3.初めの一歩
まずは現状把握だ。
左右のこめかみに左右の人差し指を当てながら、目を閉じ、改めてヴィルシュアの記憶を辿る。
うむ、やっぱり”異世界転生モノのセオリー”だな。
体がこれまでの記憶を保持しているからなのか、ヴィルシュアの記憶が脳に流れて来る。
いや、脳はヴィルシュアの脳だから、この場合は俺の魂に記憶を刻んでいるといった方が正しいのかしれん。
どちらにせよ、俺が引き籠りの『こどおじ』で良かった。
引き籠って朝から晩までネットに依存していなければ、この状況を受け入れることが出来ずにパニックを起こしていただろう。
†
俺がいる国はヴァリセア王国、そして今いる場所はヴァリセリア王国の北端の国境にあるロクティス公爵領。
ロクティス公爵領は国境にあるだけに、国境の警備を担っている。
世界征服を企てるお隣の帝国やら、無差別に襲う魔獣たちからヴァリセア王国を守っているそうだ。
そして現在、領主である、セイザー・ロクティス公爵は長男を連れて魔獣討伐に遠征中。
うむ、ありがちだな。
国境にいる(冷徹な)公爵あるあるだ。
公爵が帰ってくるのは1ヶ月後らしいので、公爵についてはとりあえず保留出来る。
今は目の前の事から片付けよう。
俺はチラリと酒の空き瓶を片付けている侍女を見た。
侍女はビクッとした。
侍女の名前は、アニー。平民出身の14歳。
アニーがビクッとするのも無理はない。
今まで散々、ヴィルシュアがアニーを虐めていたからだ。
暴力こそ振るわなかったものの、嫌がらせとして、お茶出しや掃除を何度もやり直させたり、酷い暴言で彼女を罵っていた。
普通、公爵夫人の侍女は、教育を受けたそこそこのお嬢さんがやるものらしい。
しかし、ヴィルシュアが虐めたせいでみな辞めてしまい、アニー1人が押し付けられてた状況になっている。
ヴィルシュアは別に以前の侍女たちやアニーが憎かったわけじゃない。
溜まったストレスの捌け口にしていたのだ。
よくない事だ。
なので俺は、ヴィルシュアの代わりとして、これからのヴィルシュアとして、よくある回帰や入れ替わった悪役令嬢のように、アニーに謝ろうと思う。
今までごめんなさい、反省して心を入れ替えるわ——と。
大体、どこの悪役系も、ここからがスタートなのだ。
「……アニー」
ビクッ!
「な、なんでしょうか、ヴィルシュア様……」
「い、い……」
「え?」
「なんでもないわ、早く瓶を片付けなさい」
「す、すみません!」
「………」
こどおじになって20年。
両親を除けば、コンビニ店員以外と話してこなかった年数でもある。
そんな俺に、14歳の女の子と会話をするのはハードルが高過ぎた。