第21話 毒は愛を肥やしに②
夕暮れの雨音に、鼻歌が混じる。
蓮巳は上機嫌でベットに寝転んでいた。
「あぁ、莉子は僕の弱さを受け入れてくれた。……あれが嘘だと少しも疑わなかった。その純粋さが、本当に愛おしい」
蓮巳は人前で本当の涙を見せたことはない。涙を流すという感情は、相手を上手く操作するための道具に過ぎない。人は涙に弱い。そして、状況を利用すれば自分のせいで泣かせてしまった、という罪悪感を植え付けることができる。
「これで証明された。莉子はどんな僕でも受け入れてくれる、最高の愛らしい人形。アハ、どんなことをすると、最高に歪んだ表情を見せてくれるかな」
不敵な笑みは不気味に艶めく。
「あぁ、もっと彼女を困らせたい。僕の愛で満たしたい。その感情も、思考も、表情も、仕草も、恐怖も……僕のものだ。もっと僕のために泣いて、苦しんで、悩んで。それが僕の、最大限の愛情だ」
蓮巳は起き上がると、ベッド横の棚をずらす。棚の裏には、壁紙からかすかに浮いている線があった。その線に沿ってずっしりと重みをかけて壁を押すと、壁が扉のように動く。
隠し部屋がそこにはあった。
小さな部屋だが、テーブルやソファなど、生活家具が揃えられている。莉子が初めてこの屋敷に来たとき、蓮巳は興奮と快楽が高まりすぎて、直接莉子に会うことができなかった。だから、莉子が奉仕に来た時には、接触しないようここで過ごしていた。
蓮巳は美しい顔を歪ませて微笑みながら、隠し部屋の壁を眺める。
そこには莉子の写真が一面に貼られていた。初めて屋敷に来て戸惑う莉子、学園をひとりぼっちで歩く莉子、屋敷で掃除をする莉子、自室で眠る莉子……全て、蓮巳が収めたものだった。
「一目見た時から、僕の運命の相手だと気づいたよ。やっぱり僕の勘は間違っていなかった。さぁ、次はどんな顔を見せてくれるかな……」
蓮巳は恍惚とした顔で写真の中の莉子を撫でる。高揚した頬は、赤紫色に染まっていた。
「だけど……気に入らないな。僕の味方かどうか、『わからない』だなんて」
黒革の手袋を乱雑に外し、床へ投げ捨てる。
蓮巳の瞳の色が変わっていく。
「夢に出てきた、あの男のせいか……? 僕の莉子がおかしくなっていくのは。……許さない、許さない、絶対に許さない」
ドンッと壁を叩く。一枚の写真がぱらりと舞った。その写真の中の莉子は、白猫を撫でながら微笑んでいた。
蓮巳は落ちた写真を躊躇いなく踏みつける。赤紫色に染まった瞳が小刻みに揺れ、深い影を作っていった。
*
明かりのない暗い部屋、コンクリートが剥き出しの空間に、一人の男が静かに立ち上がった。
無駄のない動きに、洗練された身のこなし。足音はしない。黒いスーツを身につけた長身のその男は、デスクに広がった大量のモニターのひとつを鋭い目つきで追っていた。
「一時的なフラッシュバックにより、記憶封鎖率が90.2%まで低下、か」
低く、小さく呟かれたその声は、反響することなく空間に漂う。
「感情操作からの逸脱。これは、命令に従うことよりも自我が強く機能し始めていることを示す」
男が長い指で素早く機械を操作する。無線機と連動させた超小型イヤホンを耳に当てると、スーツの襟元にあるピンのようなものに向かって指令を送る。
「……No.417について緊急報告。逸脱反応を確認。直接介入が必要と判断。速やかにフェイズ2へと移行する」
無線機を切る。男は口角をわずかに上げると、蒼い瞳を煌らせた。
「ようやく、再会の時が来た」
第21話まで読んでいただきありがとうございます。
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次回から、第3章が始まります。今後とも、日替わりメイドをよろしくお願いします!(*´-`)




