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第一話 片思い→失恋

 夏休み明けの教室は、まだエアコンが必要なほど暑かった。それでも教室に差し込む夕陽は既に秋の色を帯びていた。

 首や二の腕に日焼けの跡が目立つクラスメートたちは、夏は終わっていないと自分たちに言い聞かせるかのように、時折わざとらしいほどの明るい笑い声をあげていた。


 私たちは高校3年生だ。半年後には受験がある。時間が空いたのなら受験勉強でもしたほうがいいんだろう。でも、このクラスにはそんなにまじめな生徒は一人もいない。みんな雑談に夢中だった。


 私は、教卓のすぐ目の前という最悪の自席で、午後のホームルームが始まるのを待っていた。

 左手首の細い腕時計に目をやる。予定時刻を10分過ぎていた。担任の先生はまだ教室にあらわれない。廊下のほうに顔を向けると、生徒たちが同じ方向にむかってぞろぞろと歩いているのが磨りガラス越しに見えた。隣のクラスはもうホームルームが終わって、帰宅しているのだろう。


 私――阿期谷あきたにララは、このクラスの学級委員長だ。先生を呼びにいったほうがいいと頭ではわかっていた。でも……。


 私は耳をそばだてる。後ろの席の女子たちの会話を一言も聞き漏らすまいと、耳に意識を集中した。


「それ、本当なの?」

「いや、私は知らないけどさ。でも、噂では本当らしいよ」

「噂って?」

「うちの高校から塩見しおみ女子大にいったサヤカ先輩っていたじゃん、バスケ部の」

「ああ、うん」

「サヤカ先輩が試してみたら、効果抜群だったんだって。おまじないでできた彼氏をインスタで自慢しまくっててヒンシュク買ってるって噂」

「何それ。ほんとに?」

 疑うような声だけれど、隠しきれない真剣さがにじんでいた。彼女も私と同じ苦しみを抱えているのだろうか。

「ほんとだって。サヤカ先輩っていちいち余計な一言をつけ加えるじゃん? 彼氏ができて悪化してるらしいよ。彼氏がいない人にはわかんないかもしれないけどー、とか言って、それでヘイトを集めてるらしい、ほんとに」

「いや、そっちじゃなくてさ、おまじないのほうの話だよ。ほんとなの?」

 長くなりそうな悪口を遮って、話をもとに戻した女子に、私は心の中で拍手を送る。私もおまじないのことを詳しく知りたい。サヤカ先輩とかいう人の話じゃなくて。

「川に紙を流すだけでいいの?」

「うん。失恋した女の子は、紙に好きだった人の名前を書いて、振木川ふるきかわに流すと、好きだった人が目の前からいなくなって、かわりに新しい出会いがあるんだってさ」

「ええー? 新しい出会い?」

 少し不満そうな声だった。

「私は新しい出会いよりも、失恋した相手と結ばれるほうがいいなあ」

「そう?」

 話し相手は、理解できないと言いたげな冷たい声音だ。

「自分を振った男なんかさっさと忘れて、新しい出会いを楽しんだほうが良くない?」

「まあ、そうかもしれないけど」

 少しの沈黙。


 私も考え込んでしまう。そうかな、私もそうなのかな……伊南野いなのくんのことなんて忘れて、新しい人と……でも……。


 女子が咳払いをした。

「それで、好きな人の名前を紙に書いて、川に流せばいいの? その川って、振木川ふるきかわでいいの? 学校の裏のススキ野原の向こう、古い病院の横を流れてる川だよね?」

「らしいよ。っていうか、もしかして試そうとしてる?」

「そんなわけないじゃん! 私、横山くん一筋だし! 振られたけど、ずっと好きだもん……そんなおまじないなんかやらないよ」

 早口で否定する女子の声があまりに痛々しくて、思わず振り返りそうになった。その時だった。


阿期谷あきたにさん」


 その男子の声に、心臓を鷲づかみにされたような気分だった。不意打ちすぎる。どきどきして、思わず立ち上がってしまった。過剰反応してしまう自分が恨めしい。


「な、何?」

 すぐ近くに伊南野いなのくんが立っていた。面長の顔に、少し長めの髪がかかっている。鼻筋には眼鏡のあとが残っていた。ふだんはガリ勉っぽい雰囲気を漂わせている伊南野くんだが、今は眼鏡を外しているせいか、むしろ活発そうに見えた。


「先生来ないから、俺が呼んでこようかと思うんだけど……」

「あ、それだったら私が呼びにいってくるよ、学級委員長だし」

 うん、と頷いて、伊南野くんが教室後部の席に戻っていく。立ったままその背を見つめていたら、クラスメートの視線を自分が集めていることに気付いた。皆ニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 椅子に腰をおろした伊南野くんに、男子が声をかけた。

「モテるなあ、伊南野」

「そんなんじゃないって」

 伊南野くんはさわやかに笑った。

「全然そういうのじゃないから。ただのクラスメートでしかないよ、俺たち」

 これ以上聞いていられなくて、私は教室から飛び出した。

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