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涼は、申し訳なさそうな顔をしつつ、俺の顔を見つめてくる。
「…………私にも、恥という概念はある。私自身がとんでもなく、駄目な女ってのも分かってる。だけど、あえて言わせてもらうよ。昔は本当に悪い事をした。……私達、やり直せ」
「栄く〜ん! お待たせ〜!」
涼の言葉に被って、俺を呼ぶ声が聞こえた。そちらを見たせいで、彼女の最後の方の言葉は聞こえなかった。
手を振りながらこちらに、一人の女性が歩いてくる。
「おう、千代、戻ったか。どうだ、腹の具合は?」
「正露◯飲んだから、少しはマシになったかな」
「久々の帰郷だからって、食べ過ぎなんだよ」
「だって、おばさんもおじさんも大歓迎してくれたし、それに応えなきゃ失礼じゃん」
彼女と俺は、そんな風に談笑した。
驚いた様な顔をしている涼に気付いたのか、彼女は訝しげな顔をする。
「……栄君、この人は? 浮気?」
「……昔の友達だ。幼馴染の三条河原涼。千代を待ってる間、さっき、ばったり会ったんだよ。それで、ちょっと人生相談をな」
彼女は、俺からそう聞くと、納得した様に幾度か頷いた。
「栄君のお友達でしたか。私は、鈴ヶ森千代。栄君のはとこで、今は彼の恋人やってます! よろしく!」
元気良く挨拶する千代。黒髪をボブカットにした、活発そうな印象の女性である。涼は少し、気まずそうにしていた。
そう、彼女こそ、俺が待っていた連れである。彼女が花を摘みに行っている間、俺はホームのベンチでのんびりしていたというわけだ。
千代は一応、俺達と同い年だが、学校は違っていたから涼と面識は無いはずだ。
婆様同士が姉妹という、はとこの関係。タ◯ちゃんと、い◯らちゃんの関係といえば分かりやすいか。
「…………栄、恋人出来たのね」
「ああ」
「子供の頃から、よく遊んでくれたおかげで、栄君の事は好きだったんです。学校が違ったせいで、中々会えなくて……。そうする間に栄君に彼女が出来たって聞いて、私から早く告白すれば良かった、って後悔してたんですけど、去年の今くらいかな? 栄君が彼女さんに振られたって愚痴ってきて、こりゃ好機だ! って私から告白したんです! そしたら、オッケーを出してくれて。大学は一緒の所だったから、今は東京で一緒にアパートを借りて同棲してて……」
その振られた元彼女の前で、そうとは知らずに惚気始める千代。ヤバい、気まずいなんてもんじゃない。
涼を見ると、やはり気まずいのか、あるいは、わずかに残った俺への未練を断ち切る為か、ゆっくりと首を横に振っていた。
「……千代、流石に幼馴染の前で惚気られるのは恥ずかしいよ」
「あっ! ごめん。空気読めてなかったね」
「元気そうな彼女さんね……。栄は明るい子が好きだから、お似合いかもね」
涼は、精一杯の笑顔を作っている。彼女も当然、思う所はあるだろうに……。本当に根は真面目なんだよなぁ。
「じゃあ、おじゃま虫の私は退散しますか。……ありがとうね。話、聞いてくれて」
「ああ」
「じゃあね。……もう、滅多に会うことも無いでしょうけど」
そう言うと、涼は俺達に背を向けた。
「最後に。月並みな言い方にはなるが、一時の感情で失敗したり、やらかしたりなんて誰でもあるからな? 後は、反省して軌道修正出来るかだと思うぜ。俺が見るに、お前はまだ、十分に再起出来ると思うぞ」
「嬉しい事言ってくれるじゃない」
俺の言葉を聞いた涼は、振り返ると、千代の方を見た。
「千代ちゃん……だったかしら? こう見えて、栄は結構良い男よ。…………栄の前の彼女、中々酷い女でね。……彼、結構傷ついてると思うから、沢山、愛情を注いであげてね?」
「はい!」
「良い返事だ。よろしい! 幼馴染として、彼を任せたわよ!」
涼は、そう言うと今度こそ俺達に背を向けて、改札に向けて歩いて行った。出口の方面的に、実家に向かうつもりかもしれない。
「元気そうな方だったね」
「ん、まぁ、そうだな……駄目な所も多いが、根は善人だ。上手く軌道修正してくれると良いが」
「何、随分気にしてるじゃん? もしかして、本当に浮気~?」
「まさか! 捨てられる経験をするのは、俺だけで十分だ。千代には、そんな屈辱、味わわせない」
「ふふ。信用してるよ?」
そんな事を言い合っていると、ホームに電車が滑り込んで来た。今度は、線路へ飛び込む者は無い。
「帰ろうか。久しぶりの故郷、良かったね~」
「……ああ」
涼が心配ではないと言えば嘘になるが、今、彼女と俺は恋人ではなく、ただの幼馴染同士。今後の人生がどうなるかは、全て彼女次第である。
俺は後ろを振り返らずに、千代と共に電車に乗り込んだ。
読了、お疲れさまでした。これにて、本作は完結です。
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追記:2024年2月18日、現代恋愛ジャンル日間ランキング1位獲得!ありがとうございます!




