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ヒューマンドラマよりの現代恋愛もの。若干時事ネタも入っているので、許せる方のみどうぞ。

2月24日、若干内容を改稿。

「祇園精舎の鐘の声〜♪」


 俺、小塚原栄(こづかばら さかえ)は、古典の傑作の一節をそらんじながら、駅のホームのベンチに座って、連れを待っている。


 場所は俺の故郷。自然豊かな地で、蝉が先程から、小うるさく鳴いている。


 大学の夏休みを利用して、東京から帰郷した大学一年生の俺は、久々の実家を満喫した。今は、東京への帰路である。


 今日から田舎の、この、のんびりとした雰囲気ともおさらば。また、あの喧騒の中に帰らなければならないと思うと、若干憂鬱だったが、一方で清々した気分があるのも事実だった。


 何故かって? この故郷は、かつて俺が初めて恋人が出来た場所にして、大失恋した場所でもあるからだ。


 相手は俺の幼馴染。名は三条河原(さんじょうがわら)(すず)。絵を描くのが好きな、明るいが、同時に気難しくて頑固な奴だった。将来はイラストレーターになるんだって、よく描いたイラストを見せてくれた。


 中学校の卒業式の日に、俺の方から告白して、それなりに良好な関係を築けていたはずだった。だが、破局は突然やってきた。


 高校三年生の夏休み。ちょうど、去年の今頃だったか。急に、別れ話を切り出された。曰く、涼はSNSに描いたイラストを投稿していたのだが、それを見た、とある企業の社長がパトロンになる事を申し出た。


 様々な有形無形の支援をしてやるし、東京の某有名美大に、コネを使って入れてやる。なんなら、将来的には、その社長の企業に、専属イラストレーターとして雇ってやる。と言われたらしい。




 代わりに、愛人として彼に身体を捧げる事。これが条件だった。




 俺との愛より、夢を取りたい。それが彼女の言い分だった。


 当時、涼は十八歳は超えていたとはいえ、まだ高校生相手に、そんな事を言い出す辺り、その社長がろくでもない奴なのは確かだろう。それに、それを疑いなく受け入れた彼女も彼女だ。


 当然、俺は反対した。俺達の幼い頃からの絆はそんなあっさり切り捨てられる程、薄いものだったのか。どうせ、権力者の愛人になった所で、飽きられたらすぐに捨てられるのがオチ。そもそも、他の男がいる奴を寝取ろうとする奴なんて、きっとろくな奴じゃない。そんな風に、情と利と理の三方から説いたが、彼女の意思は固かった。


 元々、お互い、受験への準備のせいで、関係が希薄になっていたのも悪かったかもしれない。


 更に、イラついた俺が、涼の絵に対して、「上手いが没個性的。一流を名乗るには欠けている部分が多い。良く言えば量産品。悪く言えば、どこかで見た様な絵。これではプロとしてやっていくのは厳しいだろう」なんていらん事を言ってしまった事もあり、絵描きとしてのプライドを傷つけられた彼女は激怒。最後は、喧嘩別れする形で別れたのである。


 今思い出しても苦々しい記憶だ。 


 ちなみに、俺から彼女を奪ったおっさん。人格的にろくでもない奴だろうという、俺の見立ては正しかった様だ。


 聞いておいた名前を検索してみると、出るわ出るわそのおっさんが経営する会社のブラックっぷり。悪意を持った奴が書き込んでるにしては、悪評の量が多すぎる。


 ちなみに、そのおっさんの会社のホームページから、彼の顔写真を見たら、何と言うか、名状しがたい汚いおっさんだった。


 それに喘がされているであろう元カノも情けないし、なにより、こんなばっちいおっさんに負けたのか、と、自分自身が惨めになった。諸行無常の響きあり。


 まぁ、それのお陰で逆に諦めがついたというか、幼馴染とは道を違えたのだ。と、失恋の記憶を忘れる為に勉強に打ち込み、第一志望校に受かったのは、せめてもの慰めであろう。


 今頃、涼はエアコンの効いた部屋で、あの汚いおっさんと盛り合っているんだろうなぁ、などと考えながらホームをぼんやり眺めていると、なんとなく、違和感に気付いた。


 ベンチに座る俺の前で電車を待っている女性。歳は俺と同じくらいだろうか? 彼女は何か熱心にスマホに文字を打ち込んでいた。が、そのうちそれを止めて、ぼんやりと空を眺める。


 そのうち、電車の到着を告げるアナウンスが読み上げられた。彼女は、それを聞くと、フラフラと線路に向けて歩き始めた。黄色い点字ブロックを超えた辺りで、俺も焦った。


「……おい、ヤバいだろ、アレ」


 この駅には、転落防止用のホームドアはついていない。彼女はなおも、線路に向かって歩く。


 咄嗟に身体が動いた。彼女が歩みを進めて、線路に落ちる直前に腕を掴めた。一呼吸遅れて、ホームに電車が滑り込んでくる。間一髪であった。


「馬鹿な事は止めろ!!」


 俺は、大声で怒鳴ると、女性を無理矢理引きずって線路から離す。


「死なせてよ! もう、生きるの疲れちゃったのよ!」


「だからって、俺も死んでこいとは言えないんだ……よ?」


 女性の声に聞き覚えがあった。


 それは、ほんの一年前まで毎日の様に聞いていた声で、実に懐かしいものだった。


「……その声。栄……? 栄なの?」


「涼……。三条河原涼……お前なのか?」


 奇しくも、俺は先程まで思い浮かべていた元カノと、妙な形で再会したのだった。


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