【第1話】 『なぜアイツが』
「さぁ、いよいよあと一人という所までやってきました!あと一人抑えれば優勝です。」
そしてピッチャーは投げた。
アウトコースいっぱいに141km/hのストレートを決め、見事に見逃し三振をとった。
「決まったー!!愛知県代表『明香ボーイズ』、悲願の初優勝を決めました!最後はエース笹木のストレート!見事に完封勝利を見せた!!」
実況者がそう叫ぶと選手全員がマウンドに集まった。
ただそこには複雑な気持ちで喜ぶ背番号10の姿があった。
そう、『長沼 晴玖』だ。
中学の全国大会は、5試合あるのだが、晴玖が投げた試合は2試合で5回という少ない投球回数に終わってしまった。
さらに、3失点を喫してしまい、エース笹木には遠く及ばない結果を残してしまった。
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「いつになっても笹木にはかなわないなー。」
優勝の盛り上がりが収まり、いち早く球場のロッカールームに向かった晴玖は一人でそう呟いた。
それもそうだ。
球速では10km/hも違うし、制球力も差はそこまで無いかもしれないが勝ってはいない。体力面でも笹木がほとんど投げ抜いたし、負けている。唯一勝っているところと言えば、変化球の数だろうか。
笹木はストレートとキレのいいスライダーを主としているが、俺はスライダーだけでなく、カーブやフォークも投げて抑える。唯一勝っているのはそこか。
俺は「笹木がいなければエースになれたのに」と言われるのが本当に嫌いだ。笹木がいる以上エースは絶対に取れないみたいな言い方をされるのが嫌で嫌で仕方ない。
こっちだって笹木と同じチームじゃない方がいいに決まってる。
だが、こう思うのもこれで最後だ。
夏のこの大会が終わったらもう試合はほとんどない。
だから最後だ。
何故かって?
俺はもう『紅風高校』に決めたからさ。
あの愛知私学四強のね。
笹木はどうかと言うと、同じく私学四強の『江栄高校』に入学する予定だ。高校のレベルは向こうの方が上だけど、そんな事は関係ない。
俺はとにかく笹木と同じチームじゃなくなるというのが嬉しくてたまらなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━紅風高校入学前練習
「西浦シニアから来ました松井です。よろしくお願いします。希望ポジションは外野です。」
「水保ウィングスからきました水野です。よろしくお願いします。希望ポジションはキャッチャーです。」
紅風高校に集まった新1年生は約40人。
かなり多くの選手が集まった。
もちろん全員が推薦か特待生として来てるレベルだから全員実力者だ。だが俺は楽しみで仕方がない。
そして自己紹介もいよいよ俺の番になった。
「明香ボーイズから来ました長沼です。よろしくお願いします。希望ポジションはピッチャーです。」
「はい、じゃあ次は後ろから。」
紅風高校の監督、飛山監督がそう言うと後ろの列の右端の選手が自己紹介を始めた。
「明香ボーイズから来ました笹木です。よろしくお願いします。希望ポジションはピッチャーです。」
「おい、あの笹木が来たぞ。」
「まじかよ。俺もうエース無理やん。」
辺りがざわつき始めた。
それと同時に俺は目を丸くして右後ろを向いた。
「おい、お前…」
そう言い出した頃には次の人の自己紹介が始まってしまった。
驚いた。あの笹木が紅風高校に来ていたのだ。
江栄高校のはずだったのに。
驚いたのはもちろんそうだが、それと同時ににガッカリしてとても落ち込んだ気持ちになった。
なんで、なんで、、、なんで俺がまたアイツとプレーしなければならないんだよ。
そしてなんで今まで気づかなかったんだよ、と。




