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第二話 『 ゼロからの道 』

儀式からの帰り道は、重苦しい沈黙に包まれていた。先程までの喧騒が嘘のように、今はただ三人の足音だけが静かな森に響いている。リオスは俯き、自分の足元だけを見つめて歩いていた。


「魂の石」が沈黙した、あの瞬間。

集まった村人たちの囁き声と、憐れむような視線。それらが無言のナイフとなって、十歳の少年の心を深く傷つけていた。


(結局、俺はここでも「普通」…いや、それ以下か)


前世で夢見た、特別な力。この世界でなら手に入るはずだった、輝かしい未来。その全てが、音を立てて崩れ去った。胸の中にぽっかりと穴が空いたような、冷たい喪失感が渦巻いている。


その時、ごつごつとした大きな手が、そっと彼の肩に置かれた。

見上げると、父ダリウスが力強い、それでいて優しい眼差しを向けていた。


「リオス。がっかりすることはない。石ころがお前の価値を決めるわけじゃない」


隣では、母のリーナが彼の小さな手を優しく握りしめた。

「そうよ、あなた。あなたは私たちの自慢の息子。それだけで十分だわ」


二人の顔に、リオスが恐れていた「失望」の色はどこにもなかった。そこにあるのは、ただ息子を想う、温かく、揺るぎない愛情だけだった。その事実に、リオスの胸の奥がじんわりと熱くなる。


(……いい両親だな)


心の内で、彼は素直にそう思った。もし一人だったら、この絶望に飲み込まれていたかもしれない。だが、この温もりが、かろうじて彼の心を繋ぎとめていた。


家に帰り着くと、リオスは「少し疲れたから」とだけ言って、自分の部屋に入った。ドアを閉め、背中を預けてずるずると床に座り込む。


(クソッ……)


声には出さず、心の中だけで悪態をつく。悔しくないと言えば嘘になる。魔法を使ってみたいという、子供じみた、しかし切実な願いは、見事に打ち砕かれたのだから。

彼はベッドに倒れ込み、天井の木目をぼんやりと見つめた。


これからどうする?

魔法も使えない、剣の才能もない。この村で、ただの役立たずとして生きていくのか?前世と同じ、平凡な人生を繰り返すために、俺はわざわざ転生してきたのか?


考えれば考えるほど、思考は暗い方へと沈んでいく。

その時だった。


(……待てよ?)


ある考えが、稲妻のように彼の脳裏を貫いた。

それは、前世で彼が飽きるほど見てきた、数多の物語の記憶。


(そうじゃないか……?俺が大好きだったアニメや漫画の主人公って、大抵最初は「落ちこぼれ」じゃなかったか?)


リオスは、がばりと体を起こした。

そうだ。魔力ゼロと馬鹿にされていた少年が、実は伝説の竜をその身に宿していたり。誰もが見向きもしない能力が、絶体絶命の状況で世界を救う鍵になったり。そういう物語は、掃いて捨てるほどあった。


(才能がない?資質が見受けられない?……それって、逆に「主人公」のテンプレじゃないか!?)


一度そう思い始めると、不思議と心が軽くなっていく。

そうだ、これは絶望じゃない。物語の「序章」なんだ。今はまだ力が眠っているだけで、いずれ、何か大きな事件や危機的状況に陥った時に、俺だけの特別な力が覚醒するに違いない!


(そうだ、きっとそうだ!そうでなきゃ嘘だ!)


それはあまりにもご都合主義的な、希望的観測だった。だが、今の彼には、それ以外の希望などなかった。彼はその細い蜘蛛の糸に、全力でしがみつくことに決めた。


(よし……!)


ならば、その「時」が来るまで、ただ待っているだけではダメだ。

ヒーローは、来るべき戦いのために、地道な努力を欠かさない。


リオスは部屋を飛び出し、居間で武具の手入れをしていた父の元へと駆け寄った。ダリウスは、息子の突然の登場に少し驚いた顔をしている。


「父さん!」


リオスは、真っ直ぐに父の目を見て、はっきりとした口調で言った。


「俺を鍛えてくれ!俺、剣の道に進むよ。剣聖けんせいになってみせる!」


「剣聖」。それは、剣を極めし者に与えられる、最高の称号。

十歳の子供が、才能なしと宣告された直後に口にするには、あまりにも途方もない目標だった。

一瞬の沈黙。

ダリウスは、目を丸くして息子を見つめていた。


だが、次の瞬間、彼の顔がぱあっと明るくなり、ニカッと力強い笑みを浮かべた。


「はっはっは!そうこなくっちゃな!」


彼は手に持っていた剣を置き、立ち上がると、リオスの頭を大きな手でわしわしと撫で回した。

「さすが俺の息子だ!諦めることを知らねえ!いいだろう、望み通り、お前を最強の剣士に鍛え上げてやる!覚悟しやがれ!」


(やれやれ……単純な親父だ。すぐに熱くなる)


リオスは、父のあまりの熱の入りように、内心少し呆れながらも、その温かい手の感触に、自然と口元が綻ぶのを感じていた。


魔法への道は、確かに閉ざされた。

だが、新たな道が、今、目の前に開かれた。

ゼロからのスタート。いや、マイナスからのスタートかもしれない。

それでもいい。


リオスは、父の力強い笑顔を見上げながら、強く拳を握りしめた。

彼の異世界での本当の戦いは、ここから始まる。

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