」


 天海は思わず莉子の唇をパチンと叩いた。自分以外の名前を呼ぶこの口が許せなかった。


 (僕は何をこんなに動揺しているんだ……? この状況に、すごくイライラする……どうして)


「うっ……苦しい……寒い……」


 莉子の心拍音が大きくなっていく。体温が下がっていくのがわかった。


「ちょ、ちょっと、このまま死ぬ気? ねぇ、あんたまで壊れるの?」


 莉子の震えが伝染するように、天海の身体も震えていった。ようやく、壊れないメイドに出会えたと思った。父親の期待に応えられる、天海の権威の道具として莉子は育っていくと思っていた。それなのに、紫鷹という男に台無しにされて、また振り出しに戻るのかと思うと、天海の中にある黒い怒りがおさまらなかった。


「……また、僕は、父様に叱られるの?」

「さく、さま……?」

「ねぇ、あんたのせいだよ。あんたがこんなふうになるから、僕はまた、父様に失望されて……」

「……」

「僕の道具として、ただ従順なメイドでいればそれでよかったのに。どうしてそんなこともできないの? 結局、あんたも無能じゃないか!」


 天海は声を荒げて莉子に言葉を投げつける。それでも、この憤りはおさらまらない。熱を帯びる天海の顔は、小さく震えて歪んでいく。


 そっと、莉子の手が伸びた。天海の頬を優しく撫でる。


「さく、さま、泣かないで……ごめん、なさい……事情が、あるんですね……何も知らないで、わたし、ごめん、なさい……」


 (泣いてる? 僕が……?)


 知らない間に、天海の目からは涙が溢れていた。


 涙が莉子の指に零れる。天海はキュッと唇を噛むと、莉子の手をパンっと振りほどいた。


「……るさい、うるさい! わかったように優しくするのやめてくれない? そういう偽善、嫌いなんだよ」


 莉子の瞳が揺れた。悲しい目を、していた。


 (なに、その目……)


 天海の心臓がギュッと締め付けられた。制服のシャツの上から胸を抑えつける。


 (なんで、こんな、心臓が……)


 強い風が吹き上げた。莉子の黒髪がなびく。天海は腕を顔にやると、目を瞑り風を避ける。視界が遮られた。


 ほんの一瞬の出来事だった。風が通り過ぎると、天海はゆっくりと目を開ける。


「……あんた、本物のバカでしょ。バカだよ……なに笑ってるんだよ」


 再度、天海の目の前に現れた莉子は、目尻を下げて優しく微笑んでいた。天海の胸を抑えつける手に、そっと柔らかく小さな手が添えられる。


「さく、さま……わたしの、せいで、お辛いこと、抱えてたの、知らなくて……話してくださって、うれし……」


 添えられた莉子の手が、冷たいのに、温かい。


 天海は思わず身を乗り出していた。何かに突き動かされるように、身体が勝手に動いた。莉子の花弁のような可愛らしい唇が、天海の唇と重なり合う。今までに感じたことのない、優しい感触がした。


 静かに、風が二人の頬をかすめる。


 そっと唇が離れる。莉子は驚いたように目を丸くして天海を見つめていた。


「……どう、震え、治ったでしょ」


 きょとんとした顔で天海を見つめる莉子。かすかに開いたその花弁は、ついさっきよりもピンク色に染まっていった。

 莉子が小さく頷く。あまりにも目を逸らさずに見つめ続けるので、天海は顔を赤くした。


「そんなに見ないでくれる? それともなに、あんたも実は観察魔なわけ?」


 天海はひと呼吸置くと、静かに目を閉じる。

 随分と取り乱してしまった。


 (冷静になろう、これはただの震えの治療だ。それより、今、できることは……)

 

 天海はズボンのポケットからスマホを取り出すと、画面を操作する。「はぁ」と短くため息を吐くと、制服のジャケットを脱ぎ、莉子の肩にかけた。


「まだ寒いんでしょ。体温35.7度。あんたの平均は36.4度だ。これ着なよ」

「……っ、あ、ありがとう、ございます……」


 「機械で体温調整できれば、こんな面倒なことしなくて済むのに」と小声で呟く。そんな天海を見ると、莉子はまたふっと微笑んだ。


 天海は不貞腐れたように空を見上げる。晴天、太陽は嫌いだけど、莉子の身体を温めてくれるなら、少しは晴れていてもいいと思った。


 


 

 ドンッと如月の足蹴で屋上のドアが開いた。青ざめた顔で如月が駆け寄ってくる。莉子はふわりと抱き寄せられた。


「莉子、大丈夫か……?! ……身体が冷たい。寒いのか? 痛いところはないか?」

「わっ……! え、詠一様……?! 来てくださったんですね……その、朔様が、羽織を貸してくださったから、寒くないですよ。……ご心配をおかけしてしまって、ごめんなさい」


 如月が息を切らしてあまりにも心配そうな顔をしていたので、莉子は心が痛くなった。


 (私、大切な人に、心配かけてばかりだ……)


「ちょっと、僕のメイドになに抱きついてるの?」

「え、あ、今日はそうか、ごめん……」


 天海は呆れたように肩をすくめる。

 

「……遅い。本当に保健室まで行ってたわけ? 西野にこんな状態見せられるわけないでしょ」

「いや、屋上にいるとは思わないだろ。ここはいつも閉鎖されてるし、天海財閥の特権がないと入れないし。普通の人間は入ろうと思わないって」


 如月が肩を上下させながら、天海の手にある屋上の鍵を見る。

 まだ呼吸が荒い如月は、きっとこの広い学園内で必死に自分を探し回ってくれたんだと思うと、莉子は思わず如月の腕をグッと引き寄せた。


「え、どうし……」

「詠一様の、温もり……!」

「な、なんだよ、急に」


 如月の耳が赤くなっていく。


「俺は、離れずにそばにいるって言ったのに、約束、守れなかった。ごめん、莉子」

「そんなこと……」

「ちょっと如月。さっきの謝罪はなんだったの?」


 如月と莉子の間に、天海が割り込んできた。天海は強引に莉子から如月を引き離すと、にやりと口角をあげる。そのまま長い指を莉子の唇に当てて、ふっくらとしたその花弁をトントンとした。


「それに、如月の温もりってのがなくても、どうにかなったから」


 莉子は頬を赤くした。さっき、天海にされたことを思い出して、両手を広げて顔を隠す。


 (あ、あれは、やっぱり、キ、キスだったんだ……!)


「お、お、おい! どどどういうことだ、天海!」


 如月は駆け寄ってきた時よりも青ざめた顔で二人を見つめていた。天海は悪そうに笑うと、「教えない」と如月の額にデコピンをした。如月はそのまま後ろに倒れて動かなくなった。


 

 


 屋上ドア前の階段で、紫鷹は彼らのやりとりを背中越しに聞いていた。


「実にくだらないノイズだ。早急に排除すべき。一度、呼び出すことにするか」


 革靴の音が静かに階段に響く。規則正しいリズム、規則正しい音量。まるで機械のような動きだった。


 不穏な気配が、風に乗ってドアの隙間から屋上へ流れる。


 その瞬間、莉子はハッとしてドアの方を見た。


 かすかに開いたドア。誰もいないはずなのに、わずかな気配を感じた。

 莉子の異変に気づいた二人も、ドアの方を見て身構える。

 

「お、おい、なんか、今」

「うん、嫌な気配。敵意、ってやつだね」


 如月と天海は咄嗟に莉子を見る。莉子はかすかに震えていた。


「はぁ。ちょっと僕、行ってくるから。如月、わかってるね?」

「あぁ、言われなくても」


 天海が鍵を如月に投げると、如月はそれを上手く受け取る。

 天海はゆっくりと屋上のドアを開けると、誰もいない階段を降りていった。


 (紫鷹、どういうことか直接聞いてやる)


 ズボンのポケットの中に入れていた手をグッと握ると、天海は呼吸を整えて気配を辿っていく。


 残された如月は、ギュッと莉子の肩を抱き寄せる。


 不穏な気配は風に紛れ消えることなく、いつまでも屋上に漂っていた。

 


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