真実の愛の結晶である異母妹に公爵家からの縁談を譲ったら
夜会に出るのが億劫だ。会場まで連れて来られて、お父様と継母と異母妹と別れてから、彼らが帰るまで時間潰しをしなくてはいけない。
本当は結婚相手を捕まえなくてはいけないけど、捕まえた相手の条件が良かったら、また異母妹に譲らされるかと思うと、余計に気が滅入ってきて、やる気が出ない。もう、二人も求婚してくれた人を異母妹に譲らされた。
異母妹の好みじゃないやら、話が合わないやらで、求婚は取り下げられ、わたしにはまだ婚約者ができない。
姉に求婚したら、妹をお薦めしてくる家なんて、どう見ても訳アリだ。異母妹が気に入ろうと気に入らなかろうと、縁を切りたくなるのもわかる。
連れ子のいる後妻のうち、どれくらいが、愛人と愛人に産ませた子どもなんだろう。
後妻の連れ子も養子に迎えられる国でも、身分の違う愛人を再婚相手に選んだり、愛人が産んだ子を養子に迎えるほど、真実の愛に酔った人物は多くないと思いたい。
求婚を取り下げた人たちは、取り敢えず、真実の愛とか言って、愛人と再婚をする人たちではないのだろう。
真実の愛に酔った三人組に責められないように、家を出る為の結婚相手を探さなくては・・・。また、異母妹に譲らされそうで、溜め息しか出ない。
重い足を引き摺るようにテラスに出る。
「大丈夫か?」
「?!」
声をかけられて初めてテラスに先客がいたことに気付く。床ばかり見ていたせいだわ。
「・・・ええ。人いきれに酔ってしまって」
「来たばかりなのに?」
「監視していたんですか」
「中を見ていたら、主催者に挨拶した後、そのままテラスに出て来たんだが?」
「・・・!」
全部、見られていた。主催者に挨拶して、三人組と別れて一番近いテラスに出たことが仇になった。
「家族とは仲が悪いんだな」
「よくある後妻とその連れ子と気が合わないのよ」
「後妻の連れ子と夫の仲が良くて実の娘と仲が悪いことは、よくあることじゃないがな」
「・・・・・・」
「それに後妻の連れ子と夫が似ていることなど、そうあることじゃない」
「・・・!!」
まさかそこまで気付いちゃう?!
お母様が死んで、あの女たちを連れて来られた日以来、ここまで驚かされたことはない。
◇◆◇
「お姉様の今度の求婚者は公爵家の御曹司なんですってね」
「・・・ええ、そうよ」
「今度も譲ってくれるわよね」
「譲っても、相手に嫌がられたら、今までと同じよ。公爵夫人にはなれないわ」
「意地悪ね。喜んで譲ってくれてもいいじゃない」
「どっちにしろ、譲って上げるんだから、変わらないでしょ。今度こそは上手く行くように、親切心から教えてあげたのに、文句を言うの?」
「お父様ー! お姉様が虐めるー!!」
異母妹は気に食わないことがあると、すぐお父様に言いつけに行く。
そうなると・・・今日は食事抜きになるわね。
◇◇◆
異母妹とわたしが譲った公爵令息は無事に婚約し、奇跡的に結婚式までもった。
問題はーーーー異母妹自身の口から話された時を思い出す。
「聞いてよ、お父様!」
結婚式の翌日、異母妹は突然、家に戻って来て、お父様に泣き付いた。
新婚一日目で里帰りしてコレ?
まあ、お父様に泣き付くのはいつものことだけど、結婚した翌日に?!
理解できないわ。
真実の愛の結晶だとかで、散々、わたしを虐げていたから、元々、理解できないけど。
あまりの大声で気になったわたしは、お父様の書斎に近寄って、聞き耳を立てた。
「ルークが虐めるの!」
“お姉様”が“ルーク”に代わっただけの台詞。
人が代わるだけのお馴染みの台詞だったのね。
ルークというのは、異母妹の夫になるという、偉業を成し遂げた公爵令息の名前。
異母妹と結婚するという凄いことができた人ですら、異母妹には好き勝手言われているのね〜と、同情やら、共感やら、他人事やら、よくわからない成分でできた感想が出る。
「真実の愛の素晴らしさを知っているのだから、お飾り妻になって、真実の愛に貢献しろって!!」
「「はあっ?!!」」
お父様と声がハモってしまった。
・・・よかった。聞いているの気付かれていない。
いや、そうなるよね?
異母妹のことが気に入ったから結婚までしたと思ったら、お飾り妻やら、真実の愛が出てくるとは思わなかった。
「そんな馬鹿な話があるか!! お前をお飾り妻にするだと?!」
「公爵夫人にはしてやるが、愛するのは他の女だって、言ったのよ!!」
「あの若僧、跡継ぎまで愛人に産ませるつもりか!!」
「どうにかしてよ、お父様! あたしはお父様の真実の愛の結晶なのに、ルークはあたしじゃなくて、他の女と真実の愛を誓っているって、言うのよ?! 馬鹿にしているわ!!」
「そうだな! お前をお飾り妻にして、愛人と幸せになるなど、許せるものではない!!」
いや、お父様もお母様を蔑ろにして愛人と真実の愛、誓っていたじゃない。娘(異母妹)が同じこと求められて怒っても、お前が言うな、としか思えない。
「お父様! お父様もそう思うわよね!」
「お前の夫に言い聞かせてやるから、安心しろ」
「ありがとう、お父様!」
いや、無理でしょ。お前が言うな案件に、男爵家と公爵家っていう、身分差があるじゃない。
無理なものは無理でしょ。
呆れて口が閉まらないわたしには、お父様と異母妹は美しき親子愛の世界を作り出している様子が手に取るようにわかる。
「お嬢様、婚約者様が来られました」
執事がわたしに耳打ちする。立ち聞きしていることを書斎にいる二人に気付かれないようにしてくれたらしい。
「わかったわ」
小声で応じて、婚約者の待つ客間に向かう。
そこにいたのは、いつかの夜会のテラスで話した相手。
「やあ、婚約者殿。ルーク様の奥方は里帰りしていないか?」
「ちょうど、お父様に泣き付いているところよ。お父様はお父様で、自分のことを棚に上げて、ルーク様に抗議するつもりらしいわ」
「自分の娘がされて嫌なことを妻にしておいて、ルーク様に何を言うつもりなんだろうな?」
「さあ?」
「ルーク様は想いの方に苦労させたくないから契約結婚したというのに、愛人を後妻にしたがる男の考えることはわからん」
「お父様の真実の愛とルーク様の真実の愛が違うから、あなたは理解できないのよ」
「妻が産んだ自分の子どもを傷付けるくらいなら、妻にはお飾りになってもらったほうがいいだろ」
「そうね」
お父様が愛人宅に入り浸って、屋敷に帰って来ていなかったことを、わたしは何の疑問にも感じていなかった。わたしの世界はお母様と屋敷の中だけで、お父様はそれに入っていなかったからだ。
けれど、それがお母様を大きく傷付けていることだった、と気付いたのは、お母様が死んで後妻が異母妹を連れて屋敷に来たときだった。
お母様は真実の愛の犠牲にされ、何も貰えなかった。
お母様を失ったわたしは、真実の愛を振りかざす三人に甚振られ、生きて来た。
お母様もお飾り妻だったら、苦しむことはなかったかもしれない。自分だけの身で、男爵夫人の地位とそれに相応しいお金で好きな事をして・・・。他の貴婦人のようにお父様の外の家庭のことなど気にせず生きていたのなら・・・そう考えてしまう。
可哀想なお母様。
そして、真実の愛の為なら誰を傷付けても気にしない、無神経なお父様たち。
自分の血を引く娘ですら、真実の愛の相手以外から産まれたという理由で虐げることに正当性を見出すのだから。
そんなお父様には、不幸な思いをする者を出さないようにする、ルーク様の優しさは理解できないのだろう。
「君の妹は真実の愛の尊さを知っていると思ったから、ルーク様に紹介したのに・・・」
「真実の愛の当事者のお父様が、アレだもの」
ルーク様は真実の愛の弊害を知っているから、真実の愛を本当に理解できる異母妹と結婚したようだ。
残念ながら、異母妹は真実の愛の尊さをいくら言っていても、その犠牲になるのも尊いという考えには至らない、自分勝手な愛の結晶だ。
異母妹が自分勝手な愛の結晶なら、お父様も自分勝手な愛を語っていた愚か者。
自分たちが犠牲にしたお母様とわたしのことなんか、考えていない。
コレもお父様がルーク様と違う理由。
知らぬうちに真実の愛の犠牲にされていたお母様とわたし。
あらかじめ、真実の愛の犠牲になることを告げられた異母妹。
そんなルーク様の優しさも、真実の愛をまったく理解していなかった異母妹とお父様は気付かず、ルーク様に怒っている。
誰が怒っていいのかも気付かない愚か者は、お母様とわたしに対して申し訳ないと思ってはいないだろう。
だって、お父様たちにとって、お母様とわたしの犠牲は当たり前のものだから。
自分たちの真実の愛の邪魔をする悪役。それがわたしたち。
だから、悪役には何をしてもいいと思って、気にも留めていない。
貴族の結婚なんて、仮面夫婦が多い。妻にはお金と夫人としての地位を約束し、同居はしているもののそれだけの関係。
愛人宅には仕事の一環程度にしか出入りせず、妻の面目を保つ。
それができなかった我が儘な男がお父様だ。
できないならできないで、爵位を親戚に譲って平民になったら、真実の愛を貫けたのに、爵位は欲しくて、想いの人を日陰に捨てた我が儘なお父様。
「ルーク様は身分が違うからと、想いの方を他の貴族からの嘲りや蔑みで傷付けたくないと、結婚を諦めたというのに」
「想われるほうもルーク様の想いの方とは違いすぎるわ。ルーク様の支払う代償はお金と公爵夫人の地位で充分、賄えるし」
ルーク様は真実の愛を見付けながら、充分、仮面夫婦の生活を守るつもりのようだ。
それに対して不満を漏らすのが、真実の愛の紛い物で出来た異母妹。
これじゃあ、普通の貴族の結婚すらできないじゃない。
「君の家族の支払いは高くついたな」
ルーク様にこの家のことを教えておいて、よく言う。
「支払わせたのは、あなたでしょ?」
「婚約者殿が受けて来た真実の愛の慰謝料の取り立てぐらいはしないと、愛想を尽かされてしまうからな」
この家の真実の愛の三人にはとっくに愛想を尽かしているけど、お母様とわたしが支払った代償を回収してくれた彼への愛想は溜まる一方だ。
既に誰かを真実の愛の犠牲にしているのなら、今度は真実の愛の犠牲になるのは当たり前だと、ルーク様が考えていたことには驚いた。
ルーク様が異母妹と結婚したがっていると聞かされ、わたしに求婚して異母妹に譲る計画を実行した。
真実の愛で傲慢になったお父様と異母妹は、ルーク様の罠にまんまと引っかかったのだ。
わたしからルーク様を譲ったわけじゃない。
わたしにルーク様を譲らせたのは、異母妹だ。
異母妹の自業自得。
異母妹の婚約にお父様も許可を出した。
わたしの求婚者だったルーク様との婚約を許したお父様にも、責任がある。
でも、真実の愛だとか言って、お母様やわたしを虐げてきたような男だもの。また責任転嫁して、被害者ぶっても、誰も同情しないわ。