第一話 『 血塗られた始まり 』
「う、うわあああああああっ!!!」
狂ったような絶叫が夜を裂いた。
「助けて……誰か……誰かああああああ!!」
誰かの腕が宙を舞う。赤黒い血が、空に花火のように咲いた。
地面にはちぎれた足、潰れた顔、焦げた肉の臭い。地獄のような戦場が広がっている。
「もう無理だっ……魔法が……魔力が……!!」
魔術師らしき少女が、両膝をついて泣いていた。服は焦げ、片目は焼けて見えない。
その横では、重装の戦士が腹を裂かれ、腸を引きずりながらなおも前を睨んでいる。
「……絶対に退くな。ここで逃げたら、全員死ぬぞッ!!」
中心に立つのは一人の青年。片腕が血に染まり、左肩には巨大な斧が突き刺さっている。
それでも剣を握り直し、ふらつく体で敵に向かって踏み出す。
彼の名は――
「リオス……お願い、逃げて……!私たちはもう……っ!」
泣きながらしがみつく少女を振りほどき、彼は前を見据える。
目の前には“それ”がいた。
黒いマントに包まれた巨大な影。
人でも獣でもない。
冷たい仮面、空洞のような眼孔。その存在が近づくだけで空気が腐る。
「……あれが、"領域の王"……」
誰かが、呻くように呟いた瞬間。
――ズゥン!!!
地が震える。王が踏み出すたびに、世界が歪む。
その気配に、空が震え、魔力が崩壊していく。
「まだだ……まだ、俺は……終わらない……!!」
リオスの叫びと共に、画面は赤く燃え上がり――
……そして物語は、始まりへと戻る。
***
(――あれ?)
「……誰か、止めろ!!落ちるぞ!!」
「やめろォォ――――ッ!!」
(あ、俺……今、死ぬんだな)
駅のホーム。押し寄せる朝の人波。その中で、一瞬の油断。
酔っ払いに押され、背中が浮いた。景色が逆さまになる。
ゴッ!!
……ガタン、ゴトン。
視界が白く染まり、音だけが耳に残った。
(こんな終わり方……あんまりだろ……)
そして、意識は闇に落ちた。
~ 転生 ― 異世界の産声 ~
「……ふぎゃあ……っ!!」
(……ん? え、何……泣いてる?俺……?)
身体が重い。手も足も短い。力が入らない。けど、意識ははっきりしている。
目を開けると、木の天井。暖かい空気。汗ばんだ手が自分を抱いている。
「この子の名前……リオスにしましょう」
「うん、リオス……リオス・エルデン」
(え、ちょ、待ってくれ……これって――)
赤ん坊として異世界に転生した。
しかも記憶は完全に残っている。
(うわ、マジか……まさか、俺……転生した?)
そして、目に入るのは、異様な装飾。壁には紋章。部屋には剣と盾。外の空には二つの月――
(……ゲームとかアニメで見たことある、これ。)
笑いたくなるほどの現実感。
でも笑えない。この世界は、見た目以上に危険な香りがした。
~ 偽りの幼年期 ― 赤子の中の大人 ~
(……マジで、赤ん坊になっちまった……)
リオス・エルデン。そう名付けられたその赤子の中には、日本で十八年間生きた記憶が、まるごと詰まっていた。
それでも、泣き、笑い、眠る――普通の赤ん坊として演じることに決めた。
(正体バレたら、どうなるかわからんしな……)
リオスの両親は、暖かく、優しかった。
父は剣士で、母は薬師。決して裕福ではないが、穏やかな暮らしがあった。
「リオス、今日も元気だねえ~!」
「この子……目の奥に知恵があるみたい……ちょっと不思議ね」
(バレてない、よな……?)
言葉を喋るタイミング、歩く時期、何もかもを"少しだけ早い"程度に調整し、天才児として村に噂が広まるのを回避した。
~ 世界の空気 ~
年月が流れるにつれ、リオスはこの世界の構造を理解し始めた。
魔力という概念。
多くの人間が魔法を使える世界だが、全員が大きなマナを持つわけではなく、まったくマナを持たずに生まれる者もいる。
人間の他にも、獣人や亜人種の存在が語られる。
そして――「王」がいる。
「かつて魔王が滅びた後、この世界には空白が生まれた。その隙に現れたのが、“領域の王”たちだ」
語り継がれる古文書には、そう記されていた。
今や世界は大きく五つの「領域」に分かれ、それぞれに“王”が支配している。
(……やっぱり、ただのファンタジーじゃない。かなり物騒な世界だ)
笑顔の裏で、リオスは日々危機感を募らせていた。
____
ある日、夜に目を覚ましたリオスは、屋根の上に腰掛けて月を見ていた。
(俺は……なんでこの世界に来たんだろう)
死の瞬間の記憶は鮮明だ。転生の理由や意味はわからない。
けれど、この世界で再び命を与えられたのなら、もう簡単には終わらせたくなかった。
(今度こそ、生きて、生き抜いて、自分の意味を見つける)
その胸に小さな決意が芽生えたとき――
~ 成人の儀 ~
十歳になった日。村の長老がリオスに告げた。
「そろそろ“成人の儀”に挑む時だな、リオスよ」
この地に住む子供たちは、十歳になると、神殿跡にある“魂の石”に手をかざし、資質を試されるという。
「魔術師になるか、剣士か、それとも……何者にもなれぬ者か」
リオスの胸が高鳴った。
(ついに来たか……俺の冒険の始まりだ)
準備を整え、家族に見送られ、村の外れにある古い石造りの神殿へと足を踏み入れた。
風が冷たい。
空気に魔力が満ちている。
そして、彼の運命を動かす“何か”が、そこに待っていた――