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日替わりメイド 〜五人のご主人様たちの純愛と狂愛と、囚われメイドの秘め事〜  作者: 音那 憂
第2章 支配の中で芽吹くもの

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第14話 神城帝真の葛藤②

 ベンチに近づく神城の足音に気づいた莉子が、後ろを振り返る。莉子は怒りを露わにした神城を、怯えた顔で見つめた。


 (またその顔。うざいんだよ)


「て、帝真様……?!」

「なんで如月なんかと一緒にいるんだ。俺以外の奴と関わるなって言ってんだろ」


 神城は莉子の隣にいる如月を睨むと、その手にはあの時のタオルが握られていた。


 (そういうことかよ……)


 ベンチの脚を軽く蹴ると、莉子の腕を掴み、引きずるようにして中庭から出る。如月が何か言っていたような気がしたが、神城の耳には届かなかった。胸の唸りだけが制御できずに鳴り響く。


「……さまっ、帝真様!」


 神城はハッとして足を止めた。どのくらい歩いただろう。振り向くと、今にも泣きそうな顔の莉子が、身体を震わせて神城を見ていた。


「ご、ごめんなさい……」


 手を離すと、胸を抑えて謝る莉子。肩で小さく呼吸をして、小さな身体で恐怖に耐えようと必死な様子に、こんなやり方しかできない自分に腹が立つ。でも、暴走する感情が止められない。この感情の正体は何なのか、自分でもわからないのが神城は悔しかった。


 抑えきれない衝動に駆られ、近くにあった倉庫の扉を開けると、莉子の腕を掴んでそのまま倉庫に投げやった。

 一瞬、泣きそうな顔の莉子が、自分の方へ手を伸ばそうとした姿が、神城の目には映った。


 (クソッ)

 

 神城はドンッと扉を閉めて、かすかに震える手でその冷たい扉を抑え込む。


(……もう、顔をみたくない)

 

 ドンドンと、扉を叩く音が聞こえた。か弱い声で叫ぶ小さな音が倉庫の外に響いていた。神城はそんな倉庫を背に、短く息を吐くと、自分の胸を自分の拳で殴った。


 鈍い音が、胸に響く。


「クソッ、俺は、こんなことしたかったわけじゃ……そうじゃないだろ……っ」


 神城はすぐに勢いよく倉庫の扉を開けた。目の前の莉子が、青ざめた様子で神城の胸に寄りかかった。


「わ、わたし、その、暗くて、狭い場所が、にがて、なんです……もう、帝真様以外の人と、話さないから、こ、こういうの、や……」


 莉子は目に涙を貯めながら震えていた。


 神城は歯をグッと食いしばる。


 気づけば、神城は莉子の柔らかい身体を抱きしめていた。今度は、強く、強く、壊してもいい、強く抱きしめたい――そんな感情が溢れ出していた。


 (誰にも渡したくない。どこにも行かせたくない。……こんな顔を、させたくない)


「ごめん、莉子。ごめん」


 自分で自分を殴った胸が痛い。でも、そんな痛みより、莉子がどれだけ傷ついたかの方が、ずっと苦しい。


「……俺は、莉子を壊してしまうかもしれない。自分でも、どうしたらいいかわからないんだ……」


 莉子の本当の脆さに、ようやく気付いた。こんなにも大事なことに、今まで気づけなかった自分に後悔と懺悔が蝕む。


 次第に、莉子の震えが小さくなっていく。こわばりが解けて、神城に身体を委ねていくのがわかった。

 

 突然、ぱちん、と乾いた音がして、神城の頬がヒリッと熱を持つ。莉子の手のひらが、神城の左頬に添えられていた。

 神城は呆気に取られて、目を見開く。


「……今までのお返しです。これで全部リセットします。……だから、そんな顔しないでください」


 神城はその言葉に、泣きそうな顔をしていた自分に気づいた。吐息が震える。莉子の優しさに甘えてはいけないと、歯を食いしばる。


「……りっ」

「いや、そんなのじゃ足りないね。一発俺に殴らせて」


 如月の声がした。神城は振り向くと、勢いよく上体を飛ばされた。地面に身体をつき、口の中にざらりと砂の感触がまとう。口の中が切れたのか、血の味が滲む。


「帝真様……!」


 莉子が駆け寄り、神城の肩を支える。


 (こんな時でも、人の心配をするのか。お人よし。そんなんだから、阿保ズラ直らないんだろ……)


「ああ、助かった。ちょうど自分にむしゃくしゃしてた」

「お前のためじゃない。メイドの悲しむ顔を見るのはごめんだ」

「そうか……俺も、だ……」


 神城は顔を上げた。美しい青空が広がる。描いたような白く大きな雲が、ゆっくりと流れている。


 (さっきより、気分が晴れた、気がするな)


 心配そうにこちらを見つめる莉子の頬を、指先で優しく撫でると、ピクリと睫毛が揺れた。丸く綺麗な瞳に、吸い込まれそうになる。莉子の頬が熱いのか、自分の指先が熱いのかわからない。


 (ああ、そうか。この感情は……)


 神城は優しく微笑むと、莉子の頬をそっと手のひらで包み込んだ。

 




「本当に、大丈夫ですか……?」


 放課後、保健室の帰りに莉子と並んで歩いていた。西野に説教されたあと、乱暴に傷口を消毒された。絆創膏は貼らない方が治りが早いと言われたが、剥き出しの傷口に莉子が心配してしまうかもしれないと思い、ガーゼで保護してくれと頼んだ。西野は驚いたように神城を見たが、すぐにニヤついた顔でガーゼを貼ってくれた。


「これくらい平気だ。それより……あんなところに閉じ込めて悪かった。手も、無理矢理引っ張って痛かっただろ」

「帝真様……私は、大丈夫ですよ。もう、あの時のことは忘れました。だから、これからもまた、メイドとして精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」


 莉子は困ったように笑っていた。健気で、素直な笑顔。はやく、嬉しさだけの笑顔にさせたい、そう思った。


(もう泣かせたりは、絶対にしない)

 

 だけど、「メイドとして」という言葉が、神城の胸にチクリと引っかかった。

 

 (俺たちは、所詮、主人とメイドの関係でしかない、か……)


「あっ、そうだ! 帰りも猫さんのところへ行きますよね。その、私も、ご一緒してもいいですか?」


 この距離だと、身長差で自然と莉子が上目遣いになる。色白の肌に、薄ピンクの頬と唇が色っぽく映える。神城は頬が熱くなるのを感じた。無自覚に他の男にもそんな顔をしているのか、と考えただけでも、神城はむしゃくしゃしそうになるのを必死に抑える。


 (……だめだ、莉子は誰のものでもないんだから、そういうことを考えるのはやめよう。もし、他の男がまた莉子に付き纏うことがあれば、その時は俺が莉子を守ればいい)


「ああ、一緒にいこう」


 神城は莉子の手を取り、優しく引き寄せた。





 神城の顔に平手打ちをしてしまった。身体が勝手に動いていた。神城の驚いた表情が忘れられない。ご主人様になんてことを、と莉子は内心焦りでいっぱいだった。でも、神城のあんなにも辛そうな、苦しい顔を見たのは初めてで、どうにかしなきゃと必死にあがいた結果がそれだった。


 (帝真様は、不器用すぎます……そして、私も……)


 莉子は頬が赤くなる感覚に襲われた。隣を歩く神城は、莉子の手を優しく握り、歩調を合わせてくれている。

 猫の件といい、きっと神城は、誰よりも繊細で、優しい。だけど、不器用で下手くそで、誰よりも誤解されやすいのではないか。莉子はそんな神城を、メイドとして支えたいと思った。それが、自分にできる、神城を悲しませない唯一の方法だった。





 猫はぐでんと仰向けになって寝ていた。グレーのもふもふのお腹は、規則正しく上下している。


「お前、ほんと呑気だな」


 神城がふっと笑いながら膝を抱える。莉子も、そんな神城の隣に並ぶ。

 そばに置いてある折り畳み傘は、神城のものだろう。


 (帝真様は、この子のために、帰り道、濡れて帰った……)


 隣で猫を見つめる神城の優しい目に、莉子は心がぎゅっと締め付けられた。

 ずっと考えていたことを、勇気を振り絞って伝えてみる。


「あ、あの……! 猫さんをお屋敷で飼ってみるのはどうでしょうか!」

「……は?!」

「その、野良猫は、事故や感染症にかかったりと、生きていくのが大変と聞きます。見つけた以上、放っておくのは危険かと……」

「だからって」

「でも、帝真様、この子のことこんなに心配されてるから、帝真様も、本当は……」


 神城の顔が赤くなる。


「バッ、俺はただ飯やりにきてるだけだ! 飼いたいなんて思ってねえよ!」


 自分で自分の動揺を撒き散らすような神城の態度に、莉子は思わずぷっと笑ってしまった。

 それをみた神城の顔がもっと赤くなる。


「な、なんだよ。なんか文句あんのか」

「ふふっ、ごめんなさい。でも、帝真様ったら、わかりやすくて」

「お、お前なぁ、笑いすぎだっての」

「ふふっ、だって、おかしくって」


 神城は不貞腐れたように頬をつく。莉子はそんな神城の様子が可笑しくて、目から出る笑い涙を拭う。


 神城の目には、そんな莉子の姿が、優しい光に包まれているように見えた。垂れる目尻に、口角が上がるとできる頬の膨らみ。長い睫毛が、莉子の澄んだ瞳を隠す。この笑顔は誰のものでもないけれど、今、この瞬間だけは、自分だけのものに、と大切に心に刻み込んだ。


 莉子は神城が膝を抱えて、優しい目でこちらを見ていることに気づいた。神城の唇がかすかに動く。小さな声で三文字、なにかを呟いた。その言葉は、風に攫われて、莉子は聞き取ることができなかった。


 風と共に舞い上がる青葉が、二人を優しく包み込んだ。





 ――観察対象No.417

感情変動:疑心36%→恐怖83%→動揺57%→受容68%

記憶封鎖率:93.6%(閉所にて一時動揺あったが影響見られず)ver.3.2

命令適応率:135%(安定)


「感情の波が激しかったにも関わらず、“メイドとして支えたい”という軌道修正が美しい。……君はまさに私の最高傑作だ」



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