表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日替わりメイド 〜五人のご主人様たちの純愛と狂愛と、囚われメイドの秘め事〜  作者: 音那 憂
第2章 支配の中で芽吹くもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/27

第20話 毒は愛を肥やしに①


※この話数には、トラウマを想起させる描写があります。苦手な方はご注意ください。



「……りこ……莉子……君は……私のものだ」


 目を覚ました蓮巳は、ゆっくりとベッドから上体を起こす。額には、ほんの少しの汗が滲んでいる。


 夢をみた。知らない男が莉子の名前を呼んでいた。知らない男が莉子は自分のものだと言っていた。知らない男の、その言葉に、目を覚まさせられた。


 蓮巳の菫色すみれいろの瞳が、赤く染まっていく。身体の奥底が、煮えて煮えて燃え上がるような、憤りが瞳を染めていく。


「……誰だよ。誰。僕の中に入り込んで。莉子は私のもの? ……ふざけないで」


 蓮巳は窓の外に目をやると、ほうきを持って中庭の掃除をしている莉子の後ろ姿が見えた。


「……僕の莉子。今日も可愛いね。一週間の最後に、あいつらと過ごした時間を、僕が上書きするんだ。アハ、それが最高に楽しい、嬉しい。僕だけの莉子ちゃん」


 蓮巳の瞳は菫色に戻っていた。ベッドから起き上がると、そのまま部屋を後にする。ゆっくりと動いた扉は、やけに重たく、もう開くことがないかのように厳かに閉じられた。





 澄み切った青空に、わたぐもが流れる。爽やかな風が、莉子の髪を揺らす。紫陽花が中庭に咲き始めた。もうすぐ、梅雨が来る。


「ふう、これくらいかな」


 莉子は中庭の落ち葉掃除が一段落したところで、しゃがんで花壇の紫陽花を眺めていた。丁寧に植えられた紫陽花の隣には、ホオズキが小さな白い花を咲かせている。


「綺麗だなぁ、もう少ししたら、赤い実をつけ……」


 気配はしなかった。後ろから長い両手が差し出されたかと思うと、莉子の首の前で交差し、そのまま莉子の小さな身体を包み込む。両手には、黒革の手袋。


「へっ……」


 蓮巳が後ろから莉子に抱きついた。莉子は背筋が凍ってしまいそうなほどの恐怖に襲われた。身体を動かして離れようとするが、力が、強い。腕が食い込んで、離れない。


「……は、離してください!」

「おはよう、僕の莉子ちゃん。前も、こうされるとすごく嫌がったよね。……どうしてかな」

「……や、いや!」

「君じゃない君が、怖がっているのかな……? でも、受け入れないと、君が君でなくなってしまう。僕はどんな莉子ちゃんでも、愛してるから……」


 止まらない身体の震え……莉子の目から涙が溢れて、花壇を濡らす。


「い、や……」


 必死に足掻いて出た声は、消え入りそうなくらい、掠れて弱々しいものだった。黒革の手袋が呪縛のように、莉子の心も体も覆い尽くす。


 自然と莉子の脳内には、昨日の如月の温もりが蘇っていた。


 (詠一様……詠一様の瞳がほしい……温もりがほしい……)


 蓮巳の腕がピクリと動いた。


「は? ねぇ、今、僕以外の男のこと考えた?」


 蓮巳の様子が明らかに変わった。莉子を覆う腕が震えて、力が強くなる。


「なんで他の男のこと考えた?」


 左腕が莉子の首元へと這ったかと思うと、莉子の首筋にグッと歯が当たった。


「いっ……」

「莉子ちゃんはあいつらの味方なの? 僕を裏切るの? ねぇ、答えてよ。どうして黙ってるの?」


 首筋に吐息がかかる。荒々しい呼吸。迫り来る背後からの恐怖に、莉子は身体が動かない。


 (こ、わい……前が、暗くなっていく……)


 薄れゆく意識の中、蓮巳が莉子の耳元で囁く。


「莉子ちゃんのトラウマ、教えてよ」


 正面から風が勢いよく吹いた。莉子の涙が風に乗って蓮巳の頬に当たる。その瞬間、記憶が、蘇る。



 ――この感覚、知ってる。

 大きな体、手にはナイフ、背後を取られ身動きができない。固いコンクリートの床が頬にあたり、血にまみれた手が、後ろ首に襲いかかる。



「いやッ!!」


 莉子は目の前にあったホースを震える手で取ると、後ろから抱きついている蓮巳に向けて勢いよく水を噴射した。


「な、に、してる、の……」


 蓮巳は目を見開いて、濡れたまま動かなくなった。蓮巳の顔や髪にかかった水滴が、莉子の首筋に流れる。

 

「はぁ……はぁ……」


 莉子は息を切らしながら、ホースを握っていた。咄嗟の動きに、身体が熱くなっていくのがわかる。


 赤く染まった頬を、風が撫でる。呼吸を整えながら、莉子は蓮巳の弛んだ腕を引き剥がし、正面に向き合った。流れ続ける水は、莉子と蓮巳の身体を濡らし続けていた。


「それはこっちのセリフです! いつもの千尋様じゃないです! こんなこと……やめて、ください……」


 莉子は泣きそうな顔で蓮巳を見る。蓮巳は悲しみでも怒りでもない、儚く壊れてしまいそうな顔で莉子を見つめていた。


 (これが、千尋様の素顔……?)

 

 水が身体の熱を覚ましていく。莉子はホースを地面に置くと、まだかすかに震える蓮巳の腕を引き寄せて、しがみついた。


「正気に、戻って……」


 蓮巳の瞳が揺れた。涙が一粒、零れ落ちる。


「……莉子ちゃんは、嘘の匂いがして……僕と、同じだと思った。僕の、味方で、いてくれるよね……?」


 ドクンと、心臓が鳴った。莉子の蓮巳の腕を握る力が緩む。


 (嘘の匂い……そうかもしれない。私には、知らない自分が、知らない過去が、きっと存在している……)


 莉子はぐっと蓮巳の腕を握り直すと、自分の胸に当てる。心臓の鼓動が速い。ゆっくりと、深呼吸をする。


 (だけど、私はここから逃げられないから……向き合っていくしかないんだ。葵のために、自分のために、そして……ご主人様たちのために)


「それは……わかりません」


 いつもなら知らぬ間に頷いていたであろう問いを、莉子は蓮巳の目を見て真っ直ぐに答えた。


 蓮巳はピクリと眉を動かすと、パンッと、莉子の手を振りほどく。


「っ……」


 莉子は蓮巳に拒絶されたかとビクリと肩を震わす。

 しかし、その身体は蓮巳にふわりと抱かれた。


「わ……っ」

「じゃあ、じゃあ、せめて……莉子ちゃんのこと、全部知りたい。僕が一番、知ってたい。お願い、君がいなくなったら、僕は……毒にまみれてしまう」

 

 蓮巳の身体が熱を帯びる。蓮巳の涙なのか、滴り落ちる水なのかわからない生あたたかいものが、莉子の背中に流れる。

 いつも妖艶で甘い雰囲気を漂わせている不思議なご主人様。だけど、震えながら懇願する姿に、莉子の目には、弱さを持つ普通の青年のようにも見えた。


「……私は、今日は千尋様のメイドです。千尋様が困っていたら、お役に立ちたいです。……だから、今、落ち着くまで、お付き合いさせてください」


 蓮巳が小さく嗚咽しながら泣いているのがわかった。莉子は何も言わずに、ゆっくりと蓮巳の背中に手を伸ばす。


 (千尋様の全てにお応えすることはでない。でも、一人は苦しい。悲しいから。せめて、私だけでも、お側に……)


 莉子は唇を噛みしめる。


 蓮巳への恐怖はまだ消えていない。莉子のトラウマを、無理やりにでも呼び起こそうとする、危険な人物。それでも、放っておけない危うさが、この手を離せない理由だった。

 

 わたぐもがいつの間にか大きくなっていた。西の空が暗い。じきに、雨が降る。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ