一人の英雄
阿呆が書いた物語です。暇潰しにでもどうぞ。
この国には、一人の英雄がいた。彼女は当時起きた内戦の英霊の一人。三年続いたその内戦に終止符を打ったその功績達と彼女の存在を、今や知らない者はほとんど居ない。同じ歳の者達を纏めあげ、敵の東国との激闘の末勝利。終戦協定の締結後、戦後の日本の復興の礎を築いた。彼女は二十歳を迎えなかった。戦時中に患った病気の治療を受けていれば、天寿を全うできたはずだ。それでも彼女はそれを隠し、他の子供達の治療を優先させた。なんて正義感のある人だろう。素晴らしい。まるで聖人だ。
これが英雄の、美化された嘘の物語。そしてこれは、真実の物語。その主人公の名は____。
「桜武さーん!」
先生の呼ぶ声で目が覚めた。飛び跳ねるように机から顔を上げると、教卓には数学の先生。そしてクラスの全員が、私の方を見ていた。それを見て直ぐに状況を悟った。しまった。私は先生にすいませんと素直に謝罪した。ちゃんと起きててくださいねという先生の声を合図に、教室はいつもの雰囲気に戻った。私はほっと息を撫で下ろした。そしてシャープペンシルを手に取り、ノートに授業内容を書き記す___フリをしながら寝た。
「あの後結局寝てたでしょ?」
昼休み。大体が校庭でボールを蹴ったり受け止めたりしている。担任の先生も職員室だ。教室に残っているのは、インドア派の生徒や居残りになった生徒。私は前者だ。いや、インドアというより外に行くのが面倒くさいだけだ。世間ではそれをインドアというのだが、外で遊ぶ時だってあるので、アウトドア派というのも間違いではないはずだ。そもそもインドア派やアウトドア派など二択にしている時点でおかし…「聞いてるの美香!」。友人の騒がしさに思わず心の中で舌打ちをする。「舌打ちしない!」何故分かるんだ友よ。もしや私の心が読めるのか?いやいくら友達歴8年といえどさすがに限度があるぞ。友情パワーとでもいうつもりか?パンのヒーローアニメでもそんなことないぞ。いや、真菜はピュアだからもしかすると有り得るかもしれない。
「絶対今変なこと考えてるでしょ」真菜がジト目でこちらを見る。「考えてないよ」嘘です考えてました。にっこりと微笑む私の顔を数秒じーっと見つめると、まあいいやと溜息を吐いた。そして思い出したように本題に戻る。
「さっきも言ったけど、授業中寝てたでしょ!」
「しょうがないじゃん、眠かったんだから」
「昨日何時に寝たの?」
「三時」
「また夜更かしか!」
同じように呆れた声で突っ込まれることは何度もあるので、私はもう開き直っていた。なので胸を張って反論する。
「事情があったんだって。あとね、睡眠欲は人間の三大欲求だよ?そう簡単に抗えないんだよ!」
「なんでドヤ顔なの…じゃあその欲求をどうして夜に解放しないの。ちゃんと夜にしなさい!」
「変な話にしか聞こえないからこの話終わろうか」
「いや急になんでよ?」
どうかそのまま鈍感でいてくれマイフレンド。そう願いながら、私は別の話題を切り出そうとした。いや、確かに言葉を口にした。しかしその言葉は、突然の爆発音に掻き消された。そしてその爆発音が、開戦の合図だった。三年続く、黒く醜い戦いの。
校庭側の窓ガラスが爆風で割れた。私と真菜は幸運にも反対側の席だったので、風圧がかかっただけで済んだ。真夏の風のようだった。夏が本格的になるのはもう少し後のはずなのに。真菜と体を抱き寄せあって机の間に蹲った。目を閉じていたせいか、妙に教室内の悲鳴がよく聞こえた。私も真菜も悲鳴をあげていただろうが、他の悲鳴がそれを掻き消してよく聞こえなかった。もう何秒経ったか分からない。私はゆっくりと目を開けた。最初に真菜の顔が見えた。突然起きた出来事への衝撃と恐怖で、顔が歪み目に涙を溜めていた。今にも泣き出しそうな雰囲気でこちらを見つめている。怪我はないかと聞くと、声を出さずに首を2回縦に振った。私は大丈夫と自分の胸に真菜の顔を抱き寄せた。肩が震え、啜り泣く声が胸元から聞こえた。私は目の前にガラスの破片が散乱しているのを見つけた。自分のすぐ横にも散らばっていた。それを見て教室の全体がどうなっているかおおよそ見当がついた。現実を受け止める覚悟を決め、私は教室を見た。
そこに教室はなかった。私と真菜の2メートル先は、外に剥き出しの状態になっていた。もう少し前に出て下を覗き込めば2階が…もしかすると1階すら見えるかもしれない。全身に悪寒が走って、足を引っ込めた。私達の居る場所は、辛うじて教室の面影がある。机はほとんどが倒れたり吹き飛ばされたりしているが。校庭はよく見えなかった。先程まで多くの生徒が走り回っていたはずのそこは、爆発で発生した黒煙で覆われていた。教室に空いた大穴の縁が熱で揺れていて、壁も床も焦げ付いていた。私は絶望した。口を開き、目を見張って呆然とした。これほどの爆発なら、重傷者は免れない。現に教室にいた私達以外の生徒の姿が見当たらない、四人は居たはずだ。階下に落ちただけか、或いは___。そこまで考えてやめた。そして何とかして思考を切替える。なぜこんな爆発が起きたのか。先生達の安否は。被害範囲は。疑問が尽きないが、それを考える前に状況を整理することにした。今は昼休み。時計が爆発で無くなったので正確な時刻は分からないが、大体1時半過ぎくらいだろう。そして突然の爆発音。負傷者数は不明。爆発の範囲も不明。爆発の原因も……。
爆発の原因?脳内で紡いだ言葉を反芻した。そして少し冷静になった脳裏に浮かんだのは、いつの日か見た報道番組の、1つの映像。
ミサイルの被害を受けて半壊し焦げた学校。
我が子の死を痛み泣き叫ぶ母親。
たちのぼる黒煙。
その記憶が、私に1つの事実を突きつけた。夢ならば覚めてほしい。思い違いであって欲しい。しかし、現実は無情だった。心は否定したいのに、頭が理解してしまっている。嗚呼_____。
戦争だ。
ようやく落ち着いた真菜を連れて、校庭の反対側にある廊下に出た。まだ爆発に対する恐怖が残っているので、手を握ってあげた。戦争のことは言わなかった。落ち着いたばかりだから、折を見て伝えることにした。最初に向かったのは隣の教室。やはりそこも私達の教室と同じ有様だった。中には誰もいない。もしかすると、全員外にいたのかもしれない。もし外の方が被害が大きかったら…最悪の想像をしてしまって、吐きそうだった。真菜を思い出して必死に堪えた。他の同じ階の、つまり2年生の教室の2つを確認した。2年生は他学年より多く、4クラスあるのだ。最後に確認した教室に、彼を見つけた。廊下側の壁に体を摺り寄せ、頭を腕で覆ってガタガタと震えている。耳を澄ますと、息を切らしたような音が聞こえてくる。私の学年の殆どが小学校からそのまま上がって来た人達なので、顔が見えなくとも誰かわかった。
「翠君!」
意を決してその名を呼ぶと、体をビクつかせて、恐る恐る顔をあげた。黒縁の眼鏡をかけ、髪は短髪。外見は気の弱い、真面目な優等生のような印象を受ける。実際翠君は成績がよく、同じく成績のいい朝陽ちゃんと毎回定期テストで1位争いをしている。いつも純粋な笑顔を向けるその顔は、今は恐怖で塗れて歪んでいる。私達を認識してようやく安堵した表情を浮かべた。優しい翠君にこんな顔をさせる戦争に、僅かな憤りを感じた。手を差し伸べると礼を言いながら掴み、ゆっくりと立ち上がった。その足はまだ震えている。これ以上不安にさせまいと、私は優しい笑顔を作った。「もう大丈夫」翠君は涙をその綺麗な瞳から溢れさせた。
暗い顔をする真菜と、気が抜けて泣きじゃくる翠君の手を握って、次の目的の所に向かった。私達は所詮14歳の子供だ。自分達だけで出来ることには限りがある。だから、職員室に行くことにした。1階まで行き、ゆっくり進んでいった。扉の前に立った。少し色褪せた、木の扉だ。そこで嫌な予感がした。この扉を開ければもう戻れないような、そんな予感。扉を開けようとして伸ばした手が寸でで止まり、手の甲に汗が浮き出た。手が萎縮してなかなか開けようとしない。両脇では、2人が頭上に疑問符を浮かべて首を傾げている。後ろから真菜の私を呼ぶ声がした。声から不安さが滲み出ていた。
「ごめん。ちょっと後ろ向いててくれない?」
2人は疑問を残しながらも頼みを聞き入れてくれた。後ろを向いたのを確認すると、私は2人に悟られないように深呼吸をした。そして、その扉を開けた。
ガララッ
後悔は、開けた直後にやってきた。私はその後悔を独り占めするように、扉をそっと閉じた。
私のいた教室のように抉れた職員室。
最初に襲ってきたのは、微かに硫黄の匂いの混じった煙の匂い。次に襲ってきた匂いは、初めなにか分からなかった。でも、昔嗅いだことがある匂いだ。そうだ、あれだ。知らないおばあちゃんの葬式に行った時に嗅いだ、多くの花に包まれた、おばあちゃんの_____。
死臭。
利き手で口と鼻を強く塞いだ。鼻息が酷かった。反対の手で、無事だった先生の机を使って体を支えた。そこの棚には地理の教科書が入れられていた。見覚えのある机だった。私は歴史は好きだが地理は苦手で、その時間はいつも寝ていて、それが厳しくて生徒に嫌われている社会の先生にバレて、何度も長い説教をされて___。現実逃避で追憶に浸っていると、抉れた部分の近くの、黒く焦げた床に、黒い物体が転がっていることに気が付いた。大型犬くらいの大きさくらいだろうか。あんなもの職員室にあっただろうか。そう思って今度はしっかり見てみた。それの正体に気付いた瞬間、目眩がした。視線がそれに釘付けになって、逸らそうにも逸らせない。それは、人間だった。爆発の熱で黒焦げになった人間。形からして男性のようだ。顔が認識できないので誰かわからない。どうにかして目を逸らそうと藻掻いて、それから十五センチくらいのところに職員証らしき物が落ちていることに気がついた。字が読みにくかったので、目を細めて読んだ。
【 会科 重松 行】
社会の先生の名前だった。
私は耐え切れなくなって、膝から崩れ落ちた。嗚咽のような声が出るのを予測して、急いで腕で口を強く塞いで声を殺した。視界が涙でぼやけた。腕が静かに濡れていくのがわかった。
私はひとりだった。
美香が職員室に入ってから大体15分くらい経ったと思う。途中何かが落ちるような音が聞こえたけど、なんとなく大丈夫だろうと思って気付かなかったふりをした。なんとなく。遅いなと思って翠君の方に目を向けると目が合った。翠君も同じことを考えていたみたいだ。これからどうなるんだろう。お母さん達に会いたい。そんな事を思っていると、後ろから足音が聞こえた。美香だと分かって私達は振り向いた。美香は扉を閉めていつも通り覇気のない目をしていた。目がいつも潤っていると感じたのは気のせいだろうか。
「遅かったね、どうだった?」
「駄目だ。くまなく探したが誰も居なかった。もしかすると全員出払ってたのかもしれない。何故かは分からないけど」
「そっか…」
「仕方ない。他学年のところも行ってみよう。それから校庭に行って、爆発元を探す」
そう告げると、私達に背を向けて1年の教室へ歩き出した。その背中が遠くにあるように感じて、咄嗟に呼びかけた。美香がキョトンとした顔でこちらを見ている。
「大丈夫?」
「どうした急に。大丈夫、なんもないよ」
美香は困ったような顔で笑った。どこか遠くで蝉の鳴き声がした。
1年生と3年生の教室を回って、私達は7人になった。1年と3年それぞれ2人。1年生の浅海璃羅ちゃんと四条金剛君、3年生の斎藤隆史さんと石水一羽さん。「金剛」で「だいや」って珍しいなと思った。今のところの生存者が揃ったので、取り敢えず落ち着くまで1年の教室前の廊下に集まり、情報交換を行った。1年は今も震えているので手を握ってあげた。今日はよく手を握るなと思いながら、3年生2人に視線を向けた。2人とも不機嫌そうな顔をしている。内心今の状況に困惑して穏やかではないだろうが。暫く沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは、意外にも翠君だった。「あの!…今、この学校では何が起こってるの?」
たどたどしく聞く翠君に、一羽さんが怒鳴った。
「そんなの知ってたら言ってるわよ!!」
翠君は体をビクつかせた。一羽さんは少し間を置いて、今度は愚痴を零すような声で、「先生達は居ないし、生徒も私ら以外に居ないし、もう…なんでこんなことに……」皆の顔がより暗くなった。私はこれからのことについて考える。この学校に頼れる大人は居ない。全員死んでしまったから。300人以上いた生徒も、今はもう7人だ。校庭に生存者がいるかもしれないが、望み薄だろう。そもそもいくら戦争と言えど、宣戦布告もせず、しかも一般人の子供を最初に狙うだなんて有り得るだろうか。いや、もしかするとこれ自体が宣戦布告…。そこまで考えて、私は一つの疑問に気が付いた。普通ならこれが1番最初に浮かぶはずなのに、私は見落としていた。
________敵はどこだ?
その疑問が浮かんだ直後、私は真菜に名前を呼ばれているのに気がついた。ハッとして前を向くと、全員が私の方を見ていた。真菜が隣で大丈夫?と心配そうにしている。
「なんか考え込んでたけど…もしかして何か分かったのか?」
隆史さんが希望を見出すように私を見ると、みんなも私にその眼差しを向けた。一羽さんだけ、なぜか私を睨んでいる。何が起こっているのか知っているが、それを伝えるのは少し躊躇われた。平和な日本で育った中学生に、今戦争中だと言っても受け入れられないし、現実とは思えないだろう。私とて思い違いであって欲しい。しかし言わなければ、現実を見なければ前へは進めない。
「…これは飽くまでも私の推測だ。それでも聞く?」
皆は顔を見合わせてから頷いた。それを確認し、私は口を開いた。言葉は発せられなかった。爆発音で遮られたからだ。複数の悲鳴が廊下に響いた。突然の事でザワつく子供たちの中、その光景を眺めながら、私は呟いた。
「始まった」
美香、中2にしては大人びてますね。でもたまにこういう子いるんですよね。男子が女子を泣かせて、クラスが女子派男子派に別れてる中、その光景をニコニコと眺める子みたいな…例え合ってるか分かりませんけども。なんで大人びた感じになるんですかね?そういう性格なのか、それとも…。次回も是非ともお読みください。




