案件43.霧満山(きりみやま)の遭難者
5月5日、ゴールデンウィークの終わりが近づいた頃、カネリはタンクトップとショートパンツを着用し、汗だくになりながら自室で筋トレに励んでいた。
なんと100kgの重りを背負い、片腕で腕立て伏せをしていたのだ。
さらに常人よりも体温が高いカネリの汗と放熱で、室内は蒸気に満ち30℃を超えていた。
「998・・・999・・・1000・・・っと!」
腕立て千回を達成したカネリは起き上がり、水を求め自室から飛び出した。
同じ頃アゼルは、キッチンでブラックコーヒーを嗜んでいた。
「やはりコーヒーは黒に限る、ミルクや砂糖などの異物は不要だ」
その時、カネリが汗を撒き散らしながらキッチンに現れたため、アゼルはコーヒーを持ったまま慌てて離れた。
「プハー!筋トレした後の水は、ゲキアツウマいぜ!」
カネリはそう言いながら、2リットル近くの水道水をガブ飲みした。
「汗だくの状態で彷徨くな!コーヒーが台無しになる!」
「そういやボンゴラ見てねえな」
「『救世会附属図書館』だ、さっさとシャワー浴びてこい!」
救世会附属図書館とは、異救者を管理・支援する救世会が管轄する図書館である。
そこには過去の案件や闇異関連の事件の記録が全て保管されている。
ボンゴラは図書館に赴き、悪堕者の復讐者浅刺コズドを救う手がかりを探すべく、彼と深い関わりがある『先代聖女暗殺事件』の文献を読み漁っていた。
(ネットの情報よりも信頼できるけど、目新しい情報はないな・・・)
4年前に起きた先代聖女暗殺事件では、マナキより一つ前の聖女『アイカ』が、白昼に護衛と民衆に囲まれた中で凶弾に倒れ、世間に衝撃を与えた。
その直後に実行犯の一人で、コズドの父親でもある『浅刺カズト』が逮捕されたが、留置所で自ら命を絶ち動機が明かされることはなかった。
しかし民衆の怒りは収まらず、彼の身内を激しく迫害し死に追いやったことで、コズドは復讐者となり悪堕者に身を投じ悪事に手を染めた。
ボンゴラがこの事件について把握しているのは、ここまでである。
(あの事件は、アイカ様を護衛していた異救者だけでなく、直接関わりのない人まで批判の的になったから、人々を刺激しないよう詳しい情報は伏せられたんだよな)
(それ以上のことを知るには、ランクを上げないとダメか・・・)
そう思いながらボンゴラは、閲覧禁止区域の入口に目をやった。異救者はランクが高いほど、機密情報に触れる機会が多くなるのだ。
その時、ボンゴラのスマホのバイブレーションが鳴り内容を確認すると、アゼルからメッセージが送信されていた。
『緊急案件だ、近くのワープゾーンで待つ』
ボンゴラはすぐ図書館を出て最寄りのワープゾーンへ向かうと、そこで荷物を持ったアゼルとカネリに合流した。
「アゼル!カネリ!」
「お前の分の荷物だ」
荷物を受け取ったボンゴラは、中身を確認しながらアゼルの説明を聞いた。
「ツドウからの紹介で内容は、『霧満山』の遭難者4名の救助だ」
「霧満山?」
「山頂からの景色が美しい黒な山だが、濃霧が発生しやすく遭難者が後を絶たない」
「それを防ぐための登山道があるのだが、今回の遭難者等は碌な知識と装備もない状態で登山したようだ」
「つまり、弁当と水筒を持たないで山に登ったのか!?」
「お前は遭難者と同レベルか!」
「カネリ、ピクニックじゃないから」
「山中にワープゾーンは?」
「ふもとだけだ、それ程広大な山ではないからな」
「こういう時に備えて、一般人も携帯ワープゾーンとか使えればなあ」
「理解できるが、悪用されるリスクが高いから制限されている」
「おれたち以外で救助に参加する人は?」
「一人だけだ、山岳救助のベテランらしい」
「たった一人?みんなで探した方がゲキアツ早いだろ!」
「今の時期は各地で遭難や事故が多発している、異救者も救助隊も多忙だ」
「準備不足の遭難者は、早く助けないと手遅れになる。急ごう!」
黒火手団の三人は、ワープゾーンを利用し霧満山のふもとに到着した。山は白い霧に覆われ、全体像がはっきりしていない。
「ここが霧満山・・・」
「ゲキアツ真っ白だ!」
「ふもとですら100m先が見えないな」
「さっき言ってた、山岳救助のベテランの人は?」
「現地で合流すると聞いているが・・・」
「お主たちかえ?あたしと一緒に山に登るのは」
すると霧の中から、登山服を着た褐色肌の高齢女性が現れた。
「あたしは山ノ場グロンカ、山岳救助専門の異救者じゃ」
「ヤマンバ?」
「カネリ失礼だよ!」
「今回救助を共にする黒火手団だ、宜しく頼む」
「黒火手団・・・あ~、ナウでバッチグーな異救者じゃったな!」
「ナウ?」
「バッチグー?」
当の昔に廃れた単語を聞き、カネリとボンゴラは困惑した様子だ。
「めんごめんご!あたしは昔、キャッピキャピのギャルじゃったから、その時の口癖が抜けきれてないのじゃwww」
「はあ・・・」
「おいアゼル。このばあちゃん、ゲキアツ大丈夫か?」
「ツドウが、腕のいい助っ人だと評価していたがな」
「さあお主たち、シャカリキになって助けに行くぞ!」
5月5日10時4分、黒火手団の三人とグロンカは、遭難者を救助すべく霧満山への登山を開始した。
To be next case




