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大勢が、わめいた

作者: 実茂 譲

 四十一、四十二、四十三。

 ここで右。

 一、二、三。

 三十六歩目で左へ。

 ほら、甘い花のにおいがする。

 送迎の車をこっそりかわして、自分の足で帰る。

 あの子と同じ帰り道を一度でいいから、自分の足でたどってみたい。

 僕は目も見えないし、耳もきこえない。

 けど、鼻はまだ利くよ。

 ラベンダーのにおい。

 それがあの子のにおいだ。

 香水じゃなくて、花のにおい。

 ラベンダーが生えているのは、あそこだけ。

 地図で教えてもらって、地図のグリッドをきいた。

 もちろん、あの子にだ。

 父さまや母さま、それに姉さまたち、女中のおみっちゃんや運転手の幸三さんは、距離や方角が分からないと僕はどこにも行けないと思っているみたいだけど、グリッドさえ教えてもらえば、目的地にたどり着ける。

 僕は目も見えないし、耳もきこえないけど、自分の歩数と歩幅を完璧にコントロールできる。

 百九十八、百九十九、二百。

 三百七十歩までまっすぐだ。

 二百二十四歩目で、――ほら、橋を越えた。

 これは水路用の小さな橋だ。予定通り。

 ここから上り坂だけど、僕の歩幅は乱れない。ちゃんと距離が取れるんだ。

 三百六十八、三百六十九、三百七十。

 さあ、ここでまた右へ。

 尖った石の多い坂を上る。

 坂の上の道がカーブを描いていて、このまままっすぐ行けば、その道に合流できる。

 ラベンダーはこの道を五百二十八歩歩いた先にある。

 このあたりでそんな外国の花を植えているのは、そこしかない。

 僕はいま、あの子が歩いているのと同じ道を歩いている。

 僕はもうすぐだ。もうすぐ、ラベンダー畑だ。

 あの子はそこで待っている。

 僕の心が歓喜に震える。



『服知山線 全盲全聾の華族少年 轢死』

丹波日出新聞 昭和九年七月十日付


九日昼、服知山線の尼澤伊段間の線路上で奈良沢萩四郎子爵ご子息倫太郎君(十五)が轢死した。路線付近では参り戸神社の祭礼があり、多数の目撃者によれば、倫太郎君に「危ないゾ」と呼びかけるも、倫太郎君はそれを聴くこと叶わず、機関車と衝突、惨死したと見られている。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは見事W
[良い点] 読み返して分かる『タイトル』のインパクト。 そして『大勢が叫んでも』倫太郎君には届かない。 フワリと優しげに始まった序盤から急転直下の『新聞欄』の見出しで冷徹に締める落差が凄いかと。 [一…
[一言] 胸躍る甘酸っぱい恋心からの暗転。 途方にくれて最初にスクロールすれば、そこで改めて目にする題名。いやはやゾッとしました。
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