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最終話 成就


 焦る気持ちを抑えながら読み進めていき、ついに振木ふるき川付近の土地について記された箇所にたどり着いた。


 振木川流域とススキ野原や病院があるあたりは、なかなか土地が売れず、長い間空き地として放置されてきたらしい。そこで一部を市が買い取り、病院を建てた。それが昭和31年のこと。いまでは建物はすっかり老朽化してしまい、耐震性の問題から入院設備は廃止され、外来だけになっているという。市は建て替えを検討しているが、市民からは移転を要望する声が多くあがっており、新病院計画は何年も前から暗礁に乗り上げているとのことだった。

 市民の声として、「病院には、安心して通える場所に引っ越してほしい」という意見が載っていた。ということは、今は安心して通えない場所に建っているということなのだろうか?


 そもそも、なぜあの土地は売れなかったのか?

 ページをめくると、ぶつりという音が重なった。聞こえない、と自分に言い聞かせる。


 川の名前は振木川というが、それは昭和になって宛てられた字だそうだ。もともとは古菊ふるきく川というらしい。

 フルキクという名前に、ぞわりと鳥肌が立った。嫌な……とても嫌な感じがする。子供のころに聞いたような……。たしかおばあちゃんが……。



 うるさいほどの雨音がしている。にもかかわらず、何かをちぎる音はかき消されることなく、はっきりと聞こえる。白い花びらがふりそそぐ。


 気にしちゃダメだ。本に意識を集中する。


 かつて古菊川は、自殺の名所として知られていた。その悪いイメージを払拭するため、市は古菊川を振木川へと改めた。

「古菊川には近づいちゃいけないよ。あそこにいくと、悪い霊に道連れにされてしまうかもしれないからね」

 そんな祖母の言葉が蘇る。祖母は振木川のことをずっと古菊川と呼び続けていた。病室で私はその話を聞いた。


 そうだ、古菊川には近寄っちゃいけないんだった……。


「あの川で亡くなった人には、菊の花をちぎって、ご遺体にかけてあげるんだよ。それが供養になるからね」


 水から引き揚げられた遺体には白い布がかけられ、病院まで運ばれる。その布の上から花びらを……近隣の住民たちが白い菊の花びらをちぎって撒く……。そんな光景がふいに蘇った。

 幼かった私は、病院に入院していた祖母のお見舞いにいったとき、その現場に遭遇してしまったことがあった。病院スタッフから私も白菊を渡されたが、怖くて怖くて、花びらをちぎることもできず、祖母の病室に逃げ込んだ。祖母は私が手にした菊を見てすぐに状況を察して、古菊の話をしてくれたのだった……。どうして忘れていたのだろう。



 さらに続きを読んだ。

 昭和50年ごろ、娘たちの間で、奇妙な遊びが流行った。紙に憎い相手の名前を書いて振木川に流すと、川に棲む悪霊が相手をこの世から連れ去ってくれるのだという。ただ、その代償として、娘もまた悪霊の手で、あの世に連れて行かれてしまうのだそうだ。それはきまって雨の降る夜だという。悪霊は水の力を借りて、人をあの世に引きずり込むのだ。

 あまりに荒唐無稽な話である。だが、一部の娘たちはそんな話を信じてしまい、川に紙を流すようになってしまった。

 さらにひどいことに、当時流行っていたオカルト雑誌に誰かがこの話を投稿した。川には連日、人名の書かれた紙が流された。そのため、ひどく川は汚れた。地域住民は清掃活動を定期的に行うはめになったが、幸いブームは長続きせず、振木川は美しい川へと戻ることができた。

 このように振木川には、悲しい過去もあったが、今では自然の残る美しい郷土の川として、私たち市民の心を和ませてくれている。そう締めくくられていた。



 憎い相手の名前を書いて、悪霊にあの世に引きずり込んでもらうだなんて……。その代償に、娘本人もあの世へ引きずり込まれる……。そんな恐ろしいおまじないを、私がやったのか?


 でも、スマホの履歴にあったおまじないは、「失恋した男の名前を書いたら、目の前からいなくなって、新しい出会いがある」というものだった。

 本にあるおまじないと、少し違うのではないだろうか。新しい出会いとは何だろう?



 私は本を閉じ、スマホでAIアプリを起動させた。

「おまじないをすると新しい出会いがあるって話だけど、それってどんな出会いだと思う? いつ出会うの?」

 AIはすぐには回答を表示しなかった。数秒待たされた後、ただ一言だけ表示された。

「もう出会ってますよ」

 さらに雨脚がひどくなった。屋根にたたきつけるような雨音がうるさい。

 私はスマホを掲げて、自分の写真を撮った。なるべく背後も写るように角度を調整した。手が震えてうまくシャッターボタンを押せなかったが、連打したら、ぱしゃり、と音がした。

 撮れた写真はブレてはいた。でも強張った顔の私が写っていることは確認できた。それ以上はあまり画像を見ないように気をつけながら、スマホを操作して、AIに読み込ませた。

「この写真に写っている人の数を教えて」

「二人です」

 窓ガラスに目をやった。部屋の中は、すっかり花びらで埋め尽くされていた。


 冷たいものが喉に絡みついた。私は悲鳴をあげた、はずが、声が出ない。わずかな空気が口から漏れただけだった。冷たい物はじわじわと喉に食い込んできた――。息ができない。喉を絞めてくるそれを外そうと喉をかきむしっても、指先には何も触れなかった。

 苦しい。頭がぼうっとしてきて、目の前か真っ赤に染まっていく。

 

 ざあざあと雨の降る音にまじって――

 ぶちり、という音を最後に聞いた。





「ねえ、聞いた? 阿期谷あきたにさん、亡くなったって」

「うそ、学級委員長が? なんで」

「知らない」

「クラスメートはあしたの葬儀に出るようにって先生が言ってたけど」

「病気だったのかな、でも元気そうだったよね」

「そういえば、ちょっと前にサヤカ先輩も亡くなったって話」

「ああ、聞いた。女子大の寮で亡くなったんだって。事故らしいよ」

「委員長も事故じゃないの」

「なんの事故?」

「さあ? あ、そうそう、私、阿期谷さんからおまじないを教えてもらったんだ。あれが話した最後になっちゃったけど……。何だったかな、あんまよく覚えてないけど、たしか親の名前を紙に書いて振木川に流したら、素敵な出会いがあるっていうおまじないだったかな? ねえ、みんなで試してみない?」

「やめときなよ、そんなの。なんか気味悪い……」

「そうかなあ」

「あっ、それだったら私興味あるかも」

「え、ほんと?」

「うん、今度一緒にやろうよ」

「じゃあ、お葬式の後で」

「うん!」



<了>


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