え?明日期末テストなんで。〜魔王討伐RTA〜
「はぁ、いまからやるかぁ〜」
やる気は出ない。でもやらなばならん。そう思いながら時計を見ると、丁度19時になったところだった。
明日は高校の期末テスト初日だ。そして俺は一夜漬けタイプ。
テスト2週間前から予定を立てろ?
勉強は計画的に?
普段から授業をしっかりきけ?
分からないところは繰り返しやれ?
時間に余裕を――etc.
やるわけねぇじゃん!
テストギリギリまで課題を残し、教科書を読みながワークをする、わからない問題は答えに直行からの丸暗記。この超絶インプット方式こそが俺のやり方だ。
こんなやり方でも6割は硬かったりするから、止められない。とはいえ、ここから一分一秒でも無駄にせず、完徹しなくちゃならない。
前回、ゲームをして全く勉強をしていなかったためにひどい点数を取り、今回も悪ければゲームを没収するとまで言われている。深刻度は今まででダントツに高い。
明日の科目は……現国、化学、公共。
頭の中で、これかの行動スケジュールを軽くシュミレート。
現国……教科書、ノート流し読み&漢字確認。ぶっちゃけノーベンでもなんとかなる教科。
化学……基本ワークの演習からしか問題がでないから、答え丸暗記。公式を覚える必要もない。
公共……完全に覚えゲー。教科書の赤い単語をはしから脳内にぶちこむ。
ココまでの思考で19時00分13秒。終了時間は(朝食抜き、トイレ・着替え付き、登校ダッシュのマッハ)明日7時52分11秒。
無駄な思考を追い出し、始めようとしたその瞬間だった。
足元に金色に光る魔法陣が浮かび上がる。
「は、はぁ?」
俺が混乱しているうちに、魔法陣からは光が溢れ出し、徐々に体も発光してくる。
「お、おい。俺は勉強が――」
スッと目の前が暗くなった。
「――勉強ーーーーーっ!」
目を開ければそこは、見知らぬ場所だった。
いや、知っている。
ここは、俺が前にハマっていたゲームの世界だ。
王道系RPGで、現実世界から勇者召喚によって呼ばれた主人公の勇者が魔王討伐に行く。惹き込まれるストーリー展開、強い敵との熱いバトル。最近は違うゲームにハマっていて、プレイしていないが、もう何周もプレイするほど気に入っていたゲームだ。
そんなゲームの世界に、そう、あの画面のなかにいる。その事実に喜びが湧――かない。まじでわかない。だって俺は帰らないといけないから。テスト勉強という現実に。そしてその先にあるゲーム没収回避のために。
――やばいぞこれ。どうやって帰れば……
必死に頭を回す俺の前に、金髪碧眼の美少女が立つ。どうやらオープニングムービーが始まるらしい。ゲームどうりだ。
『こんにちは。異なる世界より召喚されし勇者。私はこの国の王女、アリーシアです。あなたの名前を教えていただけませんか?』
――そうだ!?このゲーム、エンディングムービーでは、主人公が現実世界に戻ってたぞ。たしか魔王を倒せばエンディングが始まる。
つまり俺は魔王をサクッとヤッて、さっさと戻れば良い!魔王討伐までのRTAだ。バグ技アリでなら何度かやったことがあるし、それを思いだせば――これ、オープニング進んでなくね?ああ、名前かぁ。
『あ』
『あ、これからよろしくお願いしますね。とりあえず、今、この世界は――』
そういやこのゲーム、何も入力しないで進められないんだった。結構忘れてるかもなぁ。気をつけないと。ちなみに「あ」と答えたのは、時短のためだ。このゲームのRTAにおいて「あ」より素晴らしい名前はない。ボタンを押し、プラスを押せばすぐさま「あ」と入力できる上、一文字だからこそ、これからの会話も最小限だ。
それでは早速魔王討伐に行く。
とりあえず今はストーリー説明と、軽いチュートリアルを王女がしている。今俺がいる荘厳の間はこれが終わるまで扉が開かず出ていけない仕様なのだが……今回は大人しく待っている訳にはいかない。
この時間、プレイヤーはこの部屋の中でなら自由に動くことができる。
俺は、チュートリアルように壁に立てかけている剣と盾をとり、扉に近づく。
そして、背を扉につけ、しゃがみながら、剣を振るモーションとバックの回避行動を同時に取る。さっと景色が変わった。目の前にさっきの扉が見える。
壁抜けバグ成功だ。
この壁抜けバグ、利便性が高く、簡単にできるのが良いところだ。
チュートリアルスキップに成功した俺は街に向かうために先を急いだ。
ここ王都では、王様への謁見や、メイドたちのお悩み解決、騎士団訓練への参加などのサブストーリーやミニイベントが多く存在しており、すべてこなすとさっきの王女から結構いい武器がもらえる、が、言うまでもなく俺には時間がないため、全スルーだ。
必要なメインストーリだけに絞るつもりだ。
そして壁抜けで王城の壁を突っ切った俺は、城下の大通りで前転モドキをしている。言うまでもなく、時短のためだ。
走る?そんな優雅な行動は、時間のある人間の特権だ。だから俺は、走るより早い前転を使い、前転後の拘束時間のキャンセルのため、ジャンプをしている。つまりはたから見れば、前転、ジャンプ、前転、ジャンプ、前――と、なるわけだ。
そのまま街の道具屋に直行だ。そして道具屋に入り……出るッ!!
出入り……というか、入口での反復横とびをする。
『道具を買いたい』
これにより、初回入店時の初めまして会話をキャンセルだ。
「あ、ああ『何がほしい?』」
そのまま火炎系のボムを大量購入。最初は武器や防具、薬草などを揃えるために序盤にしては結構な額をもらえる。このボムは、ノックバックこそはつくものの、大したダメージの与えられないボムだ。
目的を果たした俺は慌てて店を出た。次は鍛冶屋だ。
同じようにしてから、弱いながらもフル装備を整える。これは、装備していなければモーションが出ないからだ。剣のモーションには剣が、弓のモーションには弓が必要だ。
「変な兄ちゃんだったな……」
去り際になにか聞こえた気がするが、気のせいだ。次は3つ目の村に行く。
そこにある吸血鬼城に行くためだ。さっさと倒して、魔王を秒殺できるような剣を手に入れたい。実際秒殺は無理だが、今の剣よりはマシだ。
とりあえずは街の外に出て、イベントボスのジャイアントワームのいる草原に移動する。
さっき買ったボムを手頃にある街を囲む壁にぶつけ、上段斬りをしながら回避行動、そのまま盾を構える。ボムジャンと言われる技だ。
タイミンで角度がずれる上に、ほぼ水平に飛び、滞空時間も短いが、ちょっとでも時間を短縮したいのなら使うしか無い。
「あいつ、城壁に爆弾を!?」
何やら近くにいた門番が動いた気がしたが、気のせいだろう。
その後も周囲の地形に投げては進むを繰り返し、目標ポイントまで到達。
「装備揃えててよかった……」
あのボムは自分にもダメージとノックバックがある。予想外にHPが減っていた。が、さいわい装備のお陰で、計画に支障はない。
ジャイアントワームが地面から飛び出してくる。初期イベと言っても、レベル20台のボスで、俺はもちろんレベル1。
あの空中からのダイブ攻撃を喰らえば、着地狩りの前に衝撃波で死亡だろう。
倒すのは無理だが、別に倒しに来たわけじゃない。
もう一度ジャイアントワームが地面に潜り込む。俺はゆっくり深呼吸をした。
「落ち着け俺、俺ならできる。ジャイアントワームを、立派なジャンプ台にするんだ!」
地面から出てくるのに合わせ、1つ目の爆弾を使いジャイアントワームのジャンプ力を強化。すぐさまもう1つの爆弾を爆破を自分に当て、ノックバックによる滞空を使い、下段攻撃からの盾。
俺は勢いよく大空を飛んでいた。みるみる景色が変わりる。3つ目の村が見えてくる。
面倒なことに、村でイベントを起こさないと城に言っても吸血鬼城のボスである、ヴァンパイアキングに会えない。
それは村の裏の森で、下級吸血鬼に襲われている人たちを助けるというイベントだ。そして、連れ去られた村人の救助のため、吸血鬼城へと向かう。というシナリオになっている。
俺は角度調節には自信がない。5回に1回は失敗する。
――頼む……。
村を越え、森に突っ込み――悲鳴が聞こえた。
『キャーーーっ!』
「よっっっしゃーーー!!」
どうやら狙った通りの場所に着き、イベントに入れたみたいだ。
実は先程のジャイアントワームの移動法だが、着地すると落下ダメージで即死だ。死ねば、ベッドを一度も使っていないため、リスポーン地点は王城になってしまう。
そこを今回の方法では、エリアに入るとはじまるイベントの強制力で回避し、同時について直ぐイベントも初められるというわけだ。
吹っ飛びながら割り込んだ主人公は、次の瞬間には普通に立っている。着地のダメージ……というか、着地そのものがなかったことになる。ただ普通に歩いてきた人になれるわけだ。常日頃どうやってイベント映像を回避し、いかに話を聞かないまま話を進めるかと考えるわけだが、エリア強制イベントにもちゃんとメリットがあるわけだ。
下級吸血鬼を倒し、襲われている人と会話する必要があるので、とりあえずイベント開始時にできる見えない壁を壁抜けし、イベント場外へ。
もう一度入れば、ストーリーが進められる。なぜならこれで、下級吸血鬼がいなくなるからだ。
下級吸血鬼みたいな雑魚敵でも、今の俺はレベル1だ。俺は一撃で死ぬし、単純にめんどくさい。
「え、は?消えて……!『あ、ありがとうございます。あなたは?』
『俺はあだ』
そのままストーリーが進み、吸血鬼城に行く流れとなった。
HP残量を管理しながらボムジャンで移動していく。
途中にエンカウントする敵はガンスルーだ。そして、真正面から城に入り、ボスの居る大広間に特攻。
大広間につくと、入ってきた扉が閉まり、目の前にヴァンパイアキングが話しながら攻撃してくる。
俺はもちろん戦わず、入ってきたのと逆側の壁で壁抜け。こうすることで、ヴァンパイアキングを倒した後に行けるようになる隠し部屋に入れる。
ここでセーブ&ロードすることで、ヴァンパイアキングを倒したことにできるわけだ。おそらく、倒した後のエリアに入ることで生じるのだろう。
「えーセーブは……。セーブは……あれ、セーブどこだ?」
おかしい。セーブやロード、オプション画面が開けない。
「うわ、まいったな……。想定外だ……」
どうやらそのあたりの操作ができなくなっているようだ。
これだと、セーブとロードが必要な資金やアイテムの無限増殖バグも使えない。
「しょうがない!切り替えるか」
RTAにも失敗はつきものだ。それを切り替え、どうカバーするかも大切だろう。
そういうわけで、荒ぶる吸血鬼の声を背後に聞きながら、隠し部屋のレアアイテムをゲットして回る。
「ヴァンパイアキングの討伐報酬の大剣はあきらめるしかないか」
本当はその剣で魔王を討伐するつもりだったが、無いものは無い。計画変更だ。
というわけで、俺は今、魔王城手前の村までやってきた。王女の護衛イベントのためだ。魔王城前の駐屯地への激励に行く王女を、敵から守りながら進むという面倒かつ時間のかかるイベントをなぜ俺がやるか?
金のためだ。
ヴァンパイアキングのところでゲットしそこねた大剣の代わりになる剣が必要だ。
この護衛イベントはこの村に入ると起きる強制イベントで、ここまでのメインイベントを行っていなくとも確定で起こる。俺が村に入った瞬間、王女が目の前に現れる。
「え?あれ?私はなぜこのような場所に?」
『お久しぶりです。王女様』
『お久しぶりです。あ。……四天王ヴェルデアスを倒したと聞きました』
『はい』
倒してないけどな。
そのまま会話が進み、
『――では、護衛の方、よろしくお願いしますね』
これで村を出る時、王女がついてくることになった。
俺は前転とジャンプを繰り返しながら鍛冶屋に行き、吸血鬼城で得たアイテムも含み全部を売る。もちろんいま来ている服もだ。
そして、護衛イベントのために、暗黒剣という片手剣を買う。この剣は下段攻撃の後、下長押しをすることで、周囲に強力なため攻撃を放てる。だが、技後の硬直が微妙に長いため、それほど強いとは言えない。だが、この剣の使い方はそうじゃない。
このゲームには、ワープ機能がある。一度言ったことがある場所には、結晶で移動することができるというものだ。とはいっても、ワープできるのは、ワープポイントがある村などの中だけだ。このゲームのRTAで使うことはあまりないのだが、今回はこれを使う。
準備ができた俺は早速村の出口に半裸前転ジャンプに暗黒剣装備でむかい、王女に声をかける。
『王女様、準備ができました』
「はい……はい?その格好……いえ……で、『では、気を引き締めて向かいましょう』。何も……言いません」
イベントが始まり、俺は一直線に近くの崖になった場所に走り、そのまま飛び降りながら下段攻撃をする。そして、空中で溜め技開始。
――と、ここでワープ!
結晶を起動するとワープ場所の候補が上から順に並ぶ。そして、自動的に一番下の何も書いていない欄が選択される。
はい、護衛目標地点の魔王城前駐屯地に到着。
結晶の何も書いていない欄には魔王城前駐屯地、と新しく表示されていた。これで、入口の王女に会いに行けば、報酬として大金がもらえる。
「え、あれ、また私なんでここに……?『あ、ありがとうございました』……え?」
――これで武器が買える!!ここでしか売っていない大剣武器、ツーハンデッドソードを!
ツーハンデッドソードはダメージ量こそ微妙だが、ハメ攻撃には最適だ。
そういうわけで、魔王城の最上階に床抜けバグと壁抜けバグを駆使して到達。ちなみに最上階は第三形態と戦う場所であるせいか、第三形態からのスタートだ。
巨体となった魔王を建造物に引っ掛け、ツーハンデッドソードで攻撃。会心率アップ効果で、みるみる魔王のHPが減っていく。遠距離攻撃は体が挟まってできず、近距離は魔王周囲に攻撃エフェクトが出ているが、このツーハンデッドソードのリーチが長いおかげでギリギリ当たらない。
そしてついに……魔王のHPが0になる。第三形態の状態から倒したのでこれで終わりだ。
すぐさまエンディングムービーが始まり、俺はそれに身を任せる。
エンディングムービーは、概ね王女との会話だ。
――もう何もすることはない。俺はやりきったんだ。
『あ、とうとう魔王を打ち倒したのですね』
俺は魔王討伐の高揚感で思わず笑みが浮かんだ。それからぼーっと王女の声を聞き流す。エンディングムービーは何度も見たことがあるから、今更見たいとは思わない。
「初めは、話も聞かず、扉も開けずに出ていき、どうなることかと思いましたが、『魔王を倒していただき、本当に感謝しています』」
このゲーム、実はもっと簡単に魔王を倒す方法がある。
「『あなたの強さは驚くべきものでした』。わずか一日、いえ、半日足らずで王城から魔王城にたどり着き、魔王を倒してしまったのですから」
それは……速攻で魔王城に吹っ飛び、一瞬で魔王を倒せる方法だ。通称、魔王三秒間討伐。
「『護衛を頼んだ際にも、あなたの強さを目の当たりにし、私は』今までで一番に驚きました。崖へ向かい飛び降りたときは何事かと思いましたが、次の瞬間、私は駐屯地に着いていたのです。私には到底理解の及ばない魔法で、『あなたなら魔王を倒せると思いました』」
だがその方法だとこのエンディングムービーが流れないのだ。帰る描写が必要な俺には使えない方法というわけだ。
「城下での不審な行動と、城壁の爆破は、うまく誤魔化しておきます。『もうあなたは帰ってしまわれるのです』から『ね』」
王女が優しく笑う。そろそろ終わりだろう。俺の体が発光しだす。ふとRTAのタイムが気になったが帰ってから時計を見ればいいだろう。
『あなたの未来に幸多からんことを」
何度も聞いてきたお決まりのセリフとともに、俺の視界は暗転した。
「――っは」
俺は、魔法陣が出たときと同じように、勉強机に座っていた。
時計を見る。21時02分45秒。
思ったよりかかった。途中のセーブ&ロードのバグが使えなかったのが大きい。
けどそんなことは今更どうでもいい。
「勉強するか」
後日――テストは何とかなった。
おまけ……
「ねぇお母さん、ゆうしゃさまってどんな人だったの?」
「大変ストイックでこの国の人々を思いやってくださる優しい方だったそうよ。城下を歩くときでさえ、体を鍛えながらすごしていたわ」
「すごいね、でも、街の壁を爆発したんじゃなかったっけ」
「それは近くに魔物がいたのよ」
「あとは何をしたの?」
「吸血鬼に襲われていた村人の声を聞き、すぐさま飛んでいったのよ。間に合ったことにとても安堵していたそうなの。それに、とても強い方で……」
「かたで?」
「魔王をなんと、3時間02分30秒で倒したのよ」