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日替わりメイド 〜五人のご主人様たちの純愛と狂愛と、囚われメイドの秘め事〜  作者: 音那 憂
第2章 支配の中で芽吹くもの

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第11話 甘い罠は命令よりも毒で

 大きな白い塔。この建物で、弟のあおいは治療を受けている。契約を交わしてから葵の容態は安定しており、ベッドで寝たきりだったのが、食事、排泄、入浴と軽いリハビリができる程度には、日常生活動作が安定してきていた。


「お姉ちゃん! 来てくれたんだ」


 葵はベットに浅く座り、柵を支えに足をぶらぶらと揺らしていた。


「葵……! 会いに来たよ。横になってなくて平気なの?」

「うん、今は平気だよ。それにね、ぼく、あのクマさんがいるところまで、リハビリの先生となら歩けるようになったんだ。クマさんと、そこに座って、お話するの。いつか、外の世界に出て、大冒険するんだって」


 無邪気に笑う葵に、莉子は涙が出そうになる。……外の世界に出て、大冒険……させてあげたい。させるんだ。そう心に結いどめる。莉子は涙を堪えて、思わず葵に抱きついた。


「ごめんね……中々会いに来られなくて。寂しいよね、一人にさせてごめんね」

「……お姉ちゃん、ぼく、大丈夫だよ。看護師さんも、お医者さんも、リハビリの先生も優しいし、クマさんとも仲良しなんだ。それに、リハビリの先生が、今よりもっと頑張ったら、この病院にいる別の子どもたちとも遊べるようにしてくれるって、言ってたよ。はやく、お友達が欲しいなあ」

「そう、なんだ。葵はすごいね。葵なら、お友達、たくさんできるよ」


 小さな身体で、必死に命にしがみついている葵を、私が守らないといけないんだ、と莉子は胸に強く刻む。


「お姉ちゃんも、前よりちょっとだけ、元気になった」

「……そう? 葵のおかげだよ。ありがとう」


 葵はいつでも鋭い。


(不安にさせないように、しっかりしないと)

 

 莉子は葵をもう一度、深く抱きしめると、二人は顔を見合わせて微笑んだ。





「おはよう、莉子ちゃん」


 蓮巳の部屋へ朝食を運ぶと、ベッドにパジャマ姿の蓮巳が横たわっていた。綺麗にカールした寝癖までもが、彼の美の一部となって、存在を引き立てている。


「お、おはようございます。あの、名前……」

「うん、莉子ちゃん。こっちの方が、僕は好きだな……」


 だらんとした寝巻きが、蓮巳の白い右肩を晒す。莉子は思わず目を逸らすと、にこりと蓮巳が笑う。


「ねえ、こっちに来て、食べさせて。僕、眠たくて、動けそうにないんだ」

「えっ、でも」

「お願い、莉子ちゃん。はやく……」


 莉子は蓮巳の甘い声にひかれるように、朝食を乗せたワゴンを引き、ベッドに向かって歩いていた。


「そう、ここに腰かけて。スクランブルエッグが食べたいな」


 莉子はベッドの端に座ると、スプーンでスクランブルエッグをすくい、蓮巳の口元まで運ぶ。


「わっ」


 急にスプーンを持つ手が掴まれ、皿に戻される。スプーンがカシャンと音を立てて、手から離れた。その感覚で、莉子の遠のきかけていた意識が戻る。

 無意識に、命令でもないのに、従っていた。


「……ケチャップをかけ忘れてる。僕の好きな食べ方、知ってるでしょ……? いけない子だね……」

「えっ……ご、ごめんなさい……」


 莉子は蓮巳が朝食を食べている姿は見たことがない。でも、いつも蓮巳はケチャップをかけていたような、気がする。


「……莉子ちゃんは、誰のためにここにいるの?」


 莉子の心臓が唸った。


(……葵のため。この人も、朔様のように葵のことを知っているのかな……)


 目が泳ぐ。蓮巳を直視できない。莉子は居た堪れず、背を向けて俯く。

 そんな莉子の様子を蓮巳はじっと見つめると、楽しそうに笑った。


「そうなんだ……うん、莉子ちゃんは頑張り屋だね。僕は莉子ちゃんのこと、もっと知りたいな」


 蓮巳は、莉子の肩をそっと引き寄せた。莉子は蓮巳の甘い香りに、ドキッと胸が鳴る。

 

 そのまま、蓮巳が後ろから莉子に優しく抱きつこうとした。


 ーーその瞬間、莉子は背筋に強い寒気が走った。咄嗟に振り向くと、蓮巳の硬い胸を両手で強く押しやった。


「あっ……ご、ごめんなさい! 身体が勝手に……」

「……」


 以前、蓮巳に噴水の石垣で身体を寄せられた時や、ベッドに寄り添って座っていた時は何も感じなかった。なのに、今、莉子は身震いし、凍えるような悪寒に襲われている。


「いま、すごく僕のことを睨んでた。……無意識に。莉子ちゃんの中には、何がいるの……?」

「……えっ……」

「莉子ちゃんは、たまに自分でない何かに怯えてる。僕、そんな莉子ちゃんをみてると、……愛おしく感じるんだ。その恐怖で怯えた顔でさえ、可愛くて堪らない」


 妖艶に微笑む蓮巳は、莉子の心を縛りつけた。美しい顔からは想像できない、歪んだ愛を、殴りつけるようにぶつけてくる。

 顔がこわばる。寒い。身体が震えて、石のように動かない。


 (この人は、異常だ。でも……なぜだか、逃げられない……)


「莉子ちゃんの全ては、この僕のものだからね」

「…………はい、千尋様」


 莉子は自然と返事をしていた。怖い。怖いのに、全てを委ねてしまえば、楽になる、そんな気がしてしまった。





「おい、蓮巳。また記憶の上書きをしたな」


 天海が手帳を持って現れた。蓮巳の部屋のドアは半分空いており、その隙間に背をもたれるように天海が立っている。


「……なんのことかな」

「しらばっくれないで。聞いてたから、全部」

「……」

「誘導尋問、心理操作、記憶改竄……潜在意識を操って、楽しんでる。胸糞悪い」


 天海は手帳をパラパラとめくりながら、低く吐き捨てる。

 

「アハ、それを言うなら、君だって、莉子ちゃんをずっと観察して、面白がってるじゃない」

「あんたみたいなのと一緒にしないでもらえる? 僕はあの子のためにしてるんだ。あの子の今後を見届けないといけない。そう言われている」

「……ふーん」


 蓮巳はソファに深く腰かけ長い足を組むと、考え事をするように開いた窓の外を見る。


「とにかく、あまりあの子に近づかないでもらえるかな。僕は素の彼女を見ていたいんだ。蓮巳に上書きされたものなんて、意味がない」

「……そう。それより……ねぇ、僕と莉子ちゃんって、どこか似てる気がするんだ。……同じ匂いがする」

「全然似てないね。あの子はもっと可愛げがある」

「アハ、それもそうだね……」


 蓮巳のシルクのような髪が風になびいて、サラリと揺れる。蓮巳の目には、莉子の戸惑う顔が浮かんでいた。揺れる視線、こわばる口角、まばたきの癖、間の置き方、沈黙の質……全てが、本当の莉子を示している。数値などでは測れない、心と意識の中の君。


「……本当に、莉子ちゃんは可愛いね」





 夜、莉子は部屋へ戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。

 

 (千尋様は、本当にわからない)


 蓮巳という存在がいまだに掴めない。そもそも、本当に存在してるのだろうか……? と、莉子は身震いした。


 (そんな、幽霊じゃないんだし)


 ふと、ベッド横の棚の引き出しが空いてることに気づいた。


 (開けっぱなしにしてたっけ……?)


 引き出しを戻そうとするが、何かに突っかかっている。中を覗き込むと、小さな紙が隙間に挟まっていた。取り出してみると、「12」と書かれ雑に破かれたメモ用紙のようなもの。


 (12……? なんの数字だろう)


 疑問に思いつつも、メモ用紙を元に戻そうとすると、莉子の顔が青ざめた。

 破かれた箇所の裏に、薄い血痕のようなものが滲んでいる。思わず手を離す。


「な、に……?」


 莉子は慌てて引き出しにメモ用紙を戻した。知らない、何も見ていない……必死にそう自分に言い聞かせた。

 




 ――観察対象No.417

命令適応率:156%(過剰反応)

被験体は蓮巳千尋の「親和的・接近型」支配において、記憶再構築、認知バイアスに反応して安心と恐怖を混同している。


「蓮巳の人格境界にのまれるようであれば、壊れることになる。要注意」



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