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第二話 駄菓子


 放課後、私はまっすぐ帰宅する気になれなかった。

 大通り沿いの通学路をそれて、住宅街へと続く細い路地へと進んだ。右手には古びたブロック塀が続き、左手には平屋建ての民家があって、背の高いセイタカアワダチソウが点々と生えている。私は道の真ん中を歩いた。車がくる心配は要らない。あまりにも細い路地だから。

 この細い道の先に、駄菓子屋をやっている民家があるのだ。きょうはその店で買い食いでもしようと思ったのだ。


 もう夕方だというのにじりじりと焦がすようなオレンジの日差しが、私の背中に直撃している。紺色の制服は太陽の熱をもらさず吸収し、背中が燃えるように熱い。全身から汗が噴き出した。


 住宅街の中にぽつんと建つその駄菓子屋には、私は小学生のころから通っていた。でも、ほんの数年前は、店に向かう途中でこんなに背中が熱くなったりしなかったように思う。

 小学生のころはランドセルを背負っていたから、夏にこの道をとおっても平気だったのか、それともあの頃は太陽もこれほど強烈ではなかったのか。どっちだろうと考えながら歩いていたら、あっという間に店に到着した。


 そこは白いペンキで塗られた洋風の家だった。白い木の玄関ドアには、ピアノの形をした看板と、キャンディのイラストと「OPEN」と書かれた小さな看板の二つが掛かっていた。ここのお宅の奥さんがピアノ教室をやっていて、そのお母さんが駄菓子屋をやっているのだ。

 あたりに人の気配はなかった。

 私が小学生のころは、放課後になるとたくさんの児童で賑わっていたのに。

 きょうはピアノの音もしない。

 何となく気後れするような気持ちで、おそるおそる一般の家の玄関みたいなドアをあけて、そっと中に入った。

 広い玄関を改装してつくられたその駄菓子屋は、まだ夕方だからだろうか、照明がついていなくて薄暗かった。あがりかまちに設置されたレジに店主の女性がいて、小さく「いらっしゃい」と言った。私は軽く頭をさげ、店内を見渡した。


 うまい棒、よっちゃんイカ、ざらめのついたまん丸な大きなあめ玉、ねるねるねるね、ポン菓子、餅太郎、ブラックサンダー、ポテトフライ……。小学生のころと変わらない品揃えに、気持ちが慰められる。


 私は幾つか買って、店を出た。

 今度は近くの公園へと向かうことにした。この駄菓子屋で買い物したら、その公園で食べるのが、昔からの習慣なのだ。

 公園にはいつ行ってもカードゲームやゲーム機で対戦をしている子どもたちがいて、私は少し離れたところに座って、空を眺めながら駄菓子を食べる。それが私にとっては至福のひとときだった。



 公園に到着したが、誰もいなかった。静かで、何も動くものもない。赤みを帯びてきた日差しの中、ブランコすら微動だにせず停止したままだ。


 私が白い砂利を踏む音だけが、静かな公園に響いた。


 もしかして小学生はまだ学校があるのだろうかと考えて、いや、高校生の私より帰宅が遅いなんてことはないよなと思い直した。

 駄菓子屋も公園も、今の小学生にとって、居心地のいい場所ではないのかもしれない。なんといっても暑すぎるし。もっと涼しくなれば、子供たちも戻ってくるにちがいない。


 ジャングルジムの近くにある木製のオンボロベンチに腰掛け、朽ちかけたテーブルに駄菓子を並べた。


 ざらめのついたあめ玉、ポテトフライ、あとビッグカツ。

 どれから食べよう?


 少し考えてから、ビッグカツを手に取った。包装をぴりっと破いて、かぶりつく。なかなか噛みちぎれない。力を入れてひっぱると、ぶちっという音がして、ビッグカツは引きちぎれた。

 咀嚼しながら、いつものように空を見上げた。


 雲が多いが、その隙間からのぞく空はすっきりと青かった。しかし山ぎわまで視線をおろせば、太陽に照らされた雲が夕焼け色に染まっていた。白くてのっぺりした月の近くを、飛行機雲がゆっくりと伸びていく。


 溜息をついた。きょうはいつものように純粋に息抜きができなかった。どうしても余計なことを考えてしまう。

 伊南野いなのくん、さっきは何で先生を呼びに行くだなんて、わざわざ私に言いにきたんだろう。勝手に呼びにいけばいいのに。それとも私が学級委員長だから、遠回しに私に行けって言いたかったのかな。それならはっきり、「阿期谷あきたに、先生呼んで来いよ」って言えばよくない? なんか、感じ悪い。


 でも好きだった。彼のことが。どうしてなのかわからない。自分でも知らないうちに恋のスイッチが入ってしまって、どうにもならなかったのだ。


 胸が重くなる。ビックカツをもう一口食いちぎる。

 さっきクラスの男子にモテるってからかわれたときも、あんなに大きな声で「ただのクラスメート」なんて言わなくても良くない? そりゃ伊南野くんにとってはそうなんだろうし、実際そのとおりなんだけど。でも、からかわれるのが嫌なら、わざわざ私に話しかけてくるのが間違いじゃない? 何がしたいの、あいつ。


 思考は次から次へと湧いてきて、止まってくれなかった。


 もう一度溜息をついて、スマホをスクールバッグから取り出した。気晴らしに音楽でもかけようかと思ったのだ。でも、インスタの更新通知が届いていることに気付き、はっとする。それは伊南野くんのアカウントの更新通知だった。

 見たくないな、という気持ちと、見たいという気持ちが喧嘩して、見たい気持ちが勝ってしまった。


 伊南野くん、ストーリーをあげてる。内容は……。


「今日も誤解された

 マジで信じてほしいんだけど

 クラスの女子なんかと付き合ったりしてないから

 俺はりみち一筋だし

 りみちが死んだら俺も死ぬって思ってる」



 なにこれ……。指が震えた。

 クラスの女子って私のことだよね。いや、それより……りみちって誰。もしかして、いや、たぶん、きっと伊南野の好きな人なんだろう。もしかして彼女なのかな。その人に誤解されたくないんだ、自分から私に話しかけてきたくせに? 私のインスタに足跡つけるくせに?

 心臓がばくばくする。

 苦しい。つらい。インスタを閉じて、ボロボロの机につっぷす。腐った木のにおいで吐きそうになる。いっそ吐いてしまったら楽になるだろうか。



 1学期の終わりのことだ。私は一生分の勇気を振り絞って、伊南野くんにラブレターを手渡した。返事はもらえなかった。2学期が始まった今も、なんの返事もない。返事がないのが答えだった。でも、どういうわけか私がラブレターを渡したことが、クラス中に知れ渡っていた。


 私はみじめで、悲しくて、だから、忘れてしまいたかった。でも毎日学校で会うから、どうしても忘れられない。それどころか伊南野くんは何事もなかったかのように、どうでもいい雑事について私に話しかけてくる。さらにインスタではフォローしてきて、私の投稿に足跡をつけてくるから、インスタをチェックするたびに彼の自撮りのアイコンを見るはめになる。


 忘れたいのに、忘れさせてもらえない。だったら……。


 私は身を起こし、スマホでAIのアプリを起動した。

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